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リスポーンしたハルトは、放心したように近くの段差に座り込む。時刻は夜中。休憩所の中は明かりが点けられていたので気づかなかったが、外は点々と立つ街灯の頼りない明りだけ。そんな状態だった。
「わかってた。わかってたけどな……」
勝てないとは思っていた。それでも毒ガエルに負けた頃よりは強くなれていると思っていた。
ハーウェンはおそらく毒ガエルにも勝てるだけの実力者だ。当然毒やそれ以外のまだ見ぬ攻撃手段を前に近接戦闘をすれば無傷とはいかないだろう。それでもハルトが目指している強さが彼にはあった。だからこそせめて一撃。そう思っていたのに、また何もできなかった。
手のひらから血が出るくらい握りしめた拳を地面にたたきつける。痛みがあれば冷静になれたかもしれないが、ゲームの中ではそれも叶わない。
そんな無駄な行為に虚しさを感じつつ、広場の近くでしばらく何もせず過ごした後、多少落ち着いてきたハルトは1度深呼吸をする。それから借りていた宿でひと眠りするかと歩き出す。そこへ息を荒げて走ってくる姿があった。
「ハルトくん!」
「あ、ハーウェンさん、どうしました?」
「『どうしました?』じゃないですよ! 模擬戦だというのに手違いで致命傷を与えてしまったんです。反則負けですし、そうでなくとも私はあなたに謝らなければなりません。本当にすみませんでした」
プレイヤーのデスはリスポーンするだけで致命的な問題ではない。しかしNPCにとっては違う。そのことは知っていたハルトだが、話として聞いていただけでそれがどういう意味を持つのか正確に理解しているわけではなかった。
リスポーンして五体満足の姿でいるとはいえ、死んだ、殺したの事実が消えるわけではないことを実際に体験した彼は、予想外の反応に動揺する。
ゲームだからと思考停止していたが、一通りのハーウェンの言動に不自然なところはない。予想外の出来事ではあったがすんなりと納得できた。
「頭を上げてください。謝られるようなことはないです」
しかし状況を理解したハルトは自分の行動が配慮に欠けたものだったことを今になって自覚する。謝罪された立場だが、その一方で相手に心配をかけていたことに気づき、遅れて羞恥心に苛まれる。最終的には顔を赤くしつつ、頭を下げているハーウェンに気にするようなことはないと伝え、頭を上げてもらえるよう急いで説得することになった。
NPCを相手に焦ったり恥じたりしたことは後から考えるとどこか滑稽にも思えたが、まるで人を相手にしているかのような体験の前で、相手が機械であることを意識しすぎる必要はないのだろうと気を取り直して相手と向き合う。
「全力で戦ったことを謝られても困ります。自分が弱かっただけの話です」
「それでもルールは守らなければいけません。事前に決めた約束を破ることはいけないことです。それに、こう言って君を侮っているように聞こえるかもしれませんが、油断しなければ私はあの攻撃を躱すことができたはずでした。それなのに武器を弾いたから勝っただろうと慢心した。その隙を突かれた私は焦りから君に致命傷を与えてしまった。それも一発武器も持たない無手で殴られそうになっただけだというのに。
君がこうして戻ってきてくれたからよかったものの、本来なら私はもっと重い処罰を受けてしかるべき立場なのですよ」
だからハルトも簡単に許すと言うべきではないと、ハーウェンから叱られてしまう。その反応に、ハルトはまだNPCがプレイヤーの死をどのくらい重く見ているのか正しく理解できているわけではなかったと感じる。ふとした時にプレイヤー目線の考え方をしてしまうとも限らない。ハルトはズレを正すことが容易ではないと感じたけれど、できるだけ相手に寄り添った考え方ができるようにしたいとも思った。
「はい、わかりました」
思い返してみると、なぜ先ほどまで謝られていた相手から叱られているのか。そんな妙な状況にクスリと笑みがこぼれる。人と話をしたことで気が紛れたのだろうか。いつの間にか自分が負けたとかそういうことはどうでもよくなっていた。
「本当にわかっているんでしょうかね? ……それはそうと、このまま私1人で戻るとロジェに怒られてしまいます。ハルト君がよければ、もう1度休憩所にきていただけませんか?」
少し笑ったからか真に受けていないと思われたのだろう。小言を言われてしまう。しかしそれ以上の注意はなく、話が切り替わる。
