10
ハルトは討伐者として師匠になってくれるNPCがいるという兵士たちの休憩所に出向く。扉を叩くとその向こう側から足音が聞こえ扉が開く。
「どちら様ですか?」
「私はハルトといいます。ここに討伐者の熟練者がいるという話を聞いてきました。ロジェさんは今いらっしゃいますか?」
休憩中だったらしい兵士の1人が現れ要件を尋ねられたハルトは、ギルドの受付係から聞いた名前を出す。すると兵士は少し悩んだようなそぶりを見せた。
「わかりました。ロジェさんが居る部屋まで案内します。ただし私ができるのはそこまでですが」
しかし渋るような態度とは裏腹に案内はしてくれるという。その言葉に内心一安心するが、後に続く不穏な一言に厄介ごとの気配を感じる。
上位職へのジョブチェンジは可能性を広げる重要なイベントの1つだろう。それが事務的にあっさり終わるのは味気ない。防衛イベントまで残された時間は多くないが、だからと言って心の余裕がないまま防衛イベントまで気を張り詰めていては持たないだろう。何か起きるならそれはそれで構わなかった。
案内されたのは廊下を進んだ奥の部屋だ。兵士がノックすると、扉の向こうから入れと声がかかる。
部屋に入ると強面の男が机で書類を捌いていた。その部屋が事務室だというのなら、部外者が入っていいのだろうかと疑問に思いつつ、机に山積みにされた書類から目をそらす。
「ロジェさん、弟子入り志願の人が来ました」
「あぁ? この状況でか?」
兵士が声をかけると、書類から目を反らすことも手を止めることもなく、男はがなり声でそう返事をする。予想はしていたが、どうやら今執務をしているのがロジェらしい。
「まあいい。あと5分したら休憩時間だ。その時に相手してやるよ」
「待てないというのであればまた今度時間を作りますが、どうします?」
どうせステータス半減のペナルティ中にできることは少ない。それでも以前は西のエリアで経験値を稼いでいたが、今はレベルも上限に達してしまい意味がない。待つのは問題なかった。
「急に押しかけた身で相手をしてもらえるだけありがたいです。どこで待てばいいですか?」
「兵士が使っている部屋があります。そこでも大丈夫ですか?」
「問題ありません」
部屋に案内してくれた兵士の提案を受けて執務室を出る。
休憩所というだけあって部屋は多く、その中で片付いており、なおかつシフト的にすぐには人が戻ってこないだろう場所に案内された。
「面倒をおかけしてしまいすみません」
「いいえ、あまり気にすることはありません。それはそうと自己紹介がまだでしたね。私はハーウェンといいます」
「自分はハルトです」
自己紹介がてらここまで案内してくれた兵士の名前を聞く。どうやら彼は休憩中だったらしい。相手をしてもらっていることを申し訳なく思ったが、彼はロジェを待つ間の話し相手になってくれるという。
「弟子入りということは上位職へのジョブチェンジ希望ですよね。君、今のレベルは?」
「レベル15の狩人です」
「上限か。……もしかして、上位職の話を知らずにレベルを上げていたんですか?」
「言っていることがよくわかりません」
「なるほど。これは知らないみたいですね。説明すると、上位職へのジョブチェンジは、レベル10に到達時点で可能になるんです」
その話を聞き、ハルトは何とも言えない気持ちになる。レベル1からの再スタートになるなら、レベル10でジョブチェンジするのが利口だろう。自分は無駄なことをしていたのだろうかと思うと気がめいりそうになる。
「ああ、説明が足りていなかったですね。気落ちする必要はないんです。レベル10でジョブチェンジはできますが、推奨されているわけではないんです」
「上位職はレベル1からやり直しだと聞いています。無駄にレベルを上げても意味ないでしょう」
「無駄なんてとんでもない。下位職をレベル上限まで上げると、上位職のステータスにボーナスが付くんです」
その話を聞き、ハルトは胸をなでおろす。レベル15が上限だと知らずに経験値が無駄になったのは惜しいが確認を怠った自分が悪い。けれどレベルを10から15に上げるのは違う。何回もリスポーンして苦労してあげたレベルに意味があったのは救いだった。
ハーウェンは、そんな安堵の表情を浮かべたハルトを見て苦笑する。そして先ほどよりも少し明るい表情で話の続きをした。
「とはいえレベル10でジョブチェンジできると知らなかったのは、ある意味幸運だったかもしれないですね」
「それはどういう……」
「どうせロジェさんから話がありますから、私の口からは何も」
