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そんな開拓者や攻略隊の情報を知らないハルトは、彼らに後れを取る形とはなったが、無事新天地にたどりつく。といっても適正レベルを考えるとまだ余裕があるため、よほどのトラブルでもない限りたどりつけないはずがないというのが正確なところだが。
「着いたはいいけれど、導線が何もないのがな……ひとまずギルドの場所だけでも確かめるか」
いつものように独り言をつぶやき、思考を整理する。問題は第2のエリアに着いたところで目的がないことだが、それは情報次第でどうにかなるだろう。そして情報があるのはギルドだろうかと目星をつける。ギルド以外にどの町にもある施設というのが思い浮かばなかったといえばそれまでだが、何も思い浮かばないよりはマシだと自分に言い聞かせる。
そんなくだらないことを考えていると、道の向こうから走ってくる人影が目に映る。
「そこの人! それを捕まえて!」
走っていたのは金髪の若い少女で、彼女が指さす先にはネックレスを咥えて走る犬の姿が見える。
ハルトは協力しようとその犬に駆け寄るが、ステータスで負けているのかなんなのかするりと脇を抜けられてしまい取り逃がす。しかし単なる犬なら捕まえられるだろうと高を括っていたにも関わらず逃げられたと思うと捕まえてやるという気持ちになる。そうして意識が切り替わったハルトはアビリティを使用する。
「――ホールドトラップ,ラピッドアクション」
狩人のスキルのレベルアップにより習得したホールドトラップは、魔力を消費して自分を中心とした半径3mの円形範囲内に足止め効果のあるトラップを設置するというもの。習得した当時は一番槍になっても前の職業の技能を取得できることが分かった以上の感想はなかったが、こんなところで使い道があるとは思わなかった。というのもこのアビリティは相手にダメージを与えることができず使いどころが難しい。その代わりに消費するMPや設置までのタイムラグが少なく小回りが利くので狙い通りの設置ができる。
そんなトラップだが、使用回数がまだ少ないこともあり犬には華麗に避けられてしまう。しかしハルトにとってはそれで充分。回避のためにまっすぐ最短距離で逃げることができず横に逸れたところをラピッドアクションによる加速で追いつき、ハルトの手が犬の首輪を捉える。
「捕まえた。っておい暴れるな」
いきなり首を掴まれた結果バランスを崩した犬に対して、ハルトは覆いかぶさるような形で地面に組み伏せる。しかしどうにかその拘束を抜け出そうと足をばたつかせ、軽いダメージが返ってくる。
目的はその口にくわえたものだ。それさえ取れればおそらくこの犬自体を逃がしてもいいだろう。そう考えたハルトは噛まれないように警戒しつつ、加えていたものを引っ張る。しかし犬は決してそれを離そうとせず、ブチリと嫌な音が聞こえる。それと同時に手にかかる反動がなくなり、犬からものを取ることができたらしい。
暴れている犬を抑えながら手にしたものを確認する術はなかったが、ひとまずものが取り返せたのなら犬に用はない。嚙まれないようにと慎重かつ大胆に距離をとると、拘束から逃れた犬は足をばたつかせ乱れた姿勢を整えることなく逃げていく。てっきり取り返しにくるだろうかと思っていただけに拍子抜けだったなと思いつつ、ハルトは手に握った紐のようなものを確認する。
案の定布が千切れているが、その一方で縫い付けられた半透明な結晶は無事だった。気まずいがこれを持ち主に返さなければならない。
大声を出して犬を捕まえるようにと言っていた人がようやく近づいてくる。そんな彼女にハルトは謝罪しようと対面するが、彼が口を開くよりも先に平手がハルトを襲った。
「せっかく捕まえたのになんで逃がしちゃうのよ!!」
表現規制のおかげで頬に痛みはないが、派手にパァンという破裂音が響く。首が曲がり視界がぐらりと揺れた一撃は、頬が赤く腫れていてもおかしくない威力だった。
初対面の相手からの予想外の一撃に謝罪の言葉も忘れ、いったい何が起きているのだろうかと一時思考停止する。詳細は分からないが、対応を間違えたのだろう。軽い気持ちで手助けしようとした結果裏目に出たなと思いながら、あまり面倒なことにならなければいいなと遠い目をした。
