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魔装の残骸を媒介に受肉したEがハルトに加勢したことで、アンダイングの戦術は崩れ、回復が間に合わない状況に陥る。
「面白い。前回は戦う前に策に嵌められたんだったか? こうして正面から戦うのは初めてだろう」
「そういえばそうだな。忌々しい記憶だ。そしてそんな苦労して生き残ったあと、あっさりとひき潰された。まったく笑い話にもならない」
それでもアンダイングにはまだ余裕があるように見える。過去に因縁をもつ2人は剣呑な雰囲気をまとったまま会話に花を咲かせる。お互いに警戒は解いておらず、相手を油断させようと一見友好的な態度をとることもないが、それは卑怯な手を使う気がないだけなのか、それとも決して埋まらない溝があるからなのか。部外者のハルトにはわからない。
「長話をするほどお互いヒマじゃないよな。……さて、やるか。合わせろよハルト」
「わかった。やってみる」
「はっ、おまえそればっかりだな。こういう時は言い切るんだよ。『任せろ』ってな」
そういうとEは手にした黒い剣を振るう。切れ味はハルトが魔物と化していた時に使っていた長剣、あれに少し及ばない程度。細身で耐久性に不安が残る見た目をしているが、使い手のEの技量からか脆さは感じない。
襲い掛かってくる蛇の攻撃をいなし、時折斬撃で牽制する。ハルトに助勢するために無理をしているのだろう。定着していないつぎはぎの体からは時折身が零れ落ちる。そんな不完全な状態であってもハルトよりステータスが高いらしく、ハルトはラピッドアクションを使ってようやく追いつけるかどうかという状況。逃げるアンダイングを逃がさないためには全速力で詰めるべきであり、ハルトは前に出るよりも彼の背後を守るように立ち回ろうと思考を切り替える。Eが動きやすいように。そういう配慮を込めて刀となった右腕をふるう。
「あの時殺せなかったのに今なら殺せるとでも思ってるのか?」
「やってやるよ。後悔を断ち切るためにもなあ!」
剣と槍が切り結び、火花を散らす。
長柄の武器は間合いを詰められると剣に劣る。一方で剣が届かない距離で揺さぶられると近づくことすら叶わない。だがEは優れた剣技で間合いを詰め、アンダイングに一撃を与える。
高い再生力で内臓まで届いていそうな一撃もすぐに回復する。あくまで回復であって、プレイヤーのようなダメージエフェクトのみで肉体に損傷がないということではない。そして回復には消耗が伴い、先ほどよりもさらに動きが鈍る。
傷口が閉じる前、黒い霧が漏れ出ている。魔物でなくとも受肉した呪いであることに違いはないということだろう。その斬撃は、怨嗟そのものであったころよりは弱まっているが、呪いを纏い相手の体を蝕む。
「こんなことで……」
「こんなことなら、もっと早くにできればよかった。こうして独り残すことになるくらいなら」
「おまえが、おまえらが私を独りにしたんだろうが! 何を今更あぁ!!」
「治す方法を探していた。でも間に合わなかったし、おまえをただ苦しめた結果に終わった。そうだ。今更何か言ってももう遅いんだよな。だから、これで終わりにしようじゃないか」
「――獣魔合一王義 滅炎」
「――邪魂呪術 壊紫電」
槍の装飾部分の蛇が動き出し、その無数の蛇の口から一点に集中した熱線が放たれる。その攻撃を躱し、Eは紫色の雷電を纏った剣を振り下ろす。
アンダイングの体を駆けていく雷電は、その体を石のように変えていく。
「いやだ。消えたくない」
「悪いが、その願いは叶えられそうにないな」
熱線が止まり、体から力が抜けて地面に横たわるアンダイング。そんな弱弱しい彼を看病するように、Eは彼のそばに近寄る。その体の半分は、魔族に特効があるという炎の放射熱によって焼かれ、ぼろぼろと崩れていた。
「いつも勝手なんだ。私の気持ちなんて誰も気にしてない」
「そうだな」
「私はどんな姿になろうと構わなかった。ただ傍にいられれば」
「そういう道もあったかもな」
「なのに、なぜ……」
その言葉を最後に、彼は完全に石と化す。
【脱獄者の鎮圧が完了しました。中度のシステム障害が発生しています。5分後にメンテナンスを開始します。エリア内に存在するキャラクターはエリア外に移転され、メンテナンス中はエリアが封鎖されます。ご注意ください】
「煩いな」
Eとアンダイング、2人がやり取りの余韻に浸る間もなく、無粋なアナウンスが流れてきたことにハルトが辟易する。
とはいえ、本来この場所に来た目的は遺物の入手だ。5分後のメンテナンス中に遺物が撤去されるなんてことがあれば、こうしてアンダイングを倒した意味が無に帰すだろう。それは許容しがたい。
「E、立てるか?」
「さすがに無理そうだ。手を貸してくれ」
本当ならば静かに落ち着くのを待つべき場面なのだろうが、そうもいっていられない。Eに近寄ると、半身が崩れて立ち上がることもままならない状態になっていた。
