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【この先**者のダンジョン】
文字のかすれた看板を前にハルトは立っていた。
森の奥へと踏み込んだはいいが強い魔物が出てこないかと期待しただけだ。妙なものを見つけても喜びよりも困惑のほうが勝る。
「そういえばギルドの受付係がダンジョンの話なんてしていたな」
ダンジョン。それはもともと地下牢という意味の言葉だが、財宝が隠され、魔物が巣食う迷路として描かれることが多い。ハルトの認識としてはそんなところだ。
しかしファンタジーな世界観におけるダンジョンの話をしたところでそれに当てはまるかどうかはわからない。名前を聞いたことがあるといっても世界におけるダンジョンの説明や性質については詳しく聞く機会はなかった。残念ながら看板には親切な説明などついていないので情報はないに等しい。
それでもダンジョンと銘打っているものが既存のゲームのダンジョンと全く別物という可能性は低いのではないか。その考えはただの期待でしかないが、それでも魔物くらいは出てくるだろうと考える。問題は適正レベルだが、こればかりは一度入ってみるしかないだろう。今から対等な戦いができる魔物を見つけるよりは好ましい結果が得られるのではないだろうか。そう考え古びた看板で区切られた領域に足を踏み入れる。
たった1歩、視界の上では地続きな森の一部に過ぎない場所に踏み込むと、それだけで空気が変わり、単なる夜とは違う薄暗さが場を支配しているような感覚を覚える。さらに、先ほどまで一切感じることのなかった気配が索敵スキルに引っかかった。
どうやら看板の先の領域はダンジョンとして通常のエリアと分断されているらしい。そしてそれはスキルの範囲外になるほど明確な境界なのだろう。
「得物は不得手で頼りない。防具は壊してから買い替えていない。まったくタイミングが悪いよ」
口ではそういいつつ、彼の顔には笑みが浮かんでいる。
おそらくまだこの電脳空間に残っているプレイヤーは全面的か部分的かの差異はあれどまともではないのだろう。そしてそれは自分も違いない。
「だからこそ、拍子抜けだけは止してくれよ」
そう言ってハルトはその気配のあるほうへと向かう。
彼が最初に発見したのは1体の全身鎧に身を包んだ人型だ。頭部に被りものをしていてわかりにくいが、隙間からは血の気のない肌ですらもう少し血色がいいだろうという白色が見え、眼球があるはずのところは空虚な闇が広がっている。いわば骸骨の兵隊。どうやらこのダンジョンの敵はアンデッド系のようだ。となると看板の文字は不死者のダンジョンなのだろうか。
そんな骸骨兵だが、錆つき表面がくすんでいるものの鎧の装飾が華美な点が気になる。そもそも浅い層に出てくるような相手は防具を身に着けていないのが相場だろうと文句の一つも言いたくなる場面だが、雑魚ですら防具をつけているような危険なダンジョンだということなのかもしれない。
「(挑めばわかる話か)」
まだ気配に気づかれてはいない。遠目から確認するだけで得られる情報はこんなところだろう。
「――ハイドアンドアサルト」
練度の低い武器に物理攻撃の通りが悪そうな相手。出し惜しみして負けるわけにはいかないと最初からアビリティを使用し背後から攻撃を仕掛ける。
しかし攻撃が届くよりも前にガラガラと骨と鎧が擦れる音を立てながら振りかえり、手にした剣で攻撃をいなされる。金属同士が擦れる耳障りな音が鳴り、顔をしかめる。ハイドアンドアサルトは気づかれている相手に効果が減衰するとはいえ、ここまであっさりと受け流されるとは思っていなかっただけに動揺もある。次の行動に移るのが遅れ、その隙を突くように、骸骨兵は剣を振り下ろす。
「まずっ――ラピッドアクション」
細いどころか棒一本の腕に重そうな鎧。そんな姿からは想像できないほど素早く振り下ろされた剣をかろうじて回避し距離をとる。
相手が早いのではなく自分が遅くなったのではないか。そんな気分にさせられる相手だと感じる。
「これでも結構レベル上がったと思ったんだけど、自信なくすよ。まあ、ステータスに依存する能力を自分の力だと感じてるわけではないんだけど」