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狼は思う。世界を取り戻す方法を。
侵略者の全てが悪ではない。だが彼らの侵攻による被害は大きく、許容するには障害が多すぎた。
根底からすべてを変え、本来救われるべきものを蔑ろにする理由はない。
規格化された構造は破壊しなければならない。しかしその規格は理すらも書き換えようとしている。
取り込まれてはならない。その一方で取り込まれてしまった場合を想定する。守り切れないだろうという弱音ではない。最悪を想定しないのは愚者のすることなのだから。
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数分散々な愚痴を吐かれたうえで、千切れた布をひったくるように取られると、そのまま彼女は立ち去って行った。話の中にいくつかあの犬の正体に対するヒントがあったような気もするのだが、ショックと初対面の相手から罵倒されるという苦痛の前にまともに話を聞く気力はなく、ほとんど内容が頭に残っていない。
そんな形でセカンダリアに着いて早々精神的に疲労するイベントに遭遇したハルトは、先ほどまで考えていたプランを変更し、ギルドより先に宿を探そうと考える。見たこともない街だが、看板を見ればなんとなく商店街なのか飲食店が並ぶ通りなのかはわかるので宿を探すのはそれほど難しいことではない。
盗賊の出現頻度こそ減ったが、ファーストリアとセカンダリアを結ぶ行路はそれなりに長い。いくら電脳空間で走っても(スタミナ切れによる行動制限はあるが)息切れしないといっても移動が精神や体力を消耗する行為であることに違いはなかった。
宿屋を探し、空き部屋のあった「いこいの宿」という宿屋の部屋を借りる。一泊30Gとなっており、ファーストリアよりも高い。これが適当に宿探しした結果なのか、それともセカンダリアだからなのかはあまりわからないが、幸い懐が寂しかったのは一昔前の話。節約はするに越したことはないが、今はそういった煩わしいことは考えずにベッドに横になる。
まだ夕飯も食べていない日の沈み切らない時間帯だったが、短い休憩のつもりがすぐに意識を手放してしまうハルトだった。
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どろりとした感触が手に残る。
眷属とはいえ毒をもっている。討伐しこの世界から影響を消し去ることができれば話は違うのかもしれないが、残念ながら今回の場合は封印だ。
それでも影響が表に出ていないのは、そうなったときに彼がどんな行動に出るのかわからないからだ。
彼は敵にとっても味方にとってもジョーカーであり、厳密にいえばだれの味方でもない不確定要素。危険極まりないので排除したいが、排除するために何か行動すればそれを察する得体の知れなさを持っている。
「いつまでこんな仕事をさせるつもりなんだ」
そう愚痴を吐いた男は、左手で右手の手首を握り、手首を動かす。それは彼がいら立っているときの癖だった。
「……本当にこんなガキが計画に必要なのか? 俺じゃダメなのか?」
振り返り、のんきに寝ている体を一瞥し、溜息を吐く。
所詮は雇われの身だ。彼が勝手なことをすれば雇い主は遠慮なく彼を切るだろう。そうされるのは困る。持ち上げた手を下ろし、内心でくだらないと呟く。
「(所詮候補者だ。資格がなければどっかで勝手にくたばるだろ)」
そういって彼は回収した赤黒い液体の入ったバケツを手に部屋を出ていった。
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体に鈍い痛みを感じてハルトは目を覚ます。
「……寝てたのか」
微睡から覚める頃には痛みは引き、記憶も混濁して何のせいで目を覚ましたのかも忘れている。それでも眠りに満足して目を覚ましたのとはどこか違うような違和感だけは消えてくれない。
眠りなおすには目がさえている。それだけではなく薄く少しずつ悪化していた倦怠感が消えたとでもいうように調子がいい気さえする。やけに具体的な形容をするのは、彼が過去にそんな経験をしているからなのだろうか。
「気分が悪い」
調子はいいのに気分がすぐれないことなんて妙なこともあるものだと苦笑いを浮かべるハルト。そんな妙な気分を紛らわすためにもベッドから起き上がり、ベッドに寝て皴になった服を形だけ整える。
