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 ハルトが目を覚ますころには、ラルクの姿は消えていた。


「また気分が悪いな」

『調子は良くなったと思うんだがな』

「……もしかして、寝ている間にその調整とやらを受けてたのか? どおりで」


 よく考えてみれば、この気分の悪さが原因になった出来事はいくつかある。そしてそれは決まって寝起きだと記憶している。気分の悪さの正体が何なのか知るのはショックだった。


「切り替えるしかないか」


 確かに体の調子はいい。けれど起きる前との差が違和感となって気分が悪い。とはいえ、そういった気分の問題は他人には理解してもらおうとするのは難しいのだろう。


「それはそうと遺物の効果だ。これが一体何の役に立つのか教えてくれ」

『教えるからインベントリにしまっておけ。あんまり外に出しておくと面倒な奴に見つかるかもしれない』


 ハルトがインベントリから箱を取り出すと、Eは慌ててそう告げる。まるで犯罪者になったようだと思いつつ、言われた通り遺物をインベントリへとしまう。


『その箱に収められているのはおそらく鍵だ。つまり、残念ながらそれ単体だと役に立たない。ほかの遺物に接触した経験がないプレイヤーが触れると認識フィルターが解除されるが、それ以上の効果はない』

「……苦労して手に入れおいてそんなのってないだろ。くそっ」

『気休めではあるが、一応言っておく。金庫のほうじゃなくてよかった。あっちは持ち運びようがないからな』


 悪態をつくハルトにEは慰めの言葉をかける。しかしハルトも悪態をついただけですぐに気を取り直す。気分が悪いからといって判断力が鈍っているわけではなく、そしてこの気分の悪さを解決するためには、いち早くこの体に巣食う毒を取り除かなければならないのだ。


「となると、次はその金庫とやらを探るのか?」

『切り替え早いなおい』

「余裕ないんだろ」

『そ、それは……』


 Eは何も口にしていない。それでもハルトは何かを感じ取ったらしい。それはEの態度や、ラルクとの接触。そういった出来事を総合的に考えた結果なのだろう。


「状態は言わなくてもいい。下手に聞くと動きが鈍るかもしれないからな」

『わかったよ』

「で、話は戻るがその金庫、あてはあるのか? というかなんで施設の地下に鍵なんてあるんだ? というかそもそも鍵というには見た目はただの立方体なんだが」

『一度に聞くな。まず鍵がどうとか聞いたが、アバターなんて高度なものを作れる文明に住んでるなら鍵穴に刺す棒状のイメージに捉われないでくれ。それはいわゆる精密機器の一種。適切な場所で正しい手順を取ることで開錠ができる。一応頑丈なつくりはしてるが、乱暴には扱うなよ』


 現実でいうところのICカードに近い認識だろうか。そんなことを考えつつハルトはEの話に耳を傾ける。


『それで、施設の地下に鍵があった理由と、なんで俺様がこの場所にあるのが鍵だと知らなかったのかについてだが、認識フィルターによる伝達ミスと、外部からの干渉の相乗効果だ。そもそも俺様は自分たちにゆかりのある研究施設にいるとは思っていなかったし、研究施設についておまえに伝えようとしてもフィルターがかかって伝わらない。そんな状態じゃヒントを与えることすら難しいってところだ』

「なるほど。確かに伝わらなかったのはわかった」


 遺物があるだろうと目星をつけた理由は、遺物の力がなければEは存在しないという点と、彼が居た場所が異界化した地帯ダンジョンだった点の2点にある。遺物の場所がEにゆかりのある研究施設だという話はあとからわかったことに過ぎない。


『それに加えて施設の地下に残された遺物だが、それは元々鍵なんかじゃない。遺物って名前の通り過去に魔族が栄えていたころに価値があったもの。それがゲームとして運用する際に後付けで存在意義を付け加えられたにすぎないんだよ。そしてその存在意義のうちどの性質が振り分けられているかは知りようがない』

「元はなんだったんだ?」

『箱の中身を取り出せばわかる。とはいえ、箱を開けるには金庫を見つける必要があるが』

「金庫のある場所に行かないと開かない箱の中に鍵の本体が入ってるのか? マトリョシカか何かか?」

『俺様も変だとは思うが、理由はわからん。それでもそんな仕組みがあるのは事実だ』

「……まあ、鍵が2つないといけないって話よりはマシか」


 そう言うとハルトは箱の中身についての話を切り上げる。答えはまだ返ってきていないのだが、わざわざEが箱の中身を取り出せばわかると論点をずらしたあたり、深く聞くのは気が進まなかった。そんなハルトの気遣いに気付いているのかいないのか、Eもまた箱の中身について語ることはなかった。


