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 ハルトが人知れず脱獄した結果、セカンダリアは混乱の渦中にあった。内密に処理されるはずだった魔族の生き残りに関する一連の騒動は明るみになり、責任者への追及が行われる。その中には故郷に連絡を取っていたシキも含まれており、顔が知られている方ではないとはいえ、表を大手を振って歩けないような状態に陥る。

 町中には手配書が張り出され、いちプレイヤーの顔が晒されるという異様な状況に陥る。

 とはいえ、このゲームの初期アバターに墨のような真っ黒の肌はない。刺繍を入れる方法や肌の色を変えるアイテムや装備の存在も知られていない状況で、真っ黒な肌を持つキャラクターというのはNPCのように見えるのだろう。突然手配書が町中に溢れたことに動揺するプレイヤーはいても、そこに張り出されているのがプレイヤーであることに気づくものはほとんどいなかった。


「ヒュドラーの件でほとんど被害が出なかったって朗報を聞いて安心したところで危険な魔族が町中に潜伏しているかも。なんて情報が出回るとはね」


 そんなプレイヤーの1人、シルクはそんな風に愚痴る。

 セカンダリア解放から少し経ち、ヒュドラーの再封印に協力した高レベル高プレイヤースキルのプレイヤーが続々と到着し、アナウンスの再封印がどういうものかという情報が出回り始めた。そんな中での次のイベントに関係がありそうな出来事に、次もヒュドラー並みの脅威に晒せるのではないかと気が気でない。

 あの後、パーティを組んだ2人は無事ヒュドラーの脅威から逃れるという目的を果たし、これ以上の戦闘はしないとパーティは解散となった。例外として、宿代稼ぎの魔物討伐をすることはあっても、攻略に手を貸してはくれないらしい。

 しかしこれでもセカンダリアを解放した立役者だ。実力が認められ、ほかのパーティから引く手あまたかと思われたのだが、そううまくはいかないらしい。


「そりゃヒュドラー戦で活躍したプレイヤーには劣るけど、見向きもされないってどういうことなんだよ……」


 元パーティメンバーの2人がパーティ解散の話を中々切り出せず、ようやくその話が出た時には、すっかりこのパーティで攻略を続ける気になっていた。しかしよく考えてみれば2人の話は当然のことで、仕方なく戦っていた彼らにこれ以上の何かを求めるのは道理に反している。なにより無理を言って戦ってもらったところで、関係がぎくしゃくしたまま戦えば足の引っ張り合いになる。そうなるくらいならソロのほうがマシだとシルクにはわかっていた。

 2人の目的を失念していたシルクにも責任はある。とはいえ解散したタイミングが悪かった。というのも、セカンダリア解放から2日ほど経った頃、セカンダリアには防衛イベントに参加していた高レベルプレイヤー達が次々とセカンダリアへ到着しつつあった。結果としてセカンダリア解放の話題はヒュドラー戦の話題にかき消され、注目を失った。そうしてセールスポイントの1つが使い物にならなくなってしまったシルクは、パーティ解散後、1人途方に暮れることとなった。

 幸い盗賊討伐によるボーナスは少なくないのでしばらく生活には困らないが、だからと言ってこのまま停滞を受け入れるわけにはいかない。このゲームをクリアし、人々を開放するという目的が彼にはあった。


 だから妥協できなかった。仮に、救援が来たとしても、自分だけ助かるなんて方法で妥協できない。この目で全員がこのゲームから解放されたことを確かめることができないのなら、ゲームをクリアしてこの事件の主犯にゲーム内に捕らえた全員の解放を要求するべきである。そんな傲慢で狂気的な自己犠牲の精神。そんなものが彼の心の中には巣食っていた。


「最前線で攻略する彼らと共同戦線を張れば上手くいくことも多いだろうけど、遠目に見ただけでも個性派ぞろいとわかる。無理にパーティなんか組んでも足並みが揃わないよなあ」


 攻略第一のシルクに対して、防衛イベント参加組は自分のステータス上げに余念がない。そのうえで優先順位に差はあるものの、ゲームクリアとの関係が不明なイベントでも積極的に参加していくプレイスタイルを取るプレイヤーが多い。

 シルクはエリアの開拓を進めていれば最終目標が判明するのではないかという仮説を基に攻略を進めている。しかしそれが正解なのかどうかはまだわからない。そんな状況でほかのプレイヤーの行動を歪めてもいいことはないだろう。


「悩んでいてもいいことはない。すぐに仲間が見つかる当てもない。となればひとまずソロで一度挑戦してみるのも悪くはない、のかな」


 内心、どうせ行き詰るのだろうと思うが、パーティを組むにしてもレベルが高いプレイヤーの方が誘われやすいだろう。だからきっとこの挑戦は無駄にならない。そう自分に言い聞かせながら、シルクはセカンダリアの北門を出る。

