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「この先に何が居る?」
『さあな。俺様にもわからないことくらいある』
「懐かしい気配がするんだろ。何か思い出せることが1つくらいあってもいいと思うんだがな」
『思い出したら教える。……まあ、思い出すことが幸せだとは限らないんだ。あまり無理は言ってくれるなよ』
幸せな時を思い出すと、相対的に失ったことを自覚させられる。周りの人間が亡者になっていると知っている中で、1人だけ自我を保っているというのは辛いことなのかもしれない。
扉を塞いでいるものを剥がしながらEとの会話で暇をつぶす。封鎖は頑丈だが、その撤去作業は時間がかかる一方で単調な作業だ。特に考えることもないので退屈さを感じ、ちょうどいい話し相手に相手をしてもらっていた。
『そろそろ開くんじゃねぇか?』
「どうだろう。……だめだ。剥がしたものの裏にも何か書いてあるから、単に物理的な防壁ってわけでもないんだろ。全部剥がさないと開きそうにないな」
ここまで厳重に封じ込めなければならないものとは一体なんなのか。恐ろしいと感じる一方で興味も増す。そして面倒な作業を続けてきただけに意地でも開けてやるという気になってきたハルトは次へ次へと板や札をはがしていく。
扉が開くまでにどれくらいの時間がかかっただろうか。最後の一枚板を剥がし、ドアノブもついていない扉を押すと、それは先ほどまでの苦労がなんだったのかと思うほど簡単に動いた。
「ようやく開いた」
そうして開いた扉の先には地下へと続く階段が見える。ゲームなら青白い炎が道を照らしてくれそうな真っ暗闇が広がっている。そこに少し手を伸ばすと、背筋を悪寒が走ると同時に暗闇が体の周りを避けるように流れていく。この暗闇に見える黒い霧とでもいうべきなにかはプレイヤーの体と反発しあい、肌に触れることはないらしい。
こうなると松明を持っていたところで暗闇が晴れるとは思えない。このまま何も見えない地下へ手探りで進まなければならないということなのだろう。
「進むしかないよなあ」
『何か躊躇うことでもあるのか?』
「先は一寸先も見えない暗闇が広がってる。俺でも少しは躊躇うさ」
そういいつつハルトは足を踏み出す。
壁に手を添え、一歩一歩慎重に踏み出す。少し進んだところで後ろを振り返ると、すでに入口があったはずの場所が見えなくなっている。方向感覚がくるって転びそうになりながら、階段の数を数える。そういえば登っても下の階に付かない階段の話があったなと思いつつ、今思い出したことを後悔する。それでも今更引き返す気にはなれない。
10段、20段、30段。かなり深いところまで降りてきたが、まだ付かない。一体何が待っているのか。心細さを感じ始めたころ、ようやく階段が途切れる。
足音が部屋に反響する。どうやらそれなりに大きい部屋らしいということがわかる。そして視界の先には先ほどまでの暗闇がまだマシに思える漆黒の闇が広がっている。こんな闇が世界を覆うなら、生きていくこともままならないだろう。封印されるのも納得だと思いつつ、ハルトはそこへと近づいていく。
『待て。この場所は……』
そんなハルトを止めたのはEの一言。しかしそれよりも先にハルトの足元に乾いた枯れ葉のような感触が返ってくる。そのパリッという音が暗闇に響くと、奥から誰かの声が聞こえてくる。
「こんなところに誰か用かい?」
けほけほと咳をしつつ、しゃがれた男の声が聞こえてくる。
封印されていたということは、外からこの場所に入ってきた者ではないのだろう。となると、この場所に封印されていたのは遺物だけではなかったらしい。何をやらかしたのかはまだわからないが、この声の主もまた、封印されていたのだろう。
遺物やそれを守る魔物がいる可能性は考えていたが、話のできそうな誰かがいるとは思っていなかっただけに言葉に詰まる。彼は一体何者で、どう答えるのがいいのだろうか。そしてEは何が気がかりで先へ進むのを止めたのか。
遺物を手に入れるには一筋縄ではいかなそうだと思いつつ、まずは会話を試みる。
暗闇の中から聞こえてくる声は穏やかで、家に客人を招いたときのように気さくに思えてくる。しかしこんな場所にいる相手だ。たとえ親しげな雰囲気を纏っていたとしても、周囲の状況が安易な信用を許さない。
「(何か言いたいことでもあったのか)」
『もう遅い。くそっ、先に気づいていれば』
