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山の麓にたどり着いたハルトは、古びた教会の前に立っていた。
「偶然見つかるようなものでもないだろ。作為的なものを感じるな」
『そういっても仕方ないだろ。どうする? そのまま通り過ぎてもいいが』
「一度休憩したい。ボロくても雨風を凌ぐのには役立つだろ」
山に近づくにつれて、時折天候が荒れるようになった。ゲームの中で雨というのは嫌われる。視界が悪い上に雨の描画は処理落ちしやすい。オープンワールド系のゲームでは雨が降らないものもあるくらいだ。
このセカンドプラネットもその例外ではなく、多くのエリアでは雨が降らないように設定されているようだ。しかし降らせていないだけで雨が降らないということではないらしい。そして今訪れている山岳地帯のエリアは降雨がみられるマップのようだ。
『そんなに都合よく行くかね? 何か出てくる気がするんだけどな』
「そういうのは思ってても口に出さないでくれよ」
Eとそんなやり取りをしつつ、教会の扉を開く。
すでに廃棄されてから長い時間が経っているだろう。天井からは雨漏りし、床材の木は腐っていて踏みつけると落とし穴のようにそこが抜ける。慌てて次の一歩を踏み出すがその先も足場が安定しない。そんなことが続きまるで踊るようにステップを踏むことになったあと、なんとか安定した足場についた時にはほっと溜息を吐いてしまった。足が床に沈むくらいどうということはないが、醜態を晒さずに済むならそれに越したことはないだろう。
そうやってどたばたと騒がしくしていたからか、先客に気づかれたらしい。
がさりと布が擦れるような音にハルトが振り向く。
「誰だ?」
「こちらに敵対する意思はありません」
弓を構え引き絞る。そんな彼の前に1体の無機質な人型の存在が姿を現す。
その姿は、造形の良いデッサン人形という感じで、瞳も口もないのっぺらぼうの顔の奇妙な存在だった。
それはどこから発しているのかわからないがハルトに対して敵意はないと伝える。よく見ると立ち上がり姿を見せた1体の後ろには、布を被り小刻みに震えているほかの個体が見えた。
『あー、危険はないと思うぞ。たぶん』
「(それはどういう意味だ?)」
『こいつらはアバターだ。……しかし精神体無しで勝手に動き回ってるのは少々驚いたが』
ハルトは弓を構えたままEの言葉に耳を傾ける。すると彼は目の前の存在をアバターだと語る。
「(素体ってことか。精神体が入ると外見がカスタマイズされるのか?)」
『違う。姿は全員同じだ。変わるのは視覚情報だけ。おまえも視覚情報を切ればプレイヤーやNPC、そして目の前の動く素体、それら全部見分けがつかなくなる』
「(聞いてないぞ)」
『常識だと思ってたんだよ。伝え損ねてたことは謝る』
確かに考えてみれば個々のプレイヤーの異なるアバターをリスポーンの度に用意するのはリソースの枯渇に繋がりかねない。共通のアバターを使用し、そのアバターを使用しているプレイヤーやNPCに対して識別コードを振り分け、視覚上は固有の外見が適用される。そのほうが何かと都合がいいのだろう。
「(つまり識別コードも視覚情報もない素体がそのまま動き回ってるってことになるのか。だとして、なんで彼らが敵対しないと言い切れる?)」
『敵対しないとは言わないが、精神体を持たない相手は成長の余地がない。今のおまえなら武器なんて使わずとも圧倒できる。ここは温厚な態度を見せたほうが後々のためにいいんじゃないかと思っただけだ』
「(……わかった。ここはおまえの判断を尊重するよ)すまない、魔物かと思って武器を向けてしまった。謝るよ」
ハルトはそう言って武器を下すとインベントリに戻す。
「武器を収めていただきありがとうございます。ところで、こんな辺鄙な場所になんの御用でしょうか?」
「探し物があってこれから山登りをしなくちゃならないんだ。その前に休憩を取ろうと思っていたところに雨風をしのげそうな場所があったから入った。ただそれだけで、深い意味はない。
先客がいるとは思っていなかったんだが、迷惑なら立ち去る」
「山へ入られるのですね……迷惑だなんてとんでもない。来客なんて長らくありませんでしたから、これといってもてなすこともできませんが、くつろいで行ってください」
