17
北部のエリアに出てたハルトはリディクロムを探す。といっても彼の行き先に心当たりがあるわけではないし、彼が自分の通った道に痕跡を残しているとも思えないため魔物を狩りつつなんとなく探す程度なのだが。
期限は1時間ほどと決め、探索を開始する。一見すると何事もなかったかのような木々の合間を縫うように進む間、魔物とは遭遇することはなく戦場になっただろうエリアまでたどり着く。普段なら魔物と遭遇していてもおかしくない距離を進んだが、索敵にひっかかる魔物の数を含め極端に少ない。以前のレベルなら索敵に引っかからないスキルを持っているのだろうと思うところだが、今回のイベントでレベルが上がったこともあり、このエリアの魔物の多くは索敵が効くと思われる。推測にはなるがハルトが相対した毒ガエルのように蛇に捕食され、魔物の数が減っているのだろう。
「これはひどいな」
そして肝心の戦場跡だが、木々は腐食し朽ち果て、空き地には生命力の強い雑草やコケの類すら根付いていない。土地が枯れたように生き物の気配がなく空気が淀んでいるようにすら感じられる。
あの蛇が毒蛇だということは身をもって知っている。だが明確にフィールドに影響が残っているのを目の当たりにすると自身の想定が甘かったことに気づく。あの小さく、武器を突き刺せば簡単に斃れるような魔物でもその能力は脅威であり、町にこれだけの被害が出たなら復興もままならない状況になっていただろう。
しかし、フィールドがこれだけ酷く荒らされるほどの戦闘があってなぜNPC達は無事なのだろう。戦場がこの荒地であることは間違いないというのに毒で負傷した兵士の数はほとんど見えなかった。可能性として毒を受けた時点で助からずこの場所で斃れたのだろうかと考えるも本当のところはわからない。
「思い当たることはないな」
そういいつつリディクロムの姿を探すが見当たらない。どうやらこの荒地の周辺にはいないらしく、第2防衛線より先にいるのかもしれないと考える。
イベント中の自分の戦場だったその場所だが、防衛線を超えていただけで奥へと進んだわけではない。踏み込めばエリアボスが封印されている場所を見ることができるだろう。
リディクロム探しという目的もあるが、イベントの主戦場跡を見ておきたいという欲が沸いてきた。封印がどういうものなのかわからないが、主戦場はここよりも派手な戦いが繰り広げられたことだろう。メインイベントを見られなかったことを後悔しそうな気もしたが、あまりそのことは考えないようにして一度見ておくことにする。
行先は蛇の通った痕を辿るだけであり、それほど難しくはない。先に進むとなぜだか周囲の気温が下がっていくように感じる。その感覚はどこかなじみのあるものだったが、すぐには思い出せない。
「ここか」
そうしてたどり着いたのは巨大な氷の結晶。その透き通るような塊の奥には光沢を持つ黒々とした鱗を持つ巨大な蛇が閉じ込められている。瞳は閉じているが、今にも動き出しそうな迫力に体が震えた。
おそらくそれが封印されたヒュドラーなのだろう。その手前には魔法陣が敷かれ、その中央に青く透き通るような外見の槍が突き立てられいる。おそらくはこれが封印の要なのだろう。儀礼用の宝石をあしらった武器のように美しい外見をしているが、この場にあるということはおそらく見た目だけでなく武器としての性能も高いのだろう。
そんな場所にリディクロムの姿があった。
「ハルトくんか。その様子だと君は今回の戦闘でこの場所に来ていなかったらしいね」
「リディクロムさん、どうしてここに?」
「魔法陣と精霊武器を守るために。めったにないとは思うが、愚かな誰かが精霊武器に魅了されて封印を解いてしまうかもしれない。まあそんな愚者に精霊が靡くとは思えないからこの心配は杞憂に終わるとは思うのだけれど、念のためにね」
どうやら一番槍としてここに居るというよりは、誰かに魔法陣とそれに近づく人物の監視をしているらしい。
話を聞くと数日中にはこの一帯を柵で囲い、信用できる人物で監視を行うことになるらしいが、それまでの繋ぎとしてリディクロムがここに居るということだった。
「それで、私に何か用事でもあったのかな」
「弟子入りしたのに試練しか受けていないんですよ。師匠から何か学び取ってこその弟子というか、こう、何かやらないといけないことがあったりしないのかなと思ったので聞きに来ただけです」
