表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/104

09

 南にある門に向かうが、誰ともすれ違わない。北の門に人員を割いているためか門番すらいない。そんな状況では通れないかと心配したが、門はともかく人用の通路は鍵がかかっておらず、砂礫の荒野に出ることはできた。

 そうして新しいエリアを訪れたハルトを待っていたのは、熱波が走る一面の荒れ地だった。痛覚はないがうっとうしい日差しと暑さは感じる。アバターの姿で汗が垂れてくることはないが、だからと言って無視できるほど影響は軽くない。


「本来は熱を遮る防具とかあるんだろうな」


 そんなことを口にしても状況は改善しない。むしろ口腔にまで熱気が入ってくれば喉が枯れるため悪影響ですらあった。青の短剣を使いこなせたなら、冷気で熱を遮断できるかもしれないが、今のハルトにそんな技量はないため机上の空論に終わる。

 そうやって無駄なことを言ったり考えたりして体力を消耗している場合ではない。負けを引きずっているのかどこか締まりのない気持ちを切り替え、ハルトは荒野を歩き出す。


 そうして最初に遭遇したのは、サボテンのような魔物だ。横を通った時に棘を飛ばしてきた時には焦りを感じた。そんな不意打ちを受けてしまい、体には数本の棘が刺さる。しかし痛覚がないおかげで痛みに怯むことなく行動が取れ、いったん後退し相手の様子を伺う。

 離れたが、追ってくる気配はない。どうやら動きは鈍いどころかほとんど動かない魔物らしい。しかしハルトの索敵を無力化するほどの隠密系スキルを持っているうえ、棘を飛ばす遠距離攻撃持ち。動かないという欠点を抱えている相手だが、ハルトとの相性は悪かった。

 しかし距離を取っていれば無害というなら、刺さった棘を抜く余裕がある。下手に動くと抜けないほど深く沈み込みそうで不安があったため、取り除いてから戦闘を再開できると分かり安堵した。というのも、毒で右腕が使えなくなった経験があるハルトとしては、棘が深く刺さるとその部位の動きが悪くなるという懸念があった。

 そんな棘だが、表面が目の粗いやすりのようになっていたらしく、擦れると肉が抉れるらしい。抜いたはいいが想像以上にHPが減ってしまったのは大きな誤算だった。


「(果たしてまともに使えるのか。不安は残るが、こいつより強い奴の方が多そうだからな……)」


 内心ではそう思いながら、彼はインベントリから青の短剣を取り出す。

 握ると手がひんやりとする。霜焼けのような痛みはないが、おそらく本来はそういう類の事象なのだろう。HPも凍傷という状態異常に侵され減っていく。

 焦らず急ぐ。そんな矛盾しているようにも思える思考でサボテン型の魔物に斬りかかる。接近してくるハルトに魔物は棘を飛ばして応戦する。

 まだ距離が離れているからか、飛んでくる棘は早いが捉えきれないほどではない。短剣を振るいそれらを弾き落とすと、キィンと金属同士が擦れたような音を立てる。棘の表面がやすりのようになっていることと、ハルトの剣術が素人だということを考えると、以前の初心者用の短剣で同じようなことをすれば刀身にひびが入り、最悪折れていただろう。そんな扱いを受けながら傷一つ見えない刀身は、青の短剣の強度が以前の武器とは段違いだということを実感させてくれる。

 だからこそ彼はわかってしまう。まだこの短剣は手に余る。剣術のスキルのレベルが足りないのか、あるいはステータスが足りないのか。それ以外にも、純粋な技量不足の外側の違和感も感じたが、現実で剣術の嗜みがあるわけでもない彼はその違和感の正体が何なのか掴めない。軽い苛立ちを覚えつつ、戦闘中だとその怒りを押さえつけ、冷静であるように取り繕う。


 接近すると、棘の速度と密度が上がる。痛覚がないから棘が刺さっても動けてはいるが凍傷と合わせて急速にHPが失われていく。真正面からの接近は限界だと感じたハルトは毒ガエルとの戦いでは使うことすらできなかったスキルに頼ることにした。


