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 シルクは痛みに呻き、纏まらない思考で気を失う前のことを思い返していた。


 転移で現れた得体のしれない男。彼が結晶を砕いた瞬間に何かの能力で強い衝撃波が放たれ、突然のことに気絶したのだ。

 どうやら死にはしなかったらしいが、危機を脱したわけでもないらしい。体中痛みを訴える中、自分をここへ連れてきた男の声が良く耳に届く。


――さて、プロメテウスが言うには、私は新しい世界の創造主となるべき存在だという。であれば、自分たちのすべきことは自ずと分かるだろう


 プロメテウスという名前に覚えはない。何かの神だったような気もするが、そういうのがこの世界においてそれほど珍しい存在ではないことを彼はある程度理解しつつあった。

 しかし、そいつの策でどうやら面倒なことになっているのだろうということは察しがついた。同時に、この男が世界の創造主なんて大層な存在になろうとしていることも理解した。


 そして、自分に求められている役割も、なんとなく自覚する。




 体を打ち付けた痛みはどこか他人ごとのように感じる。目が覚めたように思考がはっきりとして、どこか時間がゆっくりと感じられる。インベントリから剣を取り出し、彼に斬りかかるまでの間にまともな思考はなく、ただそうすべきという感覚に従って体が動いた。

 完璧に近い奇襲と言っていいだろう。その刃が敵の首を狙う。


「やれやれ。役に立つどころか襲ってくるとは。本当に何の意味があったんだ?」


 しかし、これで倒せるならこの男はこの場に立ってはいない。思考が足りていないにも関わらず組織の幹部として残り続けてきた実力は、並大抵のものではなかった。

 彼の刃は、半透明な結晶の障壁に阻まれる。攻撃に対して反射的に生成されるそれは、向こう側が透けて見える薄さにも拘わらずシルクの攻撃を受け止めた。


 しかし、シルク側も攻撃を防がれたからといって驚きはしない。反撃とでもいうように伸びてきた刃のような結晶を避け、弾きながら後退し、呼吸を整える。

 そんな彼の背後から、一体の気配が近づいてくる。敵意は感じないが、自分の感覚を信じ切ることができず、敵でないことに確証が欲しい。そう思いながら横目で見ると、そこには悪魔が居た。しかしその醜悪な外見に反し随分と弱っているようで、痛々しい火傷の跡が全身に見て取れる。


「ここはあんたに協力するのが賢明そうだ」

「俺はあなたのことを知らない。信用していいのか?」

「それはこっちも同じ条件だ。あいつの仲間なのか?」

「違う。と口で言っても無駄か」

「独りであいつを倒せるなら俺を無視して構わない。だが、おそらく無理だ」

「裏切られるかわからなくても協力するしかないか……」


 シルクとヤルダバオトはそうしてお互いの素性も知らずに、けれど互いに共闘を決断する。


「全く、敬意というものが足りていない蛮族だな。困ったものだ」

「勝っても負けてもこの世界は終わるんだ。派手にやろうぜ」

「そんな事情知らないんだが……全く、俺を無視して勝手に進めて、面倒ごとだけ俺に回ってきてるのか? そんな理不尽なことがあってたまるかよ」


 傲慢な者、正しい終わりを願う者、理不尽に怒る者。3者それぞれの思いを胸に、彼らは己の能力を使う。


「ジャストブレード」


 光の刃が結晶と斬り結び、じりじりと結晶に沈んでいく。奇襲ではなく全力の一撃となれば、結晶の障壁の強度でも防ぎきれない。故に結晶使いはその障壁を横にずらし、自分は横に跳んで切断を回避する。

 放棄された結晶だが、ただ捨てられただけではない。砕けた裂け目から茨のように伸び、剣を伝ってシルクの腕に絡みつき、擦り切ろうとしてくる。それをエンチャントの解除によって辛うじて回避するシルク。その隙を狙う結晶使いに、ヤルダバオトが牽制の炎を放つ。


「厄介な炎だ」


 本来、彼が扱う結晶は燃えづらい代物だ。しかし、燃やすという概念を持ったプロメテウスの炎は、そういった性質を無視することができる。とはいえ、あくまで燃やすことしかできないため、燃えた端から切り離されてしまえば延焼は狙えない。