「そういえば具体的な話はほとんどしていなかったね。あの時はジョブを替えてすぐに戦えるようにならないといけない局面だったから仕方ないとはいえ、説明不足はあった気もするよ」
といっても特に何か弟子入りしたからと言って義務があるわけではないのだとリディクロムは語る。
「ほかの弟子が多い人なら話も違うのだけれどね。たとえばロジェのところは町の治安維持への貢献度が参照されたりする。あまりにクエストをこなさない期間が長いと警告を受ける。それでも何もせずにいると師弟関係が解消される。そのうえで皆伝していない限りは上級職から元の下級職に戻されるね」
補足で皆伝の条件も教えられる。内容としてはその職業でレベル上限までレベルを上げるか、極級職と呼ばれる上級職より上位の職業にジョブチェンジすることらしい。そうすると上級職より下には下がらなくなるという。
ちなみに師弟関係を結ぶことができるリディクロムやロジェは極級職に就いているらしい。上級職と違い極級職は単にレベルを上げて師弟関係を結ぶだけでなれるものではないのだという。
「上級職までのジョブは『なるもの』だけど、極級職は『在り方』みたいなものだから、人に教えられるままに何かしても基本的にはなれないんだよ。だからそこに至れるかは人や気づき次第になる」
だから極級職の人は自分の職業を明かさず、あくまで何の上位職から派生したのかどうかしか明かさない。といってもこれはNPCの間での不文律に過ぎず、自分の職業を明かしているキャラクターやプレイヤーに何かしらペナルティがあるというわけでもないそうだ。
上級職でレベルが上がりにくくなったということもある。イベント戦のように効率よく稼げるタイミングもない以上、急激な成長はしばらくないだろうなと思いながら、ハルトはその話を聞き終える。
「話が逸れたけれど、何か私から課題を出したほうがよかったりするのかな」
「ないものを用意するのは大変だと思うのでどちらでも構わないですが、極端に難しい課題でなければこなしてみます」
「その気概は買うよ。まあ、次に会う時には何か考えとく」
それで話は終わりかと思ったのだが、ふとした思い出したとでもいうようにリディクロムはハルトに声をかける。
「……あ、そういえば一番槍には1つだけ条件があった。といってもほとんど気にならないとは思うけれど」
――格上の相手に挑む精神を忘れないこと
「弱い相手を一方的に狩るようなことを続けると、勇敢で先頭に立つ役割にケチがつくから、資格がないとみなされる場合があるんだよね。護衛依頼とかで道中に出てきた格下を倒すとかそういうのは問題ないから気負う必要はないけど、一応そんな条件があるってことだけは覚えといて」
確かにハルトのスタイルは格下を甚振って愉悦に浸るようなものではなく、表立って気になるような条件ではないのだが、その一方で聞き逃せるほど軽い条件でもないだろう。
ハルトは結構重要な情報じゃないかと思いつつ、たいして気にする様子もなく封印の警戒を再開し、すでにハルトのことは気に留めていない様子だ。そんなリディクロムの表情に毒気を抜かれ、その話に対してハルトは力なく頷きその場を立ち去る。
当初の目的を果たし成果としては上々なのだろうが、最後の最後で釈然としない気持ちになる。
北部エリアを抜けて門まで戻ってくる。結局1度も魔物と遭遇することはなかったなと思いつつ、先ほどリディクロムからされた話を思い出す。
「蛇の魔物を大量に倒したからなのかレベルは上がったんだよな。こうなると砂礫の荒野の魔物も適正レベル外か」
現在のハルトはレベル24と狩人のレベル上限を超えて上がっている。狩人とステータスの上がり方が違うため単純な比較はできないかもしれないが、ほとんどのステータスが当時よりも一回り上がっている。といってもハルト自身は細かい数値まで覚えていない。そのため彼はなんとなく前より値が大きい程度の印象しか持っていないのだが。
「さすがに第2の町を目指すか」
この町で済ませておきたいことは大体終わった。リディクロムに何か修行をつけられるわけでもないということも確認できたので、次の町を目指してもいい頃合いなのではないか。そう思ったハルトはさっそく静寂の森に続く西の門へと向かう。
道中で露店を見かけ、軽食を購入しインベントリに入れる。こんなにすぐに外から人が戻るわけもなく、災害級魔獣の襲来があっても町に残り続けた誰かだろうが、こうして露店が再開できる程度には情勢が落ち着いたらしい。