 まだ見ぬ場所。ゲームらしく1つエリアを跨ぐと気候も生息する魔物も別物になる。この新鮮さがいつまで続くだろうか。そんなことを考えながら、彼は新天地の開拓を始める。


 牢屋を抜け出し、町の外で地面から這い出すとすぐに能力を解除する。

 プライマリスキルを使用している間、異様に思えるほど急速に体力を消耗するような感覚を覚えた。それが果たして精神的なものなのか、それとも本当にHPやスタミナを削られたのか。余計な作業をする余裕がなく、ステータスを見ることが叶わない状況に身を置いていただけに、真相は確かめようがなかった。


「疲れた。少し休む」

『無理に力を使った反動か。休んだほうがよさそうだな。気配がしたら知らせてやるよ』

「よろしく頼む」


 そういってハルトは木にもたれかかり寝息を立て始める。


「……」

『こいつは寝たよ。出てきたらどうだ?』

「気味が悪いな。おまえ、いったい何なんだ?」


 そうしてハルトが意識を手放したあと、Eは何もない方に思念を投げかける。それは相手に届いたらしく、木陰から1人の男が現れる。

 いつぞや、ハルトのアバターから毒を抜いた作業員。彼は騒動を聞きつけ、独自の方法で彼の居場所を特定した。しかしEはその方法に見覚えがあったらしい。Eは気配を察知し、隠れている相手に先んじて声をかける。


『その質問に答える権限がありゃ苦労してねぇよ。今じゃ世界の一部に組み込まれてる。できるのは、こいつの背中を押してやることくらいさ』

「意味がわからない」


 そんな意味深なことをしておいて、Eから伝えることは特にないらしい。ただ意思疎通できる存在ということを男に対して印象付けることには成功しているので、無意味な行為というわけでもならしい。


『説明しろって言っても無理なもんは無理なんだよ。悪いな。

 ……で、あんたに声をかけたのは素体の整備ができる人材だと見込んでの話だ。多少抑制しちゃいるが、それでも俺ができることには限界がある』

「わかってる。このガキにはまだ働いてもらわないと困るからな。メンテナンスはする。むしろ変なものに憑かれてるのを見て、作業の邪魔されないか心配してたくらいだ」

『話が分かる奴は好きだよ』


 頭に響く声への不快感に顔をしかめつつ、男は前回同様作業を開始する。

 手袋をして、ハルトを仰向けに寝かせると、胴体に手を入れる。すり抜けるように体にのめりこんだ腕を引き抜くときには、その手に紫色のどろりとした液体がへばりついている。男はその液体を準備していたバケツに放り込むと、再度アバターの中に手を入れる。その作業を3回ほど繰り返し、掬い上げる液体の量が減ってきたところで男は作業を終える。


『手際いいな。どこでノウハウを手に入れたんだか』

「こっちの情報だけ教えるなんて真似すると思うか? せめて交換する情報くらい持ってから出直してこい」

『手厳しいね。どうせこのハルトとかいう奴が生きてる限りはまた会うことになるんだ。仲良くしても罰は当たらないと思うんだが』

「馴れ合うつもりはない、と言ったら?」

『残念だとは思うが、あいにく俺様にできることは少ない。あんたを振り向かせるほどの何かを用意できない以上、今回は縁がなかっただけの話だと割り切る以外にできることなんてないんだよな』


 その会話から、男はこの奇妙な思念体はアバターに関する技術について知っているのだろうと察しをつける。自分たち以外にそういう存在がいるという情報は、まだほかのメンバーから上がっていない。貴重な情報ではあるのだが、残念なことにEは何も語れないという。本当に彼がアバター技術について知っているのか確証が持てない今、下手な報告を上げたところで鼻で笑われ無視されるのがオチだろう。そんな状況でこちらの情報について口を滑らせれば、最悪の場合処分されかねない。男はまだそこまでのリスクを負うほど追い込まれてはいなかった。

 情報が手に入りそうで入らない。そんな状況に歯がゆい思いをしつつも作業は順調に進む。最後にハルトの容体が回復したことを確認すると、その場の痕跡をできる限り消してその場を立ち去る。


「今度会うときは、もう少し実のある内容を喋ってくれるとありがたいところだ」

『善処するが、期待はしないでくれ。俺様はあくまでこいつの付属品だ。権限を取り戻せるかどうかはこいつ次第。俺様にはどうしようもない』

「そうか。それならこいつには大いに期待させてもらう。そうでないと、こんな面倒な手間かけてまで生かした意味がないんだからな」


 男の去り際、男とEはそんな言葉を交わす。男にとってEは不気味な存在だが、その物怖じしない態度とは裏腹に、その行動にはいくつもの制限がかけられ、案外不自由そうにしているのが印象的だった。

 そんなことを思いながら、男は暗闇へと姿を消す。


『……本当に、俺様にはなんもできないんだよ』


 そうして残されたEは静かに言葉を零す。誰にも聞かれることのない独白は、普段のEの軽薄そうな態度からは想像できないほどに静かで重苦しい雰囲気を纏っていた。

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