目的を告げると、相手は何か考える様子を見せる。しかし何を考えていたのかはわからないまま話は変わり、それはハルトにこの場所を使っても問題ないと伝える。
『奇妙な奴らだ。精神体なしでどうやって動いているんだ?』
「(彼らのことが気になるみたいだな。休憩のついでに少し話を聞いてみるか)」
『……まあ、こいつらが自分たちについてどこまで知っているかわからないが、情報があるに越したことはないからな』
頭の中でEと会話しつつ、言葉を交わした1体に案内され、1部屋を借りることになる。
奇妙な出会いだが、彼らが何者だろうとこの先関わることはないだろう。そう思いながら、ハルトは借りた部屋で森を歩いて疲労した体を休める。
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ハルトは休憩と言っていたが、部屋に入って1人になるとすぐに眠ってしまった。どうやら想像以上に体への負荷は高いらしい。眠りについたはいいものの、熱にうなされるようで落ち着きがなかった。
「未開拓のエリアじゃないか。何かに誘われるんじゃないか?」
『鍵が手元にある以上、そう考えるのが妥当だろうな』
そんなハルトの隙を見計らい現れたラルクに対し、Eは何事もないかのように応じる。
『(不思議なのは、気配に敏感なこいつがなぜあいつには気づかないのか。考えても思い当たることはないが、何かしらの理由があるんだろうな)』
「悪いが作業させてもらうぞ」
『俺様がやめろと言ってもやるんだろ? まあ、止めないどころか歓迎してるんだが』
「……いまのおまえさんは抵抗する手段があるだろ。下手な冗談は止してくれ。心臓に悪い」
Eの疑問に対して答えは出ない。いっそ直接聞こうかとも思ったが、下手に聞くのは悪手だろう。
「一体この先に何が出てくるのやら。少しは知っている情報を教えてくれてもいいんだぞ」
『人の潜在意識に干渉できるような相手だ。俺様には抵抗できるはずもない。エレオスの頃の大半の記憶はかすみがかかったように不明瞭で要領を得ないものが多いんだよ』
Eにはラルクに対して事情を馬鹿正直に説明する理由はない。それどころか教える素振りを見せて情報を引き出したほうがよかったのではないかという意見もあるだろう。しかしEとラルクの関係悪化は、2人の間の問題で済むかわからない。ラルクの治療はハルトにとって必要なものであり、Eは自分とラルクの関係が悪化することでハルトの治療を止めさせるわけにはいかなかった。
しかし交渉ができなかったからと言って情報が何も得られなかったわけではない。というのもラルクは会話の中で、この場所を未開拓のエリアと言った。つまり主犯たちはこの領域に干渉できていないのだろう。となるとこれから踏み込むのは敵のステータスや出現頻度を管理されていない場所ということになるのだろうか。
とはいえ、素体が活動しているのを見る限り、暴力的で敵対的な個体はあまり見られないのかもしれない。楽観はできないが、プレイヤーよりも弱いと思われる存在が生きているという事実は一種の希望だった。
『(まあこの先が地獄だろうと、進まないといけないんだがな)』
「……さて、今回の処置はこのくらいだ」
『早いな』
「俺が手をつけられる部分も減ってきた。専門の設備があれば話は違うが、それを隠してある場所は人目がある上にここからは離れてる。そしてそこで行える処置も多少マシな対処療法に過ぎない。根本的な解決には解毒か、あるいはアバターの機能拡張に伴う耐性の獲得が間に合うのを祈るしかないだろうな」
治療法があるというのなら、初めからこんな回りくどい応急処置なんてしていないのだろう。
そしてラルクや彼を支援している存在は、鍵や鍵を使って得られるモノには興味がない。それなのにもかかわらず何故かハルトを支援している。それも単に毒に侵された哀れなプレイヤーを救援しているのではなく、通常持ちえない技術を会得し、それを用いて何かを成そうと明確な目的を持っている。
今はハルトの体調を維持するために受け入れているが、果たしてこのまま関係を続けても問題ない相手なのか。それは見極めなければならないことだろう。
そんなことを頭の片隅に置きつつ、Eは、手際よく片づけを済ませたラルクを見送る。
また目を覚ました時には文句を言うのだろう。そんなことを考えつつ、Eは眠っているハルトの周囲を警戒するのだった。




