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ゼウスの研究施設である神殿、その中のアバターの改良装置に入れられたハルトは仮死状態から覚醒していた。
「もう治療が終わったのか……?」
そう呟いたはいいが、まぶたが上がらない。それどころか指一本動かないことに違和感を覚える。
「治療が失敗した? この状況は一体?」
永遠と暗闇の中に取り残される。その可能性が脳裏をよぎり、恐怖で思考が真っ白に染まる。何も考えられないまま時間が過ぎていくが、五感がすべて奪われ、思考しかできない状況では時間の感覚が薄れている。どれくらいの時間が経ったのかという感覚もあいまいだった。
それでも次第に冷静にはなってくるらしい。慌てていても何もならない。何かできることはないかと試行錯誤を始める。しかしぱっと思いつく案はそれほどなく、すぐに手持無沙汰になる。
そうなってから考えたのは、体がないことの不自由さだ。毒に冒され不自由で、咳き込み痛みを訴えることも多々あったが、それでも今に比べればずいぶんと楽だった。その上でふと気づく。今おかれている状態は、Eが普段置かれている状態と大差ないのではないだろうか、と。
「確かに、こんな状況なら話し相手がいるだけで救われる。1つや2つ余計な言葉をつけたり、飽きることもなくやかましくしているのも納得だな……」
そう考え、Eと同じ立場に立つという得難い経験だと気づいたはいいが、それを受け入れるわけではない。一刻も早く自分の体を取り戻したい。そう思う中、ふと嫌な想像が彼の脳裏をよぎる。
「……今回の治療を手引きしたのは、Eだったよな」
ハルトにとって耐え難い状況というのは、Eにとっても耐え難いのではないか。もし仮にこの状況を脱することができるなら、他人の体を奪うことも辞さない。そう思っても仕方ないのではないか……
「あいつがそんなことをするはずがない。乗っ取るのも、自分の体を得るのも、機会はいくらでもあったはずだ」
Eは彼の体を蝕む毒の浸食を抑え、ハルトに協力的な態度をとってきた。その様子に彼も一定の信頼を寄せるようになっている。彼の裏切りを信じたくはない。そんな気持ちは残っていたが、その一方で疑念は消えてくれなかった。
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施設の再起動とともに目覚めたのは、1つの人格データ。それはかつてゼウスで生み出され、裏切られた実験兵の意識。その集合体だった。
施設が停止し封印される際に破損した意識データの数々から復元可能な部分を拾い上げ、それらをいびつに組み合わせてできあがったその自我は、ゼウスに対する強烈な憎しみを内に宿していた。
しかしその意識が宿る肉体は施設には残されておらず、腐食し廃棄せざるを得ない代物がいくつか貯蔵されているだけだった。
そんな中で彼らのもとに現れたのがハルトの肉体だった。
新たな肉体の培養を開始していたが、その完成には数か月かかるという概算が出ており、その期間を無為に過ごすのか。またいつこの施設が停止し、再稼働がいつになるのかわからない。すでに施設は攻撃による衝撃を受けているらしく、一部の設備にエラーが発生している。そんな状況で彼らは最適な肉体よりもハルトの肉体を選んだ。
彼の意識データを読み取り、人格を再現。彼らに似た存在である意識の残滓である同居人、Eの存在も認識。その境遇から友好的な関係を築けると判断し、Eは残したまま、その集合意識はハルトという肉体を奪い取る。
それから数刻が経ち、毒の除去が終わった彼の体は覚醒し、休眠カプセルから這い出す。
『おい、大丈夫か?』
「……ああ。無事に治療は成功したみたいだ」
そう言いつつ、彼は歩こうとして転ぶ。
「脆いな」
『何か言ったか?』
「……いや、なんでもない」
彼らは元強化人間。実験兵も多いとはいえ、その肉体強度は一般的なアバターを超えている。現代の技術で作られたアバターは現実の肉体とそん色ない感覚を持つが、その一方で強度や能力については過去の強化人間のほうが高い水準にあった。
毒を除去したとはいえ消耗は激しく、集合意識はその体に不満を抱いたが、その一方でようやく手に入れた肉体に対して興奮を覚える。
そんな中で、現代のアバターの持つ優れた感覚器官が訴える。
「(敵だ)」
彼らはゼウスに肉体を改造され、痛みを訴えても無視され、自我さえあいまいになるほどの苦痛を与えられた。そのゼウスの血族の持つ雰囲気を、彼らは直感で理解できる。
施設の外、そこにいるゼウス残党、パンドラの連中に彼は気づいた。
「呪装」
『は? おまえ、俺の力を借りずに呪いの力を……』
「毒が取り除かれたことで、これまで体の中で蠢いていたその力を自覚できるようになったんだ。ただそれだの話だよ」
彼は呪いの力を引き出すと、その脆い体に纏わせ補強する。黒い繊維に包まれたアバターはライダースーツのようにぴっちりと体を包み、その補助を受けた体は先ほど転んでいたとは思えないほど力強く立ち上がる。
『なんか、雰囲気が違う気がするが……』
「不自由な体から解放されたんだ。多少開放的な気分になるのは当然だろ?」
Eは違和感を抱いている様子だが、それを彼はハルトの精神体から読み取ったデータから無理のない範囲でごまかす。いずれは正体を知られてもかまわないが、今彼に抵抗され、呪いの力が引き出しづらくなるのは困る。そんなことではここに来ている敵をせん滅することは叶わないだろう。
「さて、ラルクとミオを援護しに向かおうか」
『まだ病み上がりなんだぞ? 無茶だ』
「煩いな。毒の影響がなければ俺は結構強いんだから、心配なんてしなくていいよ」
『やっぱりおまえ、何か変だぞ!?』
思いのほかEがしつこい性格だとわかり彼は辟易したが、口論で時間を使っている暇はない。その場は適当に誤魔化し、彼は施設の外へ飛び出す。
「さあ、主役の登場だ。誰一人生かして帰さないからな」
怨念を物質化させ、脈打つ不気味な剣を手に彼は斬り込む。その顔つきは、ハルトを知る者には、どこか元の彼とは違う印象を与えるようなものだった。




