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たとえハルトが注意を払っていなかったとしても、他のプレイヤーの姿が無いのはおかしいと思うかもしれない。しかし彼が第2防衛ラインに至るまで、誰1人プレイヤーの姿は見当たらない。というのも集まったプレイヤーの大半は最初のイベントだからと油断しており、ヒュドラーの眷属どころかヒュドラーの瘴気によって強化された北部エリアの魔物にすら敗北していた。数十人いた参加者のうち、ハルト以外に第2防衛ラインに至ったのはたった8人しかおらず、その8人は高いプレイヤースキルから最前線に立ち、出遅れたハルトとすれ違うことはなかった。
第2の町を目指さなかったプレイヤーたちの中で上位職に就くことができた戦闘職の8人は、まばらに第2防衛ラインに到達し、瘴気に満ちたヒュドラーのフィールドに踏み込む。それはかつて1人のプレイヤーを溶かし、解けない呪いを与えた恐るべき領域。踏み入っただけで肌がヒリつき、呼吸をするだけで喉が焼けるように痛むだろう。
しかしこの短期間で上位職に就いた実力は伊達ではない。痛みをものともせず彼らはヒュドラーに挑戦する。
――その姿は、平服し許しを乞えと本能に訴えかけるほどの威圧感を持っていた。
森の木々はことごとく腐敗し、地面は黒く染まる。そんな不毛の地でとぐろを巻く大蛇は人を丸のみにできるほどに大きかった。
そんな敵を相手にする挑戦者の1人、聖剣士に就くガラハドは聖域で瘴気を拒みながら剣をふるう。
聖剣士は聖戦士の上位職の1つ。聖戦士は経験値上昇と魔物特攻の2つのスキルを持ち、ほかの職業よりも成長が早いうえステータスも高い。おそらくログアウト不可でなければキャラクタークリエイトからやり直して聖戦士になれるまでリセットを繰り返す人が出てくる程度には強力な職業だ。しかしそれを使いこなす技量がなければ強力な職業を持っていてもヒュドラーに挑む資格はない。
その点ガラハドは優れていた。聖騎士の師匠と師弟関係を結び、聖剣士としての戦い方を身に着けた彼は、その力をいかんなく発揮し、魔物を滅さんとする。
しかしヒュドラーの体力は膨大であり、本来魔物は塵となって消える魔物特攻のエンチャントを付与しても怯むことすらない。それどころか彼の身を包む聖域は瘴気に侵され徐々に狭まっていく。恐るべき相手。だが恵まれている自覚があるからこそ彼は負けるわけにはいかない。
「俺が勝てなければ誰が勝てる? 俺こそがこの世界の主役なんだ」
1プレイヤーに過ぎないとしてもその認識を正す者がいなければ彼にとってそれはゆるぎない真実なのだ。
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蛇は思う。世界を取り戻す方法を。
しかし彼が思ったところで世界は美しさを失っていく。
だから彼は目覚めた。あまりに大きな崩壊の音に眠りを妨げられたといってもいい。
規格化された構造を破壊し、無秩序を取り戻すために彼はその牙を敵に向けて突き立てるのだ。
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青い短剣は、その刀身を煌めかせる。それは本来の輝き。美しい金属の光沢はまがい物。太陽の光を借りて輝くのではない。ここに在るのだと証明するように灯る。
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実際のところ、ファーストリアには災害級魔獣を討伐する戦力はない。ロジェもリディクロムも一級の戦士だが、彼らに戦況を変える力はない。
見捨てられる予定の町。しかしそれを覆す可能性はゼロではない。
「ずいぶんと騒がしいな」
災害級魔獣の封印を監視する役目を持った一族の末裔が、求道者として記録の地を辿る。その1つが静寂の森の最奥。求道者がその地にたどり着いたとき、すでに戦闘は開始していた。
消耗しながらも耐えしのぐ8人のプレイヤー。彼らは善戦していたが、それでもヒュドラーの前には力不足である。
そんなプレイヤーたちの抵抗を前に、大した消耗も見せない怪物は、悠然とプレイヤーたちを見下し、鬱陶しげに尾を振るう。彼はプレイヤーを脅威としてみなしていないし、彼は存在するだけで無秩序をもたらす。それは瘴気という形で周囲を汚染し、秩序を無秩序に崩壊させる。それは呪いという状態異常として処理され、変更されたステータスを元に戻すには瘴気を祓う必要がある。
しかしヒュドラーが移動しないのであれば、ファーストリアに影響がないのかといえばそういうこともない。彼が動かないのは、動く必要がないからだ。彼の瘴気から沸いて出てくる小さな蛇のような魔物たちは濁流のように進攻を進め着実に町へと近づいていく。その供給を断つには、瘴気を生み出す根源であるヒュドラーを倒すほかない。
