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サイドストーリー:プレイヤーネーム「シルク」編第2部第3話

 シルクたち3人が小屋に突入すると、子供を攫おうとしている魔物の姿を発見する。


「人質か?」

「え……違うよ! この子は悪い子じゃな――痛っ」


 子供がそう言って庇おうとするかのように手を広げようとするが、魔物はそれを止めるように少女を小突き、子供を避けて探偵たちの前へと足を進める。その姿は堂々としていて、恥じるところがないような振る舞いに思えた。

 エネミーというと、盗賊のイメージが強く、それ以外の敵を思い出しても、小汚いゴブリンや知性の感じられないワーウルフといった存在ばかり見てきたシルクにとって、その姿は異様であり、挑むことが罰当たりのように感じてくる。

 しかしここで彼を逃せば町が消滅するのだ。震える手を鎮め、剣を握る手に力を籠める。

 考えてみれば、自分を庇おうとした子供の善意を無下にするような相手だ。躊躇う必要はない。言い訳のような言葉を脳裏で繰り返し、形のない憎しみを育て弱音を殺した。


 そんなシルクの内心の葛藤を無視し、先んじて攻撃を仕掛けたのはエルヴォだ。彼は懐から紐付きの(もり)が装填されたボウガンを取り出すとためらいなく狼に向けて打ち込む。

 しかし素早い狼はそれを軽く躱し小屋の屋根に空いた穴から外へと逃れる。


「追え! 逃がすな!」


 エルヴォのその指示にネイルとシルクは応じ、急ぎ小屋を出ようとする。


「何でこんなことするの! お犬さんかわいそうだよ!」


 しかし服の端が引かれる感触がありシルクは立ち止まる。振り返ると先ほど狼とともにいた子供が彼の服の端をつかんでいた。

 それは振り払おうとおもえば簡単に取り除ける障害だ。しかし今の彼は、それがひどく重く、とても振り払えないものであるような錯覚を覚えた。


「もたもたしてるようなら置いてくよ。見失っても知らないからね!」

「わ、わかってる」


 そんなシルクの様子を気に掛けるようにネイルの怒声が響く。それに返事をして彼女の背を追おうと足を前に踏み出すが、それ以上先に足が進まない。


「ねえ! なんでこんなことするのよ!!」

「……あれは犬じゃない。この町を危険に晒す魔物なんだ」


 シルクは時間を無駄にするのを承知でしゃがみ、その子供をなだめる。しかしその様子は子供をなだめているようで、泣きそうな表情をしているのはシルクのほうだった。


「そんなことない! あのお犬さんは、私と一緒にいてくれた。他の子も大人も、誰も一緒にいてくれなかった。あの子だけが私と一緒にいてくれたの……お願い、あの子にひどいことしないで……」

「っ、俺は、どうしたら……」


 脆い形ばかりの憎悪はその言葉の前であっけなく崩れ落ち、同情や苦痛、罪悪感が胸を満たす。思考がまとまらなくなり、次に自分が何をすればいいのかもわからない。

 あの魔物を倒さなければ、セカンダリアは潰える。それでも、この少女とあの魔物の友情を守るべきなのか。本当にその選択で後悔しないのか。後悔するとしても、自分を納得させることができるのか。ただ1人のプレイヤーには重すぎる決断を前に瞳は揺れ、呼吸は浅くなる。


「殺すわけじゃない。捕まえるだけだから。ちゃんとまた会える」

「本当?」

「ああ、本当だ。だから君はここで待っていてくれ」

「嫌! 私もついていく。あなたがいうことが本当なら、私が一緒にいてもいいでしょ!」

「……」


 だめだ。その一言が出てこない。

 確かに嘘を言っているつもりはない。本来はその予定であり、狼は捕らえるだけだ。けれど、その途中で狼を弱らせるために攻撃をすることはある。それが最悪の場合討伐という結末に転ぶ可能性もないわけではない。

 近くにいては危ない。子供に見せるには残酷すぎる。そういった気持ちがあるのに、まっすぐこちらを見る少女の目を見返すことはできない。


 戦場に連れて行っても後悔する結末しか見えない。それでも決断を先延ばしにしたシルクは、彼女を置いて先へと行く。できれば追いつかないように。そう思いながら、後ろから聞こえる足音を聞こえないふりをして先を急ぐ。その間、彼はくらくらと眩暈に近い感覚を覚えていた。足元がおぼつかず、思考も鈍っている。

