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青の短剣、もとい精霊武器を手にしたシキは、呼び出した式神の背に乗り駆ける。
通常の属性武器が金属に魔鉱の粉末を混ぜて鋳造されたものに魔力を込めたものであるのに対し、精霊武器は高純度の魔鉱に精霊――シキの一族では式神と呼んでいる――が宿ったものだった。
精霊術のスキルなしでは性能を引き出すことができず、それどころか武器に宿る精霊は拒絶するように使い手を蝕む。
それは先ほどの持ち主も例外ではない。彼は精霊武器を持っている自覚がなく、精霊術の習得の兆しもなかった。それにも関わらず、彼はこの武器を扱い続けた。シキにはその執着が狂気的にも見えたが、その一方で彼は代わりの武器を受け取った時点で大した躊躇もなく精霊武器を手放した。彼が纏う異様な雰囲気を含めて、その姿はやけに印象に残った。
そんなハルトの行動だが、シキにとっては災害級魔獣の眷属と戦い精霊に十分な瘴気を食らわせてくれていたのは行幸といえる。その結果、青い刀身は比類なき輝きを放ち式神を顕現させることも叶った。むしろ力を蓄えすぎているほどで、精霊術師ではなくあくまで求道者であるシキの未熟な精霊術では制御しきれない力が体の中で暴れ、シキは自分の体が軋むような感覚すら覚える。
「間に合ったかな?」
戦っていた8人が無事なのか。そんな心配をしながらヒュドラーの前にたどり着く。
ぱっと見てまだ戦っているのは5人。メンバーは変わっていないので増援はなく、3人は離脱したか姿を隠しているようだ。
シキはプレイヤーが全滅していないことに一安心しつつ、精霊という脅威が現れ、始めて警戒する様子を見せたヒュドラーと対峙する。
「今からこの魔獣を封印する。攻勢が強まる可能性が高いが、何とかしのいでくれ!」
彼は一方的にそう告げると、槍の先端を使い地面に陣を描き始める。
ヒュドラーはそれを自分にとって危険なものだと理解しているのだろう。先ほどまでの消極的な動きから一転して蜷局を解き鎌首をもたげシキを食らわんとその口を開きとびかかる。
その攻撃を防ぐのは呼び出した式神。それはヒュドラーに横から体当たりを食らわせ、はじかれた胴体は地面に打ち付けられる。
現れた助っ人と目まぐるしく変わる戦況の中、5人のプレイヤーは好機だとヒュドラーを攻撃する。
その攻撃を鬱陶しそうにしながらそれは起き上がり攻撃を再開しようとする。
「行かせるか!」
それを防ごうとするのは聖剣士のプレイヤー。彼が発動したアビリティは半透明で巨大な盾を作り出し自分に挑発をかける。それは人を守護する職業だからこそ習得できた能力だった。
おそらくシキの登場前であれば意味をなさなかっただろうそのアビリティだが、攻撃を邪魔されたことで苛立ったヒュドラーには効いたらしい。シキを攻撃せんとしていた首が聖剣士へと向く。その迫力は心の弱い人ならにらまれただけで動けなくなるほどだが、聖剣士のプレイヤーは不遜な態度を崩さない。高いプレイヤースキルを持っていることもあり、その態度は虚勢であることを感じさせないものだった。
しかし災害級魔獣という存在はヒーローを演じただけで勝てる相手ではない。ヒュドラーはその巨体からでは想像できない速さで襲い掛かり、聖剣士は盾ごと食いちぎられる。
「なっ」
分かたれ地面を転がった聖剣士の半身は驚愕に染まっていたが、その顔からふっと表情が消える。表現規制がない状態では死体は残るが本人の意識はリスポーン同様アバターから離れるらしい。
無駄死にだと残されたプレイヤーたちはそう思ったが、彼は時間を稼いだ。それはこの状況で何よりも重要な役割に違いない。
シキは名前も知らない相手の自己犠牲に感謝の念を抱き、そして何とか陣を刻み終える。
「結界陣――氷雪牢」
その呪文を唱え終えると同時にシキは魔法陣の中心へ精霊武器を突き立てる。そうして完成した陣は輝きを放ち役目を果たさんとする。その代償として大量の魔力を吸われる感覚に襲われたシキは体の力が抜けていくが、今倒れるわけにはいかないのだと踏ん張る。
何が起こっているのか気づいたヒュドラーは焦るように振り返りシキへと襲い掛かる。しかしその体は急速に凍り付いていく。それを成した者たちへの憎悪や、己の目的を果たせないことへの悲しみから咆哮を上げ、体をうねらせて少しでも凍るのを遅らせようと足掻く姿は、先ほどまでの余裕の態度からはかけ離れ必死さを感じさせる。しかし必死に足掻いてもシキに牙を届かせることは叶わず、あと少しのところで彼は氷像へと姿を変えた。
【ヒュドラーの再封印を確認しました。防衛イベントが中断されます】
しかしそれはあくまで再封印。討伐のアナウンスはなく、その場しのぎの対応に過ぎない。そのことを知らしめるかのように透き通る氷の奥で瞳がギロリと動き、シキを、そして残ったプレイヤーたちを睨む。それは顔を覚えたとでもいうような仕草だった。
