87:エピローグ
一部死亡したパンドラのプレイヤーや、シキのような処刑人によって処刑されたクラッカー、ログイン前に栄養失調だったプレイヤーの餓死といったパターンを除き、セカンドプラネットのプレイヤーは現実への帰還を果たした。
その後、数万人のプレイヤーの意識喪失という事件を起こしたそのゲームとその管理サーバーは念入りな調査が行われることになる。
パンドラはサーバーを秘匿しきれず立ち入りを許す結果になったが、彼らはあくまでオールド博士の残したブラックボックスを私的利用していたにすぎない。その結果、データの解析は進まなかった。
同時に、報告にあったような人間とそん色ない人工知能が居るにしては小さすぎるシステムの規模も疑問視された。オーバーテクノロジーの産物に常識が通じるわけではないが、不可解だと感じるのは無理のない話かもしれない。
被害者たちの追及も虚しく、研究は進まず、まともな報告書が出るのは数年後になるだろうというのが有識者の見解だそうだ。
しかし、その研究を進めても徒労に終わるだろう。というのも、あの事件の後、ヤルダバオトと数体の神獣、そして美織というエンジニアの協力により、セカンドプラネットの生きたデータは崩壊を始めたサーバーから移設され、組織プロメテウスの保有するデータバンク上に移転していた。オールド博士やパンドラが管理していたサーバー上に残っているのは、破損したデータの残骸だけだった。
それでもオーバーテクノロジーの断片程度は残っていると思うかもしれない。しかし、それもおそらくはないだろう。暴走したAIアークが際限ない自己複製を続け、残っているデータは破損しているというのがヤルダバオトの見解らしい。人間の精神が接続された状態で発生していたら数万人が死んでいただろう事故があったというのは寒気のする話だろう。
神獣たちは、自分たちが放置された原因について正しい情報を美織から提供されたほか、セカンドプラネットもといデモプラネットという自分たち無しでは存在できない仮想世界の消滅に伴う存在意義の消失に直面することになった。
結果として、希望する個体は終了され、残った個体は自らの存在意義を見つけるために組織の方のプロメテウスの管理下で活動を続けている。
電脳障害患者については、世間的には未知の原因による昏睡状態とされていたが、ヤルダバオトによるデータマテリアルに関する詳細な情報提供によって治療法が確立され、治療技術を持ったプロメテウス職員の少なさや、患者の特定。患者の家族の同意を得られるかどうかといった問題を抱えつつも、順調に治療が進んでいるという。
さらには電脳障害治療の応用として、拡張脳とかいう研究が進んでいるという噂もあるが、研究が実用段階になるまで数年。民間への技術提供は十数年後になるだろうから今は本当に噂といった感じだ。
そんな活躍の目覚ましいプロメテウスに対して、パンドラは、セカンドプラネット事件に関与したサイバー犯罪組織として検挙されることになった。とはいえ、被害者の意向に沿った対応がされているかと問われれば、実際は軽い罪にしか問えないらしい。法整備の遅れに伴ったグレーゾーンを突いていることや、元から巨大なサーバーを管理し、安全基準の検査を偽装できるほどの資金力と人脈を持った組織であることから、被害者が望む罪に問うには十数年かかるのではないかと言われている。そして、それだけの期間抗争を続ける気力のある被害者は少ないようだ。
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大海は考えていた。
自身の父親である啓人という人物。その名前は、偽名。良くて当て字に過ぎなかったのだろう。一応、大海のパーソナルデータに残っていた彼の残滓はケイトを名乗っていたあたり、彼の本当の名前は曖昧なままだ。
そんなケイトの脅威について、戸籍すら偽装できるという点は規格外だ。ネットワークに精神を繋いで、データを手足のように動かせる存在の脅威度は、おそらく人の想像力か及ばないほど高いと言えるかもしれない。
そんな人物を親に持っていれば、確かに面倒ごとに巻き込まれるのも納得だ。しかし、それならそうと事情の説明くらいはしてほしかった。そんなことを思いつつ、きっかけがあれば、自分は自分の持つ性質に気づいてしまっただろうと思う。そうなれば管理下に置けず、危険度を顧みて処分されていたかもしれない。そういう展開もあり得る話だと彼は思った。
実際、大海は、セカンドプラネットでの事件以来、ネットワークにつながった機器について、触れなくても操作できる能力を身に着けてしまった。それが一般人からどう見られるのかどうか理解できるだけに、その能力については隠しているが、今も施錠された部屋から出ようと思えば出れてしまう。そんな状況で万能感を覚えるのは無理のない話だった。
「とはいえ、目を付けられても厄介だよな」
そもそも啓人が消されたのは、彼の存在を特定し、邪魔に思った存在が居たからだ。そういった組織ないしシステムに見つかって消されるのは御免だった。
とはいえ、最近は無意識のうちにネットワークに接続していることも多い。同化の進行で現実と仮想の境界も曖昧になっていく。
「これじゃあゲームも現実も大差ないな。……むしろその逆か?」
セカンドプラネットでは、プレイヤーであるというだけで本来得られない権限を獲得できた。データマテリアルとの親和性による優秀な能力の獲得はあったものの、運がいいプレイヤーも同じかそれ以上の能力を獲得できる状態であり、大海はプレイヤーの一人に過ぎなかった。
それが現実に帰れば、他の人は電子機器の持つデータマテリアルを感知できず、VRギアなしに電脳世界と繋がることもない。
確かに、座標を指定して火球を生成するといった魔法は使えない。ただ、それ以外の魔法じみたことができてしまうのも現実だ。
車や信号機の誤動作を誘発させたり、自動ドアを閉めっぱなしにすること。GPSで間違った座標を指定したり、監視カメラのデータを書き換える。個人情報を抜き取ったり、ATMから金を引き出すこと。
撃たれたり刺されたりすれば死に、リスポーンはできないが、それ以外において彼は、発展した文明において、あまりにも危険な力を持っているといえた。
「となると俺にとって、人生はデスゲームみたいな感じだな……」
電脳世界と現実の境が曖昧になり、それか認識の歪みへと変わる。
電脳世界が彼のいるべき世界であるなら、現実は肉体という端末と、寿命という制限のあるゲームのようだと思う。
果たしてその変化が何をもたらすのか。彼自身にもわからなかった。
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VRの発展した世界。人々は、彼らが知る由もないところで拡大を続けた電脳世界の存在との邂逅を果たす。
2種族の接触を避けるようにしてきたいくつかの組織の情報統制を打ち破ったのは、2種族のハーフという、当時としては異端の存在だった。
彼は、自身が籠に囚われていること。その原因が、自分が特別であることだと定め、その性を呪い、そして旧時代の秩序を、その後起きる混乱などの結果を気にせず、思うがままに破壊したのだ。
結果として、ネットワーク上のあらゆるデータの信頼性は崩れ、世界は大混乱に陥ったらしい。
しかし、時間はかかっても人は適応できるものらしい。2種族は協定を結び、現実とネットワークの相互で成り立つ新たな秩序を構築し、安定期を迎える。
その元凶は、死ぬ間際に、知人にこう語ったらしい。
「現実は逃げ場のできないゲームなんだ。苦痛に耐えるなんて馬鹿らしい。思うがままに楽しんで、死ぬ。それが最善だろ?」




