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サイドストーリー:プレイヤーネーム「シルク」編第2部第1話

――これはハルトが遺物を求め、ダンジョンに入るより少し前の出来事。


 シルクは、セカンダリアの北部エリアで魔物を倒していた。


「このあたりの敵は、まだソロでも行けるな。2人も既存の狩場だと稼ぐのに苦労していたことだし、次はこの狩場にしないか提案してみようかな」


 そんな感想を口にしつつ、彼は自分の限界を確かめる意味もあり、森の奥へと入っていく。

 最近手に入れた気配察知のスキルの効果で何となくほかの生物の居場所を感じ取っていた彼は、狩りを続ける中で1つの大きな気配を感じる。


「これは、盗賊の(かしら)と相対したときに似てるな」


 当時は気配察知のスキルを覚えていなかったが、それでも当時このスキルが使えていたならどう感じていたかということもなんとなくだが感じ取れる。もしかすると思い込みなのかもしれないが、シルク自身は確信めいたものをもってそう考えていた。


「放置するのは危ういかな。1人はさすがに不安が残るけれど」


 口ではそういいつつ、足取りは迷いなくその気配を追う。

 しかしいくら進んでも距離が詰まらない。気配の進行方向が森の奥へ奥へと向かうものだったため、それも仕方のないことかと思っていたが、しばらくしてこちらに気付いているのではないか。そんな考えが頭をよぎる。


「すでに気づかれてるなら強引に行くか?」


 じれったさのあまりシルクがそんなことを考え始めたころ、その決断よりも早く大きな気配は忽然と姿を消す。

 そこで彼はようやく違和感を覚える。先ほどまで魔物と戦っていた。それなのにも関わらず、なぜ魔物と一度も遭遇しなかったのだろうか。改めて気配察知のスキルに意識を傾けると、少し離れた場所に魔物の気配があるのだが、こちらに気づいていないのか。あるいは何かにおびえるようにその場所からこちらには近づいてこない。


「この先に何かの根城があって、ここはその縄張りだったりするんだろうか」


 ソロで何とかなるとはいえ、この森の魔物はファーストリア周辺に出ていた魔物とは質が違う。それがおびえるほどの相手となると、シルク1人では太刀打ちできないだろうというのは容易に想像がつく。それでも彼は好奇心が抑えられず、少しずつ気配が消えた方向へと進む。

 そうして彼が見つけたのは、文字がかすれた看板だった。


【この先**者のダンジョン】


「……ダンジョン?」


 ゲームのダンジョンというと、階層構造のマップを指すことが多い。それくらいはシルクも知っている。そしてダンジョンの中は外界と遮断され、特別なエリアとして、外観からは想像できないくらい広い空間になっていることがある。


「どおりで気配がないわけだ」


 ダンジョンの中に入ったというのなら、確かに気配が絶えたのもうなずける。しかしその先へ踏み込んでまで追うべきだろうか。シルクは少しの間思案し、1人では無理だろうという結論を出す。


「仮に盗賊の頭並みに強い相手だとすれば、人を呼んで早めに鎮圧するのが吉か」


 そう呟くと、かれはその看板に背を向けてきた道を引き返す。

 その道中、シルクは背後で何かがぶつかりこすれ合う激しい音を聞き、立ち上がる火柱を見ることになる。ダンジョンが外界と隔絶した場所だというのなら、なぜ音が耳に届き、激しい光が目に入ってくるのだろうか。そのことを不思議に感じつつ、彼はあの先に進まなくてよかったと思う。




 その後、シルクの報告で、セカンダリアの兵士たちが北部エリアに集結する。

 彼の案内で森を進み、焼ける煤のにおいがするくらいにはダンジョンに近づいていく。しかし、そこで彼らが目にしたのは封鎖されているエリアだった。


「この先がダンジョンのはずです。でも……」

「立ち入り禁止区域だな。立ち去るしかない」


 兵を率いていた隊長格のNPCはそう口にする。しかしその発言に待ったをかけた人物がいた。


「あの、少々よろしいでしょうか?」

「……君は?」

「精霊教会のリリアと申します。ダンジョンの調査ということで同行を許可していただきました」

「ああ、そういえばいらっしゃいましたね。どうかなされましたか?」

「この一帯に満ちる邪気を感じました。この先は立ち入り禁止となっていますが、彼が見たというダンジョンの存在は確かかと思われます。懸念材料は取り除くに限ります。後ほど浄化のため、こちらに聖職者の派遣を行いたいのですが」