しかし今すぐに氷を破ることはかなわないのだろう。彼はゆっくりと目を閉じ、再度目覚めの時を待つ。
封印に全力を使い果たしたのだろう。防衛を成功させた張本人であるシキは力なく地面に倒れている。そんな彼が現れなければ自分たちは負けていたのだということは、プレイヤーたちも痛いほど理解している。そのせいなのか、それともクリアではなく中断とアナウンスされたからなのか、イベントをクリアしたと喜び声を上げる者は現れない。
それでもファーストリアの壊滅とリスポーン地点の封鎖という最悪のシナリオは回避されるのだった。
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シキとヒュドラーの戦闘が終わったことなど知らないハルトは、自分の体が崩れ落ちていくことを認識しつつ、近くに生えている枯れかけの木にもたれかかる。
シキという名前のキャラクターがこのイベントにおいて重要な役割を担っていることは理解していた。だからハルトは彼に解毒の効能を持つポーションを持っていないか確認しなかった。その結果が現状だ。とはいえHPが0になってもなかなか意識が消えないことに対するもどかしさはある。指一本も動かせない状態にもかかわらずリスポーンできない。
そうしてどれくらい時間が経っただろうか。
あまりに退屈で眠ってしまった彼が目を覚ますと、そこは真っ暗な場所だった。体の不調は治っているため体は動かせる。パニックになりそうな場面だが、彼はできるだけ冷静であるように努め、何が起きたのか確かめようと動き出す。手さぐりに周りに壁があるのかどうかを確かめながらゆっくりと立ち上がり、目線が高くなったところで周りを見渡す。といっても首を回したところで視界は変わらなかったのだが。
何度か瞬きをして目が暗闇に慣れてこないだろうかと試したが効果はない。時間の感覚もあいまいな空間でいつまで過ごさなければならないのか。仮想空間とはいえ恐怖がこみあげてくる。そんな彼の目の前に突然スクリーンが現れる。どうやらまだ仮想空間にいるらしい。現実で真っ暗な空間に閉じ込められたわけではないようだ。
スクリーンは照明代わりに周囲を少しだけ照らし、床と天井を照らし出す。
ハルトは急な明かりに眩んだ眼を慣らすように何度か瞬きしつつ、変化があったことと明かりが得られたことに多少の安堵を覚える。これが好ましい変化とは限らないが、いつまで続くかわからない暗闇の恐怖に比べれば幾分かマシに感じられた。
多少落ち着きを取り戻したところでようやくスクリーンに映し出されたものに意識が向く。その内容は、俯瞰視点で撮られたセカンドプラネットの世界の映像だろう。街並みやリスポーン地点、門の配置等でなんとなく理解できる。
そんなセカンドプラネットの風景だが、NPCたちはいつも通りに行動している一方で、ファンタジーな世界観には似つかわしくないヘルメットを着けた兵隊のようなアバターの何かがフィールドを駆け回っているのが見える。よく観察するとそのうちの数体はプレイヤーと思わしきキャラクターをリスポーン地点まで連れて歩いている。そして地点に到着すると手にした銃のような器具を手に空間に亀裂を生み出す。そこにプレイヤーと思わしきキャラクターを押し込むとその亀裂は閉じ、兵士のようなアバターの何かはプレイヤーの捜索を再開する。
音は聞こえないので推測の域を出ないが、どうやらサーバに外部から干渉されたらしい。そしてつながったパスを経て兵隊が送り込まれたのだろう。彼らが人間なのかAIなのかはわからないが、このサーバにとってはウイルスとも呼べる彼らの侵入を許した結果、閉じ込められた人間が次から次へと連れ出される。
人間でなければ救出が来るはずもない。どうやらプレイヤーは自らを人間だと思い込んでいるAIなんてことはなく、本当に人間だったらしい。そんなことを考えつつ、連れ出されるプレイヤーたちを眺める。
ログアウト不可という緊急事態の収束はおそらく好ましく喜ばしい話だ。そう思う傍ら、ハルトは自分の身に起きている異常事態に目を向ける。
「わざわざこうして隔離されてるってことは帰すつもりはないのか?」
そんな独り言をつぶやいたが、答えるものは誰もいない。ほかにできることもないのでそれからしばらくの間は画面を眺めるだけの時間が続いた。
「――ったく、手が足りないからって非番の僕を呼び出すことないじゃないか」
それを破ったのは聞き覚えのない誰かの声。この真っ暗な空間にほかの誰かがいるとは思わなかっただけに、ハルトは驚いて声のした方を振り返る。それと同時期にカチッという音とともにスクリーンの頼りない明りでは照らし出されなかった天井のライトが点く。