 肌を撫でる風も、手にした黒い長剣の柄のざらついた感触も、やけに重く感じる1歩も、どれも幻にしてははっきりと彼の五感に訴えかける。


「予想以上だ」

「ちょっと、こんなに強いなんて聞いてないわ!」

「どおりで上がこの町ごと消そうとするわけだ」

「グルルルル……」


 そんな不調を感じつつも、シルクは戦場に足を踏み入れる。そこでは、攻撃を食らい毛並みが乱れた狼と、呼吸を荒くした探偵2人がにらみ合っている。そんな中、2人は余裕を見せつけるかのように言葉を交わす。しかし、その会話の内容は場を和ますものではなく殺伐としたもの。そんな会話は少し離れたシルクにも聞こえるくらいの声量で行われ、当然狼にも届いている。そして町ごと消すという言葉に反応したかのように、より一層低いうなり声で彼は2人を威嚇しはじめる。もしかすると、言葉を理解する高い知性を持っているのかもしれない。

 魔物とはいえそれだけ頭が回るのなら、和解の道もあったはずだ。ではなぜ彼らはこれほど脅威と恐れられるのか。おとなしく檻の中で過ごしれくれという願いと、それだけの理性がある者を檻に閉じ込めるなんておかしいという思い。屈託した感情。どうしようもない理不尽な世界に対する苛立ち。なぜこんな思いをしなければならないのかという葛藤。そういった思いが入り交じり、言葉にならない。目をそらし、野蛮な魔物や盗賊といった悪と断じることができる相手を倒していた頃に戻りたいとシルクは強く思った。

 しかし足を踏み入れてしまった以上、結末を見届けるまでは当事者だ。逃げて、何が起きたのか知らないまま過ごしたきっと後悔するだろう。


「遅い!」

「すみません。加勢します」


 もし捕らえるなら、早いほうがいい。そうすれば痛みが長引く時間は減らせるはずだ。

 自分のせいで町が消える。それは避けなければ。結局彼は子供と魔物の友情よりも現実を見る。やはり、家を失う不特定多数の人々の存在を無視はできなかった。


「……恨んでいい。だからここで倒れてくれ。――オーバースラッシュ!」


 セカンダリア周辺での戦闘で剣術のスキルレベルが上がり習得したパワースラッシュのほぼ上位互換といえる技能。パワースラッシュと違い少量ではあるがMP消費はあるが、ほかにMPの使用用途がないシルクにとっては大したデメリットでもなかった。

 しかしシルクの躊躇いが消えない斬撃は軽く躱され、体当たりを食らう。


「うっ」

「邪魔よ!」


 しかしその反撃の隙間を縫ってネイルが矢を放つ。狼はその攻撃を躱そうとしたが、わずかに躱しきれず少量の鮮血が舞う。


「やっと当たった」

「グルァ……」

「まだ動いてるぞ?」

「嘘。大型の魔物でも卒倒するレベルの激痛よ。なんでまだ動けるのよ!」


 どうやらその矢は毒矢だったらしい。シルクは体当たりで吹き飛ばされた状況から起き上がる途中、先ほどよりも動きが鈍った、けれどまだしっかりと意識を保ち四足で地に立つ堂々とした姿を見る。


「どうしてそこまでするんだよ」


 しかし足は小刻みに震え、歯を食いしばっている姿からは、苦痛を感じてないわけではないということも感じる。耐性はあるが、それでも倒れてもおかしくない激痛に苛まれているようだ。

 その姿にシルクは、どうしてまだ立つのかと問う。しかしそんなシルクの言葉に答えは返ってこない。


 そうして彼がはっきりと狼を見たとき、はじめてこの戦況の異様さを自覚する。


 狼は、探偵2人を傷つけない。追いまわし、攻撃を躱され息を乱す。しかしそれだけ。服に爪に切り裂かれた痕も、噛みつこうと口を開けば散るはずの飛沫に汚れた跡も、汚れた毛が擦り抜け落ちた毛が服に絡んでもいない。

 唯一プレイヤーであるシルクへは攻撃をしたが、探偵2人に対しては一貫して逃げに徹している。


 NPCの少女との友情に、NPCの探偵たちへ攻撃しない態度。その違和感はシルクの理解を拒み、彼は戦場にいることも忘れ、頭を抱え蹲る。


「なんなんだよ! わけがわからないだろ。一体どういう理由だ? 誰も説明しれくれないし、なんで戦ってんだよ俺は!!」

「危ないだろうが! くそっ」


 エルヴォがシルクを庇い、ネイルがそれを補助する。

 そんな戦闘が繰り広げられている中、相変わらずシルクは蹲っていた。悪だと断じた魔物に剣を振るい、矢を放つNPCたち。しかし魔物はNPCの少女と友好を深め、あまつさえ襲い来る彼らを害することさえない。なぜ魔物は悪なのか。彼は本当に町を脅かす何かなのだろうか。その疑念を持ったまま武器を振るうことに耐えかねたシルクは、戦場で頭を抱え蹲る。ここで獣を倒さなければいけない。そう思う一方で、目の前にいる魔物を殺す理由が見いだせない。

