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ゲームの中であっても眠っている間は睡眠に近い効果が得られるものらしい。
ハルトは、久しぶりに夢を見ていた。
――彼は昔、工場で働いていた。
製造していたのは、ありふれた製品。質はよかったが、輸入品の安物に押され会社の業績は悪化していた。
そんな中で工場に1つの仕事が舞い込んできた。
内容は、注文通りの製品を作ること。どうやら何かの部品らしいが、注文されたのは数種類の部品のみで全体像は掴めない。
何に使うのかわからない精密部品の製造。社長も当然怪しんだが、その仕事が舞い込んできた頃には仕事をえり好みしていられる状態ではなかった。
一見何に使うのかよくわからない形状の部品を製造する日々の中、ハルトは相手の企業との取引のために出向くことになる。
ただの製造員だった彼が何故あの場にいなければならなかったのか。その理由はわからないが、その時のことはつい先日のことのように思い出せる。
鳴り響く銃声と、いくつかの死体。
救助隊が駆け付けたころには生存者はごくわずかだった。
運よく生き延びた彼だが、精神障害を発症している可能性があるとして1か月ほどのカウンセリングを受けることになった。
意味があるのかないのかわからない面談をしながら、施設の外に1歩も出られない生活に困惑しつつも、医者の言葉を無視するわけにもいかない日々は、精神を安定させるどころかストレスで精神状態が悪化するかと思った。
そんな1か月間を耐えて自宅に戻った彼だが、そんな彼を待ち受けていたのは驚くべき事実だった。というのも誰も事件のことを知らず、1か月間の彼の不在についても療養だということを理解していない人が多くいた。そして彼らの話は一貫しておらず、人それぞれ別なことを口にする。
はじめは自分の頭がどうにかなったのかと思ったが、そんな生活の中で送られてきた文章を見て、彼は自分がおかしいわけではないと気付く。
銀行口座への大量の入金と、事件について誰にも話すなという手紙。
あのカウンセリングはおそらく記憶を消す処置か何かだったのだろう。そしてそれが効かなかったのは自分だけ。
まるでSFの世界だと思いながらも、そうでもなければ銃撃戦が起き、死傷者も出た事件が一切話題にならないなんてありえないだろうと思う。
しかしあの事件のことを忘れることなんてできない。そんな彼は人との交流を減らし、本当に親しい友人を残して仕事も辞めた。その時には、自分が製造した部品が何なのかもう知りたくもないと思っていた。
しかし彼の不幸はそこでは終わらない。一度知ってしまった彼は、望むと望まざるとにかかわらず渦中に巻き込まれていくことになる。
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本当に最悪な記憶を思い出す前に、悲鳴とともに目を覚ます。電脳世界だというのに手汗や背中に多量の汗をかいているようであり、手先や足先の末端がひどく冷えるような感覚もある。
『随分とうなされていたが、大丈夫か?』
「大丈夫ではないかな。酷い夢を見た」
『夢?』
「……思い出したくもない昔の記憶だ」
そんな中でEに話しかけられ我に返る。腹立たしいほど能天気な声に一瞬いら立ちを覚えるが、独りで悪夢の余韻に浸らなければならない状況よりは幾分かマシになったので、すぐにそんな怒りの感情は消え去った。
ハルトの言葉に不思議そうな様子を見せるEに対して、彼は事情を話すこともなく支度を整える。
休息をとり、気分はともかく体調は良くなった。場所を貸してくれた動く素体に礼でも言おうかと扉を押し開ける。
すると思っていたのとは違う重い感触とともに、「痛っ」という声が聞こえてくる。
「え?」
「痛いよー」
「間抜け! 足音が聞こえたんだから下がらないとダメだろ」
「ほんとトロいよなあおまえ」
「うぅ、頭打っただけじゃなくて心まで傷つけられた……」
