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魔装は決してただ便利に魔物の力を使えるアビリティではない。魔装と同じ根源を持つ同化が目の前の怪物を生み出したといえばその危険性を理解できるだろうか。
Eがハルトに伝えようとしたその危険性。しかしその言葉は届くことなくアビリティは使用された。
『やめろ! 戻れなくなるぞ!!』
「――魔装っ!?」
黒く染まった泥のようなものに包まれ変化していく体。しかし今回の変化はそれだけに留まらない。封印されていた場所が露わになることで大気中に散った黒い霧。可視できるほどの濃い邪気がハルトの体に集まっていく。
「なんだ、これ。くそっ、頭がぁ」
『だから言っただろうが。このままだとまずい』
その変化とともに、ハルトの頭の中に見覚えのない光景がちらつき、誰かの話し声がこだまする。たった1人、Eが居るだけでも気が狂いそうになるところを、複数人の声、意思、そして記憶までもが流れ込んでくる。それらは混ざり合い、理解できないほど複雑な情報となって彼の思考を埋める。
そんなことをしている間に体の変化は進行する。それは以前異化を使った時と異なり一段深い光を通さない黒い骨の周りに禍々しい血管が走るような表面をした鎧が形作られる。
さすがにその変化は見過ごせないのか、骸骨兵の方を向いていた蛇の首がハルトに向かう。しかし先ほどまでハルトのことなど気にも留めていなかった骸骨兵たちがハルトを襲おうとする蛇を防ぎ足止めをした。その諸い骨の体では蛇の猛攻を受けきることはできず体が崩れ地面に横たわる。それでもなお攻撃を防ぐ彼らは、まるで親衛隊のようにその存在を懸けて防衛を行った。
「あぁ、ああああ……」
【ナイト・オブ・アンデッド:適正レベル[80]】
そうしてほかのアンデッドたちに守られ、ハルトの身に起きていた変化が終わる。現れたハルトだったなにかはとても人とは思えないような喘鳴をあげ立ち上がり、その手にした黒い長剣を構える。そこにハルトの意思は介在しない。彼の体は魔装に留まらない変異によって浸食され、同化を果たす。そんな彼はもはや1体のエネミーといえた。
「その空虚な目、よく知っている。勝者であり続けるために邪法まで使うというのか。その法の犠牲というのなら、おまえも私と大差ない。哀れな贄となり果てるというのなら、私がその役目から解放しよう」
そんなセリフとともにアンダイングはその身から青い炎を燃え上がらせる。それに触れた骸骨兵はたちまち崩れ落ち灰と化す。しかしその恐るべき炎は自らの体も焼き焦がす。それは同化により得た力の不適合によるもの。本来魔族に対して使われるべき炎は、それを取り込み同化したとしても魔族であった過去を持つ男を苦しめる。その炎の熱さに呻きながらも彼は炎を燃やし続けた。
「時間が経とうが同化が進もうが、私の本質は変わらないということか」
炎に身を包んだ蛇が襲い掛かる。その攻撃を躱し、魔物は長剣を振り下ろす。
その炎は魔物の体を焼き、黒い霧に燃え広がる。しかしそのダメージも意に介さない魔物はその一撃で一本の頭部を切断する。そこに非力なハルトの面影はなく、明らかに別な存在へと変異したことが見て取れる。
「しかし切り落とされたとしても、私は……いや、違う」
捕食による回復。それがアンダイングの特性の1つだった。だから頭部が切り落とされたこともリカバリーができる。本来であればそのはずだった。しかし相手は可食部などないアンデッド、そのうえ切り落とされた自身の躯体は切断面から黒い霧が侵食し、体の自由が奪われる感覚に苛まれる。急ぎ攻撃を受けた切断面から先を別な頭部でかみちぎり応急処置をするが、完全に影響を抑えられたわけではないらしく軽い倦怠感が体に残った。
見れば分かたれた頭部は呪いを受けて黒く腐敗し、異常な速度で朽ちていく。それは既に骨の一部が露出し始めるほど高速での浸食だった。
「死霊の呪いか。厄介な」
そのうえ期待していた炎による燃焼も期待より早くかき消される。本来は魔族に特攻する性能と燃え続け燃え広がる性質がある炎なのだが、元が魔族ではなくプレイヤーだからだろうか。炎の効きが悪い。そのうえ黒い霧の集合体は自由に形状を変えることができるらしく、炎に触れる部分だけ、切り離すことができる膜で覆い、燃えた膜は捨てることで延焼を回避しているようだ。つまり無傷で燃焼を防いでいるわけではないのだが、魔物の様子はその消耗を感じさせない。
攻撃の一瞬でそんな芸当を見せる異常さを前にアンダイングは歯噛みする。再生能力を使い続ける体力は得られず、炎は有効打とならない。対して魔物は切れ味の良い長剣を高速で振るい、傷口からは呪いによる攻撃を与える。
先ほどまで脅威とみなしていなかったプレイヤーを前に、苦戦を強いられることになるアンダイングだった。
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声が聞こえる。頭の中に声が響く。悲鳴、怒号、嗚咽。殺せ、壊せ、奪え、冒せ。
その深い憎悪は、仮想の持つどこか空想と割り切れる非現実さ、情報不足に欠けている。記憶の中にある顔は、ただ横をすれ違うだけの人でも個性があり、潰れた体は中身と液体が散らばっている。
「これはゲームなんだ。そうじゃなかったら、俺は……」