「知らない気配かと思ったが、もう1人居るのかな。私が知っている人物はもう生きていないと思っていたけれど、ここに居た時間は意外と短かったのかな。……いや、そんなわけないか。君は誰だ。やっぱり1人しかいないように感じる。混じってる? そんなことあってはいけない。君は誰だ? 答えろ。君は誰だ!?」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気から一変して会話にもならない早口で言葉を並べ、何かがかみ合ったのか叫ぶようにこちらの正体を知りたがる。そんな彼の言葉の裏で、鎖が擦れる音が鳴っている。真っ暗で相手の様子は見えないが、どうやらこちらに来て正体を確かめることはできない状態らしいと理解する。
「何があったか知らないが、話がしたいなら落ち着いてくれないか」
『まともに話ができる相手じゃない。危険だ』
「声が聞こえた。なるほど。会話ができるのか。どれくらい時間が経ったか知らないが、言葉が通じるのか。おかしいな」
Eの言葉が真実だとでもいうように、声をかけた相手はぶつぶつと1人で言葉を溢れさせる。その内容はハルトとの会話に疑問を覚えている様子だが、しょせん考えていることが独り言として零れているに過ぎないせいか、他人が読み解くには難しく要領を得ない。
「(こいつの正体を知っているのか?)」
「え、ああ。君は私のことを知らないんだね。そうか、知られていないのか。だとするなら人の記憶から忘れ去られるくらいの時間は経っているのか。それとも君がどこか遠い場所から来た異邦人なのか」
「(こいつ、思考を読めるのか?)」
Eに語り掛ける感覚で思考すると、そこに横から声が入ってくる。元々Eもこのダンジョンの骸骨兵に憑いていた何かだ。そんな魔物の現れるダンジョンの中心部の敵がEと同じような能力を持っているのは不思議ではない。しかし可能性を知っていたところで、実際に頭の中を覗かれると動揺せずにはいられない。
『だから話ができる相手じゃないと言ったんだ。あいつは魔族が栄えていた時の王、そのなれの果てだ』
「なれ果てとは失礼だな。その様子だと君も相当まともじゃないだろう。なあ、エレオス」
『プライバシーなんてお構いなしかよ』
「当たりか。案外私の記憶も捨てたものではないらしいね。久しぶりじゃないか」
『……こんな形で再開したくはなかったよ』
王のなれ果て。また序盤に出てくるには大げさなキャラクターだと思いつつ、このゲームのシナリオがどのくらいの長さなのか知らないので、第2の町が序盤なのかどうかわからないないことに気づく。
「亡国の王だとして、なぜこんな場所に閉じ込められてる? 頭の中を覗かれるのは不愉快だが、その能力が原因なら処刑されてるところだろう」
「はっ、処刑できたならどれだけよかったことか」
『何年経った?』
「この暗闇で時間感覚が持つとでも? 私に聞かれても困るね」
『聞いても答えないか。予想通りでも腹立たしいな』
「なんだよくわかってるじゃないか。さすが昔は――」
『時間も覚えてないくせに昔の話はしっかり覚えてんじゃねぇよクズが』
「――なんだ、つれないなあ」
自分で自分が処刑されていればよかったと口にするほどの出来事が過去にあったらしい。こうして封印されるよりもそのほうがよかったと思えるほど、彼は苦しんでいるようだ。
そんな男と対話するEは、どうやらエレオスという男の過去を思い出したらしい。実際は思い出していたか、あるいはこの男の声を聴いていやでも思い出さざるを得なかったかまではわからないが、その過去では男と何かの因縁があるらしく、親し気な男に対してエレオスは敵意をむき出しにしている。
「まあ雑談はこのくらいにしておこう。どうせ君の目的は遺物だろう。昔も君はずいぶんとアレに執着していた。その執着心はどうやら時間が経った今でも変わっていないようだ。何より臭うんだよね。あの厚顔無恥な連中の獣臭がする」
『わかってんなら話は早い。おまえにはもう無用の長物だろ? 渡してくれよ』
「あの獣どもの思い通りに事が運ぶのは、私としても看過しがたい。でもそれとこれとは話が別だ。君たちに遺産を残して退場するのもいいが、私が君たちを喰らって表舞台に返り咲いても連中の意表を突くことはできるはずだ。この手で奴らの皮を剥ぎ、肉を引き裂き、血を啜る。そんな甘美な誘惑を捨てられるほど、私は枯れていない。むしろこのいつまで続くかわからない時間の中でそのことばかり考えていたんだ」
ギシリと床が揺れる。鎖がこすれる音が激しくなり、金属が軋む音が聞こえる。
『まずい』
「君たちに私の悲願を託せるほどの力があると証明してみせてくれ。でなければ、死ね」
『走れ!』
激しい揺れとともに天井が崩壊する。ハルトはその様子に急いで階段を駆け上がる。長く感じられた階段を走り、後ろから迫る崩壊の音に振り返る間もなく走り続け、最後の段を上り終える。
肩で息をしながら、ようやく後ろを振り返ると、そこには大穴から這い出てくる怪物の姿があった。
【狂信者アンダイング:適正レベル[--]】
【脱獄者が出現しました。速やかに鎮圧してください。早期鎮圧に失敗した場合、システム障害が発生する危険があります】