防衛イベントはファーストリアのリスポーン地点が侵略された時点でプレイヤー側の敗北となる。前線で戦う8人はイベントの攻略を進めている一方で、防衛イベントの敗北条件の阻止には貢献できていなかった。
しかしそれを責めるのは酷だろう。なぜなら瘴気から生まれる魔物は無尽蔵に湧き出てくる代わりに弱く、それを倒すのはボスに挑めないプレイヤーたちの役割だった。しかしその役割を担うべきプレイヤーたちの大半は北部エリアに生息していたイベントとは無関係な魔物に倒されその数を減らした。まだ生きている者もいたが、その大半は逃げ帰り、蛇の魔物を倒しているプレイヤーの人数は非常に少なかった。
その結果、蛇はNPCたちが待ち構えるエリアまで押し寄せる。黒くうごめく蛇の集まりは彼らにとっても恐怖であり、彼らは命がけで蛇を討伐を開始する。しかし蛇はNPCたちには興味を示さない。あくまで彼らの目的はプレイヤーとリスポーン地点であり、たとえ自分たちに危害を加える相手であっても蛇たちは彼らを無視して進んでいく。
そんな状況で戦場に到着した求道者は、1度冷静になろうと深呼吸をした後、目の前で起きている状況を整理する。
「何が起きているんだ?」
どうやら災害級魔獣の封印が解かれたらしい。そこまでは分かったが、果たしてこの状況を打開する策はあるのか。
封印を担ってきた自身の一族だが、先代の強固な封印に慢心し、近年確認を怠っていた。そんな先代たちの堕落に嫌気がさし、単独で各地の封印を確認して回っていたのが彼だった。そんな彼にとって、この旅は本来こういった災厄が起きないようにするためのものであり、目の前で起きている光景は考えうる最悪のシナリオと言っていい。
軽いめまいに襲われたが、ショックに呆然としている暇はない。封印が破られたというのなら張りなおさなければならず、それができる人物はこの場に彼しかいない。だが封印には貴重な道具が必要であり、張られていた封印を整備するのとはわけが違う。だが、一族の総意に反して1人旅を始めた彼の手元にその道具はなく、再封印をしようにも手段がない。
今から一族の暮らす集落に戻っていては間に合わず、そもそも集落の人間は封印が解けたといっても信じてはくれないだろう。
災害級魔獣に挑む者たちもどこか頼りなく、かろうじて凌いではいるが時間稼ぎにしかなっていない。だからと言って封印の手段を持たない彼が加わったところで焼け石に水だ。
このまま黙って侵攻されるのを見ていることしかできないのか。そう思い、絶望しかけた彼の視界の端に見覚えのある力強い光が映る。
「なぜこんなところに。でも都合がいい」
たとえ希望の灯が頼りないとしても、何もないよりは遥かに良い。その光の正体を知る彼はそれを求めて駆け出した。
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主戦場から少し離れた場所でハルトは戦っていた。
【レベルが上がりました】
「ああ! 鬱陶しい!!」
蛇たちは耐久力が低く武器を横なぎに払うだけで千切れて動かなくなるため弱いと勘違いしそうになるが、ハルトがかつて敗北した毒ガエルをいともたやすく倒す攻撃力を持っている。そんな魔物を相手にしている以上、レベルが上がるのは当然だ。
何度目かもわからないアナウンスだが、気にしている余裕はない。無心で武器を振るう中、チェーンメイルのおかげで牙が肌まで届かずに済んだ機会も多く、防具を格安で譲ってくれた整備士のNPCには感謝してもしきれない。そう思う一方で、何度も牙を突き立てられたことで鎖が千切れカチャカチャと音を立てるのが煩い。暇があればボロボロになった邪魔なだけの防具なんて脱ぎ捨てるところだが、敵がそれを許してくれない。
右腕の感覚がなくなり、二の腕までひんやりとした感覚に蝕まれている状況。肩から振り回すように武器を振るうのは無様でかっこ悪いが、ここに人の目なんてない。そう思っていた。
――「おーい!」
声をかけてきた主は、蛇の大軍を手に持った長槍で薙ぎ払いハルトの前に現れる。
ファーストリアでは見慣れない袴のようなひらひらとした衣装を身に着けているが、プレイヤーだろうか。後ろで結んだ茶髪が馬の尾のようにさらさらと靡いている。
そんな乱入者の登場で一瞬蛇の行進は乱れたが、悠長に話をしている暇はなく増援が押し寄せてくる。
「戦いながらで構わないから聞いてほしい」
とはいえ、1人で捌いていた時とは違い多少余裕が生まれたのは事実。助けられた自覚があるだけに無下にできず、ハルトは相手の話に耳を傾ける。
「君が使っている武器を、僕に預けてほしい。この戦況を覆すために必要なんだ」
青の短剣は確かに特別な武器だ。しかし戦況を覆すといわれても疑問が残る。これを譲った店長の話を聞く限り、次の町にたどり着けば属性武器は手に入るはずであり、なぜそんな話になるのかわからない。
もしかすると適当なことを言って武器を奪うつもりだろうか。狡猾なプレイヤーならやりかねないと思ったが、初めから疑うのも悪いような気もする。デメリットは大きいが、それでも替えの利かない代物で短いが濃い時間を共にした武器というだけあり少なからず愛着もある。失うにしても騙され奪われるのは我慢ならない。
