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前話未完成の状態で投稿していたので修正入れています。

 オールド博士によって造られた神統記(テオゴニアー)の名を冠する計画。それは神を模した複数体のAIによって管理された仮想世界を作り出すというものだった。

 神をモチーフとした無数の自立発展型AIと、その管理下にある疑似人格AI。その2種のAIを軸に、仮想空間「デモプラネット」上で実験が始まったその仮想世界は、電脳空間での新たな知的存在の創造という、倫理的な問題を抱えていたために、その高度な題材や計画がもたらすであろう利益に反して世間一般には公表されずに秘密裏に勧められた。


 しかし、計画の立案者であるオールド博士の目的は、新たな知的存在の創造ではなく、人格の再現と、人格を持った存在が自壊することなく存在できる仮想世界の方にあった。

 彼の娘であるセレンは、治療法が未発見の病に冒されており、そんな彼女を生かすために、彼は仮想世界の研究に手を付けたのだ。


 他の研究員に隠していたその目的のために、彼はデモプラネットにいくつかの細工をしていた。そしてそのことに他の研究員が気づいたのは、取り返しのつかない段階になってからだった。


 博士は完成間近の仮想世界を私物化し、結果としてプロジェクトは凍結。博士の居場所の特定に研究員たちは躍起になったが、終ぞ手がかりは得られず取り逃がすことになる。

 そんな研究員たちに残されたのは、事情について一切触れられていない謝罪文と、慰謝料だとでもいうように残された高額の小切手だけだった。


 そうして研究成果を取り上げられた研究員は、大きく3つに別れた。

 オールド博士への復讐、あるいはテオゴニアプロジェクトの成果の奪取を目的に捜索を続ける者。

 残された基礎研究や個人のバックアップから別の仮想世界を計画する者。

 そして、美織のように心の傷を負い、研究への熱意が枯れてしまい隠居する者。


 詳細なところでの差異はあるが、大まかにそんな状態だった。


~~~~


 プロメテウスの施設に着いた男と美織の2名は、施設内でセカンドプラネットの状態監視を行っている場所にやってくる。


「……確かにこれは私たちのプロジェクトで生成された仮想世界です。オリジナルかどうかは分かりませんが」

「データマテリアルという単語に聞き覚えは?」

「おそらく、人格や精神といったものを再現する際に使ったブラックボックスと、その構築に必要なデータのことです。それがあるせいで、オールド博士なしでプロジェクトの再現ができない状態に陥りました」


 研究から離れていたとはいえ、ある程度の知識は頭の中に入っているのだろう。多少手間取ったが、これがかつてプロジェクト内で作られたものであると彼女は語る。


「ロボット三原則のような規約は無いか、あるいは昔あったものが形骸化してしまっているのか知らないが、この仮想世界のAIの何体かがネットワークを介して人間の脳に干渉し、それが近年電脳障害という形で表れている。この事実を発見し、対策を講じているのがプロメテウスという組織だ」

「となると、停止コードや管理者権限をご所望といったところでしょうか。生憎そんな都合の良いものはありませんが、できる限りの協力はしましょう。こんなことになった責任の一端は私にもあるでしょうから」


 そう言って彼女はプロメテウスの端末を1台借りると、そこからセカンドプラネットにアクセスする。


「……これは、ケイト? なるほど、オールド博士の思い通りにはならなかったらしいですね」


 操作しながら、彼女はぶつぶつと独り言をつぶやく。


「ケイト? 一体何の話だ?」

「気が散るので話しかけないで欲しいですが、それくらいなら説明しましょう」


 美織の話によると、ケイトというのはオールド博士がセレンの相手として用意していたAIであり、見知らぬAIと人間であるセレンの間を取り持つための案内役としての役割を期待されていた存在らしい。

 しかし、セレンが死んだことで交流は断絶し、同時にケイトはそれを知らされることなくデモプラネット上で長い時間待機状態だったのだろうと美織は語った。


「どうやらその長期間の待機状態の中で自我を獲得したのでしょうね。そして、自身の存在意義であるセレンをデモプラネット上に招きいれること。それを目的として現実世界への干渉を開始したといったところでしょうか」

「つまり彼女が死んだということをAIに伝えずに放置した結果が今回の事件の引き金になったって話か……作り出した存在に対してもう少し責任持てないのか?」

「それはオールド博士に言ってください。ほぼ完成していたとはいえまだ完全とは言えない状態で研究成果を独占した彼が悪いんです。まあ、ケイトの情報を見る限り、彼の娘が死ぬ前に間に合わせる必要があったんでしょうけれど、そんな事情知らないメンバーにとってはいい迷惑です。その挙句電脳世界への精神の移植にも失敗して、生きる気力もなくして生み出した仮想世界を放置したんでしょうね」


 思い出したら腹が立ってきたと言いつつ、目は画面から離さずに作業を続ける美織に、この場は任せるしかないと諦め、これ以上独り言を聞いて気になることが出てくる前にと、男は部屋を退出する。


「――どうやら見つかったらしいわね」

「黒木か。ああ、確かに見つかったよ。とはいえ、癖が強そうな相手だ」

「一線を退いていた様子だけれど、当てになるのかしら」

「さあな。だが、保険はかけておくに越したことはないだろう」


 部屋から出てくるのを待っていたらしい黒木は、セカンドプラネット内に潜入していたエージェントのアバターに埋め込まれた情報のサルベージを終え、簡単な報告書を用意していた。それを男に渡した後、2人は軽く言葉を交わし、それから自分の作業に戻るのだった。


