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サイドストーリー:プレイヤーネーム「シルク」編第2部第5話

 戦闘が起きているすぐそばで孤児の少女は座り込む。建物の壁を背にしているが、寄りかかるものがなければ恐怖に震えた足では立ち上がることもままならないだろう。


 何が私を殺してからだ。お犬さんと慕っていた存在は、自分を殺そうと殺意を向けてくる。あの牙が迫ってくる恐怖に、彼女はすっかり怯え、自分が口にした言葉のほとんどを後悔していた。


「どうしてこんなことに……」


 結局自分は死ぬ覚悟なんてなくて、後先考えずに飛び出しただけだった。あのネイルと呼ばれている弓使いなら自分を撃たないだろうと根拠のない自信があっただけだった。いざ死の恐怖を前にするとこんなにも怖くて生きたいと思うなんて。


「許して」


 守って死ぬことも、魔物を信じぬくこともできずふさぎ込み、2人の大人がこの惨劇を終わらせてくれるのを待つだけの無力な自分に腹が立つ。けれどその程度の怒りでは恐怖を塗り替えることはできず、体は動かないまま。涙が溢れ、口から漏れたのは免罪を求める言葉だった。


~~~~


 半透明な刃を作り出す力を得たからと言って、その前に得た力を捧げたわけではない。


「――インターフィアー・ウィズ・タイム」


 ここで切らなければどこで切る。切り札を使ったシルクは周囲の時間が遅い空間に1人立つ。

 しかし魔物もこうなることは織り込み済み。ボロボロの体の残る体力で最後の追い上げを見せ、遅くなった空間でもまだそれなりの速度を保っている。


「(出力が足りるか? 安定性は? いや、ここで決着をつけるしかないんだ。迷ってる暇ないだろうが)――ジャストブレード」


 それでもまだ手は届く。シルクは軋みを上げる体を動かし、少しでも距離を稼ごうと手を伸ばす。その手には、半透明で大きな鋏があった。


 2つの刃先が魔物の体へと沈む。それは斬るや刺すとは違うすり抜けるような挙動。そうしてすんなると魔物の体に入り込む刃だが、貫かれた魔物は何事もないかのように動き続け、ダメージエフェクトも散らない。


 だが、それでいい。シルクにとっては刃が届いたこの1点のみが重要な事実。彼は笑みを浮かべ、高らかに叫ぶ。


「どこまでも都合がいい。それがこの力なんだよ。全部ぶった切ってやる!」


 その言葉とともに鋏が閉じる。その瞬間、半透明な青白い刃は輝きを増し、無数のエフェクトが魔物の体を走る。

 それでもやはり魔物の体は傷つかない。なぜなら、彼が切っているのは魔物の体を蝕む赤い糸。それをバラバラに切り裂き、食らいつくす。

 ただ斬るのではなく、刃を差し込み悪い箇所だけ切除する。その必要があったからこそ、彼は真正面からのぶつかり合いを嫌い、好機を狙う必要があったわけだ。


「っ」


 しかし能力発動後に負荷がシルクの許容範囲を超える。時間に干渉する力が解除され、体は膝から崩れ落ちる。立ち上がることができず頭が割れるような痛みに意識が遠のいていく。それでも魔物を助けることができたのか。その結末を見ずに眠ることはできないと必死に目を開ける。


 魔物は体の自由を取り戻した一方で赤い糸の影響から脱したことでダメージが反映されたらしい。今にも少女にとびかかろうとしていたその体はほんの少し減速し、おぼつかない前足では地面を踏みしめることができずに地面にたたきつけられ、少し跳ねて地面を転がる。

 そうして魔物は少女の目の前で静止する。横たわり、肩や背中の傷口から赤いマテリアルを垂れ流し、浅い呼吸で少女に目を向ける魔物。しかしそんな魔物を見る少女の目は恐怖に染まり、魔物の方から離れようと足を引きずるように後ずさる。


 その光景に、シルクは自分が間に合わなかったのだと察する。絆を育んでいた少女と魔物。しかし少女は魔物を少し大きな犬だと思っていた。だから彼の魔物としての凶暴な側面を見たとき、自分と分かり合えないものだったと思い知ったのだろう。

 彼らセカンドプラネットに居るキャラクターたちは、あの赤い糸を見ることができない。だから少女は魔物が操られていたこと知ることができない。たとえシルクが少女に本当のことを伝えようと、彼女が理解できるかどうかも怪しい。

 唯一、魔物の優しい目は少女の無事を喜ぶように穏やかだが、その目を少女が見ることは、もうない。目線を合わせることができなくなるほど、襲われたという恐怖は根深いものだった。


「ちょっと、大丈夫!? ……でもこれ千載一遇のチャンスだし……というかエルヴォさんどこに居んのよ!」


 誰も死なないハッピーエンド。そのはずだった。けれどそれは及第点でしかなかった。こんな埒外な力を手に入れてもまだ足りないのか。そんな悔しさを抱え、気力を削がれたシルクはあっという間に意識が遠のいていく。

 近くでネイルが叫んでいる。この状況で彼女1人後始末を任せる罪悪感を覚え、次目を覚ました時には探偵業の手伝いをするのもやぶさかではないなと思いながら、彼は意識を手放した。


