12
――一番槍
その役目を果たすために、師弟関係を結べる相手は既に前線にいるという。そして災害級魔獣に異変があってもいいようにと夜遅いこの時間でも起きているだろうとのことだった。
「なんだかんだ目立つからな。会えばわかる」
特徴のある人だというが、果たしてどんな相手が出てくるのだろう。そんな不安を抱えつつ、1人で向かうのは心細い。
「前線に武器の補充をする予定があったんだ。正直なところ明日の朝でいいかと思っていたんだが、もののついでだ」
そんなハルトに配慮してか、会えばわかると言った本人でありながらロジェは理由をつけて付き合ってくれる。まだ書類仕事をしていた姿を見ているだけに時間を使わせてしまうことに罪悪感もあるが、今は義理堅さに感謝することにした。
なお、武器の補充というがその話が出たタイミングで中古の防具がないか打診することはなかった。忘れていたわけではなく、一番槍という職業と相性の悪い防具を選んでしまったら取り返しがつかないという理由だった。
そうして北の門へと向かう途中、毒ガエルに負けて以来1度も通らなかった道を歩いている間に、忠告をくれた門番のことを思い出す。そしてNPCのリスポーンに対する認識を実感した後だからか、再会したときに気まずいなと思う。しかし引き返すわけにもいかない。ハルトは到着した時間帯の当番でないことを願う一方、一度会って清算してしまうべきではないかとも考える。そんなどっちつかずの考えは纏まらないまま、門の前に着いてしまった。
「(まずい、誰だかわからない)」
しかしいざ門の近くにいる兵士たちの姿を見ても、みな同じような鎧を身にまとっているため忠告をくれた人が誰なのかわからなかった。その状況を見たハルトは、自分が門番の顔を見ていないように、門番にとってハルトを忠告を聞かないプレイヤーの1人でしかなかったのではないかと考える。そう思うと、あの時の話を蒸し返されても相手が困ってしまうだろう。
もしばったり会って自分のことを覚えていたなら、そのときは謝ろうと決めて一旦気持ちを落ち着かせる。誠実さに欠けた方針だが、気が動転していたハルトにはそれがいい案に思えてしまった。
「なんか様子が変だが、大丈夫か?」
「すいません、過去の自分の行動を思い出して落ち込んだだけなのでお気になさらず」
ロジェがハルトの変化を察し声をかけてきたが、当たり障りのない返答をする。それに対してロジェは原因がわかっているのならいいと言い、それ以上は何も聞かなかった。
配慮に感謝しつつ、休憩中の兵士たちの間を抜けていく。明日の朝には防衛イベントが開始されることを考えると、寝付けない人もいるのだろう。あるいは事態が急変してエリアボスが襲ってこないとも限らない。まだ起きている人はその警戒をしているらしかった。
そんなまばらな人の集まりを避けるように歩き、門の横にある見張り台の前に来る。
「ここだ。俺は下で待ってるから、話をして来い」
紹介状はすでに受け取っている。はしごを上り見張り台の上に出ると、そこには暗闇でも存在感を見せる長い黒髪の男の姿があった。
「交代の話は聞いていないが、君は誰だ?」
「ロジェさんの紹介で来ましたハルトといいます。一番槍になるため弟子入りさせていただけないでしょうか」
そういって紹介状を手渡そうとするが、その男はそれに見向きもしない。だがその行動に他意はないらしい。
「……なるほど。ロジェの紹介なら間違いはないだろうが、一応私の目で確認させてもらいたい。こうしてじっと見張りをしていると体が硬くなるからちょうどよかったな」
そういい、先に行くからついて来いと言った後、その男は見張り台から飛び降りた。
結構な高さがあったが躊躇いなく行った姿に動揺する。高いステータスとスキルがあれば現実の人間にはできないような芸当もこなせてしまうのだろうが、目の前で急に人が飛び降りて驚くなと言われても難しいだろう。ハルトはせめて降りる前にひとこと声をかけてほしかったと思いつつ、ついて来いと言われたことを思い出し、急いではしごを降りる。飛び降りるのとは違ってはしごを下るのはそれなりに時間がかかるのだ。
急いではしごを降りるのは結構危ない。息を切らして下に降りると、ロジェが苦笑いしていた。
「変わってる、というか協調性ないんだよあいつ。配慮に欠けるが悪い奴ではないから嫌わないでやってくれ」
「それより彼、どこに向かったんです? 行先も告げなかったんですが」
「……おっと、それは想定外。おそらく門の外だろうよ」
「ありがとうございます」
狩人の上級職ではないためか、師匠役との出会いから試練に移る流れは不親切さを感じるくらいに過程が多い。しかしそれは特別感があるともいえる。