~~~~


 そんな現実世界でのやり取りがあった頃、シルクのアバターに秘匿回線が繋がれる。


『聞こえますか?』

『誰だ!?』


 ケルベロスとの対話に近い感覚に、反射的に頭の中で返信する。同時にその一瞬の隙に結晶使いが攻撃を繰り出す。それを回避しつつ、邪魔な声に微かに意識を向ける。


『なるほど、戦闘中ですか。であれば、こちらもサポートします』

「どうした? 気が散っているようだが?」

「危なっ」


 回避が間に合わない。そう思った瞬間、光の壁が展開し、それが結晶の刃を阻んだ。


「なんだっ!?」

『事情を説明している暇は在りません。ログは追っているのであなたの事情を説明する必要もありません。目の前の相手が敵で、それを打倒するためにこちらは支援します』

「誰だか知らないがありがたい話だ。罠じゃないことを願うよ」


 サポートと称し、パンドラが用意したゲーム的システムの一部を利用して支援を開始したのは美織だった。

 破綻が始まっている世界。意思疎通のできるプレイヤーを探していたところ、ヒットしたシルクとの回線をつなぎ、同時に彼の行動ログから現状起きていることは推測する。クロノスの権能が機能不全に陥った結果、セカンドプラネット内時間が現実時間とほぼリンクしている現状、彼女の支援がシルクに届いた形になる。


 同時に美織はもう1体のキャラクターに回線を繋ぐ。


『聞こえますか?』

「誰ですか!?」

『その管理AIとそのサブモジュールの合計2体のシステムロックを解除するのであれば、こちらのツールを使ってください』

「言っている意味が……」

『こちらもシルクの援護に回らなければならないので、あとは任せます』


 そう言って美織はそのキャラクター、フロアの素体にプラグインをインストールさせる。既にケイトによって改造されていた素体だからか、セキュリティホールが空きっぱなしであり、追加機能は弾かれることなくその素体にインストールされる。


「得体のしれない力ですが、使ってでもこの場を立て直すことの方が先決でしょうか」


 軽く自問したのち、フロアはツールを使用する。

 暗号化の解除ツールは、結晶の中に封印するという事象を分解し、結晶に罅を入れていくことに成功する。


「間に合ってくださいよ……」


 そんな影の攻防もありつつ、肝心のシルクと結晶使い、ヤルダバオトの3体の攻防は膠着状態に陥っていた。

 予兆のない防御壁の生成による援護は結晶使いを苛立たせるが、美織の支援はあくまで防御。捨て身の攻撃を繰り出しても良いが、即席の連携では成功率が高いとはいえない。


『何か攻撃手段はないのか?』

『無茶言わないでください。あなたたちごと吹き飛ばして破損データに変えていいのであればやりますが』

『……あんたが理性的な人間で助かったよ』


 目の前のパンドラの結晶使いが世界の創造主になるくらいなら、世界を滅ぼしてしまえばいい。そういう考え方をする人もいただろう。その点、美織はできる限り犠牲を減らすことを念頭に動いている様子がある。多少の犠牲は致し方ないという考えであれば自分は死んでいただろうと思うと背筋がぞっとする。