「それで最後の確認だが、金庫のほうにあてはあるのか?」

『一応。でも予想があってるとなると厄介なことになる』

「おまえ、時間がないわりに話引き延ばすよな。厄介だろうがなんだろうが適当に彷徨い歩くよりはまだ希望があるだろ。さっさと言ってくれ」


 ハルトの頭の中はこれまでの話ですでに情報過多だった。それでもこれだけは聞き逃さないと気持ちを切り替え答えを待つ。それはこの情報が、ほかの情報とは違い、今後の行動に直接関係する内容だったためだ。


『この世界をゲームに組み込んだ連中にとっての最後のエリア。要はラストダンジョンにあるはずだ』

「マジかよ」


 そして告げられた内容は、ひどく抽象的で、ずいぶんと先の話であるように感じられる内容だった。

 とはいえ、現時点でいきなりエンディングに向かうというのは心もとない。


 現在のハルトのレベルは62となっている。ただ、改めてステータスを確認すると、職業は一番槍ではなくなっていた。どうやら指名手配された時点で子弟関係というのは解消されているらしい。となると下位職に戻されてレベル上限に引っかかっているはずだが、なぜかそうはなっていない。

 というのも今の彼の職業は「死霊術士」という不名誉で見知らぬ肩書に変わっていた。とはいえ、ハルトが確認不足だっただけで、少し前まで彼の職業欄には「魔族」という種族名2文字が並んでいたのだが。

 職業ではない(死霊術士も職業かといわれると疑問は残るが)だろうと思うその内容を見れば、セカンドプラネットにおける職業がいかに曖昧なものなのかわかる。なにせステータスは後付けのシステムだ。アバターの状態をくみ取りそれっぽい文字を並べているだけであり、あてにならない部分も多い。

 その中でレベルという強さの指標は多少あてになる部類の数値だ。そんなレベルだが、Eによると最終ダンジョンの適正レベルは推定90。4人パーティなら75程度まで下がるらしいが、今のハルトにパーティが組めるとは思えないので聞いたところで意味がなかった。

 そして、この62という数値ですら、アンダイングという脅威を倒して上昇した数値になる。つまり適当に戦ったところで今からレベルを上げることは難しい。仮にレベルを上げるつもりなら、強敵がいる場所で戦闘をこなす必要がある。それも、以前のようなゾンビアタック(リスポーンしては自滅覚悟で敵にダメージを与える手法)を取ることはできないという条件付きでの挑戦になるだろう。


『まあ正規の手段はとらない。RPGの王道は回り道だ。強くなるためにいくつかの場所を中継するだろう。でもここはゲームじゃない。敷かれた道を外れれば、予定外の出来事が起こる危険の代わりにショートカットができるだろ』

「その『予想外の出来事』が怖いところだな。ヒュドラーの一件も、結局はその一種だろ」

『災害級魔獣を引くのはよほど運がない出来事だから、そればかりは割り切っていくしかない』

「これまでの苦労を『運が悪かった』の一言でなかったことにされるのか。ゲームだったらクソゲーって言われてるだろうな」


 そんなレベル上げの問題はいったん保留にし、ひとまず最終ダンジョンを目指す手順を確認する。

 道から外れるというと、道なき道を進み続けるという話になるだろう。実際ヒュドラーの出現場所やアンダイングの居たダンジョンも道から外れた場所にあったので、予想外の出来事が起こるといわれると納得できる。

 そもそも今のハルトは町に入ることもできない状態だ。通常通りストーリーを追っていくことは難しい。そして仮に筋書きに沿って進めたとして、それではおそらく時間が足りない。トラブルの予感に気は進まないが、選択肢はあってないようなものだった。


「それで、結局あてがあるのかって話に直接の答えはもらえてないんだが」

『ゲームとして整備されてる可能性や、時間経過で変わってる可能性はあるが、研究施設の場所から逆算してどこに行くのかは決めてある。ひとまず向かうのは東だな』

「目印とかは?」

『残っているなら、低い山があるはずだ。そこに登る』


 ようやく行く場所の話が出て一安心したところで、ハルトはEの言った東を見る。


「山か」

『何か懸念でも?』

「いや、『低い山』で合ってるか?」

『記憶にある限り、低い山が1つだが』

「それは妙だな。ここからでも見える遠く霞んだ影は、ずいぶんと高く見える。手前に低い山、奥に高い山がある地形は珍しくないが、低い山が1つって話とはかみ合わないな。さっそく面倒なことになりそうだ」


 長い年月の中で起きた地殻変動か、あるいはゲームとして地形の整備が行われ、人が立ち入れない場所へと姿を変えたのか。事情は定かではないが、行先にある標高の高そうな山を前に登る前から辟易するハルトだった。

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