「そういった話は一度町に戻ってからにしましょう。ひとまず一帯が立ち入り禁止となっているのであれば、問題は起こらないはずです」


 シルクを抜きに2人の話は進み、部隊は引き上げることになる。


「封鎖されているってことは、何かあったんだな」


 あの巨大な気配。その正体を確かめることはできず、空へと立ち上る熱線に焼かれた土地は封鎖されている。わずかに感じ取ることができるのは、焼けた臭いだけ。精霊教会の人物は何やら邪気と呼ばれるものを感じ取っていたらしいが、それが何なのかシルクは知らない。

 なんとなくすっきりとしないものを覚え、時折後ろを振り返りながらも町へと戻る。


 町に戻った後、しばらくはあの戦闘がなんだったのか答えが得られなかったことに不満を抱いていたが、だからと言ってそのことを引きずっていても意味はない。そう思ったシルクは、やることがあれば気も紛れるだろうと考え、次に何をしようかと悩む。

 無難なところで言えば、封鎖されたエリアとは別方向のエリアで探索を行おうか。そんなことを考えていた彼の目に、1つの張り紙が留まる。

 謎の魔族の人物画ばかりが張り出されている町の一角に張り出された犬の絵。見覚えはないが、ポツンと1つ浮いている張り紙が気になった彼は、その張り紙に書かれた住所に向かってみることにした。


「こんにちは」

「予約はなかったはずだけど、どちら様?」

「張り紙を見て来たんですが――」


 扉を開けて現れた女性は、シルクがそういうやいなや彼の手を引き椅子に座らせる。


「ようやく求人に応募が来たわ!」

「いや、僕は――」


 否定の言葉を継げようとする口は、肩に手を置かれ怖いくらいの笑みを間近で見せられ自然と閉じる。


「私のところは即日採用がモットーですから、今から働いてもらいますよ! あ、給料だけはいいから安心してね」

「……『だけ』?」

「細かいことは気にしないほうが人生楽しいわよ。さ、どの依頼を任せましょうかね」


 強気な人ならここできっぱり断れるのだろうか。そんなことを思いながら、流されるままに依頼を受けることになったシルク。だが依頼を受けるなら受けるなりに1つだけはっきりさせておきたいことがあった。


「そういえば、僕が見たのは犬の姿が写った張り紙だったんですが、あの犬は何ですか?」

「なんですって……」

「は? 僕何かまずいこと言いました?」

「その張り紙、どこにあった?」

「ええと、町の北門から少し先の――」

「場所を覚えてるならさっさとはがして私のところに持ってきて! それが最初の仕事!!」

「えぇ……」


 何がなんだかわからないまま勢いだけで従業員に加えられ、その初仕事が理由も知らされないまま張り紙を剥がしてくるようにという内容。あの張り紙の何がマズいのかも知らないが、かなりの焦りようだったので、そのままにしておくのはよくないのだろう。