 こんな戦場に身を置いて逃げ出さない奴が死ぬことに恐怖を覚えているのもどこかズレているのかもしれないが、ボタン一つで殺されることと、生きるために戦って結果死ぬのはどこか違うように思えた。


『ですがそろそろ……上手くいきました。相手を罠に嵌めます。もう1体、バグやノイズが酷くて通信が取れないのですが、そこに協力者が居ますね? 彼と連携は取れますか?』

『取れると思うが、計画を共有する余裕は無いな。しかし、あの結晶使いを罠に嵌めると? 勘が鋭い奴だ。上手くいくかどうか』

『失敗上等。このまま打つ手なしよりはいいでしょう。尻込みせず指示に従ってください』

『……失敗前提となると乗り気しないな。せめて成功率を上げるなら……外部からリソースを引っ張って来れるなら、1つ提案がある』


 実際に戦闘をしているのを安全圏から見ている相手に指示を出されるのは癪に障るが、そういう余計な意地を張っている場合でもない。崩落に巻き込まれる前に決着を付けなければいけなかった。


『――なるほど。多少融通できるでしょう。とはいえ、無償とはいかないでしょうね』

『そこまでは望まない。ただ、完全な同化は避けたいんだよ』

『わかりました。……視界にマーカーを付けます。その地点に誘導してください』

『無茶を言うよ。相手は遠距離攻撃に秀でてるんだ。誘導も楽じゃない』


 これ以上時間はかけられない。残していたわずかな手札を切ることに決め、ヤルダバオトの動向に注視する。計画を伝える時間や余裕は無いため、こちらの意図を酌んでくれるかどうかは賭けになってしまう。


「――インターフィアー・ウィズ・タイム」


 そんな中で使用したのは、大技の時間操作だ。厳密にいえば、一帯のデータの流れを支配するその能力は、彼以外の時間の流れを遅らせる。

 彼単独で使えば、彼の人格を構成するデータマテリアルを消耗することになるが、今回は美織の支援によって精神をすり減らす程度で最低限の消耗に抑えることができた。


「反応が早いっ」


 だが、初見のはずのその能力を前に、結晶使いは反応してみせる。

 攻撃を防ぐ障壁を展開し、追撃を許さない。独りではマーカーの地点まで押し込めない。そう危惧したところで、彼の背から彼を追い越す影が見える。


「空間支配か。随分と無茶をする奴だなっ」


 クロノスの権能を持つヤルダバオトの素体は、彼の展開した支配域の影響を軽減できたらしい。彼の追撃によって、結晶の壁ごと結晶使いを押し込むことに成功する。

 そして、能力の使用限界を迎え時空間の支配が切れる。姿勢を整え、反撃を繰り出そうとする結晶使い。しかし、その手が届くまえに、シルクは叫ぶ。


「今だっ、やれっ!」

『アバター権限掌握。システム過負荷(オーバーロード)!』

「ぐっ、あああああ!!」


 2体を貫こうと伸びた結晶にノイズが走り、その成長が停止すると同時に、耳障りな叫び声が届く。


「これは、勝った、のか?」


 ノイズが走り、ボロボロになった素体が地面に倒れ、同時に素体の周囲に警戒色の半透明なエラーコードが表示される。それは以前、パンドラがアンダイングの居た研究施設の遺産を漁るためにエリア封鎖したときのものに似ていた。


『隔離、完了しました。脳を焼き切るくらいのショックを与えたので、その方が生きているかわかりませんが、生きていたとしてセカンドプラネットの内部情報へのアクセスは遮断できるでしょう』


 しれっと恐ろしいことを言う美織に戦慄しつつ、ひとまず戦闘が終わったことに安堵する。とはいえ、今回のことは突発的なトラブルに過ぎない。シルクにとって肝心なのは、ラッキーや零音、その他プレイヤーと自分が現実に帰還できるのかどうか。その一点だった。