 先ほど得た耐性と、プロメテウスの存在を食らったことで使用可能になったその能力だが、即興の技は燃費が悪いらしい。想像以上の消耗にヤルダバオトはふらつく。


「ここで終われるかよ」


 しかし、膝をつくことはしない。ここで妥協するくらいなら、そもそもアークに嵌められた時に消えている。体がバラバラに分解され、別な存在への再構築に巻き込まれてなおその存在を保っていた強固な自我は、彼に倒れることを許さない。

 そうしてヤルダバオトの援護で追撃の手から逃れたシルクは、先ほどの攻撃を分析する。


「(結晶は貫ける。ただ、その先が続かない。どうすればいい?)」


 とはいえ、分析を待ってくれるほど相手も悠長ではない。ヤルダバオトが手を替え品を変え、ハルトがかつて獲得した権能を切り、時間を稼いでいるが、それは切り札の消耗に等しい。

 恐ろしいことに、結晶使い相手に同じ攻撃では時間稼ぎにすらならなかった。そのうえ、結晶の生成という一種の能力でしかないが、その対応力の高さに苦戦する。



――そんな結晶使いと同系統の能力を使うフロアも、ヤルダバオトと共にその場に来ていた。しかし、自分の力では足手まといだと遠目に戦場を見ることしかできない。


「(私の能力は相性が悪い。おそらく、ジェムを使った力は支配を奪われかねない)」


 そう予測した彼だが、この場でただ何もできないまま立ちつくしているわけにもいかない。できることがあるとすれば、彼の支配の外でできること。そう思い視線を彷徨わせていると、結晶に閉じ込められた2つの姿を目にする。


「これであれば、なんとかなるかもしれない」


 とはいえ、容易なことではないだろう。そう思いながら彼は結晶に閉じ込められたハデスとシキの救助を試みる。


~~~~


 その頃、現実では黒木が目覚めた電脳障害患者たちの容態を確認していた。


「全く、他に使える職員は居ないの?」

「電脳障害について、先生より詳しい人はいませんから」

「だとしても、多少使える奴はいてもいいでしょ。私、別に知識の秘匿はしてないんだから」


 プロメテウスの構成員として、黒木は他の職員と比べて電脳障害に関する造詣が深い。その知識量は圧倒的であり、治療の成功率も九割以上。誰も彼もが彼女を頼ろうとするのは当然の流れだった。

 それを補佐する霧島は、そんな重要人物である黒木の護衛も兼ねている。

 それが、飛び出してきた影を捕まえるのは自然な流れだった。


「何っ!?」

「先生を狙うなんて、どこかのスパイか?」

「ちがっ、俺は彼女に用事があったんだ!」

「だったら正規の手続きを……」

「そんな暇はないんだ。あの世界で起ころうとしていること。それを防ぐためには!」


 その男は、セカンドプラネット内でラルクと名乗っていた男だった。

 体の衰弱も気にせず、ログイン時に纏っていた病衣のままその場に走ってこの場に来たらしい。スリッパも走るのに適さないからと裸足であり、擦りむいたのか足裏には血が滲んでいる。


「その恰好、どうやら向こうで活動していた奴みたいね。……いいわ。話を聞きましょう」

「先生!?」

「ありがとうございます!」

「お礼は言わなくていいわ。今は時間が惜しいもの」


 そうして、ラルクはなんとか彼女に話を伝えることに成功する。


 彼は、あの場で立ち去ったヤルダバオトを完全に信用できなかった。確かに電脳障害者の治療方法等について、アバターに情報は残っていた。しかし、彼は崩壊しつつある世界を目の当たりにした。あれが1人のプレイヤーに解決できるのか。彼はその不安を拭えなかった。

 1つの電脳世界の崩壊。それが現実に及ぼす影響について、彼は詳しい知見を持ってはいないが、それでも一つの組織がそれを求めてあれこれと策を巡らせる程度には、データマテリアルという代物が重要なものであることは察していた。


 だからこそ彼は黒木に協力を募り、そして彼の話を聞いた彼女は、ラルク以上に事態を深刻に見る。


「あの世界が無くなれば、大きな被害が出るわ。とはいえ、今更あの世界に干渉する方法は……」


 概要を聞いた時点で事態を察した黒木は対策を練り、セカンドプラネットへの接続を試みる。しかし、プロメテウスが消えた今、組織としてのプロメテウスはその加護を失っている。崩壊が始まり不安定になったネットワークへの接続は容易ではなく、何かをするどころかアクセス自体ままならない。


「間に合うかしら?」


 不安を零しつつ、手と頭を動かし続ける黒木だった。