気になることを言い残したハーウェンだが、それ以上のことを教えるつもりはないらしく、残りの数分は他愛もない話が続いた。
そうして5分と少し経った頃、部屋にロジェが現れた。
「よう。俺がロジェだ」
「自分はハルトといいます」
「ところで、なんの用だ? さっき見てもらった通り、俺は忙しい」
「弟子入りを志願しに伺いました。職業は狩人、レベルは15です」
要件はハーウェンが言ったと思うが、忘れているのか。あるいは強面のロジェ相手に自分で要件を伝えること自体が試験の一環なのか。そんなことを考えつつ、ハルトははっきりと目的を口にする。その一言を言い終えた後、ロジェの眉が上がる。
「ほう……先に言っておく。討伐者ってのは町の治安を守る重要な職業だ。手を抜くことは許されない。だからレベル10なんて中途半端な奴が来たら毎度追い返すか扱いてやったんだが、そういうことなら話を聞いてやらないこともない」
その言葉を聞いたハルトはハーウェン言葉の意味を理解する。おそらく前にもロジェを訪ねてくる弟子入り志願者はいたのだろう。しかしその大半がレベル10であり、ロジェの条件を満たさなかった。
彼にはハルトもその1人に見えていたのだろう。追い返される哀れな志願者たちを見てきたハーウェンは、きっとハルトもそうなるだろうと話を聞く前は哀れみの目線を向けていた。だからと言ってハーウェンを責めることはできない。外見で判断するなと言うのは簡単だが、防具も身に着けていない貧相なプレイヤーがレベル15だとは思わないだろう。
「ただし、レベルだけ高くても討伐者は務まらない。おまえさんにその資格があるか、試させてもらう。話を聞くのはそれからだ」
しかし第一条件を満たしたからといって順当に話が進むとは限らない。
「試練の内容はハーウェンとの模擬戦だ。自力でレベル15まで至ったんなら相手が上位職でもそこそこ持つだろ」
「聞いてないですよ。自分でやってください」
「俺は常に全力だ。レベル差がすべてとはいいたくはないが、一撃で終わったら試練にならねぇだろ」
「まったく損な役回りを押し付けますね。ハルト君、嫌なら断っても構いません。こんな理不尽な相手に師事してもいいことはないかもしれませんよ」
「おいおいそりゃどういう意味だ?」
横でロジェとハーウェンが言い争っているなか、ハルトは提示された条件を整理する。
厳しい内容だ。ロジェもそれをわかっていて、ハルトが勝つとは思っていない様子を見せている。レベル差の暴力を毒ガエルとの戦いで実感している彼は、それを驕りだとは思わない。そんな理不尽な条件だが、勝てないとあきらめて手を抜けばそれを見抜かれて不合格を言い渡されるだろう。
プレイヤー目線で見ると、このイベントの隠された仕様や異様な高難易度はゲーム的には最初の町で経験値効率の悪いレベリングをしないようにと釘を刺す意図で用意されたものなのかもしれないと思う。しかし、禁止されているのではなく条件が厳しいだけならば乗り越える手段はあるはずだ。意図しないプレイすら許容される自由度の高さがどんな結果をもたらすのか。ハルトはそれを見たいと思った。
「試練を受けたいです」
「ハーウェンを侮ってる……わけじゃなさそうだな。いいだろう」
「まったく。言っておきますが試練だからといって手加減しませんからね」
ロジェが先導し3人で移動する。向かう先は訓練場。ハーウェンの世間話にも出てきた場所であり、兵士たちが研鑽を積む場所だった。
ギルドに立ち寄ったり、ロジェを待ったりしている間にステータス半減のデスペナルティは解除されている。上位職を相手にデバフがかかった状態で戦ってもすぐに負けてしまい意味がないだろう。試練があると予想していなかった迂闊さが招いた事態とは言え、なんとか最悪の状況は免れた。
廊下を歩く間、ハルトは例え試練に合格できなくても、上位職のNPCがどれだけの実力を持つのか知るだけでも収穫だろうと考える。しかしすぐにその考えが後ろ向きだと気付いてしまう。確かにそんな考えが浮かぶくらい条件は悪い。それでも始まる前から負けることを考えている奴が勝ちを奪えるはずがないだろうと思い、今は損得について考えないことを決める。
ハルトがそんなことを考えている間に試練の会場となる訓練場へと到着した。
訓練場の壁の近くには模擬戦用に刃が潰れた木製の武器が揃えられている。どうやら試験にはそれを使うらしい。武器を選んでいる間にロジェからルールの説明が行われた。