扉の先に居たのは小学生高学年くらいの子供のような大きさの素体たち3体だった。そんな彼らがなぜ扉の前にいるのか。困惑するハルトを他所に、3体は言い争いをはじめ、ハルトはますます混乱する。
そんな言い争いの声が大きかったのか、何もなく声がよく響く廊下のせいなのか、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
「何をしているんですか?」
「あ、えと……」
現れたのは、ハルトと話した個体か、あるいはそれに似た容姿の個体だった。正直なところハルトには目の前の3体はしゃべらない限り見分けがつかない。そのため目の前にいる個体が果たして以前話をした相手かどうかもわからなかった。
失礼だとは思いつつ、こちらから声をかけるのではなく相手が話すのを待つことで以前話した相手なのか見極めようと思い、ハルトは事態の進展を静観する。
「はぁ、来客が物珍しいのはわかりますが、迷惑をかけてはいけないとあれほど言いましたよね?」
「でも、この人隣の部屋で叫んでるんだよ? 気になっちゃうじゃん」
「イイジマさん、オオタワラさんって。変わった名前だよね」
「……は?」
しかし黙って聞いていれば小さな素体たちが妙なことを言い始める。
「(俺は寝言でも言ってたか?)」
『いいや。うなされてはいたが人名なんて口にしてないぞ』
「ということは……ああくそっ、そういうことかよ」
不愉快ではあるが、Eとの関係を経験していたおかげで喚き散らす真似はせずに済んだのは幸いだった。ただ、それでも悪態をつかずにはいられない。
そもそものっぺらぼうの素体と会話できていたのがおかしかったのだ。厳密には、そもそも電脳空間での会話がデータのやり取りだという話に起因する問題なのだが、それを説明せず簡潔に言うのなら、彼ら素体は思考を読んでくる。
穏和な相手だと思っていたが、厄介な性質を持っているとわかり面倒だと思う。しかし情報を得るためには彼らとの対話が必要になる。
未開拓地の危険を知る機会ではあるが、相手の性質を知ってしまうと乗り気にはなれない。
とはいえ気乗りしないというだけで行動しないというわけにもいかない。背の低い素体たちが部屋へ帰っていった後、ハルトはその素体に話しかける。
「こちらの都合で悪いのですが、この場所の周辺の情報をいただきたい。話をしてくれる相手は居ないでしょうか?」
「そういうことであれば長老が適任でしょう。ただ、彼は体が悪いので、こちらから部屋に伺うのが良いかと」
話しかけると、特に面倒なやり取りもなく望む答えが得られた。
その後、長老と呼ばれた1体が居るという部屋の場所を教えてもらったハルトは、特に迷うようなこともなく部屋の前までたどり着く。
軽くノックをすると、中から入ってきなさいという声が返ってきたので、彼は扉を開ける。
「おや、客人とは。こんな老いぼれの部屋に何用かな?」
扉を開け、目の前に居たのは肌が黄ばみ、ところどころ外装がひび割れた素体。体が悪いというのも納得がいく姿に、長老と呼ばれた意味を理解する。
それと同時に、新作のゲームとして発表されたセカンドプラネットについて疑問が増える。そもそも普通の尺度で考えるほうが馬鹿らしい状況ではあるのだが、この年季の入ったような外見を見るに、長い時間が経っているのだろうか。初めから壊れかけの存在として造られた可能性を考えつつ、ハルトは素人ながらに意図的な劣化には見えないという感想を抱いた。
「はじめまして。自分はハルトといいます。わけあってこの近くの山を目指している者です。お話を聞くのであればあなたが適任だと教えてくれた相手がいたのでここに伺いました」
「自己紹介をどうも。……知っているかもしれないが、我々には個の名前がない。一応私は最年長者として長老と呼ばれているので、そう呼んでくれてかまわない」
素体の寿命は知らないが、長老という響きからは年上を想像する。偏屈な相手でないことを願いつつ、ひとまず丁寧な口調で接する。
