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 老朽化した建物の床を突き破り現れた怪物。それは下半身から何匹かの蛇を生やした異形の姿をしていた。


「こいつがさっきまで会話してた奴だってのか?」

『ああそうだよ。どおりで厳重な封印をかけられたわけだ。まともに戦っても死なない災害級魔獣(ばけもの)と同化した存在。それが彼だ』


 魔装はただ身にまとうだけだが、その一歩先には魔物の性質を体に取り込み同化するという禁じ手がある。それは魔装以上に魔物の力を引き出せる上に魔装と違い力の維持に魔力を使わなくなる。ただし、不可逆的な変化は人の姿に戻ることを許さない。その姿は、尊厳を失ってでも力を求める者の末路といえた。


『下手をすれば魔獣に主導権を奪われる。そんな危険を冒してまで手に入れた力だ。気張れよ』

「やるしかないのかよ」


 廃墟の探索をしている間に魔力は回復している。だが魔装に使える素材は心もとない。オーガの素材は1つしか持っていなかったので手元に残しておいたが、多くの素材はファーストリアを発つときに売り払ってしまった。ファーストリア周辺の魔物の能力で目の前の怪物と渡り合うことができるのかといえばそんなことはないのだろうが、在庫不足で戦わなければならないというのは心理的に不安を覚えてしまう。

 最初の攻撃は、下半身の蛇の1匹による噛みつきだった。


「蛇は嫌いなんだよ。――ラピッドアクション」


 加速しつつ回避する。先ほどまでハルトがいた場所でガチンと牙が噛み合う音がしたのを横目に敵の様子を見る。

 ヒュドラーの毒のせいで苦労しているハルトは、今までは何とも思っていなかった蛇に対して憎悪を覚えている。その八つ当たりのような感情を隠しもせず相手に向けていたが、その殺意を受けても怪物は悠然と佇み動じない。その無反応がハルトのいら立ちをより強める。


「――魔装」


 ハルトがインベントリから取り出したのは、砂礫の荒野で倒した(さそり)の姿をした魔物のドロップアイテム。硬い甲殻を持ち、砂に潜る性質と尾による素早い攻撃に苦しめられた思い出がある。そのうちの1体、数匹の通常個体を引き連れていた大型の魔物のドロップアイテムを消費する。リスポーン覚悟でその大型の個体だけを狙い、何とか道連れにして得た素材。武器に加工すれば毒の効果が得られるだろうかととっておいたのだが、こんな場面で消費することになるとは思っていなかった。

 腕が甲殻に覆われ、鋏のように変化する。尾のほうが印象的だったが、魔装では鋏が再現されるらしい。その鋏を振り下ろし、回避した蛇の胴体を殴りつける。

 ぬめり気のある肌を滑り、弾力のある肉に衝撃を逃がされる。有効打を与えられたとは思えない感触に舌打ちする。


「弱点はないのか?」

『ここで言ったら狙いがバレる。見通されてるんだから慎重に思考しろ』

「なんて特性だよ。厄介すぎないか」


 愚痴を零しつつ次の手を考える。その間にも別な首がハルトを狙い飛び掛かってくる。毒蛇なのだろうか。噛みつかれたらどんな影響が出るかわからないが、先ほどの口が閉じたときの激しい音を聞いた後では毒を食らう前に噛みちぎられそうだなと思う。普段なら冗談として流せるその感想も魔装を使用している今は笑えない。魔装を使っている部位は攻撃を受けるとダメージエフェクトで終わらず損傷する。少し考えたが、攻撃は回避する以外に選択肢がないと感じた。

 しかしハルトに避け続ける時間は残されていない。魔装での魔力消費は大きく、時間が経てば経つほど不利になる。一応鋏の形状になったいるからには、硬質な殻で殴るだけでなく挟み込むことができれば切断も視野にはいる。しかし素早く体をくねらせる相手をうまく挟み込むのは難しいだろう。


