a-07
サイドストーリー:プレイヤーネーム「シルク」編第2部第6話
灯りのない暗い部屋。狼の魔物は檻に入れられたままおとなしくしていた。
まだ毒が抜けきっていないというのはある。無数の傷跡とそれに伴う多量の失血から回復していないという点も無視できない。しかし彼が無気力に横になっているのは心理的な要因が大きい。
赤い糸による支配を受けて少女を襲った彼だが、体の自由を奪われただけで意識は残っていた。自分が少女の首を噛みちぎろうとする瞬間の、困惑と恐怖に歪んだ彼女の表情が頭から離れない。
操られていただけという言い訳は通用しない。彼女たちにはあの赤い糸、外部から持ち込まれた異物は認識できない。
贖罪したい。そう思っても今彼女に会えば拒絶されるだけだろう。もう彼は、彼女の隣人ではなく、恐怖の対象でしかない。
本体を探し出し1つになること。そして力を取り戻しこの世界を部外者の手から取り戻すこと。その重要な使命のため働くことも放棄し感傷的な状態で横たわっていた。
そんなところに近づいてくる足音と覚えのある臭いが鼻をかすめる。
「案内していただきありがとうございます」
「いや、別に構わないが……本当に会うのかい?」
「ええ。気になることがありますから」
彼の耳に届いたのは、あの時少女を守ったプレイヤーの男の声。
憎むべき部外者。しかし自分が少女を手にかけずに済んだ恩人。そして、純粋なプレイヤーとは臭いが違う相手。
果たしてこの場所に何しに来たのか。そう思いながらゆっくり起き上がり、警戒心をむき出しにしたまま、魔物は男と対面するのだった。
~~~~
シルクが魔物に会おうと考えたのは、彼が手に入れた情報の中に魔物に該当する情報が無かったからだ。
そもそも災害級魔獣とは何なのか。それもわからない中、彼の存在はゲームクリアに密接に関わっているのではないかという疑念が浮かぶ。
これから彼は隔離される。その前に1度でいいから接触しておくべき。そんなことを思いシルクはこの場に立っていた。
「グルルルル」
「警戒されるのは当然だよな」
その反応は予想通りといえば予想通り。そもそもNPCを攻撃せず、プレイヤーであるシルクだけを狙ってきたあたり、敵対的な反応を示されるのはわかっていた。
ただ、檻を破って攻撃しようと暴れるかと思えば、唸りながらこちらを見つめるに留まっている。それは果たして回復しきっていない体を労わってのものなのか。それはこれからの対話でわかることだろう。
「とはいえ対話といっても言葉が通じる相手じゃないんだよな……」
しかし対面したはいいものの策があるのかといえばそんなこともなく、目の前に相手が居ればいい案が思い浮かぶだろうかという淡い期待は打ち消された。
仕方ないので檻の近くに座り、なんとなく狼の魔物を見つめいい案が思い浮かぶのを待つシルク。そんな彼の様子を伺う魔物は、彼の行動の真意を測りかねて耳を立て、座った彼をしばらく見つめていたが、しばらくすると何も考えていないことを察したのか呆れたような表情をした後、シルクを睨みつつもしゃがんで体を休める。
そんな時間が数分ほど続いたあと、シルクは考えが纏まったのか口を開く。
「……だめだ。何も思い浮かばない」
しかしその口から洩れたのは、降伏宣言であり、結局何も思いつかなかったらしい。
「賢い獣なら人の言葉が理解できるとも言うし、自分から一方的に話してみるか? ほかに思いつくこともないし、できることから試そうか」
それでも一応座っているだけという状況からは脱却しようと、シルクは魔物に声をかける。
「まずは自己紹介から始めよう。僕はシルク。剣士という職のプレイヤーだ。君の情報はあまりないが、半身を探しているらしいね。そして1つになった時には町を滅ぼす」
そんな話をしていると、突然魔物が吠える。まるで心外だとでもいうように怒りを露わにするその姿に、シルクは自分の言葉を反芻する。
「言葉に反応するってことは話が通じてるのか。でも怒るような話はしたか? ……もしかして、『町を滅ぼす』という話が気に食わないのか?」
「ガウッ」
「……なるほど。そりゃそうか。町の住人に対して危害を加える様子がなかった。そんな相手が町を滅ぼす。どう考えても矛盾してる。……でもそれならなんで魔物が町を滅ぼすなんて話になっているんだ?」
情報が何も手に入らない。そんな状況から脱することができたところまではよかった。しかし得られた情報は妥当なものでありながら、これまで伝え聞いた話とは明確に矛盾する。得られた情報よりも謎が深まったというような気がした。
