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セカンドプラネットのシステム上、特定のアビリティが無ければ相手のレベルやステータスはわからない。そのためハルトは相手と自分の能力を数値として見比べることができない。それでもこのダンジョンの相手は、自分よりも高いレベルを持つのだろう。
「やっぱり強いな。躱すので手いっぱいだ」
ステータス上、呪いのステータス異常表記はない。しかし呪いの影響は体に色濃く表れたままであり、呪いが変化したEという思念体に取り憑かれている状態だ。それが上手くかみ合って、アンデッドに敵対されないのではないか。そんな期待はあっけなく唾棄され、瞳があったはずの空洞をのぞき込むと、生きるものすべてを憎悪するように揺らめく暗闇が広がっている。
考えてみれば今のハルトにまともな武器はない。インベントリを開くことができない状態は手錠によるものだったらしく、アイテムを取り出すことは可能だが、肝心のインベントリの中身は折れた短刀くらいしかない。鎧越しにダメージを与える手段がない以上、相手の攻撃を避けるのが手一杯だが、下手に動けばアンデッドの群れが出来上がるだろう。1体でも苦戦する相手が群れるのはさすがに困る。
「何かないのか?」
『……ああ、そうだな。傷つけたくないってのは俺の我儘だよな。このままにしておくより、終わらせてやるべきなのかもしれない。おい、なんでもいい。固いものを取り出せ』
Eに呼びかけると、何かぶつぶつと言い始める。戦闘しながら聞いていたせいかハルトが読み取れたのは半分くらいだが、最後のセリフは聞き逃さず、彼はインベントリから魔物の骨を取り出す。
「オーガの骨だ」
『及第点か。今から教える能力をその素材に使え』
それは以前、リディクロムが倒したオーガの骨。ダメージを与えていた太もも、その部位だけだがドロップアイテムを獲得していた。
どこで何が役に立つかわからないなと思いつつ、ハルトはEから教わったアビリティを使用する。
「――魔装」
そのキーワードを口にすると、肌の上にあった黒い痣が手に握っていた骨を覆い真っ黒に変化する。そうして黒く染まった骨はまるで液体のように流動し腕を覆う。
「なんだよこれ」
一瞬振り払おうとするが、肌に張り付いたようになって離れない。そうして変化が続き、骨を握っていた右腕の前腕は、かつて見たオーガのように太くごつごつとしたものへと変化する。
『これはプライマリスキルとは別な俺たちの一族に伝わる力。魔物の素材を取り込みそれに応じた力を身にまとう力だ。まんま見た目が魔物になるせいで、俺たちの一族が魔物に近い種族なんて呼ばれる一因になった力だよ』
「せめて効果くらい説明してくれ。びっくりしただろ」
『説明する時間、あったか?』
戦闘中に聞くにはいささか長い説明を聞き流しつつ、ハルトはその変質した腕を振るう。本当にこれがオーガの力を身にまとうものだとすれば、金属のように硬質な皮膚も再現されているはずだ。振り下ろされた剣を腕で受け止める。
刃が食い込み痒みが走る。一時期は機能していなかった痛覚制限は回復し、攻撃を食らっても痛みは走らない。しかしどういうわけかエフェクトが散ることはなく、腕は傷つき赤黒い血が滴る。
『力を使った部位へのダメージは蓄積する。無茶はするなよ』
「だからそういうことは先に言え!」
プライマリスキルを筆頭に魔族に由来する力の挙動はゲームの通常の挙動と大きく異なる。一応レイドボスであるヒュドラーの毒や、魔族の力を浄化する精霊術などほかの例外も目にしてきたが、それらの力は誰かによって使われるものばかり。ハルト自身が使うことはなかった。
1プレイヤーが使うには過ぎた力であることはなんとなくわかる。しかし使われている間は無茶苦茶な力であるように思えた代物でも、いざ使ってみると都合のいいことばかりではないらしい。当たり前のように感じていたダメージがエフェクトのみで完結するという現象は、想像以上にメリットが大きかったようだ。