肩を借りるつもりなのだろうか。そう思いハルトが手を差し出すと、彼は素材に魔装をかけたときに似た黒い塊のように変化し、ハルトの体にしみこむ。
「うぁっ」
『元に戻っただけだ。ほかの怨念どももアンダイングが倒れたことで落ち着いてる』
「そうはいってもびっくりはするだろ。前もって一言くれ」
『……悪い。気が利かなかった』
やはり先ほどの出来事が響いているのか、言葉に覇気が感じられない。Eは今回の戦闘の立役者であり、ハルトの中にも彼を気遣いたい気持ちはあるのだが、状況がそれを許さない。
大仕事の後くらいは少し休ませてくれてもいいだろうと思うが、そうもいっていられない状況に辟易する。ダンジョンで宝を隠されている場所といえば最奥だろう。そんな安易な仮定のもとにアンダイングが封印されていた穴の前まで向かうと、遺物探しを始める。
「たった5分で探索して戻ってくるの、普通にしんどいんだが」
そう愚痴をこぼしつつ、時間もないので瓦礫に手をかけ下へ降りていく。
深いところに来ると、まだ邪気が淀んでいるらしく視界が悪い。
『少し回復してきた。この先は案内できる』
その代わり、邪気が満ちているからかEの回復が促進されたらしい。アンダイングを知っているだけあって、この施設についても案内ができるようだ。
「案内できるなら、はじめに来た時にあの怪物みたいな奴の情報も持ってたんじゃないのか?」
『目がないんだ。雰囲気だけで正確な理解はできないし、その雰囲気も時間の経過で変わっていた。あいつが出てきたことや、受肉して実際にこの場所を見たからこそここがなんだったのか思い出すことができたんだよ』
「そういうこともあるのか。……まあ過去のことを嘆いてもしかたない」
Eへの軽い愚痴を織り交ぜつつ、瓦礫の間を進んでいく。
そうしてたどり着いた最奥には、彼が縛り付けられていた玉座のように華美な装飾の椅子があった。その周囲を見回すと、アンダイングの手首からつながっていたと思わしき長い鎖が打ち付けられているのも確認できる。
『そこに椅子があるか? それを押してみろ』
さすがはこの場所を知っていると言っていただけのことはある。ハルトはその指示通り椅子を押す。金属ではないが、中をくりぬかれているわけでもない石の彫刻のようなものだ。それなりに力が要り、床が見えるころには軽く息切れしつつ、その隠し場所を探る。
「まるで墓荒らしみたいな気分になる。みじめだ」
『中らずと雖も遠からずってとこだな。一応これはあいつの所有物だった。それを殺して奪っていくんだからな』
「やめてくれ。まだその辺は俺の中で整理がついていないんだ」
呪いのささやきは心の弱みに付け込み、ハルトを一時的に無気力にさせた。その時はEの横やりが入り怨念の影響が弱まったことで多少気を持ち直し、一応は正気に戻ることができた。しかし根本的なハルトの心理的な葛藤は解決していない。この仮想世界がゲームとして誰かに決められた道をたどるものではなく、プレイヤーとNPCの行動の結果が反映されるシミュレーションだということは、ハルトにとってあまり好ましくない話なのだ。後悔しないためにすべきことを自問自答し続けること。すべてが上手くいくことはないだろうということ。行動の結果が裏目に出たらという不安。そういった労力がうっとうしかった。
だからハルトはNPCだろうと敵だろうと、倒すという選択に気分の悪さを覚える。これまで倒してきた敵だと思っていた魔物たち。あれらは森の生態系に息づく存在であり、それを食料にするわけでもなく狩っていたのだろうか。考えすぎだと言われればそれまでなのかもしれないが、割り切れないハルトにとっては苦痛の種だった。
「よし、見つかったぞ」
Eとの会話の傍ら敷き詰められたレンガを退かし、ようやく目当てのものを見つける。それは金属製の箱のように見えた。
とりあえず引き抜かなければいけない。そう思い箱に手を触れると、視界にノイズが走り体から力が抜ける。
「っぁ……」
【古代遺物への接触を確認。アバターの拡張機能が解放されます。上位システム権限の開放を申請……承認されました。精神保護目的の一部認識フィルターが解除されます】
『おいっ、どうした!?』
全身がつくりかえられていくような強烈な感覚に立ち上がることができないほど目が回る。その感覚が落ち着いたところで、周囲を見回す。
「認識フィルターの解除って、一体何がどうなってるんだよ」
そうして彼の視界に入ってきたのは、先ほどまで石が積み上げられていたと思っていた建物の残骸。それらが今では鉄筋コンクリートのようであり、石製の椅子は血で汚れている。
『大丈夫か?』
「無事、とはいいがたいかな。でも、体調が悪くなったわけじゃない。頭の中を整理したいが、今はそれどころじゃないな」
そういってハルトは恐る恐る遺物に触れる。2回目は特にこれといった異変はなく、知らず知らずのうちに安堵のため息を漏らす。それから遺物をインベントリに収納すると、ひとまずメンテナンスが行われるエリアから出るためにその場から立ち去るのだった。