姿勢を整え愚痴を吐く。苛立ちがないわけではないし、自分の能力への不満もあるにはある。勝てるかどうか不安がある状況への悲壮感みたいなものも抱いている。しかしそれ以上に飽きるほど退屈な戦いとは違う高揚感が胸を高鳴らせる。
様子見をしていた骸骨兵はハルトが仕掛けてこないことを察したのか攻撃に出る。相変わらず攻撃は素早く、ヒュンという風切り音が恐怖を煽る。彼はその攻撃を回避し、相手を観察する。ハイドアンドアサルトこそ狙ったが、青の短剣で戦っていた頃と違い継続ダメージによって早期決着を強要される状況からは脱した。そんな今、勝負を焦る必要はないだろう。
攻撃は素早く重い。防具を身に着けていない今のハルトが攻撃を受ければ大ダメージを受け、最悪HPを全損するだろう。しかし回避に専念すればラピッドアクションを使わなくても攻撃から逃れることは可能だ。攻撃に転じる余力がないという問題をどう攻略するかが鍵になるだろう。
攻撃を誘い相手の観察を続けていると、隙がないように見えていた動きの中に癖のようなものが見えてくる。これがアンデッドの特徴なのかこの骸骨兵の特徴なのかはわからないが、動作と動作の間に硬直があった。一度剣を振り下ろした後、次の行動に入るまで猶予がある。ただ一呼吸置く程度の時間であり、慣れない間は次の行動のタイミングを外してくる厄介な性質だが、慣れてくればそれが隙なのだとわかる。
断言はできない。誘っているだけで、ハルトが攻勢に出れば直ちにカウンターを繰り出してくる可能性もある。しかしそういった危険を憂いて攻めないのは性に合わない。リスクを負ってでも攻勢に出る場面だと決断する。
となると攻撃手段だが、ミラージュは不安だ。ハイドアンドアサルトに対応する反応速度から、幻影を即座に見破られそうだと感じる。ミラージュからのハイドアンドアサルトが未だにハルトの最高火力であることは間違いないのだが、HPが半減するコストの重さと相まって、これに賭ける気にはなれない。
残る攻撃手段は多くない。スキルのレベルは上がりいくつかのアビリティは習得したのだが、いかんせん短剣で使える刺突系のアビリティと短刀の相性が悪い。武器の違いを無視して使うことはできるのかもしれないが、おそらく細い刀身が耐え切れずに折れたり欠けるだろう。武器を気遣いつつ格上の相手をさばけるほどハルトの技量は高くない。
「(肉を断つにはいいが、打ち付けるように斬る芸当には向かないのは難点だな。繊細すぎる)」
ハルトは刀が嫌いというわけではないのだが、いかんせん現状の彼のスキルとは相性が悪い。しかしインベントリにあるのは折れた粗悪な短剣と使い古した粗悪な短剣だけ。目の前の骸骨兵の鎧に傷がつくのかも怪しい武器よりは今手にしている短刀のほうが信じられる。
ハルトは悩んだ末にアビリティを選び、タイミングを見計らい攻撃を仕掛ける。
「――ホールドトラップ」
始めに使うのはセカンダリアに着いた直後に巻き込まれたイベントでも使った相手の足を取る簡易なトラップを仕掛ける魔法。熟練度が低いことを見抜かれて強引に突破されることを危惧したが、しっかりと反応し避けてくる。
「まともに当たったためしがないな。でも――カッティングポイント」
そのアビリティを使用すると、うっすら赤い点が視界に映る。狭くぶれる視界にモーションのアシストがないという欠点。それでも選択する理由がある。
「――クイックスラッシュ」
ラピッドアクションと違い攻撃力に補正がある代わりに消費MPとスタミナが大きいアビリティを重ね攻撃を仕掛ける。その攻撃は相手が反応する隙を作らず攻撃は赤い点に命中する。ガキンという嫌な音を立て、相手の姿勢が大きく崩れる。
【Critical Hit!!】
表示されるアナウンスを横目に武器が割れ、破片が飛び散る。しかしここで追撃しなければ相手を倒すことはかなわないだろう。
「――ラピッドアクション」
そんな断片の一つを空中で掴み、折れて短くなった柄のついたほうと一緒に叩きつける。狙いをつける余裕なんてなく、鎧に刃が刺さるような攻撃は有効打には見えなかったが、どうやら正解だったらしい。