~~~~


 その後、シルクは病室で目を覚ました。

 上体を起こすと、看病のためか近くには見覚えのある2人の姿がある。


「無事みたいね」

「すまない、君に負担をかけてしまったようだね」

「謝らないでください。そもそも僕が足を引っ張ったのがいけないんです。僕がもっと早く決断していれば……」

「そうそう。こいつのいう通り――って痛いわね! 何すんのよ!?」

「おまえはもう少し気遣いというものをだな……ネイルがすまない。それと、あまり自分を責めすぎないことだ。どうにもならないことはあるのだから」


 ネイルとエルヴォの2人と話す。戦闘中負担をかけてしまったネイルからの辛辣な言葉に苦笑しつつ、エルヴォがネイルの頭部に割と容赦のないげんこつを食らわせたやり取りに既視感を覚える。

 その一方で困惑から覚めない部分もある。表面は冷静であるように取り繕っていたが、内心ではまだ動揺していた。


「(なんでリスポーンしてないんだ?)」


 顔に触れると、ひび割れていた箇所は元通りになっている。それを確かめ、リスポーン地点が変わっただけかと思ったが、そうなると病室に寝かされていた理由がわからない。リスポーンすればすぐに動けるようになるはずだ。

 一度はそう考えたが、時間の経過で混乱が多少収まってくると、何故こんな状態になっているのかという理由に心当たりがあったことに気づく。そしてその確証を得るように、半透明な刃(ジャストブレード)を生成する能力を失っていないことを確認する。この場で披露するつもりはないため確証とはいえないが、手のひらに力を込めるとアバター内部のリソースが力を込めた個所に収束し、能力を使う寸前の状態になったので、おそらく力を失ってはいないだろう。


「(半NPC化とでもいうべきか。この世界(システム)に組み込まれた結果、僕の扱いはプレイヤーではなくなったと考えないといけないらしい)」

「難しい顔をしているね。まだ疲れが抜けていないんじゃないか」

「そうですね。看病ありがとうございました。僕はもう少しここで休ませて貰います。体調が戻れば一度伺いますから、今日のところはお引き取りください」

「わかった。君がそういうのなら私たちは立ち去ろう」

「え、あの事話さなくていいんですか――むぎゅ」

「別に急ぐような話でもない。今は療養が先決だよ」


 今度は口を塞がれ窒息しそうになり手をバタバタとさせるネイル。そんな彼女を引きずるようにエルヴォは去った。

 正直何か話していないことがあるというのは不安要素だが、今は何も言わないでくれたのはありがたい。既に考えることが多すぎて何から考えればいいのかと思考が纏まらない彼に、これ以上何か伝えても右から左へ流れていくばかりだろう。


「単純なゲームクリアじゃログアウトは見込めなくなったし、この状態だとリスポーンできるのか怪しい。死んだらそれで終わりの本当のデスゲームになっていてもおかしくないんだよな」


 リスポーン不可能と断言されたわけではないが、その可能性も頭に入れておかなければならない。そんな憂鬱な気分になり、この状況で自分は果たして戦えるのか。そんなことを思う。


「そしてこの例外的な力。そもそも通常プレイでは不要な力ではあるけれど、災害級魔獣やあの不気味な男を相手にするとなると使うほかないだろうな……」


 アバターの拡張機能とでもいうように、代償を払って手に入れた力はすでにシルクのものであり、追加の代償を払う必要はない。しかし使えば使うほどアバターが能力に最適化されていくのを感じる。それはすなわち現実世界の本人とシルクの境界が曖昧になっていくことを意味している。彼にとってそれはあまり好ましい話ではなかった。

 確かに彼は、ゲームの世界をただの遊びだと割り切ることはできないと思い代償を払った。それは間違いない。しかしそれは現実を捨てる覚悟があるという意味ではない。彼にとって現実の比重は軽いが、無視できるほど無頓着ではいられない。そんな立ち位置にあった。