「遅かったな」
「あなたが早すぎるんですよ」
先に外へつながる通路に着いていた男は悪びれた様子もなくそう言い、ハルトは思わず反論してしまう。それに気を悪くする様子もなく、男は外へと出ていく。
門を隔てているからだろう。明かりのない深夜の森はほとんど何も見えない。夜目が利くといっても星明りだけでは先が見えないのだろう。男は携帯していたランタンに明かりをつける。それでも視界が良くなったとは言い難く、一寸先は闇が広がっている。
「試練の内容だが、実際に君が戦っている姿を見たい。私は対人戦についてはからっきしでね。組手みたいなことはできないんだ。
……時間が悪いとは思うが、敵は人の都合なんて気にしないからな。運が悪かったと思って諦めてくれ」
「無茶なこと言いますね。まだ復活してから間もないので不調なんですが」
ハルトは多少強くなったところでまだレベル20だ。そのうえリスポーンから1時間経っていない今、ステータスは半減している。さらには前回挑んだ時よりも視界が悪い。そんな状況で戦えというのは酷な話だろう。
「でも言われた以上はやりますよ」
しかし試練というのならやらなければならない。唯一の救いは前回と違い索敵が機能していることだろう。おかげで奇襲の心配や暗い森の中を敵が見つかるまで彷徨う心配はあまりないはずだ。
そんな反応の中で目立つ相手を選ぶ。気配を隠しきれていない相手は相対的に弱いのではないかという期待を込めての選択だが、隠れるのが苦手なだけでステータスは高い相手が出てくる可能性もある。結局のところ運次第といえた。
果たして何と戦うことになるのか。そんな不安を抱えながら、ハルトは森へと足を踏み入れる。
気配がわかっていても地形がわかるわけではない。ハルトは森の中を転びそうになりながら歩く。
そういえば名前も聞いていない一番槍の師匠は邪魔するのは悪いからと言ってランタンをもって姿を消した。とはいえこれは試練だ。その内容を見るために離れたところから見ているのだろう。索敵に反応がないほどきれいに気配を消しているが、なんとなく視線は感じられた。
そうして明かりのない視界に多少慣れてきたころ、ようやく探していた気配の近くまでたどり着く。より正確に言えば、相手もハルトの気配を察知して近づいてきたのだが。
月明かりに照らされ浮かび上がったシルエットは、紫色の肌を持ち、怒りの表情を浮かべた二本角をもつ身長3メートルを超えるだろう人型の魔物。それが丸太のように太く長い棍棒を握って立っていた。
「俗にいうオーガみたいなもんか」
それ以外にその姿に似たモンスターの名前が出てこなかったハルトは、正式名称の代わりにそいつをオーガと呼ぶことにする。
その姿は毒ガエルのように跳ねたり毒を吐いたりする厄介な性質はなさそうに見えるが、純粋なステータスは目の前の魔物のほうが高いのではないだろうか。そんなことを思いつつ、青の短剣を取り出す。
いつものように冷気が右腕を侵し、すぐに凍傷の状態異常が発生する。そんな状況でオーガは咆哮を上げ、武器を掲げて突進してきた。
「――ラピッドアクション」
攻撃を食らえばおそらく回復を挟む間もなくHPが消し飛ばされる。まだ半減しているステータスでは足が遅く間に合わない。そこで使うのが新しいスキルだった。
スキルのレベルは使えば上がる。ハーウェンとの闘いのあとにレベルが上がっていたスキルのおかげで新しいアビリティを取得していた。その1つがスタミナの消費速度が2倍になる代わりに俊敏性も2倍に引き上げるラピッドアクションだった。ミラージュのように攻撃の制限もないこのアビリティのおかげで半減したステータスを通常時まで引き上げることができる。
「凄い迫力だな」
振りぬかれた特大の棍棒が空を切り、風が吹き抜ける。ゲームだとしてもこんな攻撃食らったらショック死しそうだなと他人事に構えながら、行きがけに太もものあたりを斬りつける。
皮が厚く、青の短剣の鋭さをもってしても肉を抉ることはできない。痛みも大してないようで、オーガは呻かず叫ぶこともせず次の攻撃の準備をはじめる。
「はあ、半ばズルして属性武器を使ってもこれか。きっついな」
そういいつつ、ハルトが浅く斬った痕は残っている。HPがある限り再生し続けるなんてことはなく、攻撃が蓄積する。それが分かった今、彼があきらめる理由はなかった。
「俺が凍傷ダメージでやられるか、それとも蓄積ダメージがおまえを倒すか。我慢比べとしゃれこもうじゃないか」
その僅かなダメージで削りきることはできない。その事実を知りながら、彼は大見得を切って自分を奮い立たせると、今度は自分からオーガに立ち向かう。