【シキからトレードを依頼されました】
そんなことを考えている間にシステムアナウンスが入る。しかし相手はウィンドウを操作した様子がない。なぜかと考え、武器の譲渡をシステムが解釈しトレード依頼が来るとすれば相手はNPCなのではないかという結論を出す。そんな相手がわざわざ1プレイヤーを助けたこと。その理由が青の短剣を求めているからだというのなら、そのセリフは嘘ではなく、今彼の手の中にある武器は本当に切り札として役立つのだろう。
「悪いが無手でこの連中を捌けるとは思えない。譲りたいのはやまやまだが、代わりの武器はあるか?」
そして譲渡ではなくトレードだというのなら、相手は何を差し出すのか。打算交じりの返答に、システム上はシキと表示された相手は袴に手を入れ脇差を取り出すとハルトの方へと投げる。
「おっと」
「切れ味だけならその短剣にも劣らない」
ハルトは右腕がふさがっている状況で左手で不格好な姿勢になりながらも投げ渡されたそれをなんとかキャッチする。それを確認したシキは相手は武器の性能を語った。
しかしそれだけ切れ味がいいとなればステータス不足が懸念される。トレードが成立していない状態で使っていいのだろうか。そんな短い迷いはあったが、仮に使えなくても構わないと割り切り試し斬りを試みる。
動かない右腕のせいで鞘から武器を抜き放つだけでも一苦労だと思いながら、右の脇に鞘を挟みその刀を抜き放つ。
おそらく短剣の熟練度が刀には適用されないのだろう。システムによる補正はなく、右腕が凍り付いて不自由な今、その武器を扱うのは難しい。それでもその刃はするりと蛇の胴体に入り、2つに別つ。変に体が重くなった感覚はなく、蛇を倒し続けた結果上がったステータスならば、その武器を扱うことはできそうだった。
「なるほど。トレード成立だ。危ない武器だが返品は受け付けないからな」
【ハルトがトレード条件を承諾しました。武器の所有権が譲渡されます】
固まった指を砕く。本来はエフェクトが散るだけなのだろうが、表現規制が解除されたこのエリア内では本当に指が砕ける。その様子に相当HPが減っただろうなと思いながら、ハルトは手からこぼれ落ち自由落下する短剣を蹴り上げる。
「受け取れ」
その言葉と共に前の持ち主の手を離れた短剣は何匹かの蛇を切り裂いて新たな持ち主の元へと飛んでいく。
刃物が自分に向かって飛んでくる。しかしシキは動じることなく飛来した短剣の柄を掴んでみせる。
「氷雪の式神よ! 我の呼びかけに応えその姿を現したまえ!」
シキの腕が凍るのではないか。譲れと言っておいて制御ができないなんてことはないだろうと思いつつ一抹の不安があったが、その心配は杞憂に終わる。
彼が武器を空に掲げ一節の文言を紡ぐと、一面が真っ白に染まる。それは激しい吹雪であり、視界が戻るころには蛇たちは氷漬けにされた。
その凄まじい攻撃を発動した本人は、白い息を吐きながら槍へと姿を変えた青い武器を持ち、白い毛並みの巨大な狼を従える。
「ありがとう。彼の力があればきっと災厄を鎮めることができる」
一連の出来事と青の短剣の本当の力に驚いたハルトが何も言えずにいると、シキは一言礼を告げてその場を後にする。
残されたハルトは砕いた右腕の分のHPを少しでも補うためにポーションを使ったのち、周りに残された氷を眺める。巨大な氷の塊の内側、閉じ込められた黒い蛇はエリアボス関係の魔物だけあってしぶとく生きている。氷の中でも蠢く不気味な姿を前に、ハルトはトレードで手に入れた短刀を使いとどめを刺す。ポーションで右腕が回復しなかったため左手を使っての作業になったが、力を入れなくても氷に沈み込む刃の切れ味に驚き、右腕が使えないもどかしさは薄れる。
そんな解体作業を進めつつ、途中まだ増援が来るのだろうかと警戒を続ける。しかしあの吹雪は蛇が湧き出す源まで凍りつくしたらしく、新たな敵の姿は現れない。ハルトは試し切りができないことを残念に思う反面、ひどく消耗した状態で敵と戦うのは迂闊だろうと冷静に考える。
「なんというか、全部かっさらわれたような気分だな」
独りそんなことをつぶやいた彼は、あの青の短剣の真の力があればエリアボスもなんとかなってしまいそうだなという感想を抱き、今回のイベントをNPC主体のイベント戦だったのだろうかと考察する。まだ低レベルのプレイヤーたちを前に、いつか挑戦することになるエリアボスの強大さをお披露目するデモみたいなものだったと言われれば、説明不足を責めたくなる気持ちが沸くくらいで意図はくみ取れる。
そういう目的があるというのなら、エリアボスの姿やシキの戦いを見てみたい気もしたが、一度始めた解体作業を放り出すというのもおさまりが悪いと感じる。
変に几帳面な一面が出た結果、彼は氷塊の解体を続ける。その作業のさなか、時間が経てばそのうち防衛イベント終了のアナウンスが出そうだなと思うハルトだった。