口にするのは自分に言い聞かせるための言葉。しかし本心からそれを信じ切ることができていない。だから声は震え、頭の中は真っ白になって働かない。
彼はその声を聴かないように耳をふさぎ、その光景を見ないように目を閉じる。そうして心を閉ざした彼の体を、彼を苛む遺志たちが奪い取る。
――「ゲームらしくない」
ハルトがそんな感想を度々零したり、ゲームらしさみたいなものにこだわったりしていたのは、それが本心からの言葉ではなかったからだ。
このセカンドプラネットというゲームが、厳密にはゲームではなくシミュレータの一種なのだろうということを、彼は察していた。しかし気づいていながら気づいていないふりを続けた。そしてこれはゲームだと自分に言い聞かせ、楽しむことを第一に考えて行動し続けてきた。
ただそこで当然の疑問が生まれる。それはシミュレータの一種だとして何が違うのか。あるいは何が悪いのか。
そもそもゲームも一種の仮想世界のシミュレータであることに違いはない。そこには会話があり、事象がある。一部のゲームには選択肢だってあるだろう。しかし彼の中ではゲームとシミュレータの間に明確な違いがあった。それは自分の行動の結果が反映されること。ゲームであればストーリー進行上生きるキャラクターは生き、死ぬキャラクターは死ぬ。それはシナリオによってきめられている。選択肢次第でキャラクターの生死が変わるパターンもあるが、選択肢というのはシナリオの作者によって容易された道に過ぎない。
しかしシミュレータとなれば話は違う。自分の行動によって何が起き、それによって誰が損をするのか。あるいは犠牲になるのか。誰が得をし誰が救えるのか。その一つ一つが自分の行動の結果といえる。それを直視することが、彼にとって苦痛だった。
そのうえ、この世界はプレイヤーの介入できない歴史が存在する。わざわざプレイヤーを投入してシミュレーションの結果を変えようとしているにも関わらず、根本的なNPCの間で問題が発生したという状況は変えられない。ゼロからの結果なら、責任を負うこともできるだろう。そもそも問題を発生させない努力だってできたはずだ。しかし途中からの介入でそれはできない。ハルトの脳内にこだまする怨嗟は、彼がプレイヤーとしてこの地に現れた時にはすでに手遅れな問題によって発生したものだ。
たった1人のプレイヤーの行動で大団円のハッピーエンドを迎えることができるはずがない。思い上がった子供の発想だと言われればそれまでだ。それでも彼は割り切ることができない。誰かに決められた結末ではなく、自分の選択の中で零れ落ちる可能性に目を向けることに恐怖すら感じていた。
「俺に何をしろっていうんだよ」
無気力感が彼の心を蝕み、暗い闇の中でうずくまる。自分の輪郭があいまいになり、自我が薄れていくのを感じながらも動き出す気力がわかない。
「もう、どうでもいいか」
『おい! 消える前にこいつらをどうにかしてくれないか!?』
頭に響く怨嗟の声。それが聞こえなくなるほどの大きな声が頭に響きくらくらする。微睡み薄れていた意識が引き戻され、明瞭になる。
「煩いな」
『意外と余裕あるな。もっと大きな声を出したほうがよかったか?』
「やめてくれ」
その声の主は自らをEと名乗った存在。根本的には怨嗟の声たちと変わりないのかもしれないが、短い付き合いの中でそれなりに気を許せると感じた相手だ。
「でも今更俺になんのようだ? もう何もできないぞ」
『本気で言ってんのか? これはおまえの体だ。主導権は常におまえにある。あいつらはおまえに苦痛を与えることで主導権を奪おうとしたに過ぎない。そんなに簡単に主導権を奪えるなら、とっくに俺が奪ってる。違うか?』
「そんなに堂々と体を奪おうとしていたことを暴露しないでくれ」
傷ついたという様子でハルトは愚痴をこぼすが、Eはそれを意に介さず受け流す。
ハルトに自覚はないが、どうやらこの体の主導権はまだ彼にあるらしい。しかし一度席を譲った後にそれを取り返すとなると強引な手段が必要そうだ。
「1人だと難しい。手伝ってくれるか」
『仕方ないな。貸し2つだ』
「1つじゃないのか?」
『そもそもこんなことになったのは俺様の忠告を聞かなかったおまえの責任だ。だから貸し2つ』
「……まあ、それでいいよ」
会話の中で、不思議と不安は和らいでいた。問題は何1つ解決していないが、この最悪な展開は終わらせて、目的の遺物を手に入れる。その先のことは後で考えればいい。そう前向きな考えに切り替えたハルトは、頭の中にまだ響いている声に集中する。見覚えのない光景、知らない誰かの叫び、苦しみ。そういうものを受け流し、思いを否定する。
「これは俺の体だ。勝手に俺に恨みを背負わせんじゃねぇーよ!!」
珍しく感情を露わにしたハルトの怒号によって、彼の周りを取り囲んでいた闇は散る。精神を隔離された経験などなかっただけに、深層意識は暗い世界なのかと思い込んでいたが、実際は違ったらしい。景色が晴れたころには頭の中に響くささやきはとても小さく弱弱しいものとなっていた。
『行ってこい。それと、アンダイングを頼んだぞ』
「まあ、なんとかやってみる」
体に意識が戻ろうとしているのを感じながら、Eとの言葉を交わす。その返事はどこか頼りないものだったが、安請け合いしないのは彼なりの誠実さだった。
戻ったところで状況はよくないだろう。それでも借りを作ってしまった相手の頼み事は叶えなければならない。そう決意を決めたハルトは戦いに臨むのだった。




