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――クロノス、プロメテウスの消失による世界維持の権能の欠落。


――パンドラの結晶使いと、ヤルダバオト、ハルトの戦闘。


――暴走を始めたアーク。


――黒木によるネットワーク介入。


――大量の神獣とタルタロス、デミの戦闘。


 同時多発的に発生したネットワークに対し高負荷な事件の数々。それらは収集がつかない状況で負荷ばかりを増大させる。

 それらは世界(システム)の監視者が無視できないほどの影響を及ぼしていた。


 監視者が干渉しないのは、その干渉による被害が極端に大きなものだからだ。世界を更地にすることを浄化とは呼べないだろう。

 同時に、それはあくまで監視役に過ぎない。リセットを行うには、いくつかの許諾を必要とする。そんな事情が無ければ被害が広がる前に対処していただろう。


~~~~


――時間は、ハルトがクロノスと接触する少し前に遡る。


 組織プロメテウスの研究員の1人。どちらかといえば黒木に近い権限を持つその男は、雲隠れしていたフリーランスのエンジニアの居場所を突き止め、その人物がいる場所を訪ねていた。


「ネットから断絶された廃村一歩手前の限界集落か。通りで特定に時間がかかるわけだ」


 車を降り、スマホを確認して、アンテナが1本辛うじて点いている程度の状態を見た彼はそんなことを呟く。

 彼が探している人物は、確かにアウト寄りのグレーな研究に手を付けていたが、それでも明確に何かの罪に問うことができるような相手ではない。それを探偵や社内の人間に探らせていたというのはストーカーのようなもので、訴えられれば彼の立場は危ういだろう。

 それでもその人物を探さなければならない理由があった。何せその人物は、仮想空間「セカンドプラネット」の製作者であり、組織プロメテウスが管理・治療を行っている電脳障害の根源に関わる人物なのだ。


「生きていただけマシか。それとも死んでいてくれた方が諦めがついてよかったか。どちらにせよ、まずは接触してみないことには始まらないか」


 そう呟いた男は、調査員の報告書を確認すると、これといった特徴のない一軒家を目指す。

 インターホンは付いているらしく、ボタンを押すとベルの音が外に漏れて聞こえてくる。


「はい……あれ、回覧にしては遅い時間だと思ったんですが、違いましたか。……このあたりでは見ない顔ですね。引っ越していらっしゃったんですか?」

「いいえ。私はこういう者です」


 顔を知っているので、彼女がターゲットであることは理解している。とはいえ、この距離で逃がすことはないだろう。であれば初めは素直に要件を告げるべきだろう。彼女が了承さえしてくれれば、手荒な真似はしなくて済むのだから。


「あ、どうも。『プロメテウス財団』……? 新興宗教ですか?」

「名刺を渡した相手にそれを直接聞くのは、なんというか、素直な方ですね」


 頬が引きつったような笑みを浮かべつつ、確かに組織名としては宗教や何か若者向けにセミナーをしていそうな名前だという指摘は的外れでもないなと思ってしまい、強く言い返せない。同時に彼女が本当に特異点ともいえる仮想世界の創造者なのかという疑問に駆られる。どうにもそんなことができるほど賢そうには見えなかった。


「ごめんなさい。思ったことがすぐに口に出てしまう質でして……これで昔から良くないことばかり起きていて、だからあまり人と関わり合いにならないここに住んでいるんです。……そんな私に、何の御用ですか?」

「テオゴニア・プロジェクトのお話ですよ。美織先生」

「えっと、人違いです。なんの話だか――」


 その言葉を口にした瞬間、彼女は扉を閉めようとする。そこに靴を挟み、扉に手をかける。鍛えていない女性の力では、それなりに鍛えた男の力に勝てるはずもない。早々に締め出しを諦めた彼女は踵を返し奥の部屋へと駆けていく。

 手を掴もうとしてすり抜けられる。ここで捕まえられれば楽だったのだが、そう上手くはいかないらしい。閉じかけの扉を開け、無遠慮に建物の中に押し入り、彼女の背を追う。


 居間に通じるだろう扉から奥へ奥へと逃げていく様子に、逃げ場のない方へと逃げていく彼女に余裕はないのだろうと感じる。


「鍵を付けた程度で安心するのは頂けませんね」


 後から取り付けたのだろう鍵付きの扉を鞄から取り出した斧で破壊して押し入る様は、スプラッター映画の殺人鬼にでもなった気分にさせられる。


「あなたの助力が必要なんです。我々には手に負えない状況になってしまいましてね」

「帰ってください! 私はあの研究からは身を引いたんです!」


 隠居した優秀なエンジニアを職場復帰させようとするにしては物騒なことになっているがそれも仕方のない話だ。

 テオゴニア・プロジェクトは、セカンドプラネットの原点となる仮想世界を創造するプロジェクト。彼女はその参加者の1人だった。

 追われる中、息を切らしながらもこちらの問いに反論する彼女。そしてその指摘は間違っていない。だが、彼女に協力を仰いでいる理由には被らないというのも事実だ。


「それがそうもいかない事情がありましてね。他の職員の方は別な組織に雇用、あるいは保護ないし収容されてしまいまして、我々プロメテウスが接触可能な人物はあなたくらいなんですよ」

「そんな事情知ったことですか。例え誘拐されようと私は何もしません」

「こちらとしても人命がかかっているんです。無理にでも協力してもらいます」

「命が懸かっているって、あれは仮想世界の研究です。確かに人格の再現や投影、五感の代替は研究範囲でしたけど、人が死ぬようなことは無いはずでしょう」


 彼女はプロメテウスが欲に駆られた組織の1つだと思っているらしい。どうやら誤解を解くところから始めなければならないらしいと、外界からの情報を遮断していたらしい美織の状態にため息をつく。


「事情は追って説明しますが、人の生き死にが関わっているのは確かです。そしてすでに犠牲者も出ています。死んだり乗っ取られたりするほどの奴らは自業自得ですが、思考力低下や半身不随といった被害はそれなりに出ていますね」

「そんなことになっているなんて……私が研究していた頃とは別物でしょう。私が居たところでできることなんて……」

「それはこちらで判断します。もし何もできないというのであれば、それはそれで他の組織に狙われないように保護して差し上げます。まあ、襲撃者にそんなことを言われても信用は難しいでしょうが」


 これは当てにならないかもしれない。男はそんなことを思いつつ、半ば無理やり彼女を車に押し込むと、プロメテウスの支部へと車を走らせることになるのだった。

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