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 ひとまず休憩をとったはいいが、こんなペースで攻略していては調査隊に追いつかれるのは目に見えている。レベルを上げながら先へ進んだほうが安全という可能性もあるのだが、1体でスタミナを大きく持っていかれる相手との連戦は事故が起きかねない。とはいえ敵を避けて遺物があると思われるダンジョンの深層へ向かうのもまた難しい。一度でも索敵範囲内に入ると倒さない限り延々と追ってくる。そして音や匂いではなく生者の気配を感知しているとでもいうのだろうか。足音を消そうと背後を通ろうと問答無用でこちらの気配を察知してくる。索敵スキルでの相手の位置把握はできても地形の把握はできないため、下手をすると逃げ道がない袋小路に入ったり、ほかのアンデッドの索敵範囲に囲まれてしまう可能性が無視できないレベルで存在する。


「何かいい案はないのか」


 インベントリを眺めつつ、1人呟く。そんなことをしていると、ふとアイテムの中に気になるものを見つける。


「魔族の遺灰……」


 こんなものがドロップしても使い道はないだろう。まさか金属に練りこんだりするのだろうか。もしそんなことをしたら呪いの武器が出来上がりそうだと思いつつ、1つの可能性を思いつく。しかしそれはこのダンジョンのアンデッドを倒す以上にEの心を傷つける恐れがある。必要があると判断した以上、その手段をとることに躊躇いはないが、その前に一度彼に説明するのが道理だろうと思う。

 しかしそんな説明をするべき相手が中々戻ってこない。心の問題は時間をかけて気持ちを落ち着けるくらいしか解決方法がないと知っているだけに、急かしてはこれまでの時間も台無しになる。ただハルトにも焦りの気持ちがあるので、ただ待つだけという時間はとてももどかしい。


『……そんなに感情がさざ波立ってたら、落ち着けねえよ』

「そういえば読み取れるんだったな。腹立たしいことに」

『ああ。俺様も好きでこんな状態じゃないんだ。本当に腹立たしいことだな』


 そうしてじれったさを感じていると、Eが戻ってくる。どうやら彼が居る場所はハルトの心の平静が保たれていないと落ち着く間もないらしい。ハルトはそのことに少しだけ同情しつつも、やはり感情を読み取られるのは気分が悪いなとも思った。


「落ち着いたか?」

『さっきの俺様の言葉聞いてたのか? ……まあ、多少は』


 ハルトの問いの意味は理解しているらしく、軽い冗談を返す様子に、多少は余裕を取り戻したようだと感じる。とはいえ形だけまともそうに見えるなんてこともある。骸骨兵と戦う前のEに戻ったとは考えないほうがいいだろう。


「おまえの事情はある程度理解しているつもりだ。だからこれが酷な提案だってことも分かってる。だけど俺は必要だと思っている。この遺灰を使って魔装を発動する。魔物の特性を身に纏えるのなら、この異界にいる魔物たちと敵対せず先に進めるはずだ」

『なるほどな。合理的だ。俺様の感情論を抜きにすれば』

「愚痴るな。俺だってだれかの死体に紛れて先に進みたくはない。自分の能力を高めて正面から困難を打ち破るほうが好みだ。でもおまえの予想では時間がないんだろ。1体の魔物での時間、体力的な消耗を考えると、これくらいしか方法が思いつかなかった」


 上手くいくかどうかはわからない。場合によってはただ遺灰を消耗するだけの結果に終わるかもしれない。


『……わかった。今回の件は俺様の責任だ。今回の件で貸しはなしでいい』

「おまえに借りを作ったら高くつきそうだな」

『すでに怨霊みたいなもんだ。祟るかもな』


 少しは調子が戻ってきたのだろうか。そう思わせる会話だが、声のトーンは暗い。無理に明るくふるまうとしているようだ。


「使うぞ――魔装」


 魔装は素材とした魔物の姿を模した外装を身にまとうような力だ。だが自分の体よりも細い骨の姿になることはできるのか。そんな疑問もあったが、魔装は無事に発動し、黒く染まった素材が体を包んでいく。そして素材が定着するころには、その部位は骨だけの姿へと変わる。こういう物理法則を無視したような挙動はゲームらしいなと思いつつ、ひとまず無事に変化したことに安堵する。そうして得た奇妙なアンデッドの体に感覚を慣らす。そうしてわかったのは、感覚はほとんど生身の腕と変わらないということ。ただ見た目のせいで頭が誤認しているのだろうか。血が通っていないせいで寒いような涼しいような感触を覚える。もともとの人型のアバターも血は通っていないのだろうが、外見の違いというのは感覚に影響を与えるほどらしい。

 そうして見た目は変化したが、これで骸骨兵の感知をすり抜けることができるのかはまだわからない。不安を残したまま、いつ戦いになってもいいように警戒しつつ奥への進行を再開する。


『どうやら効果はあったみたいだな。まったく喜ばしいことだよ』


 魔族の遺灰を消費した魔装の効果は明らかで、骸骨兵たちはこちらに見向きもせずその場に留まっている。Eに皮肉を言われつつ、ハルトは奥へ奥へと進む。


「魔装はどれくらい持つ?」

『無視かよ。……おまえの魔力量次第だな。魔力が尽きると魔装は維持できなくなる』


 Eの皮肉を受け流したハルトは、自分よりも魔装に詳しいだろう彼に質問を投げかける。というのもハルトのスキルやアビリティの一覧に魔装は表示されない。プライマリスキルと違い警告文が出てくることはないのだが、それを理由に予め実装されていた能力の1つだと考えるのは軽率な判断なのかもしれない。