それでもこの腕は異常な耐久性とこぶしを握っただけでもわかる怪力は武器を振るう行為に匹敵する攻撃力を秘めている。武器が手元にない今はこの力に縋るしかない。
「――ラピッドアクション! 引きちぎる!」
剣を受け流しバランスを崩した相手の腕を鎧の上から強引に掴むと、胴体を蹴り飛ばす。つながっていない骨同士をつなぎとめる霊的な力。それを上回る力で部位を引きちぎると、腕が繋がっていたはずの場所から黒い霧が吹きだし、骸骨兵は急速にその動きを鈍くする。
「倒れ、ろ!」
『や、やめろ!!』
「なっ」
弱った相手とはいえ油断はできない。黒い霧が吹きだす傷口がふさがり、再度襲ってくるかもしれない。そう考えたハルトが追撃しようとしたところを、Eが制止する。すると振りかぶったハルトが腕に纏っていた魔装が砂のように崩れ落ち、中から出てきたのはハルトの人並な腕。こぶしが鎧にあたりこつんという頼りない音を立てて止まる。焦るハルトだが、どうやら骸骨兵は相当弱っていたらしく、そんな弱々しい一撃でも致命傷になったらしく、その場に崩れ落ちる。
『あ……ああ……』
「おい! なんで止めた!?」
Eが元は骸骨兵に宿っていた呪いであることは理解している。それでもハルトは彼が自分の生存に協力してくれていると考えていた。だが今回は一歩間違えば負けていた。運がよかったに過ぎないことを理解していたハルトは、Eの悲痛な声も気にせず彼を責め立てる。
『すまない。でも、でも!!』
「……謝罪されても今回の件を許すことはできない。釈明するつもりならどうしてこんなことをしたのか俺が納得できるように説明しろ」
見えない相手に怒りをぶつけることは難しい。叫べば周りの魔物を呼び寄せかねない。いら立ちは収まらないが、少しだけ落ち着いたハルトは、謝罪よりも説明が欲しいとEに告げる。その言葉に対しEは少し思案したのち、ぽつぽつと事情を話し始めた。
『呪いなんてものになっているくらいだ。当の昔に本物の俺は死んでいる。そして俺はその残留思念みたいなものなんだ』
『そしてそんなものが遺っている場所は、死骸の散らばる古戦場跡。いや、戦場ならどれだけよかったか。戦火に巻き込まれた一集落。それがこの異界の元になった場所だ』
『ここにいるアンデッドどもは、ほとんどが俺の同胞。お隣さん、同僚、家族。その成れの果てだろう。ま、一部は相打ちになった敵兵士かもしれんが』
『……躊躇わないわけないだろ。死体とはいえ親しかった人たちだ。その体を殴りつけるのは』
『倒さなきゃいけない。それくらいは俺もわかってる。わかってるさ! でもな、必要以上に傷つけたくない。もうあいつは倒れるところだった。それ以上殴る必要なかったはずだ!』
「逆上するな。相手は魔物だ。手負いの相手だからって軽視すれば、斃れるのは俺だ。さっき俺が反撃を食らわずに済んだのは、ただの結果論でしかないんだよ」
頭の中で叫び声が響きくらくらする。それでもハルトははっきりとそう告げ、Eの甘い判断に対して怒りを露にする。
ただのNPCがどうしてこんなにも感情豊かなのか。敵対しているキャラクターでもないのに情報開示を渋り、そのうえプレイヤーの行動を阻害するほどの権限を与えられているのか。製作者に何かしらの意図があるのかもしれないが、それが読み取れない今はただ不愉快な要素でしかない。はいかいいえの二択で済まない難しい人間関係を求められるなんて、現実と大差ないのだから。
それでもこの世界に囚われている限りはその法則にしたがうしかないのだろう。Eは頭ではハルトの指摘を理解しているらしく反論はせず黙っている。もしかすると、理解を妨げる感情をどうにか飼いならそうと努力しているのかもしれない。
こういう問題は落ち着いて考える時間が必要だろう。次にアビリティの使用を邪魔されないためにも、Eには冷静になってもらわなければならない。ちょうど先ほどの戦闘で疲弊していたので休息をとるのも悪くないだろうと思い、オーガの素材の代わりになりそうなアイテムがないかインベントリを眺めつつ一息つくハルトだった。