「それと、そんなにかしこまらなくていい。楽にしてくれ」
「……わかった」
しかし多少無理していると気づかれたのか、そんなことを言われてしまう。敬語で通してもいいが、肩が凝りそうなのは事実であり、彼の言葉に甘えることにした。
「それで、山を目指しているといったね。理由を伺っても?」
「(鍵を見せても問題ないと思うか?)」
『……なんとも言えないな。そっちの判断に任せる。ただ提示はできるだけ短く済ませろよ。管理エリア外とはいえ、鍵の反応は大きい』
そもそもこんな会話をしている時点で思考を読まれているような気もするが、ハルトは手っ取り早く事情を説明する手段として鍵の提示をEと相談する。しかし望む回答は得られず、結局自分で判断することになった。
「口だけで説明する自信はないな。仕方ない。これを使う場所を目指してる」
「……鍵か」
「知っているんだな」
インベントリから取り出したものを見ると、長老は手をそっと前に出し、軽くそれをしまうようにと合図する。その姿を見せ、ハルトは相手が鍵について知っていると察した。
「君があの場所を目指していることは理解したよ。そして、その体に刻まれた異常を克服しようとしていることも分かった」
「あの場所……この近く、山の中ということまでは分かっているが、具体的な場所までは分かっていないんだ。教えてもらえると助かるが」
「……その前に確認をしておきたい。本当に、ほかに方法はないのかな? どうしてもその鍵を使わなければならないのかい?」
そしてハルトが鍵についてより詳しく話してほしいと言うと、長老はそれまでの温和な雰囲気から一変して、重苦しい雰囲気でハルトに問いかける。
「解毒の方法がほかにあるならそれでもかまわない。だが、現状俺にはこの毒を受けた相手であるヒュドラーに対抗する手段や、抗体を作る算段がない。あてになるのはこの鍵と、その先で得られる遺物くらいだ」
「そういうことか。……確かに君のその体は、このままではそう長くは持たないな」
「わかるのか?」
「伊達に長く存在し続けてはいないさ。知識はそれなりにある」
そういうと、彼は手元に何かを出現させた。
「君たちがインベントリと呼ぶものは、我々も使えるんだ。ただ、試作型らしく容量制限が厳しくてね。君たちのように何でもかんでも入れられたり、ドロップアイテムが自動で入ることはないんだ」
「……驚いたな。そんな話をされるとは」
「NPCがそんな話をするとは驚いた。とでもいったところかな」
「そんなところだが、正確に言うならそれを認識している相手がいることに驚いただけだな。あんたらが個々に異なる性格や記憶を有している相手だとは思ってる」
「それは光栄なことだね」
突然のカミングアウトに驚きつつ、ハルトはなぜ今この話をする必要があったのかと考える。しかし考えたところで答えは出ず、質問して話を遮るのは得策ではないと考え話の続きを聞くことにした。
「今取り出したのは、設計図だ。この中には我々素体の研究課程が残っている。そしてこの教会は、素体の研究に用いられていた実験施設でもある」
「教会が研究施設にされていたってことか? 何のために? 信仰と研究の間に何の関係があるんだ?」
「そう急かないでくれ。今から話す」
長老はそう言うと、事情を話し始めた。
前置きとして、これらの情報はこの教会で発見した資料をもとに考察しただけの内容であると言った。そのうえで長老は、教会の役割がこの世界の原住民を囲い込むことにあったと語る。
要するに被検体の確保だ。貧しい住民をこの森の深くの場所に連れてきて利用する。そうして実験を繰り返した結果生み出されたのが、彼ら初期素体ということらしい。
「原住民を模して造られた素体は、本来単なる器だったが、行き過ぎた模倣の結果精神を有するようになった。といっても、廃棄された素体の我々がこうして意思を持ち動き出したのは、実験が行われていた時代から相当の年月が経ってからの話だが」
