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 登山の途中にも魔物は現れる。具体的には飛行能力を持った鳥類型の急襲を退ける必要があった。

 上空から飛来し、一撃を与えては上空へと逃げ帰る。そんな厄介な相手が多い中、ハルトは弓を使い的確に急所を撃ち貫き仕留めていく。


「お上手ですね」

「訓練の成果だ。とはいえ、指南役からはこれでもまだ足りないといわれたけどな」


 タルタロスとの訓練の成果か、矢を当てるのにはそれほど苦労しない。精神世界と実際のアバターの感覚の違いがないとは言わないが、今のところ問題は起きていない。

 そうして撃ち落とした魔物だが、魔物の素材がアイテム化されず死骸を残す。このエリアは主犯たちのシステムの管轄外であり、アイテム化というシステムが適用されないらしい。そんな魔物の死骸にミオは近づくと、手慣れた様子で捌きはじめる。


「何をしてるんだ?」

「食料調達です。ハルトさんは食料の持ち合わせはないでしょう?」

「食事か。まともな食事はしばらくしていないな」


 毒の影響か食欲はあまりなく、訓練中は口に固形食を突っ込まれていたので食事をした記憶がない。魔物を食べることへの抵抗感が少しあるが、彼女からすれば魔物を狩猟し食料にすることはいたって普通のことなのだろう。

 ハルトは撃ち落とした魔物が解体されていく様子を眺めつつ、まだ強い魔物は現れないようだと感じる。タルタロスが危険視している強さの相手がどの程度かはわからないが、このあたりの魔物に苦戦はしないだろう。


 短期間で強くなった弊害とでもいうべきか。ハルトは自分の実力を客観的に測れなくなっていた。というのも、空を舞う魔物たちは、すでに訓練前の彼がなすすべなく負ける程度の強さを持っている。しかし弓という手ごたえがわからない得物で、なおかつ一撃で倒してしまった結果、彼自身はそのことに気づかなかった。


「一度食事にしましょうか」

「わかった」


 解体が終わるまで周囲を警戒していたハルトは、作業を終えたミオの提案を受けて食事の用意をする。といっても、食事の内容は、落ちている枯れ枝に肉を刺し、火で炙るだけの簡易的なものだった。


 毒はないが、特別おいしいというわけでもない食事を終えると、再度歩き始める。残された時間はそう多くないため、急ぐ必要があった。


「あとどれくらいかかるんだ?」

「1時間あれば着くはずです。日が沈む前には到着できるでしょう」


 あまり催促するのもよくないとは思ったが、1度進捗の確認をすると、ミオはそう答える。神殿というくらいなのでご利益のありそうな山頂にあるだろうと考えていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。思ったよりも時間はかからないようだが、場所がわからないせいで時間の流れが遅いように感じてしまう。


 それでも歩き続け、ミオの言った通り1時間ほどが経った頃、視界の端に人工的な建造物が映る。


「もう少しです」

「そうらしい。しかし、これが神殿なのか?」


 近づくと、その外見が露わになる。その雰囲気は、認識フィルターが消えた後のアンダイングが封印されていた研究施設に近い。鍵があった場所と似ているのは不思議なことではないが、人の手が入っていない山奥に突如として現れた人工物には強い違和感を覚えてしまった。


「長老から研究施設であると説明は受けていましたよね?」

「確かにそうだが、俺がイメージする神殿とはかけ離れていたからな……」

「基本的に、この施設は近づかなければ隠ぺいされていますし、近づいたとしてもプレイヤーには認識フィルターが働きます。フィルターはアバターの機能なので、パンドラの管理から外れたこの場所でも効果が働きます」

「詳しいんだな」

「一応、長老不在の時や、彼が何らかの理由で行動不能になった際の代理役なので、この程度の知識は持っています」

「……初めて聞いたんだが」

「私がどういう者なのかについては、聞かれませんでしたから」


 ミオから説明を聞いたことで、この場所の特性については納得する。その一方で、長老の代理役を付けられていたことを知り、そんな重要そうな人物を連れてきて大丈夫なのだろうかと疑問を抱く。