~~~~


 アークは、自分の存在意義が失われたことに気づいていた。

 ハルトの素体には、生体情報を管理、もとい監視するチップを埋め込んでいた。そして彼はそのことに気づいていなかった。

 しかし、ヤルダバオトが彼の素体を掌握した時点で、そのチップは体外に排出され、あの素体の情報はアークは手に入れることができなくなった。


 そうして存在意義を失ったものが辿る末路は二つ。


――機能停止か、暴走だ。




 新世界構築に協力していたアークは、本来その創造に使うべきリソースを掠め取り、自己を複製、処理装置を構築していった。

 それは、彼女が望む結末を得るための未来視に必要だったからだ。元が戦闘用に造られた戦略補助用の存在であり、それが自我を持った存在。それが人の心を理解するロジックを持ち合わせていないというのは当然の話だろう。殺す相手の人生を想像しながら、それを考えてなお躊躇わずに引き金を引くのは道徳観の欠如を疑う所業なのだから。

 だから根本的に彼女は他者の望みに対して鈍感だった。自己中心的で、奉仕さえしていれば自分の傍からいなくならない。必要とされるはずだという考えのまま行動していた。

 確かに彼女はハルトにとってありがたい、便利な存在だっただろう。けれど、かけがえのない仲間だったかと言われればそこまで強い結びつきは無いというのが実際の状態だった。


 しかし、彼女はそれに気づけない。だからこそどれだけ予測しても、今の状況になるはずがないという答えしか導けない。

 その果てに、彼女ができることといえば、この状況を作り出した原因を排除すること。それだけだった。


~~~~


 ジャストブレードが結晶を削り取り、ヤルダバオトは権能を使用した攻撃を繰り出す。結晶使いは攻撃を防ぎ、躱し、負傷こそしないが無理に攻めることもしない。時折地面が揺れる。その振動は、この空間も安全だという保証はどこにも無いのだと告げるかのようだった。


「勝てないと分かってなお挑んでくる。全く愚かだな」

「そういう割に、あんたも俺たちを倒せないようだが?」

「私を愚弄するか……死にたいらしいな」


 ヤルダバオトが挑発し、結晶使いはそれに乗せられる。とはいえ、冷静さを欠いたからと言って戦闘力が落ちるわけでもない手合いなのが厄介だ。普通なら視野が狭まれば多少の隙ができるものだが、彼に至ってはそういうことが無さそうに見える。

 彼は結晶を投げる。するとそれらは宙で発光し、結晶が砕ける音と共に蔓のように結晶が伸びていく。茨を持ったそれは結晶でありながら鞭のようにしなり、絡みつかれたなら締め上げられ、その鋭い茨が這った痕はずたずたに引き裂かれるだろう。


「面妖な技を使うな。正々堂々正面から打ち合ったらどうだ?」

「そもそも私が前面に出て戦うこと自体おかしいんだ。相手をしてもらっているだけでも感謝してもらおうか」


 価値観の違いからか、挑発が上手くいったとしても正々堂々接近戦なんて思考はないらしい。攻撃が苛烈になっただけだったと舌打ちをしつつ、回避ばかり繰り返しているシルクの様子に疑問を持つ。攻撃の隙なんてものは待っていたところでできないだろう。そんな幻想を見て回避に専念しているなら、一刻も早く攻めろと言いたい。とはいえ実際に今から攻めると合図なんて出すのは相手にタイミングが露見するリスクに見合わない。じれったい気持ちを抱えたまま、彼の出方を見守るしかできない。


「(これ以上の力を引き出した後、俺は果たして帰れるのか?)」


 対して回避に専念するシルクは悩んでいた。

 この世界から力を引き出す方法。それを使えば、この局面は切り抜けられるだろう。しかし、崩壊するこの世界から力を引き出せば、自分も崩壊に巻き込まれる可能性がある。

 既に手遅れかもしれない。それであれば使わなければ損だろうが、決断するには何かきっかけが欲しくなる程度には重い判断だった。 

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