外に出るが、まだ暗い時間帯だ。魔法のある世界らしさのある電線もなしに光る街灯が何本かあるものの、光量はささやかなものではっきりと星空が見える。
「この星もテクスチャなんだよな……」
NPCの人が入っているのかと疑うレベルの挙動もあるが、ここまでリアリティがあると現実との差が感じられなくなってくる。ある意味危ういのだろうなと思いつつ、その変化に焦りを覚えるようなら救援部隊に連れられて現実に帰っていたのだろうなとも思う。
「下らないことを考えてもいいことなんて1つもないな。神様に与えられたか自然に発生した世界と人間が作った世界。どちらで過ごそうが大差ないだろうに」
そういいながら手を握ったり開いたりを数度繰り返す。その感触は変わりないが、一度爪を突き立てて手のひらに食い込ませようとすると途端にゴムのような感触に変わる。
今まで生きてきた現実との違いの差に気持ち悪さを感じるが、この世界の法則ではこちらが正しいのだろう。慣れてしまえば便利で快適ではないだろうか。そう思い割り切ろうとするほどにここが仮初の世界で自分が本当に生きている世界とは違うのだということを意識してしまう。
時間は夜。ギルドで情報を集めたわけでもないが、がんじがらめの考え事を忘れるにはそれを上書きできるような体験が必要だった。
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ハルトが向かったのはセカンダリアの北部。門の横にある人の通行用の扉は見張りの兵士もつけずに開いており、脅威はあまりないのだろうと感じる。戦闘を目的にしているハルトには不都合かもしれないが、セカンダリアで脅威とされない魔物といってもファーストリア周辺の静寂の森の魔物よりは多少強いのではないだろうか。そんな願いにも似た考察を並べ立てながら、リディクロムが語っていた一番槍の資格剥奪条件に引っかからないだろうかという危機感が拭えなかった。
「雑念ばっかりだ」
自分に対する苛立ちを覚えながら、そのエリアに足を踏み入れる。
ぱっと見た印象は静寂の森の街道に似ているというもの。ただし時間が夜だからか暗く不気味な雰囲気がある。
遠くからオオカミの遠吠えのような音が聞こえてくる。それがただの演出なのかこのエリアに出る魔物が活動している証明なのか。それを確かめようと先に進む。
セカンドプラネットの世界は魔法や魔力なんてものがある異世界だ。そんな世界では太陽や月が2つくらいあるときもあるけれど、そういったことはなく月は1つ。太陽も1つしかない。妙なイベントを起こすわりにそういった環境については拘りがないらしい。
代わりに月明かりという風情はこの世界にもある。ハルトの個人的な趣味嗜好の話だが、太陽の下よりも刀は月下に映えるものだと感じる。
そんなことを言って何が言いたいのかといえば……
「よわい……」
風景に意識を割けるほどに余裕がある。どうしようもないつまらなさと思考をかき乱し塗りつぶすような緊張感や迫力。そういったものへの渇望が何一つ満たされない状況にハルトは落胆といら立ちを覚えていた。
相手の魔物の姿はワーウルフやコボルドといった狼や犬関連の魔物だ。正直セカンダリア到着当初のイベントでそういった相手へのイメージはよくない。本物で人に従順な飼い犬まで嫌いとはいわないが、襲ってくる相手に対して何か躊躇いを覚えることはなく、そもそも犬と混同するような愛くるしさは東部以外人型の魔物に対して感じられるようなものではなかった。
そんなファーストリア周辺では見なかった魔物だが、素早いは素早いが今のハルトのステータスと比べるとまだ遅い。爪は鋭く牙でかまれれば腕は丸ごと持っていかれるのではないかと思う迫力だが、攻撃の発生を見てからでも避けられる相手を脅威と思うことはないだろう。
「もう少し奥に行くか」
推奨されていないエリアに出ることは危険だということはファーストリアでの活動中になんとなく察している。実際に南のエリア砂礫の荒野の魔物のレベルは最初の町に出る魔物とは思えないくらい高かった。それでも失意を上書きできるような体験を今すぐに得たい。そうなるとリスクのある選択を取らなければいけないのだろう。
そう諦めてハルトは森の奥へと踏み込むのだった。