「どういう経緯でそんな話になったのかわからないが、少なくとも町の住民はそう思っている。それは君の扱いからもわかるだろう。知っているとは思うが、改めて伝えておく。君は危険で、町を滅ぼしかねない存在後思われている。……とはいえ改めて考えると僕は君がそこまで危険な存在だとは思っていない」
しかしシルクがどう思おうと町の住人が彼を危険視しているという事実は揺るがない。彼の主観ではなく町の住人がどう思っているかという話はしっかりと伝えておくべきだと思い、彼ははっきりとその事実を口にする。その言葉に魔物は少し意気消沈したように耳を垂らした。
「……この話はいったんおいておこう。とすると、次に話すのは、僕自身の話か。……現実、いや、この言い方は君たちには語弊があるか。こことは別な場所に僕の本体は居るんだけれど、その頭がこの世界に組み込まれた? みたいなんだ。何か知っていないかな?」
慎重に言葉を選んだつもりだが、抽象的な内容すぎて意味が伝わらないような気がしてくる。何より事情を知らない相手が聞けば頭がおかしくなったと思われそうな内容だ。
「なんて、伝わるはずないか」
NPCに伝わるような内容ではない。そう思い変なことをしてしまったとシルクは首を振る。しかし魔物はその話に首を傾げることはなく、真剣にシルクを見つめる。その様子に気づいたシルクがその目に気づきその目を見つめ返す。そうしてしばらく見つめあった後、魔物は檻近くまで歩くと手前でお座りし、右前足を前につき出す。
「何がしたいんだ?」
「ワゥン」
脳裏をよぎったのはお手やおかわりといった動作だが、先ほどまで敵対的だった魔物の前に手を出して大丈夫だろうか。そう思いながらも魔物からのアクションに応えることがこの状況を打開する糸口になるのだろうと思い、シルクは檻のそばに近づいてしゃがみ、右手を檻の隙間に差し出す。
右前足がその上に載せられると、視界にノイズが走り足元がぐらつくような気持ち悪い感覚に侵される。そのショックで足を引きずるように数歩後ろに下がったシルクは、落ち着くまでに十数秒を要した。
「なんだったんだ……」
『聞こえるかい?』
「誰だ!?」
『お、反応があるってことは聞こえてるらしいな。無事繋がってよかった』
「まさか、君なのか?」
『ああ。町を滅ぼそうとしている大悪党。ベロスというのは俺のことだ』
そういって目の前の魔物が1度吠える。その光景に酔いから醒めたような気分は吹き飛び混乱する。
「いや、現実ならともかくここなら犬が喋ってもおかしくないか」
『犬とはなんだ。俺にはちゃんと名前があるんだよ』
「すまない。ベロスさん? でいいのか?」
『……まあそれでいい。で、言葉が通じるようになったんだ。聞きたいことがあるんじゃないか?』
「それはまあ、確かに」
困惑の中、自らをベロスと名乗った魔物を相手に改めて対話を始めるシルク。
その中で彼はセカンドプラネットに起きている本当の出来事と、自らの体に起きている異常を知る。
「その話が本当なら、困った状況だな」
『俺に嘘を吐く理由はない。信じてもらう必要もないけどな』
「でも情報を教えてくれた。それには何か意味があるんじゃないのか?」
『……これはあの少女を助けてくれた礼だ。本来あんたと俺は敵同士。なれ合うつもりはないね』
「そうか。でも、それじゃあ君は報われない。あの時だってあの糸使いの男に操られていただけじゃないか」
『あれは、操られるような隙を見せた俺が悪い。敵の手ごまになるくらいなら自ら命を絶つ。そういう連中しか居ないんだよ』
ベロスの言葉は本当のことなのだろう。そして、彼らがNPCを思う気持ちを知る。
「……決めた。僕、君に協力するよ」
『無理だ。俺は比較的あんたらを認めてる。おそらく巻き込まれ利用されているに過ぎない。そういった背景に考えを巡らせてる。でも、ほかのやつらは違う。そんな俺でさえ、弱体化して影響を受けているからそう考えているだけなのかもしれない。本体と一体化すれば、もうあんたのことなんて忘れてる』
「それでもいいさ。黒幕に利用されるよりよっぽどいい。あの糸使いの男の思惑通りになんてなりたくないからね」
『変な奴』
「まあ、まともなプレイヤーではないという意味では合ってるかな。……そろそろ時間だ。君の本体に関する情報が手に入ったらまた来る」
そういってシルクはその場を立ち去る。
『本当に変な奴だ』
本来敵対しているプレイヤーに絆されるなんて、あってはならないことだ。本能が拒絶し、セカンドプラネットのシステムの浸食が強まる。それは自我を失いフィールドに現れる無個性な魔物に堕ちるということ。
『受け入れたくないのに、憎み切れない。最悪だよ』
傷が癒えるのを待ちながら、葛藤に苦しむ。
耐え続けるというのは孤独で長い戦いになるだろう。そう思いながら、檻の中で眠りにつくベロスだった。




