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ハルトが目を覚ますと、前回目を覚ました時と同様の感覚を覚える。調子が良くなったのに不快という矛盾したその気味の悪い感覚は、全身を蝕んでいた。
『調子はどうだ?』
「よくはない。でも悪くもない」
『なんというか返事に困る答えだな』
Eと名乗る声が連れ添っているのも、目に見える範囲の肌が黒く染まっているのも、肌が溶けて歪に固着しているのも、眠る前となにもかわらない。夢であればどれほどよかっただろうか。そんなことを思いつつ立ち上がる。
「あてはあるのか?」
『ないと言ったら?』
「……さすがに笑えないぞ」
『冗談だ。そんなに怒るなよ』
また感情を読み取ったのだろうか。それともこれは対面していればわかるくらい自分があからさまな態度をとっているに過ぎないのか。気にしすぎているという自覚があるだけに、答え合わせをする気にはなれないが、聞かないと今度はどっちつかずで落ち着かない気持ちの行き場がなくなり、気分は晴れない。どんな選択にせよ、少しマシかそうでないかの違いしかないことに落胆する。であれば労力は少ないほうがいいと嫌なことを頭から追い出せないかと試みる。
『とはいえ、俺様が活動していた時期からしばらく時間が経っている。持っている情報がどこまで役に立つかは保証しかねる』
「不安だ」
『こればっかりはどうしようもない。あきらめてくれ』
しかし1つの悪いことから目を逸らしても、次に視界に入るのもまた悪い事実。毒の異常を取り除くあても不確かだと知り、ますます気分は落ち込む。それでもこのゲームをゲームとして遊ぶには、いち早くこの状況から脱しなければならない。
現実に戻ると思うと気分は優れないが、楽しめないものに時間を使う気にはなれない。ゲームを開始した当初とは状況が変わったので、次回外部からの救援が来たなら彼らを頼るのもいいだろう。しかし主犯を名乗る人物から接触があった立場だ。人をあてにできるほど状況はよくない。追いつめられる前に、自力で状況を打開する手段を探ることは無駄ではないだろう。
『まずは俺様を見つけた場所に向かうところからだな』
「そこに何かあるのか?」
『俺様の意識が残っていたくらいだ。おそらくその近くに遺物があるだろう。それを手に入れれば目標の達成には役に立つはずだ』
毒を与えた相手の抗体を手に入れるための暴力、あるいは毒の影響を消し去るほどの強い免疫。そのどちらかの目標を叶えるために役に立つだろう。そういう意味なのだろうが、遺物について正体も効果もわからないとなると心から期待することは難しい。
あてにできるのがEしかいないとはいえ、彼が本当のことを言っているのかはわからないことも不安材料だ。もしもそこに彼の本体が眠っていて、自分がただの運び屋としていいように使われているだけだとしたら。そんな嫌な考えがハルトの脳裏をよぎる。それでもほかに縋れるものがない彼は、Eの助言に従うしかない。気乗りしないが、ダンジョンを目指して歩き出す。
とはいえ、あの時は当てもなく歩いていた。道を少し外れた森の奥だったことは記憶しているが、逆を言えばそれ以上の情報はない。今思えばよくセカンダリアの宿屋に帰れたものだと思いながら、しばらく見覚えのない道をさまよう。
目指す先は道しるべのない隠しエリアのようなダンジョンなのだが、前回と同じ道を辿ることが難しい。
『本当にこの道で合ってるのか?』
「わからない」
『おいおい……』
「まあ、そのうち着くだろ」
正直なところあまり余計な場所に足を踏み入れたくはない。単純に時間の浪費であるという点はもちろんのこと、このゲームでは最初の町で凶悪なボスが出現した事例があり、万が一にそういう個体に遭遇してしまえば面倒なことになる。
そんな不安がちらつくが、だからと言って探索をやめるわけにもいかない。そうして道なき道を進んでいると街道の近くに出る。どうやら進行方向は間違っていたらしい。
「引き返すか」
『見つかるなよ。撒くのは面倒だ』
「わかってる」
NPCにせよプレイヤーにせよ今出会うのは都合が悪い。索敵には特に反応はないが、気を付けるに越したことはないだろう。
ただし街道に出たこと自体は悪いことではない。遠くを見ると道が続いている方角がわかり、現在地の把握に一役買う。ようやくダンジョンの位置に目星がつきそうだ。
そんな風に前向きなことを考えられたのは数分のこと。探索を再開したハルトの索敵に位置のはっきりしない気配が映り込む。
『どうした? 様子が変だぞ』
「何かいる。でも場所がわからない」