「でもやらなきゃ負けるだけか」


 再度噛みついてくる頭部を避け、通過した胴体に向けて大きく開いた鋏を突き出す。重い腕を振り回すために酷く不格好な体勢になるが、後先考えない行動は予測されなかったらしい。


「潰れろっ!」


 鋏を閉じる。顎のようにバチンとはいかないが、締め上げるように力を加えると肉の弾力が返ってくる。鱗に滑ることなく刃が沈んでいく様子に手ごたえを感じつつ、鋏の切断面は細くなっているとはいえ刃物のように鋭くはない。皮を切り裂いて切断するというよりも、ねじ切るというほうが正しい表現に思える。

 しかしその攻撃に何も抵抗がないのかといえばそんなはずもなく、鋏を食い込ませている以上身動きが取れないハルトにほかの首が迫る。周りを見れば、今掴んでいる1匹を含め4匹が這いまわっている。その3つの首がこちらを捉え、噛みちぎろうと口を開けて迫ってくる。


「まずいっ――魔装」


 そのうえ鋏で押さえつけている体をくねらせ、挟んでいる腕ごとハルトの体を宙に浮かせる。回避のままならないハルトは、慌てて魔装を解除し別な魔装を使用する。

 腕から黒い泥のようになった魔装が剥がれ落ちていく。そうしてフリーになった腕で素材を取り出す。空中で回避行動をとるとなれば鳥類だろう。羽を凍らせることで無理やり地上戦に引きずり込んで倒した厄介な鳥型の魔物の素材を消費する。これでサソリが鋏だったように鳥が嘴なんてことになったら最悪だと思いつつ、翼が生えてくるのが間に合うか。変化がゆっくりと感じられ、攻撃を食らう寸前、なんとか魔装が発動し攻撃を回避する。


「期待とは違かったけど、一から生やすよりは変化が速いか。そのおかげで間に合ったかな」


 そうして変化した体は、天使のように背中から羽が生えたのではなく、腕が丸ごと翼に変わるというもの。纏うという魔装の仕様には当てはまるが、腕を振るとびらびらと黒い羽がついてくる感覚は奇妙で慣れない。

 逃げた先で相手の様子を見る。大きなチャンスを逃したと思ったが、どうやら最低限の仕事はできたらしい。鋏で強く締められていたにも関わらず無理やり体をくねらせハルトを持ち上げたのはさすがに大きな負担だったらしく、1つの頭は明らかに動きが鈍くなっている。

 そして頭部の数は4つから変わらない。追加がないと油断する気はないが、ひとまずこれ以上の増援がないのなら何とか立て直せるだろうか。厳しいと感じつつも可能性を模索する。


 そんなハルトの前で、相手が予想外の行動をとる。

 弱った1匹をほかの2匹が引きちぎり捕食する。そうしてちぎれた胴体の断面の肉が泡立つように膨れあがり再生し始める。


「回復を待つより再生させたほうが早いってことか。イカれてる」


 それでもノーダメージではないだろう。そして再生しきるまでの間は3つ首に弱体化している。逆を言えば再生しきった後はHPを除き振り出しに戻されてしまう。

 攻め時だとは思うのだが、先ほど有効な攻撃手段の1つを失ったばかりだ。翼の魔装を解除し魔力の消耗を抑えつつインベントリを確認する。しかしこれと言って打開策になりそうなアイテムは見つからない。

 そうして使えそうなものを探している間に、使えなくなった頭を食いちぎり、共食いよりも質の悪い自分の一部を捕食した怪物の目がこちらを捉える。


「その様子だと捕食で体力回復してるからそんな見た目しといてあんまりダメージ入ってないってパターンだろ。まだ本体が残ってるのに能力盛りすぎじゃないか?」


 強がるように何気ない様子で愚痴を吐くが、その内容は決して楽観的でいられるようなものではない。

 今回は防衛イベントとは異なりほかのプレイヤーやNPCを頼ることはできそうにない。アナウンスがあったため増援が来る可能性はあるものの、今のハルトはNPCにとって排除すべき対象とみなされている魔族の姿だ。増援が来たとしても果たして味方なのかというと不安が残る。