『崩壊が酷い。この状況で戻れるのか?』

『そちらは別の方の担当です。私の方でも援助はしますが、崩壊前に間に合うかどうか……』

「それは何というか、報われないな」


 これだけ酷い目にあって、主犯格らしき危険人物を抑え、それだけやって帰れると確信をもって告げてはくれないのか。そんなことを思いつつ、嘆いていても状況は改善しないと重くなった体を持ち上げ、ひとまずこの空間から出られるだろうかと思案する。


「そこの男。俺一人じゃどうしようもなかった。正直、助かったよ」

「……改めて見ると、随分と怖い見た目だな」

「とても味方には見えないって? まあ、モチーフが悪魔だからな」

『敵対している様子はないですが、そのキャラクターはノイズだらけです。長期の接触は精神に悪影響を及ぼしかねないですよ』


 美織からの警告を受けつつ、敵意や害意は特に感じられないので、手を触れるようなことはしないが、抵抗なく言葉は交わす。


「自分が創作物だって自覚があるのか……」

「一応、ヤルダバオトという悪魔らしい。現実に帰ったら調べてみたらいいんじゃないか?」

「気が向いたら」

「やらない奴の常套句だな」

「……男って呼ばれても困る。俺は、こっちではシルクって名乗ってる」


 そんな軽い自己紹介を挟みつつ、ヤルダバオトの助力もあり、プロメテウスが用意したセーフティエリアからひとまず外に出ることにする。

 美織の支援により、結晶使いが使ったゲートの座標を特定すると、そこに対してヤルダバオトがクロノスの権能を使い無理やりにアクセスを通す。


 外に出ると、空は割れ、地面は底なし穴が開いているような状態。そこでタルタロスとデミの軍勢と、その他神獣の戦闘が続いていた。


 その背を追ってセーフティエリアから出てきたのは、フロアとハデス、シキの3体のキャラクター達だった。


「戦闘には間に合いませんでしたが、その分消耗は少ないはず。プロメテウス亡き今、この争いも無意味となってしまいました」

「斃れた者たちは冥界に誘っておくよ。神獣たちであれば、癒えれば、自らの足で蘇れるだろう」

「こいつ、どうするの?」


 事態をどう収拾しようかという相談をしているところに、シキが声をかける。それは、彼女が引きずってきた1体の神獣だった。


「確か、デュカリオンだったか。箱舟で生き残った存在。その逸話は利用できるだろう」

「新世界は結局必要そうだからな。とはいえ、この世界のものを持ち込むのはあまり好ましくはなさそうだが」


 プロメテウスの忠告を受けて箱舟に乗り、大災害を逃れたという存在。プロメテウスとしては都合の良い駒程度の認識だったのだろうが、だからこそ盲目な信者的な側面を持っていた彼は、プロメテウスがプレイヤーと結託していた事実に心を閉ざし、あの戦場でも呆然としたまま、ハデスとプロメテウスの攻撃の衝突の余波に吹き飛ばされてその辺に倒れていた。それをシキが拾ってきた形になる。

 そんな神獣の1体を見たヤルダバオトは、そんな奴でも利用価値はあるだろうと語った。


 キャラクターたちが始めた事後処理を眺めつつ、シルクは独り美織からの連絡を待っていた。


『……どうやら準備が整ったらしいわ。思い残すことがなければ、すぐにでも意識を現実に戻せるそうよ』

『帰れるのか。良かった』


 不安に駆られていた彼だったが、どうやら目途が立ったらしい。

 そして、彼はヤルダバオトに別れを告げると、美織に転送を開始するように頼む。


~~~~


 目が覚めた後、頭が重く割れそうなくらい痛いことに気づく。どうやらさすがに後遺症無しとはいかないらしい。


「しばらくはリハビリが必要ね」

「そうか……まあ、何にせよ戻って来れてよかったよ」


 かすれる声でそんなことを言いつつ、疲労感から、セカンドプラネットの宿屋での睡眠とは違う、正常な睡眠に落ちていくシルクだった。

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