その後、ハルトは驚異的な集中力を見せ、オーガの攻撃を食らうことなく攻撃を続ける。
狙うのは1度斬りつけた場所。体長3メートルの相手の太ももともなるとハルトの腰上くらいにはなる。狙いやすいとはいえ相手の攻撃を避けながらというのは難しく、狙いの場所を攻撃できた回数はたったの4回。皮を破き血を見ることすらできない。……とはいえ、実際は部位を破壊したとしても流血はしないと思える。
ラピッドアクションの使い勝手はよかったが、それでもスタミナの消費量が2倍になるのは大きな消耗だ。できるだけ使用時間を短くしようとするが、5秒のクールタイムがあるだけにフェイントを踏むと致命的なダメージを受けていただろう。オーガが直感的な攻撃しかしてこなかったのは救いだった。
それでも消耗戦で負けるのはステータスの低いほうだ。それはすでにハーウェンとの闘いでわかっている。
「時間切れか」
耐性のついてきた凍傷ダメージの蓄積より先にスタミナを使い切り、回復を待つ状況。膝立ちするだけで精一杯なほどの倦怠感に襲われる。そんなハルトを見下し、オーガは棍棒を振りかぶる。
ハルトは這いずってでもそれを避けようとするが、間に合わない。
しかし、ハルトが叩き潰されるより前に、一閃の輝きがオーガを貫いた。
「いい戦いだった。その勇敢さは一番槍の名を持つにふさわしいだろう。
リディクロムは、君の弟子入りを認めよう」
糸が切れたように崩れ、光となって消えていくオーガの姿を振り返ることもせず、その男、リディクロムは言葉を紡ぐ。
その姿は、必死に戦ったハルトをあざ笑うかのように優雅であり、ハルトは隠し切れないほど強烈な嫉妬を覚える。しかしそれと同時に、超えるべき高みを知ることができたと感謝もしていた。
「よろしくおねがいします。師匠」
そうしてハルトはなんとか上級職へとジョブチェンジを果たした。
その後、ハルトは戦闘中に手放した青の短剣を回収する。
「……面白い武器をつかっているな」
それを見ていたリディクロムから、そんなことを言われる。確かに腕が凍るのも気にせず戦う様子は曲芸でもしているように映っただろう。
「弱い自分が格上に勝つために用意した切り札、ですかね。まあ用意したって言っても運よく格安で譲ってもらう機会があっただけですが」
「運も実力のうちだ。特に一番槍なんか務めて生き残れるかどうかなんて運次第。私より実力のある人もいたが、一つの事故であっけなく散っていった」
その言葉は重みがあり、リディクロムの影を見せる。しかしすぐにその重苦しい雰囲気は散開し、何事もなかったかのように彼は歩き出す。
「さて、予想外のことがあったが私は見張りに戻る。君は明日に備えて休むもよし。無理をして明日までに準備を整えるのもよし。好きにしなさい」
そういってボロボロのハルトを置いてリディクロムは先に行ってしまう。あまりに自然な所作に、ハルトが放置されたことを理解したのは彼が立ち去った後であり、彼は慌てて町へと戻った。
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ファーストリアに戻った後、ロジェに一言感謝を伝える。それから軽く言葉を交わしたあと、彼とは別れた。
しかし1人になってみると門の周りの兵士たちの目線が気になってくる。まだ助言をくれた兵士に謝罪も礼も言えていないことが予想以上に彼の心につかえているらしい。そんな彼はリスポーン地点まで逃げるように歩いてきたあと、設置されている椅子に腰掛け、1人になったところでステータスを確認した。
「一番槍になってるな」
ジョブチェンジは口頭で師弟関係を結ぶだけで完了するものだったのかと軽い衝撃を受けつつ、今回に限っては悠長に事務処理することにならなくてよかったなと思う。
狩人の次になる職業としては異色だろうが、今は上級職になれただけでも喜ぶべきだろう。とはいえジョブチェンジのデメリットは軽視できず、手放しに喜べない側面もある。
「本当にレベル1に戻ってるのか。確かにステータスの基礎値は狩人のレベル5あたりまで上がっているが、必要経験値が倍になってるのもある。レベル15の狩人相当のステータスになるまでのレベル上げは、簡単じゃなさそうだ」
現状確認をひとまず終えたハルトは、壁にもたれかかり休息をとる。楽しいからと言って12時間以上ぶっ通しで動き回った時の疲労は軽視できるものではない。
「人間の限界を感じるよ」
そう愚痴をこぼしつつ、これ以上無理をしてもパフォーマンスが落ちるだけだと判断したハルトは宿屋であるやすらぎの借りていた部屋に入るとベッドに倒れこむような形で眠りに落ちるのだった。