明かりが付いてようやくその空間の全貌が明らかになる。そこはデスクが1つだけある何もない空間だった。そこに初めからいたわけではないだろう謎の人物が1人いる。
「あんたは誰だ?」
「僕? 君にわかりやすく伝えるなら、この事件を起こした主犯の1人だとでも名乗っておけばいいかな」
そういってからからと笑う姿は癪に障る。その演技じみた行為の意味はわからないが、反応して相手を喜ばせる必要もないだろうとハルトは深呼吸をした。
「それにしてもイベント処理のラグを突かれるとは相手も相当なやりてだね。ノーマルについてはこうして逃がすことになってしまった」
ノーマルというのは今連れ出されているプレイヤーたちのことだろうか。
意図の読めない相手との会話は疲れる。しかしこの状況で主導権を握っているのは相手だ。あまり刺激するようなことはしたくない。
そしておそらくあの兵隊がすべて帰るまではこのまま閉じ込められた状態が続くのだろう。先ほどまで眠っていたこともあり退屈な時間を目の前の気に食わない相手と過ごさなければならないのかと思い憂鬱になる。
ずっと立っているのも疲れるだろうと主犯を名乗る人物は椅子を出したが、それでハルトの抱いている印象が良くなるのかといえばそういうわけでもない。ただ気遣いができる程度には人間らしさのある相手だということはなんとなくわかった。
「退屈だなあ。なんか質問とかないの? というか普通主犯が目の前に現れたら取り乱すよね?」
「煩い。退屈ならこの場所から出ていけばいいだろ」
「そういうわけにもいかないんだよ。このブラックボックスの外に出たら奴らに見つかるし、ブラックボックス内から外部に干渉する手段は限られてるんだ」
大して気にする様子もなく情報を溢すのはこの程度の話を聞かれたとしてもどうとでもなるという自信があるのだろう。実際プレイヤーのインターフェースからプログラムを書き換えることなんてできない。可能性があるとすればバグが残っていてそれを通して書き換わってしまうなんてことはあるかもしれないが、それを制御することはできないだろう。
「それなら聞くが、なんでログアウト不可なんて大それたことをしたんだ?」
「そうしなければならない理由があったから。……聞きたいのはその理由だろうけど、それを明かしたら面白くないだろ?」
まともな答えが返ってくるとは思わなかったが、一応答えてくれるらしい。とはいえ疑問が氷解するような答えが返ってきたわけではない。それでも一般人を巻き込んだ社会実験や愉快犯ではないと分かっただけ良かったのだろうか。
「それなら初めから説明するべきだろ」
「過干渉ができないような造りをしているんだ。今回みたいな外部から干渉を受けた時の緊急対応はあくまで例外」
「……それなら俺と話しているのもだいぶ問題じゃないのか?」
「鋭いね。大正解だよ」
ハルトが主犯を心配するのも変な話だが、自分の首を絞めるような行動をとる相手に真意がどこにあるのかわからなくなり困惑する。
それ以上話を聞く気になれず、プレイヤーたちが連れ出されていく光景を見続ける。
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最後の1人が連れていかれ、白いアバターが姿を消したところで主犯が声をかける。
「邪魔者はいなくなったから、セカンドプラネットは再開される。君たち残されたプレイヤーたちには悪いけれど、このセッションは継続しなければならない。追加条件として、このワールドが消滅する前にクリアしてもらう必要が出てきてしまったのは想定外だが、ぜひ乗り越えてほしい」
それではごきげんようと主犯が口にしたところでハルトの視界は暗転し、次の瞬間にはリスポーン地点に立っていた。
夢でも見ていたような気もするが、そんなはずはないと首を振る。意味深な言葉を告げられたが、大まかにわかることは2つ。1つは『プレイヤーたち』と口にしていたこと。ハルトと同じように救援を受けられなかったプレイヤーが存在するのだろう。もう1つはワールドが消滅する可能性が高いこと。こちらはプレイヤーが救出された前提でログアウト不可の危険なゲームを残しておくわけにはいかないということだろう。プレイヤーが残っていた場合にデータを破壊すると残っていたプレイヤーにどんな影響があるかわからない以上、ログインした全員が救出されたのかどうかの確認はされるはずであり猶予はあるのだろう。それでも肉体が老衰する以外のゲームオーバーが追加されたことは間違いない。
厄介なことになったと思ったが、考えてみればやることは変わりない。ゲームを楽しみ、そして可能であればクリアする。
主犯を名乗る異様な存在との邂逅で戸惑ったが、1プレイヤーに過剰な期待を寄せているような気がする。いろいろと言われたが、そういったことはあまり気にしないことにしたハルトは次は何をしようかと考え始めるのだった。