 彼は、本当に害悪のある魔物だというのなら、その本性を露わにしてくれとさえ思っていた。


「おい! しっかりしろ! おまえを庇ってる間に逃げられてしまうじゃないか!!」

「放っておいてくれ。あんたらは自分が正しいと思うことをしてればいい。俺はもう、その獣に剣を向けられない」


 きっと自分がいなくても上手くいくだろう。それが少女との約束を裏切る結末だとしても、今の心が折れた彼には力がない。震えて崩れ落ちた足と、重くて持ち上がらない剣。そんなものでは戦うことなんてできるはずがない。

 伏せた目を前に向けると、弱った魔物がふらふらとしながら攻撃を避けようとして打たれるところだった。しかし魔物は反撃などせず体を翻し、後ろへ飛ぼうとして足を挫く。そうして着地に失敗した魔物は、勢いを殺すことができずに地面を擦って壁に背をぶつけてしまった。


「まったく、手間を取らせないでよね」


 弓を背負い、腰から下げていた棒状の鈍器で攻防を演じていたネイルは、そういいながら地面に倒れた魔物へと近寄る。


~~~~


 そんな戦闘が繰り広げられる中、それを遠目で見ている者がいた。


「(何をしているんだまったく)」


 恰好は、エレクに似た作業着を身に着けた青白い顔の男。彼は腰から下げた武器に手をかけ、苛立ちからか貧乏ゆすりをしていた。


「この僕が目を付けた候補者がそんなんじゃダメだろ! 何か、何かあいつを奮い立たせる何かは……」


 そんな男が周りを見回すと、息を切らしながらも走る少女の姿が目に入る。もとから擦れていた薄っぺらい服は、道中転んだのかところどころ破れ、痛みからか目じりには涙が溜まっている。それでもけなげに走り、魔物の元へと駆けていく。


「……使えそうだな」


 男はそう呟き、きっと上手くいくだろうと笑みを浮かべる。


~~~~


 魔物へと近づいていくネイル。次の展開がありありと予想できる光景を前に、シルクは再び目を伏せる。しかし、予想に反して断末魔は聞こえてこない。


「だめっ!」


 代わりに聞こえたのは、聞き覚えのある少女の声。


「なん、で」


 確かに振り切ることはできなかった。けれど、彼女の未熟な体では、まだここに着くとは思えない。けれど彼女は魔物を庇うように前に立ち、ネイルは武器を振り下ろそうとした手を止めた。


「どきなさい!」

「嫌! 友達を失うなんて耐えられない。やるなら私ごと攻撃しなさいよっ!!」


 その姿を見たシルクの体は、先ほどまで凍り付いていたかのように動かなかったというのに、自然と駆け出していた。


「だめだ」


 頭が割れるように痛む。


「おいっ!? 一体どうしたんだ?」


 何かとても嫌な予感がする。具体性の何もないその衝動に突き動かされるように、彼は武器も何も持たない手を虚空へと伸ばす。


「――ほら、救世主さん。か弱い女の子が魔物に襲われているよ」


 背後から聞こえてくる声は、果たして幻か。


「逃げろっ!」


 手が届かない。ならせめて、声ならば。その願いを込めた精一杯の声は、しかし届かない。


「嫌よっ! 絶対に退かないから!」


――「弱ってるなら支配も通るのか。あるいは本体じゃないから抵抗落ちてるのかな? まあどっちでもいいや。さあ、舞台で派手に踊ってくれよ? ――スレイブドール」


 青白い顔に作業服。ファンタジーには似つかわしくない格好の男は、いつの間にかその場に現れていた。そしてやけに楽し気に自分の考察を披露したのち、赤い糸を狼の魔物へと伸ばす。伸びた糸は魔物の体を静かに縛り上げ、弱った魔物はくぐもった小さな呻き声をあげる。しかし悲鳴を上げる前に、意図は口を隙間なく塞いでしまう。


 「奴隷人形(スレイブドール)」という響きは不穏で、危機感を覚えずにはいられない。


 そうして糸に捕らえられた魔物の体には糸が這い、欠陥が浮き上がったように気味の悪い模様のように浮かび上がる。そんな不気味な姿へと変貌した魔物は、先ほどまで不自由だったはずの体を持ち上げると、その魔物は先ほどまでとは違う冷たさすら感じる瞳で少女を見つめる。

 しかし魔物を背に立つ少女にその目は映らない。彼女はまだ、魔物を守ろうとその場に立っている。


 ネイルはその異様な変化を目にしたからか、魔物への追撃や少女を退けるのではなく、少女の説得をあきらめ後ろへと1歩下がり様子を見る。そこでようやく少女が異変に気付き後ろを振り返る。


