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ハルトが去ったあと、タルタロスは長老に問いかける。
『彼を行かせてよかったのか? あいつはまだ弱いぞ』
「万全というものはありません。そもそも1人のプレイヤーが神獣に勝てるはずがないんですよ」
『だが、彼の行動1つで世界が危険に晒される。彼には脅威を退ける力が必要だ』
「その脅威とは何です? 神獣との戦いに身を投じたゼウスの構成員はほぼ全て死にました。今パンドラを組織している連中は、あの戦いから逃げた小心者の生き残り。この時代まで残り続ける執着心と姑息さは一定の評価に値し、決して侮れる相手ではありませんが、所詮その程度の相手です。あなたがかつて戦った脅威に比べれば取るに足らない相手でしょう」
『その想定が甘いと言っているんだ。過去の大戦と同じかそれ以上の脅威が彼を襲うかもしれない』
「そんなことがあるなら、どうせ私たちはおしまいです。鍵を奪われたかどうかは滅びが早いか遅いかの違いにしかならないでしょう」
長老は付き人を選び、ハルトを神殿へと向かわせた。しかしそれはタルタロスに了承を取った行動ではない。そのためタルタロスは長老の行動を咎めたが、長老はそんなタルタロスを諫め、ハルトを行かせた理由を語った。
そんな長老の言葉は嘘ではない。しかし彼にはタルタロスに語っていない別な本心がある。
彼はハルトの肉体を監視し、精神世界にいる間守っていた。そして彼が目を覚ます場面にも立ち会っている。そこで彼は、日に日に鋭くなっていく気配を感じ、恐怖を覚えていた。タルタロスによって研がれた刃がいつか我々に牙をむくのではないか。根拠のない不安は、修行を打ち切り、この教会跡地から早くハルトを追い出したいという欲求へと変わっていき、そこへちょうどいい機会が舞い込んできた。
1人のプレイヤーが神獣に勝てるはずがない。彼自身が語ったその言葉は、今彼自身が信じたい言葉であり、同時に信じる気持ちが揺らいでいた言葉だった。
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神殿、もとい先史文明の研究施設を目指すハルトとミオ。Eによるとかつては低い山だったらしいが、地殻変動か、それとも研究施設を隠そうとした誰かが地形を変化させたのか。後者だとすると、どんな化け物が居るのだろうか。想像を巡らせるが、規模が大きすぎて上手く思い描くことができない。それでもわかるのは、到底1人のプレイヤーにどうにかなるような相手ではないだろうということ。そう思うと乾いた笑いが漏れる。しかし笑おうとして喉から出たのは乾いた咳だった。
「大丈夫ですか?」
「気にしてもどうしようもないものだから一々反応するな」
「でも……」
「迷惑なんだよ」
「ごめんなさい」
「あっ、いや、気持ちは受け取っておく」
ミオの姿に、過去の記憶が蘇る。彼女は何も悪くないというのに苛立ちが収まらず乱暴な言葉で返事をしてしまい、言った傍から後悔する。
「……」
「……」
「……なあ、なんでその姿なんだ? って、聞いても仕方ないな。悪い、忘れてくれ」
気まずい沈黙が流れる。先ほどまでの淡々と歩いていた時とは違う空気に、早くこの状況を変えなければと思い口を開いたハルトだが、考えていたことがそのまま口から零れ落ち、焦って取り繕う。
「えっと、あの結晶は対象とした相手が一番強く印象に残っている姿を映し出します。それを素体としての機能で再現することになるので、あなたが見たことのある部分しか姿が変わりません」
そういって彼女は腕の袖を捲る。その様子に目をそらしそうになるが、視界の端に入ったものを見てやましい気持ちは湧かなかった。
「素体のままなのか」
「そういうことです」
本当に再現しただけだということを示され奇妙な気持ちになる。それと同時に、自分が彼女のことを今でも強く意識していることを自覚させられるのだった。