「――ミラージュ」


 発動すると、視界には棘がスローモーションのように映る。それを躱し、棘を撃っていた側とは反対側に移動する。そこでスキルの有効時間が切れ、ハルトは急激に体が重くなったように感じる。しかし倦怠感に身を任せるわけにはいかない。表裏もない魔物相手に隙を晒したなら命取りだ。


「いっけぇえ!」


 実際、魔物はぶるりと体を震わせ、棘を射出する準備を整える。ハイドアンドアサルトは使えない。それがわかっているハルトは勢いをつけて棘だらけの体に刃を突き立てた。

 直後魔物は内部から凍り付く。それは体内に蓄えていた大量の水が凍結した結果だ。膨張した氷はサボテンを破裂させ、氷の塊が飛び散った。


【凍結耐性レベル1を獲得しました】

【自傷ダメージ耐性レベル1を獲得しました】


 敵を倒し、レベルが上がったと同時期に2つのアナウンスが出てくる。片方は毒耐性を得た経験からいつかは獲得できるだろうと思っていたため、1戦目で早急に手に入ったことは素直に喜ばしい。しかし2つ目のスキルについては、効果はともかくとして名前が嫌だと感じる。


「……否定できないとはいえ、なんか不名誉だなあ。受けるダメージが減るのはありがたいけども」


 獲得したスキルに対して愚痴もとい感想をこぼしつつ青の短剣をインベントリへとしまう。

 HPを確認すると8しか残っていない。レベルアップしたハルトの最大HPは49なので、ミラージュの発動と合わせて2割を切っている。ポーションでのHP回復量は価格と同じ30なので1本では全回復できないが、ファーストリアで30を超える回復量が必要になるまでレベリングすることや、30以上のダメージを食らうプレイヤーが珍しいので、一番初めに買えるポーションの回復量としては適正だ。しかしミラージュが性質上最大HPを参照するため、全回復できないのは大きな痛手といえた。

 ステータス上の現状確認を終えた後、今度は怪我の確認を兼ねて被害のあった右手を眺める。荒野の気温のおかげか多少マシになったが、強烈な冷気に晒された腕は肘のあたりまで不自由さを感じるほどの影響を受けていた。関節は満足に開けず握り手の形に固まり、青の短剣がどれだけの冷気を発していたのかがよくわかる。そして魔物の攻撃で受けた傷と違い、戦闘が終了しても治癒しないことを理解する。どうやら毒や凍傷といった状態異常系は適切な治療をしないと後遺症が残り続けるシステムらしかった。


「これは確かに安易に触らせることができないというのも納得だ」


 ショーケースに入れられていたことを思い出し、そんなことをつぶやく。痛みがないとはいえ、棘と凍傷のダメージは打撲や切り傷以上に精神を疲労させる。しかし泣き言を言っていられる状況ではない。ハルトは全回復できないことを惜しみつつポーションを1つ使うと魔物探しを再開する。


 その後も、砂礫の荒野でのレベリングは困難を極めた。

 ポーションはすぐに底を尽き、ファーストリアで死に戻り(リスポーン)を繰り返す。ステータス半減中はスキルレベルの足しになればとスライムとゴブリンを狩り、1時間でペナルティが解けると砂礫の荒野に挑む。健全とは言えない強行軍。睡眠や休憩をろくに取らずに駆け回る彼の姿は、人が見れば異常に映っただろう。しかし他のプレイヤーのほとんどはファーストリアを離れている。例外的に次の町に向かう道中で倒れリスポーンしたプレイヤーとすれ違うこともあったが、そういうプレイヤーは他人を気にする余裕などない。息も絶え絶えに西の門を目指すか、次の町へ行くことが叶わないと絶望し倒れたり座りこんだり泣き出したりするばかりでハルトに声をかけようとする者はいなかった。