「お犬さん……?」


 その疑問符のついた言葉は、歯をむき出しにして唸る魔物の姿が、あまりにも過去の印象とかけ離れていたから零れたものだったのだろう。


 そして、最悪が目の前で起きようとする。


 口が開く。やけに時間の流れがゆっくりとしているように感じる。それは、感覚が引き延ばされているからだろうか。


「ふざけんな。こんなことがあってたまるかよ」


 あの時、俺が魔物を倒すことを躊躇ったせいなのか? そんな問いがずっと頭を離れない。

 心優しい魔物が、共に過ごした少女を噛み千切る。あと数秒でそれが起こる。手は届かない。投げる武器もない。少女の足は動かない。ネイルは一歩下がり、あてにならない。エルヴォはシルクを守るために戦場から一歩退いて間に合わない。


 すべての五感から伝わる情報が、悉く無理だと言っている。ひどい頭痛はまるで彼に諦めろというようだった。

 けれど、シルクは諦めが悪かった。


『無理だとあきらめていた。魔物を説得し、町も救う。欲張ってもいいことなんてない。できることで満足しようとした。でもそんなの悪夢(リアル)と変わらない。そんなのは"嫌"だ。ゲームの中くらい、ご都合主義の結末を目指すべきじゃないのか?』

「認めない。こんな結末、認めてたまるかよ!!」


 シルクのその宣言で頭が割れるような痛みは本当に彼のアバターを引き裂き、内側から漏れ出る白い光は一瞬で彼の体を覆いつくす。




――ガチンという歯がかみ合う音は、肉を千切る嫌な音を伴わない。


 変異した魔物は思っていた感触がなかったことに動揺したのか瞬きする。


「……え、私、無事だ……何が起きたの?」

「間に合って本当によかった」


 目の前で大きく開かれた口と、触れる生暖かい吐息は、きっとトラウマになるくらい恐ろしかったことだろう。目を閉じその時を待つだけだった少女は、真っ白な装束に身を包み、その姿を変えたシルクによって救われる。


「え、その声、さっきの男の人なの?」

「今からあいつを取り戻す。大丈夫。絶対に傷つけないから」


 腕に抱えた彼女を降ろし、そして少女の肩に手を置き膝をついてシルクは宣言する。それは彼にとって誓いの儀式のようなものだった。


「いいねぇ、これでこそ私が望んでいた劇だ」


 それを屋根上から眺める作業服の男。シルクはその声がしたほうを向き、その顔を睨みつける。


「……おまえ、何が目的かしらないけど、俺は絶対に許さないからな」

「おお怖いねえ。まったく、恨まれる筋合いはないのだけれど。……まあ過干渉は罰せられてしまうから、今日はこのくらいにしておくことにするよ。また会おうね!」


 そういって作業服の男はふっと消える。まだこの力を使いこなせていないのか。あるいは彼が能力の利かない相手なのか。正確なところはわからないが、目で追うことすら叶わずシルクは思わず舌打ちする。

 ふざけた相手だ。何か手を打たなければきっとまた災厄をまき散らす。そんな気がしてならないが、今は変異した魔物をどうにかするほうが先決だと目の前の魔物に意識を戻す。

 赤い糸を放った主犯が消えた今、魔物の変異が収まってくれることを期待したが、そこまで甘くはないらしい。いまだに魔物は少女を狙い、どう猛な唸り声をあげている。


「(この姿、この力は消耗が激しい。次の行動で何とかするしかない)」


 土壇場での能力の覚醒。まったくご都合主義もいいところだが、この力は万能とまではいかないらしい。ここまで来て失敗は許されないと、シルクは頭の中に流れ込んできた大雑把な情報を整理する。


 能力の正体は、周囲の時間を遅くするか、あるいは自分自身が加速する能力だ。どちらなのかはっきりしていてほしいと思うが、そう都合よくはいかないらしい。

 しかし先ほど作業服の男が能力発動中に平然としていた。相手が自分と同じだけ加速したとは考えにくいため、周囲の時間を遅くする力であり、相手はその影響を受けなかったと考えるのが妥当に思える。

 とはいえ先ほどの男は例外であり、基本的には加速に近い効果を得られる。むしろ身体だけ加速して思考が間に合わないという危険がない点は優れている。


「今解放してやるからな」


 構えを取り、魔物と対峙する。

 武器を使わないのは不殺のため。魔物にとりつく赤い糸を掃う方法などわからない状況でそんな余裕があるのかと人はいうかもしれない。しかし今の彼は、そんな言葉には耳を貸さないだろう。「諦めない」という言葉には、自分のやり方を曲げないという強い意志も含まれていた。

 そんな彼はただまっすぐに魔物を見据え、必ずやり遂げると誓うのだった。

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