これから向かう第2の町だが、実はすでに一部のプレイヤーが発見し、活動の拠点としているらしい。というのも防衛イベントの裏では第2の町を目指す攻略隊がおり、彼らが無事目的を達成できたということをゲーム内のアナウンスで知ることができた。
【第2エリア『セカンダリア』が解放されました】
このようなアナウンスがイベント中に表示されたが、ハルトはその場で気にする余裕がなく、後になってからエリアが解放されたことを知ることになった。
ファーストリアでの滞在期間が長かっただけに新しいエリアの開放は朗報といえるだろう。懸念材料といえばあの兵士のようなアバターに多くのプレイヤーが連れてしまった点であり、結果として移住したプレイヤーの数は少なく攻略に進展が見られない可能性があることだろう。プレイヤーの交友相手がいないハルトがいきなり声をかけても無駄かもしれないが、先駆者から情報を得られるならそれに越したことはない。それができないとなると何をするにしても手探りという状況になるだろう。
とはいえそういう心配は現地についてからすればいい。新天地に行けば何かしら変化はあり、ファーストリア周辺とはまた異なった景色を見ることができるはずだ。それだけでも向かう意味はあると考えたハルトは、新天地への期待を胸に門を潜りセカンダリアを目指して出発する。
西の門を抜けた先は「ファーストリア草原」と呼ばれるエリアが広がっている。草原とは言ったがところどころに木々があったり、セカンダリアへと通じる開けた一本道が続いていた。
しかし一本道を素直に進んでも、セカンダリアに至るのは容易ではない。というのも、それなりに長い道の中、盗賊が頻繁に登場するようになっていたのだ。
「金を置いてけ。できなきゃここは通さねぇぜ!」
2人組の盗賊が道を塞ぐ。馬車に乗っているNPCは盗賊を轢く勢いで駆け抜けたり、弓などの遠距離攻撃手段を持つ護衛で討伐する彼らだが、ファーストリア草原で軽いレベル上げしかしていないプレイヤーにとって盗賊は苦戦必至の難敵だった。
一方で金を渡せば見逃してくれるという仕様があり、手持ちの資金が潤沢であれば無理やりセカンダリアまで行くことができる。これは戦闘職以外でも目的地にたどり着けるようにという配慮なのだろうが、防衛イベント開始までの期間は短く、金策をしようにも商店街は看板を下ろして閑散としていた。唯一残ったのは専門店よりも安値で買いたたかれるギルドの買取所だけという状況では、長い行路とその途中に何度か現れる盗賊すべてに通行料を払うほどの資金を調達できるプレイヤーはほとんどいない。結果としてセカンダリアへの到達は遅れたわけだ。
それでも開拓が進んだのは、パーティを組み、レベリングをしたうえで盗賊を攻略するプレイヤーが現れたからなのだが、防衛イベントに参加していたハルトと彼らに面識はなく、よってセカンダリア開拓の過程について彼は何も知らない。
それだけに盗賊を見たハルトは以前も似たようなことがあったなと思いつつ、こうして真正面から挑まれただけ潔いのだろうかと考える。
とはいえただ道を歩いているだけで金をとられるのは癪にさわる。ハルトは躊躇いなく刀を抜く。
「金はねぇのか。だが、珍しい武器もってんな。それを差し出せば通してやるぜ?」
「――ラピッドアクション」
特殊な入手経緯の替えの利かない武器。貴重な属性武器を手放して手に入れたものを奪われる。そのことを想像して強い苛立ちを覚えたハルトは何か言う間もなくアビリティを使い斬撃を食らわせる。俊敏性の上昇だけで威力を上げるアビリティは使わなかったが、武器の性能もあり斬撃はあっさりと相手の体を切り裂き、派手なエフェクトを散らす。
驚愕の表情のまま光となって消えていく相方を横目に、もう1人は先ほどまで浮かべていたゲスな笑みがはがれ、驚きと恐怖の入り混じった表情で一歩後ずさる。そんな相手をハルトは流れ作業のように切り裂くと、そいつもまた消滅した。
「ドロップアイテムが身分証なのか。提出すれば報酬でも出るんだろうか」
本来静寂の森に居るプレイヤーの適正レベルを逸脱し、高いステータスを持つ彼の前に盗賊程度は敵ではない。
出会ったら戦えばいいだけの魔物よりも面倒な相手だと感じつつ、腹立たしさを感じる余計なセリフを吐かせる前に切り伏せてしまうのがよさそうだと物騒なことを考えるハルトだった。