「NPCやあんたら、プレイヤーとも違う原住民がいたと?」
「そういうことになる。といっても、君には心当たりがありそうだが」
その指摘にハルトは考える。いわれるまで考えもしなかったが、思い当たることがあった。
「(おまえ、元からこの世界に居たんだよな?)」
『記憶は不鮮明だが、少なくともアバターじゃなくて受肉してたな。まあ、おまえにとってここは電脳空間なんだから、受肉ってのも変かもしれないが』
「(いや、答えがもらえただけで十分だ)」
「どうかな?」
「ああ。その話を聞く前から、俺はその原住民と定義される相手と接触していたな」
Eという存在は、何かとイレギュラーだ。もちろんNPCの一種と考えることもできるが、それにしては不可解な点が残る。そんな相手だが、その正体に1歩近づくような情報を得られたということだろうか。
とはいえ、Eがどんな存在であるかというのは今のところ特に重要な話ではない。ないのだが、今このセカンドプラネット内にはその原住民の姿は確認されていない点は気がかりだった。
「ここまではあくまで前提になる。本題は鍵と、それを使う神殿についてだ」
ただし、ここまでの話はよく考えてみればハルトに直接関係のある話ではなかった。それでもわざわざ話したのは、この先の話。神殿と呼ばれる施設について話すために必要なことだったらしい。
「この先の話は、1度聞いたなら命に関わるだろう。……といったところで、毒を治療できなければどのみち長くはないんだったかな」
「無理やり話を聞き出すのは趣味じゃないが、今回ばかりは答えてもらう」
「わかった。
神殿というのは、原住民の肉体を研究していた勢力が残した研究施設だ。この教会が繁殖場所、神殿は解剖施設といった関係になるだろう。そしてそこには素体技術のすべてが残っている。そこであれば、君のその素体に起きている異常を取り除くことができるはずだ。
しかしそこにたどり着くまでには障害がある。それは、研究施設を放棄したかつて素体の研究に携わった連中、その残存勢力だ。神獣、いや、君たちにとっては災害級魔獣と呼んだほうがなじみ深いだろうか。原住民を実験体にしていたことを知った彼らによって、神殿を拠点としていた組織は1度壊滅した。しかし生き残りがいたようで彼らは組織を再建し、今も神殿とその鍵を狙っている。
君が神殿を目指すというのなら、おそらく彼らの魔の手が君に降りかかるだろう。そして君がそれを退けられずに彼らに鍵を明け渡したとき、この世界の住民には災厄が降りかかる」
内容としては、それほど驚きはない。しかし、最後の災厄というのが気にかかる。
「すまないが、私にはそれだけのリスクを冒すわけにはいかないんだ。この場所を、ここにいる者たちを守るために、君に賭けることはできないんだ」
長老のその言葉に危険を感じ一歩下がる。その予感は正しく、長老の傍の影から巨大な腕が伸び、先ほどまで彼がいた場所を握りつぶす。
「くそっ、おびき出されたか?」
「……ただ、彼に勝てるようならば君にその資格があるのかもしれない。さあ、挑め」
長老がそう語ると、周囲が闇に包まれ視界が歪む。そうして次の瞬間には暗い場所に立っていた。
「せめてどんな災厄に見舞われるのかどうかくらいは教えてくれてもいいじゃないか」
ハルトは突然の環境変化にふらつき地面に手を付けながらそう呟く。
そんなことをしつつ顔を上げると、そこには先ほどの黒い巨大な腕の持ち主が立っていた。
「マジかよ」
そういいつつ、臨戦態勢を取る。
閉じ込められたという状況と長老の最後の言葉から察するに、目の前のそいつを倒さなければ自分は殺されるのだろう。そして、これだけ情報を持っている相手となると解毒できないままリスポーンするどころか、リスポーンすらできないかもしれない。
突然の状況ではあるが、そもそも素体たちを味方とは思っていない。こういう状況も想定はしていた。
ハルトは焦る状況ではないと深呼吸する。そしてインベントリから弓を取り出すのだった。