「攻略と並行して問題解決が必要か……」


 何か知っているとすれば糸使いの不気味な男だろうか。そう考え、「また会おうね」という言葉の通りになってしまうことに腹が立つ。

 そんなことを考えていたところで頭がズキリと痛む。どうやら過負荷の影響はまだ抜けきらないらしい。考えるのは体調が回復してからでも遅くない。今考えてもよくないことばかり考えてしまいそうだと思考を止め、ベッドの柔らかさに身を委ねる。気絶とはいえ眠っていたからか眠気は来ないが、じっとして少しでも早い回復に努めるシルクだった。


~~~~


 セカンドプラネットのシステムの一部に組み込まれる。

 その現象は、プレイヤーの強い意志による過干渉によって引き起こされる。それはシルクの事例からもわかることだ。

 しかしそれとは別に、プレイヤーがセカンドプラネットに組み込まれる現象はもう1つあった。


「(なんか考えがまとまんないし、体に力も入らない)」


 袋に詰められ抵抗していた男。彼は以前ヒュドラーの毒に侵され、その後救援部隊の手によってセカンドプラネットからの脱出に成功した男だった。

 しかし、そんな彼の意識が現実に戻ってきたところで、彼の帰還を待ち構えていた誘拐犯の手によって袋詰めにされ、どこかへと運ばれている。


 そんな彼は、抵抗しても無駄だと悟り、それから袋から出された後の自分の身の振り方を考えようとしていた。

 しかしそこで彼は思考が纏まらないことに気づく。具体的には、頭の中で自分の意識とは別な思考がずっと続いているような感覚だった。

 集中しようとしてもそのノイズにかき消される。初めは自分の身に降りかかったいくつもの不幸が思考する余裕を失わせていたのだろうと思っていたが、袋の中でじっとして思考以外できなくなったことでようやく異常に気付いたわけだ。


 そんな状態でどれくらいの時間が経っただろうか。結局あまり考えることはできないままエンジン音が止まり、荷台に積まれていた袋ごと彼の体は再度持ち上げられ、どこかへと運ばれる。その時にはもう袋の中で身をよじり抵抗する気力も、周りの誰かに助けを求める叫び声も上げる気力はなくなっていた。


「連れてきましたよ、博士」

「ありがとう。しかし袋詰めとは穏やかじゃないね」

「この場所を知られるわけにはいきませんから」

「その労力が報われることはないと思うけどね。この世の中無線が飛んでない場所のほうが少ない」


 自分を誘拐した男ともう1人、博士と呼ばれる女性の声が聞こえる。そんな会話内容に耳を傾けていると、視界がふっと明るくなる。どうやら袋から出してもらえたらしい。普段なら大して気にしないような天井の照明に目がくらんだ。


「ここは……」

「あんまり動かないから眠っているか死んでるかと思ったよ。どうやら相手は証拠隠滅のためにシナプスを焼き切るような真似はしなかったようだね。無事で何より」

「博士、そう不用意に近づかないでください」

「えー、ずいぶんと大人しいし、害はないでしょ。……いや、これは大人しいというより無気力というほうが正しいかもしれないけどね」


 どうやら博士と呼ばれた人物は男の状態に気付いているらしい。


「君、名前は?」

「名前……俺は、エピウス……いや違う、なんで? ……俺は東山だ。東山徹(ヒガシヤマトオル)

「おっとこれは重症そうだ」


 彼は自分の名前を名乗ろうとして、どうしてか先にセカンドプラネット内で使っていたプレイヤーネームが出てきた。そのことに動揺しつつも少し考え、彼は何とか自分が東山徹であると名乗った。

 自分の名前を忘れている。そんな普通ありえない状況に、この時見知らぬ相手に本名を名乗って大丈夫なのかといったことを考える余裕すらなく、彼は無気力なだけでなく憂鬱になりうなだれる。


「説明は簡易的にして早めに処置したほうがよさそうだね。霧島くん、手配を頼めるかな」

「わかりました」

「ああ、そういえば名乗ってもらったのに名乗っていないのは失礼だね。私の名前は黒木明(クロキメイ)。ここで電脳障害の治療を行っている。医者じゃなくて博士と呼ばれているが、まあそういう細かい事情は後にしよう。まずは君の症状の緩和が先決だ」


 博士はそういうと彼を車いすに座らせその部屋から別な部屋へと東山を運ぶ。




 彼女が口にした電脳障害。それはセカンドプラネットをプレイした後遺症になる。ただ普通にプレイしたのでは発症しない。重要なのは災害級魔獣の攻撃を受けたかどうか。そしてリスポーンしても解除されない状態異常を受け、そのままログアウトしたかどうかという点が重要になる。

 そんな電脳障害だが、学会があるわけでも、明確な症例があるわけでもないため、その現象を知る組織の間でも呼び方は統一されていない。


 つまり今の東山の脳には、VRデバイスを取り外したにも関わらずセカンドプラネットで活動していた頃の影響が残っている。それは自分の意志でセカンドプラネットのシステムに入り込んだシルクと異なり、状態異常を与えた相手を本人の意思に関わらずリソース源としてしまう危険極まりないテクノロジーだった。

 そして災害級魔獣の一部はそんな自らの特性を知っており、だからこそプレイヤーを積極的に襲う習性をもっていた。


 そんなことを知らない東山は、知らず知らずのうちにヒュドラーによって脳を侵されていた。


 東山の症状を知る黒木だが、どうやってその情報を得て、東山を見つけたのだろう。

 その症状に侵されたプレイヤー1人を特定する力に、人を誘拐するリスク、そして現時点で既にその症状を緩和する治療法が用意されていること。それは並大抵のことではない。

 彼女らが所属しているのは、ここまでのことができる規模の組織であり、この日に備え用意してきた。それだけの理由が彼女たちにはある。

 仮想世界での騒動の裏では、現実世界で問題解決のため必死に動く人々の姿があるのだった。

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