「俺は前衛職だから魔力は心もとない。あと1回分の遺灰は残っているが、できれば使いたくはないな」

『混ざってどっちのかわかんなくなってるのかもしれないが、1人分なら俺様から採取した遺灰を使ったと思えるからな。残りはできれば墓に埋めて欲しいところだ』

「約束はしかねる」


 そんな魔装だが、今はアンデッドに対して有効なのかはわからない。どうせ奥地に踏み入った状況で戦ったとしても生還できる可能性はほとんどないが、それでも戦闘直前にスタミナ切れを起こすのはさすがにいただけない。そんなハルトの心境から、魔装のタイムリミットの間走り回るなんてことはせず、早歩き程度でダンジョンの奥地を目指している。

 目印はないが不思議と向かうべき方向は見えてくる。それは日の光が遠くに感じられる夜とも違う独特の暗さ。その闇が深くなるほうへ踏み込んでいく。その暗さは光が届いていないのではなく、アンデッドの持つ呪い、シキの言葉を借りるならば邪気に五感が冒されて暗いと感じているだけなのかもしれない。そんな異常に蝕まれたなら普通は引き返すのだろうが、すでにハルトには頭の中に語り掛けてくる憑き物がいる。呪いに怯えるような段階はとうに過ぎていた。


 そうして骸骨兵の合間を抜けて辿り着いたのは、1つの建造物だった。大きさはセカンダリアのギルドと同じくらいと森の中に在るにしてはずいぶんと立派だ。外装は石を積み上げた重厚なつくりをしており、要塞を思わせるものとなっている。

 木製の扉は蝶番や外枠の金属を残して朽ちており、長い年月が経っていることを思わせる。まるでお化け屋敷のようだなと思いつつ、中へ入るように誘われていると感じたハルトは、その思惑に乗ることにした。


「見覚えは?」

『俺様に視界はないが、なんとなく懐かしい感じがする』

「まあ常識的に考えてアンデッドが死に場所を離れて移住なんてしないか」


 不思議なことに建物の中に入るとアンデッドの気配が急に途絶えた。それは単に建物内にアンデッドの気配がないというだけではなく、建物の外にいるはずのアンデッドの気配すら感じ取れなくなったということ。ダンジョンと通常エリアの境界を踏み越えた時と似た感覚は、おそらく次の階層に進んだということだろう。

 ありがちな地下へと続く階段があるダンジョンとは違うため、探索の勝手がわからず効率が悪い。建物の外観からそこまで大きなエリアではないと思うのだが、本当に外観から想像できる広さかどうかはこれからの探索で明らかになるだろう。


 魔力が尽きたので魔装は解除され、体を覆っていた膜が剥がれ落ち、人の肌が出てくる。細い骨の体から太い手足が現れるのは常識が通用しないせいで幻覚を見ているような気になってくる。

 こちらが気配を露わにしたことでアンデッドの感知が有効になるが、これといって近づいてくる気配はない。これだけ何もいないとなると敵がいないことへの安堵以上に不気味さを感じる。罠型か、あるいは謎解きを要求されるのか。ゲームの敵の出てこないダンジョンの定石というとそんなところだろうが、そんな仮説を立ててもあたりそうにない。


 部屋があるので扉を少し押して中を覗き込む。そこにあるのはこれと言って特徴のない部屋。誰もおらず埃が積もっている。それは部屋の住人が突然消え、そのまま放置されたように保存されている。その様子にハルトは誰にも触れさせないという意思を感じすぐに扉を閉じる。


『どうした?』

「いや、なんだろうな」


 自分でもよくわからない感情に困惑しつつ、おそらく似たような部屋だろう扉は無視して廊下を進んでいく。するとほかの扉とは明らかに違う、鎖や板で封鎖された扉が1つだけあった。


『この奥だ』

「あからさまに危険って書いてあるような扉だぞ。無理に開けるのは正直気が引けるんだが」

『ほかの部屋を見て回っても構わないが、おそらく徒労に終わるだけだ。遺物の持つ強い力の波動をこの先に感じる』

「そんなに危険な力なのか」

『おまえの体を蝕む毒を克服するか取り除くだけの力っていうのは、それくらいの規模の力なんだよ』


 ファーストリアに出現した推定レイド規模のボス、ヒュドラー。その能力に対抗するだけの力となると、ゲーム内で封印もやむなしとされる強力な力が必要になる。確かに道理ではあるが、実際に力が封じられている場所を見たところ、入りたくないと感じてしまう。

 しかし目的のものを得るためには踏み込まなければならない。ハルトはインベントリから折れた短剣を取り出すと、それを使って扉を塞ぐ障害物を引きはがした。


~~~~


 真っ暗な部屋に光が差し込む。


「まぶしいな」


 その光は決して強くはないが、長い時間をその場所で過ごしてきた彼にとっては、とても強く目が眩むほどの光に思える。


「こんなところにお客さんが来るなんてね。張り紙見なかったのかな」


 そういいつつ、彼の口角は歪み、楽しそうな雰囲気に留まらず、どこか不気味で作り物じみた笑い顔を浮かべる。


【戦闘エリア『狂信者の地下牢(ダンジョン)深層』:適正レベル[--]】


「生きている香りだ」


 淀んでいるどころか、停滞して久しいその場の空気が外へと流れ、代わりに新鮮な空気が入り混じる。その匂いを彼はそう表現するのだった。

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