 状況は最悪。援軍を頼れないにも関わらず対抗手段がない状況は変えられない。ラピッドアクションとミラージュで時間稼ぎはできるだろうが、その先に何があるのか。目の前が真っ暗になるような絶望感が体を満たし動きが鈍る。


「こんなのどうしろって……は?」


 そんな状況で背後から風切り音が聞こえ、とっさに横に飛びのく。矢は勢いをそのままに蛇へと突き刺さり、ハルトが殴りつけてもまともなダメージを与えられなかった鱗を貫通する。鮮血が舞い、攻撃が命中した蛇が悲鳴のような声を上げる。

 もう増援が着いたのかと動揺しつつ、ハルトは後ろを振り返る。


 そこで矢を()っていたのは、彼が大苦戦を強いられたアンデッド。骸骨兵の1体だった。

 その動きは待機状態に近い鈍さで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その目があったはずの虚空はハルトを捉えてはいない。どうやら彼らは魔族の王だった男に用があるらしい。

 確かにエレオスと彼の間には因縁がある様子だった。それが個人の因縁ではなく、魔族という種族が持つ因縁だとしたらどうだろうか。詳しい事情を知らないハルトの勝手な考察ではあるが、生前の執着を持ち続けている。そんな印象を持った。


「なぜ……そうか、体系に組み込まれているのか。予想以上に影響力が大きい。なんてことだ。どれだけ私をあざ笑えば気が済むんだ。果たされない刑期の苦しみだけでは足りないとでも言うつもりなのか!?」


 その攻撃に、それまで黙っていた上半身が喋り始める。勝ち目のない敵を前に挑まなければならない。こういうイベントの中には一定時間耐久すると展開が進むということがある。このゲームにそんなセオリーが通じるとは思えないが、状況だけ見ればそんな感覚に陥るのも無理ない話だろう。

 ぞろぞろと集結する骸骨兵たち。その1体1体がハルトと同等かそれを上回る技能を持つ。味方というわけではなく敵への攻撃を最優先にしているため、攻撃の軌道上にハルトがいようがお構いなしというのはいただけないが、それでも先ほどまでのソロよりは状況がマシになったように思う。


「まだチャンスはありそうだな」


 蛇の注意が逸れ、骸骨兵たちをかみ砕こうと動き回る。その目にはもうハルトの姿は映っていないように見える。ようやく見せた隙に、ハルトはインベントリの確認を再開する。しかし見逃していたものはない。


「可能性があるとすれば、アレか」


 そういって取り出したのは、残っていたもう1つの遺灰。魔装はアイテムを身にまとうときに大きく魔力を消耗する。これまでの連続使用でハルトの魔力は大きく減り、魔力の残量は魔装を再発動するだけならあと2回。一瞬の発動ではなく発動した状態を維持するつもりなら1回が限界という状態だった。


「この状況だと妥協するしかないだろ。E、おまえには悪いが使わせてもらう」

『待て、さっきと今じゃ状況が違う。魔物に変異種がいるように、魔装ってのは周囲の状況に影響されるんだ』

「何かと理由をつけて止めようとしても無理だ。もう使うからな」


 本当にEがエレオスという名前なのか。本人から直接聞いたわけではないハルトは彼をEと呼び、そして彼に一言謝罪する。それに対して思考が読まれるという理由からか先ほどまで言葉を発さなかったEは、ハルトに何かを伝えようとする。しかし悠長に話を聞いている場合ではない。Eの言葉が遺灰を使ってほしくないという思いから、魔装の使用を思いとどまらせるために口にした言葉であるように感じたハルトは、Eの制止を振り切って魔装を使用するのだった。

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