話の流れから察するに、ハーウェンがルール違反をした中で試練の話があやふやになっているのだろう。ハーウェンは弟子に取るにせよそうでないにせよ、話をはっきりさせるためハルトを探してくるようロジェから言いつけられていたらしい。ハルトはどおりで会った当初息を荒げていたわけだと納得する。
「まあ、つれて戻ったところでロジェから何か言われるとは思います。無理にとはいいません」
「後からそういわれても気をつかわれたとしか思えませんよ。何を言われるにせよ早くいきましょう」
夜も遅いが気にすることはない。吹っ切れたとはいえ全てなかったことになるわけではない。負けた悔しさはしっかりと残っている。そんな試練の結果は早いうちにはっきりさせるべきだろう。そう思ったハルトは休憩所へと向かう。
夜の町の雰囲気は昼と違い、何度も往復した道でも見覚えがないと感じてしまう時もある。休憩所が表通りに在ってよかったと感じつつ、扉を開ける。
弟子入りの話で邪魔したせいだろうか。ハーウェンが向かう先は奥の事務室であり、再開したロジェは未だに書類仕事をしていた。
「見つかったのか」
「なんとか連れてきました」
2人が短い言葉を交わしたあと、ロジェは机から立ち上がりこちらに歩み寄る。
「本来あの場は審判を務めていた俺がハーウェンを止めなければならねぇ。だが俺はその義務を果たせなかった。本当にすまなかった」
「止めることができなかったことに対する謝罪、確かに受けました。ですから頭を上げてください。無理言って弟子入りの話に時間を割いていただいた身で必要以上に謝罪をされても居心地が悪いですから」
「……ありがとう。この町の状況は知っているだろうが、資金に余裕がない。そのせいで本来支払うべき示談金に比べると少額になっちまうが、ひとまずこれを渡しておく」
そういって渡されたのは3,000Gというハルトにとっては大金だった。しかし決闘のルール違反、なおかつ相手を殺してしまった場合に支払う違約金の相場はこれ以上らしく、支払額が少ないことで再度謝罪されてしまった。
受け取らないと相手の謝罪を受け取らなかったと思われかねない。しかしこの状況で金を受け取るのは気が咎める。装備が整っていないハルトはロジェから兵士が使っていた中古品を買い取ることで還元できないだろうかと思案するが、その提案は一時見送られる。
「それと弟子入りの件なんだが、俺個人としては歓迎したかった。でも武器の扱いがまだ未熟なところがあって、討伐者の条件は満たしていない。規律は俺の力だとどうしようもなかったんだ。悪い」
「そう、ですか」
ハーウェンの卓越した技量を見た後のため、その言葉はすんなりと理解できる。武器の扱いが未熟というのは当然のことで、ハルトに現実で武器を扱った経験はない。そんな素人がまともに武器を振るえるのはスキルのアシストがあってこそだ。しかしそれはスキルなしでは武器を扱えないことの裏返しでもある。
もし相手にスキルのレベルが負けている状況でも勝ちたいというのなら、アシストされた動きではなく自分でどう体を動かすのか意識する必要があるということだろう。もちろん素人が浅知恵でそれっぽい動きをしたところでハーウェンに攻撃をあてられたとは微塵も思えないが、それでもスキルによるアシストを補助と割り切る考え方を知ることができたのは大きな収穫だろう。
……そんなハルトの気づきだが、ロジェが意図していたものではない。彼はただシステム的でない言い方でスキルのレベルが足りないと伝えたに過ぎなかった。だがハルトの考えていることを見抜き、考えすぎだと指摘できる者はその場におらず、彼のそのズレた考え方は今後修正されることなく引きずられることになる。
そんな些細な、けれど無視できない変化に本人を含めて誰も気づくことなく話は進んでいく。
「でも他の上級職の条件は満たしてた。本来なら討伐者の条件を満たすまで俺が扱いてやりたいところだが、こんな状況だ。レベル上限のせいで燻っていられないんだろ?」
ロジェの話には続きがあり、ハルトは1枚の紹介状を受け取る。兵士の面倒を見ている立場だからこそ、討伐者以外の上位職の情報も持っていたということだろうか。彼はハルトに新しい選択肢を提示する。
そこには『探索者』でも『収集家』でもない職業が記されていた。
「『一番槍』ですか」
ギルドの受付係が紹介してくれた狩人の上位職とは別な職業に困惑するが、ロジェがわざわざ紹介してくれたということは、ジョブチェンジは可能なのだろう。
――ハルトは知る由もないが、その職業の解放条件はデスペナルティ時間外で12時間以内に10回以上のリスポーン経験があるかどうかというもの。通常プレイでは達成しない条件のその職業は、先陣を切り命がけで戦う死亡率の高い役職名を冠していた。