『後をつけられてるなら厄介だ。無理にとはいわないが早めに始末しておいたほうがいいんじゃないか?』
Eの提案は一理あるが、相手の居場所が掴めないにも関わらずこちらから打って出るのは賭けになる。相手の想定を崩せる可能性がある一方で、相手がハルトの居場所を掴んでいるのなら手痛い反撃を食らうだろう。
「警戒はするが、ひとまずは気づかないふりをしておくのが無難か」
『手遅れになっても知らないからな』
随分と好戦的だなと思いつつ、命を狙われているとなればそれくらい過激になるのも仕方ないと納得する。
その後もそれほど離れていない場所に気配を感じつつ先へ進むと、今度こそダンジョンに辿り着く。
一歩踏み出すと索敵に気配が映る。それと同時に先ほどまで感じていた気配が消える。
「(追ってくるならここに踏み込んでくるか?)」
そう考え、ハルトは一旦遮蔽物に隠れる。するとダンジョンのエリア内に気配が1つ増える。こちらを追ってきた相手だから当然といえば当然ではあるが、追手はハルトが先ほどまで立っていたダンジョンと通常エリアの境界線に現れる。
「……こっちに人の反応があったから追ってきたけれど、突然気配が消えたと思ったらこれか。何しにこんなエリアの端に来ているのかと思ったが、こんなところがあったとは。目的を聞きたかったけれど、これ以上の深追いは危険そうだな」
物陰からそっと覗き見た限りでは普通のプレイヤーのようだが、振り切れなかったということや救助されずに閉じ込められたままということから実力はあるのだろう。好戦的な雰囲気や敵対的な感情はあまり感じないが、それは追っていた相手がハルトであることを知らないからなのかもしれない。プレイヤーであれば話が通じるのではないか。そんな期待がないとはいえないが、下手に接触して交戦するほうがはるかにまずい。来た道を引き返すプレイヤーを横目に、ハルトは息を潜める。
そうして気配が消えたあと、ようやく本来の目的であるダンジョンとそこに残る遺物の獲得を進めようとEに声をかける。
「着いたが、何かわかることはあるか?」
『確かにここは俺様の意識が残っていた場所だ。かつての大戦の傷跡が長い年月をかけて異界化した場所らしい。ということは大戦時代の遺物が残っている可能性は高いだろう。……すでに誰かが持ち出したということでなければの話だけどな』
異界化というのはダンジョン化したということだろう。そしてゲームの背景ストーリーにある人と魔族の大戦。この場所ができた根底にはそういった要素があるらしい。このあたりの物語がゲームクリアに関係あるのかどうかはわからないが、無関係とは考えにくい。ファーストリアとセカンダリアには図書館や資料館のような場所はなかったが、今後そういった場所でセカンドプラネットの世界観を掘り下げる歴史書みたいなものを見ることは叶うのだろうか。
『だが悠長に探索している場合でもないだろう。さっきおまえを追ってきた相手だが、場合によってはこの場所をギルドやどこかに報告する可能性がある。そうなった場合、精霊信仰者を筆頭に遺物は封印か破壊するべきものであるって教え込まれてる町の連中はここに調査隊を派遣するだろう。大戦の跡地は念入りに調査される』
「俺が見つかる危険性が高まり、そのうえ目的の遺物が破壊ないし回収される可能性が出てくると」
場違いな想像を膨らませていたハルトだが、Eの話で現実に引き戻される。ただでさえ万全の状態ではない。町に戻されると思うとリスポーンは躊躇われる。そんな中、明らかに適正レベル以上の強敵、アンデッドが跋扈するダンジョンを、今後来るであろう調査隊に追いつかれる前に攻略しなければならないらしい。
『異界化しているとは知らなかった。そうなると深部に行かなければ遺物は手に入らないだろう。時間をかけたくない状況だが、異形を退けなければ先へは進めない。前途多難だな』
「おまえ、元は魔物の体から漏れ出た呪いの状態異常だったんだぞ。なのにこの場所がどうやってできたのか覚えてないのか?」
『魔物……? それはどんな姿だった?』
「アンデッド、骨が鎧をまとった騎士みたいな恰好をした魔物だったよ」
『……そうか』
そんな中、ハルトがふと疑問に思ったことを尋ねると、Eはいつもの傲慢で軽薄そうな様子から一変し、どこか落ち込んだように声のトーンが落ちる。しかしその理由が何なのか、彼は自分から話そうとはしなかった。とはいえハルトはその内容がダンジョン攻略にかかわることであれば話しているはずだと考える。だからハルトはEの事情には深入りせず、ひとまず目の前のダンジョン攻略に向けて意識を切り替えた。