 ストイックで孤独な闘い。しかしハルトは楽しんでいた。負ける悔しさ以上に着実に成長していく能力と、思い通りに動くようになっていく体の変化が嬉しい。荒野が薄暗くなりはじめた頃にはレベルが20まで上がり、サボテン型の魔物相手にノーダメージで半々の勝率が得られるまでに成長していた。


「しかし足止めを食らうとはなあ」


 その一方で、レベル15に上がった時点で経験値の表記が「-/-」となり、それ以上レベルが上がらなくなってしまった。魔物のレベルは15以上も存在しているのだから、レベル上限が15ということはないと思うが、アップデート後に上限が解放されるなんて話になれば絶望的だ。

 その真相を確かめるためにも、ハルトは1度ギルドに戻ることにする。というより、レベル15になってからもレベリングを続け何戦か分の経験値が既に無駄になっている。ステータスを確認したのはリスポーン後だった。気づかずにずっとレベリングしなくてよかったと思う反面、無駄なことをしていたと思うと気持ちが沈んだ。


 その後、ギルドの受付でレベルに上限があるのか尋ねると、ギルドの会員支援の一環として説明を受けることができた。基本的にファーストリア内でレベル上限に達する人はほとんどいないため、説明が省かれていたらしい。

 昼前に1度ギルドを訪れているハルトを目にしていた受付係は1日の間にレベル上限に達した彼に困惑しながらも、「上位職」の話を始める。


「レベル上限に達したプレイヤーは、上位職へのジョブチェンジが可能です。上位職に変更すると再度レベル1からスタートし、基礎ステータスとレベルアップ時のステータスのボーナスが上昇します。ただしレベルをあげるための必要経験値が増え、レベルが上がりにくくもなります」

「上位職に就く場合は、師事する相手が必要になります。弟子入りの条件は師匠次第でありこの場でご説明することはできません」

「既に避難している可能性もありますが、狩人の上位職で弟子を取れる方をご紹介しましょうか?」


 レベル1になると言われて気持ちが落ち込むが、レベル20に甘んじてはあの憎き毒ガエルを倒せない気がした。ここまで来て怪我を負わせるだけなんて腹立たしい。

 防衛イベント開始までの期間でどれくらい巻き返せるかはわからないが、基礎ステータスが上がるのならレベルが低くても戦闘力までは落ちないかもしれない。それに加えてハイドアンドアサルトとミラージュ以外に正面切って戦える攻め手が欲しいというのもある。誰かに師事すれば何かのスキルを習得する機会に恵まれるのではないかという期待もあった。


「教えてください。お願いします」

「わかりました」


 提示された職業は3つ。『討伐者(バスター)』『探索者(サーチャー)』『収集家(コレクター)』だった。

 1つ目は完全な戦闘職でありステータスの補正が高く武器の扱いが上達しやすい。素材のために魔物を狩るというよりは治安維持のためにその力を使う。そんな職業だという。

 2つ目は斥候に近い職業でありハイドアンドアサルトや索敵とそれに類似するスキルの成長率が高く、護衛依頼や未開拓地の探索、まだ見ぬダンジョンと呼ばれる建造物でのトレジャーハントなどに向くらしい。

 3つ目はレアな素材の調達や、品質の高い素材の収集に適している。アイテムドロップ増加〈戦闘〉に類するスキルや、魔物をできるだけ傷つけずに狩る攻撃手段を用いて量より質で稼ぐようだ。


 一度目の師事は比較的簡単だが、師事する相手を変えることは容易ではなく、理由なく師弟関係を解消すればペナルティも発生すること。師匠となる相手と自分の相性。そういった問題もあるが、毒ガエルを倒す目標に一番近いのは討伐者だろう。そう思い一番初めに訪れたのは西の門の近くに建てられた兵士たちの休憩所だった。

 意識せず横切っていたが、言われてみると多くの人数が収容できるよう周りの建物よりも一回り大きなつくりをしている。その場所の管理人が討伐者の上位職を修めているNPCらしい。現在は一線を退き後任育成を行っているというが果たして会えるだろうか。不安を感じつつ、ハルトは扉を叩くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