主に重要そうな内容は2つ。スキルの使用禁止と故意に相手を傷つけないことだ。両方とも殺し合いになることを防ぐための措置だが、前者はステータスで競わなければならないということも意味していた。とはいえ上位職の相手のほうが所有するスキルは多い。逆転の一手が潰された一方で、上位職の手数が潰れたともいえた。
話を聞きつつ、ハルトは青の短剣に近い刃渡りの武器を手に取る。そして説明が終わると距離をとってハルトとハーウェンは向かい合う。ひりつくような緊張感の中、2人はロジェの試合開始の合図を待つ。
「始めろっ!」
その一言で2人は動き出す。
一歩先に動いたのはハーウェンだ。彼の獲物は長剣。リーチは長いが重い武器なので先手はとれるだろうと踏んでいたが、実際にはハーウェンの攻撃のほうが早かった。そして先んじて攻勢に出れなかったことでハルトは早くも苦境に立たされることになる。
狩人は防御力の高い職業ではない。だからと言って回避能力がずば抜けて高いのかといえばそういうことでもない。模擬戦の形式に則ったとはいえ、本来は姿を隠して一撃必殺や一撃離脱の戦法を得意とする以上、正面切っての打ち合いは分が悪い。特に討伐者という上位職は武器の扱いに長け、正面切っての打ち合いができるだけの地力がある。その差が如実に表れていた。
防戦一方になるハルトは、重い一撃を短剣で受け流さなければならず、衝撃が手や手首を痛めつける。危うく武器を手放しそうになるのを何とか防ぎつつ打ち合っているが、長くはもたないだろう。
このまま何もできずに削られて負ける。そんな展開が容易に予想できてしまう。
「防ぐばかりだと勝てませんよ」
「煩い!」
ハルトは何かできることはないのか必死で考えるが、何も思い浮かばない。そんな焦りで頭が真っ白になりかけている中、ハーウェンは煽るように語りかけてくる。
打ち合いの中で攻撃以外のことを考えるのは容易ではない。距離を取って考えをまとめたいところだが、後ろに跳んでもすぐに詰められてしまう。退くときにどうしても姿勢が崩れるので、立て直すだけで苦労したので逃げ切るのは無理だと判断する。
スタミナが切れかけているのか息が上がり動きがワンテンポ遅れる。回避が間に合わずダメージエフェクトが舞い、HPが減っていく。模擬戦でHPが0になるとは思いたくなかったが、その考えが甘えだとでもいうかのように相手の攻撃は鋭かった。
「苛々する。なんで俺はこんなに弱いんだ」
吐き捨てた言葉は彼の内心をよく表していた。
毒ガエルに負け、レアスライムに逃げられ、荒野では何度もリスポーンした。
回復アイテムがあれば、仲間がいれば、青の短剣のデメリットが軽ければ。そんな仮定の話をいくつ並べても虚しいだけで心は晴れない。そんな彼が報われる方法、それは敗北の苦い思い出に囚われないために、毒ガエルにリベンジを果たすこと。そのために彼はがむしゃらに戦った。
しかし格上との戦いを通して、まだ渇望していた強さが手の届かないところにあるのだと突きつけられる。そのことがどうしようもなく腹立たしく、悔しい。
彼が勝てないのはシステムが正常に機能している証だった。
単純なレベルは格上を倒すと簡単に上がる。しかしスキルのレベルは使用回数に依存する。デスペナルティ中もスライムやゴブリン相手に試行回数を重ねていたハルトは準備期間の短さにしてはスキルのレベルは高い。それでも彼のスキルは本来想定されているレベル20のプレイヤーのレベルにない。ミラージュとハイドアンドアサルトの2つしか追加のスキルを持たないのは仕様ではなく、前提となるスキルのレベルが足りないからだった。
そのことをハルトは知らない。だがもし知っていたとしても、彼はそれがどうしたと言うだろう。勝てない理由を探し、システムのせいにしてしまうのは彼にとって諦めだった。
しかし強がっても状況は変わらない。実力とステータスの差は容赦なく彼を叩きのめす。
「はっ!」
――ガリッ
「っ」
金属とは違う軋み削れる音とともに短剣が手から離れていく。打ち合いを続けた腕は痺れの状態異常になり、武器を保持していられなかった。
「でも俺は諦めが悪いんだよ!」
それでも足掻く。
武器がないなら殴るだけだ。痺れて使い物にならない右腕を肩と二の腕を使って無理やり引き寄せ盾にする。
「なっ!?」
その行動に初めてハーウェンが動揺し、行動が一瞬遅れる。その遅れを取り戻そうとした太刀筋からは模擬戦中に見せていなかった本気が垣間見え、ハルトの右腕が切り裂かれる。
その攻撃でHPが0になったのだろう。そうやって右腕を代償に振るった左腕は、ハーウェンの胸に当たる前に光となって消えていく。
「届かないのかよ……」
最後にそうつぶやいたところでハルトの意識は暗転したのだった。