それ以上の追撃は反撃を食らいかねない。そう思いいったん後方に退く。手に握られていた武器は支えを失い地面に落ち、その攻撃によって鎧に空いた穴からは薄暗い中でもわかるほど光を通さない黒い霧が漏れ出し、相手の動きが明らかに鈍る。
「……スタミナ不足だな」
しかしハルト側もアビリティの連続使用で消耗している。攻撃は受けていないが先ほどの無茶で自傷ダメージも入った。どうせ一撃食らえば負ける低防御力なので気にするほどのことではないのかもしれないが。
鎧の穴はどういう原理か知らないが少しずつふさがり漏れ出る霧の量は減っていく。持久戦に持ち込めば勝てるほど甘くはなさそうだ。次の一撃が決着になる。だがあいにく武器は手放してしまった。
「ないよりはマシか」
一瞬の迷いのあと、ハルトはインベントリから粗悪な短剣を取り出す。おそらく耐久度のうえでは一度の攻撃で割れる程度の品質だが、弱っている相手になら効いてくれるのではないか。そんな淡い期待を込めて、その頼りない武器を手に握る。
相手が剣を振りかぶる。そこには先ほどまでの作業的な動きとは違う憤怒の色が見て取れる。
「ギェエエエエ!」
怨嗟の籠った叫び声に頭が揺さぶられる。煩さに顔をしかめつつ、攻撃の瞬間を待つ。
「――ミラージュ」
そして剣が振り下ろされるというタイミング。そこでハルトは切り札を使う。
斬撃が幻影を真っ二つに切り裂く。怒りによって視野が狭まったのだろうか。剣を振り下ろしてからこちらを振り返る様子はなく、ハルトの攻撃が鎧に空いた穴を抉った。
「うぁっ」
「ギァアアアア!!」
大きく開いた穴から大量の黒い霧があふれ出し、ハルトは少しそれを浴びてしまう。
骸骨兵は叫び声をあげながら、腕を乱雑に振り回し、最終的には力なく崩れ落ちる。同時に錆こそ見えたが脆さなど感じなかった鎧も陶器のように砕け、地面にくすんだ塊を積み上げる。
「武器がダメになったな……」
相手の亡骸を見るに代わりの武器をドロップしそうには見えない。仮にドロップしたとしても錆びた剣だ。ハルトの戦闘スタイルに合わないうえ、耐久度に不安が残るだろう。それでも残念さを感じないわけではなかった。
【呪い耐性Lv.1を習得しました】
「置き土産か」
体が重い。そう感じるのはどうやらスタミナ切れだけが原因ではないらしい。だがあまり猶予はなさそうだ。
先ほどの叫び声に惹かれたのかいくつかの気配がこちらに向かってきているのを感じる。
たった1体の相手にこれだけ苦戦する場所だ。適正レベルが上か、あるいはパーティ前提の難易度なのだろう。
楽しい戦いだった。そう思う一方でこれ以上の探索は無謀だろう。そう考えたハルトは壊れた武器の破片を可能な限り回収すると、ダンジョンから脱出するのだった。
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大衆が誤用している言葉がある。「役不足」が本来能力の人に見合わない簡単な役目のことを指しているが、役目に見合わない劣った人のことを指す言葉として使われていることや、「弱冠」が20歳前後(厳密には20歳のみとする場合もある)を指す言葉だが、若干と混同されたのか10代未満の人にも使われることがあるなんて話だ。
とはいえ原義を知らない大半の相手に通じるなら、それはもはや誤用ではないとされ、辞書にも用法との一つとして追記されることもある。
しかしそれは原義がなかったことになるという意味ではない。だから元々の意味でその言葉が使った者がいたとして、それを責めるのは酷という話だろう。
「久しぶりの来訪者じゃないか。さて今回は僕の退屈を満たしてくれるかな?」
黒髪の男は何かに気づいた様子でそう呟くと、キヒヒと気色の悪い押し殺したような笑い声をあげる。
暗い部屋の奥、玉座のように荘厳な椅子に縛られた存在は、その身動き一つとれない格好で無様に独り笑う。そんな彼の様子は一見すると不気味だが、寂しく、そして滑稽でもある。
【戦闘エリア『---の地下牢深層』:適正レベル[40]】
その壊れた存在は今も地の底につなぎ留められている。いつか自分を解放する誰かの存在を夢見ながら。