「なんだかなあ」


 椅子から立たされ部屋から半ば追い出されるような形で外に出たハルトは、その強引さに気乗りしないなと思いつつ、律儀に張り紙を剥がしに向かう。

 しかし、再度訪れたその場所には、張り紙を眺めるスーツ姿の男が立っていた。


「あの……」

「私に何か用ですか?」


 シルクは最初、男にその場所を退()いてもらおうと声をかけたのだが、声をかけた後になって1つ気になることができ、男に問いかける。


「この張り紙について何か知っているんですか?」

「知っているといわれても、答えづらいな。ただ何となくこの獣を見かけたような気がするんだ」

「それはどこで?」

「この町のはずれにある一軒の小屋だったと思う。場所は確か――」


 男が地図に場所を示したところで、シルクはそれを記録し礼を言う。


「情報提供ありがとうございます。それと、その張り紙ですが、期限を過ぎたので回収されることになっていたんです」

「おっと、そうだったのか。それだと作業の邪魔をしてしまったようだね」


 そういうと男は一礼してその場を立ち去る。

 残されたシルクは張り紙を剥がしインベントリに放り込むとあの事務所らしき場所に戻る。


「あの、言われた通り張り紙回収してきたんですが」

「痛い痛い痛い!!」

「人手が足りていないのは事実だが、いつ私たちの組織はマフィアの真似事なんてするようになったんだい?」

「し、仕方ないじゃないですかー!」

「まだ言い訳を言うか。そして寄りにもよって不祥事の処理を事情の知らない個人に任せるなど」


 ノックしても反応がないので仕方なく扉を押すと、鍵などかかっておらず開く。そして声をかけても反応が返ってこないと思いつつ、目の前で繰り広げられる芝居がかったやり取りを呆然と見つめる。

 アイアンクローで頭を握られ足をばたつかせている女は、件の張り紙剥がしの依頼人。それに対して見知らぬ長身の男は彼女の上司らしく、何か不始末の罰を与えられているらしい。


「痛、頭、割れちゃう……」

「……おっと、お客さんか」

「た、助かっ……って、あんた!?」

「おや、知り合いかい?」

「彼女には、張り紙を剥がしてくるようにと言われて」

「そうか、君が話にあった人か。面倒ごとを押し付けてしまい申し訳ない。私から謝罪しよう」


 そういって男は深く頭を下げる。


「え、あの、別にあなたから謝罪を受けるようなことは何もありませんよ」

「部下の不祥事は私の責任だ」

「えっと」

「おまえはこの状況で自分から頭を下げることもできないのか」

「ご、ごめんなさいー!」


 男が頭を上げた後、少し言葉を交わしたところで彼は女のほうに見下すように冷たい目線を向ける。すると震え上がった女は慌てて頭を下げる。その様子に男も謝罪の意思より自分への恐怖心によるものだと感じたのだろう。ため息をつき頭を横に振る。


「……こんな残念な奴だが、仕事っぷりは優秀なんだ。ただこの性格だから人望がなくてな。人手不足から強行に及んだらしい。金で解決するのは失礼かもしれないが、謝礼でこの件は不問にしてもらいたい」

「わかりました。それと、一応今回彼女から依頼されていた内容です。剥がしてくるようにといっていたのはこの張り紙のことですよね?」


 シルクも少し面倒だがお使いと呼ばれる種類のクエストの存在は知っている。その一種だろうとさほど気にしてはいなかった。それだけに男の過剰な反応には少し動揺する。

 そんな中、話が変わる前にクエストだけは済ませておこうとインベントリから回収した張り紙を取り出して手渡す。


「……確かに回収漏れの張り紙だ。協力感謝するよ」

「それと」

「まだ何か?」

「これを回収したときなんですが、この絵に描かれている犬を見かけたという人から話を聞いたのですが――」

「その話、ほかの誰にも話していないだろうな!?」


 肩を掴まれ揺さぶられる。急な展開に動揺しつつ相手をなだめる。


「ちょっと、何です? 話してはいませんよ。だから落ち着いてください!」

「すまない。しかしまだ町の中にいたとは」


 こういう強引なところは部下の女と似ているなと思いつつ、手を離されたところでよれた服のシワを伸ばすと、シルクは彼の方を向き直る。


「……これは新しい依頼だ。説明をさせてもらいたいから時間をとるだろう。急ぎの用があるなら言ってくれ」


 躊躇いつつも、その男は新しい依頼について口にする。その口調からは、張り紙の一件を知る相手にしか依頼できないのだろうと感じ、厄介ごとの気配がした。


――「あの、わたし、いつまで頭下げてればいいんです?」


「忘れてた。悪かったよ。もう頭を上げていいぞ」

「あ、もういいんですね」


 そんなやり取りを挟みつつ、もしもこの話を聞いたら、後戻りはできなさそうだと思うシルクだった。

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