 とはいえ長老とは、気遣い心配をするような関係ではない。意図が不明瞭な点は不気味だが、騙さず神殿まで案内してくれたあたり、警戒は必要だが、ある程度は信用してもいいのだろう。


 そんなことを考えつつ、施設の入り口を探す。しかしどこにも扉が見当たらない。


「これは、どうやって入るんだ?」

「鍵が無ければ入れないようになっています。攻撃をすると防衛システムが作動するので、壁面を破壊して内部に侵入することはできないようになっていると聞いています」

「さすが重要拠点。セキュリティは万全ってことか」


 山の中にあってこれだけ目立つなら、パンドラの手が入っていてもおかしくないと思ったが、手を出したくても出せない理由があったらしい。どおりで鍵を求めているわけだと思いつつ、ハルトはインベントリから鍵を取り出す。


「……とはいえ、これ、どうやって使うんだ?」


 鍵と呼ばれているが、外見は金属製の箱だ。そして神殿も扉のない建物。どこかに鍵をはめ込むようなくぼみがあればいいのだが、あいにくそういったものは見当たらない。

 あまり長くインベントリから出したままにしておくとパンドラの連中に感づかれる。早く手がかりを見つけなければと思っていると、鍵が発光していることに気づいた。


「ハルトさん、建物が何か光っていますが」

「本当だ。共鳴してるのか?」


 そんな鍵の変化に呼応するように、建物の一か所が発光する。その変化を見たハルトは、恐る恐る鍵を発光している場所へと近づける。すると箱は彼の手を離れてふわりと浮かび、壁の中へと吸い込まれていった。


「鍵が……何が起こるのか知らないが、開いてくれよ」


 ハルトが願いを込めてそうつぶやいた直後、建物は先ほどよりも強い光を放つ。目が眩み、瞬きをして視界を取り戻すと、彼らの前には地下へと続く階段が現れた。


「アンダイングが囚われていた研究所といい、地下室が好きだな」

「この先に、私たちが作られた場所が……」

「どうする? 案内は終わりだが、ついてくるのか?」

「あなたの解毒が確認できるまでは、念のため同行します」

「わかった。邪魔はするなよ」


 そう言ってハルトは階段を下りていく。あの発光含め、パンドラの連中が気づいていてもおかしくない。この研究施設がどうなろうとかまわないが、解毒が終わる前に接収されるのは困るので急がなければならない。


 階段を下り、施設に入る。そこにはファンタジーな世界観には似つかわしくない電子機器が並んでいる。

 放棄される直前まで使用されていたのだろう。乾いたりカビた肉片が所々に転がっている。長老の話で知る限り、この施設を用いて作られたり、改造されたりした存在が神獣たちとの戦いに用いられた。そう考えると、この惨状にも納得がいく。

 埃やカビを吸いせき込み、布で口元を覆い隠す。毒の影響か、それとも淀んだ空気は健常者でも肺を冒されるのか。どちらなのかはわからないが、施設の衛生状態から、施設がまだ使える状態なのかどうか不安を覚える。

 それでも先へは進まなければいけない。防衛機能が健在であるなら、電源等は残っているのだろう。


『この先は俺様に任せてくれ』

「……確かに俺にできることはあまりなさそうだな」


 体から呪いが離れれば、毒の進行は加速する。しかし、ハルトがこの研究施設のデバイスにアクセスしたところで、彼の知識では有益な情報は引き出せないだろう。かつて研究者だったというEの力を借りる必要があった。


 できる限り毒の進行を食い止めるため、Eはハルトが仮死状態になることを提案する。どうやら通常活動のリソースをすべて精神体保護に回すためらしいが、詳しい理屈はハルトにはわからなかった。しかしEが自分を害すことはないだろうと信じ、彼はその提案を受け入れる。


「次に目を覚ました時には、健康を取り戻せているといいんだが」

『期待してろ』

「ああ。わかった」


 そんなやり取りを最後に、ハルトは目を閉じるのだった。

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