第十九話 異世界の歩き方 後編
「亜人との交流が絶望的なのはわかりました…。とりあえずは魔導国家グリムを目指すのは決まったんですけど、一応残る二つの国の詳細も教えてもらえますか?」
魔導国家グリムのインパクトは凄まじかった。この世界の魔法力の万能性を事前に知っていたというのもあるが、黒野さんが披露した魔法の技術にも度肝を抜かれたので、是非とも魔法力の研鑽に努めたいと感じたのだ。
しかも、今この瞬間にも魔法は更なる研究により進化しているそうじゃないか。
魔法で空とか飛べたりするのかな?ワープとかも出来たりして!あぁ夢が広がるなぁ!
「おいおい、いいのか?そんなに即決しちまって?」
試すような、勿体ぶるような素振りでニヤニヤしている。
なんだ?まさか、まだグリム以上に魅力的な国が残っているというのか!?
「じゃあお望み通りもう二つの国の紹介といきますかね。まずは『商業国家ハンデル』。名前の通り、物の流通に関してはピカイチの国だ。欲しいものがあればハンデルへ行けってのはこの世界の常識だ。
剣、槍、弓、杖、斧に刀に暗器に銃器!鎧にマントに鎖かたびらその他もろもろの武器防具で揃わないものはねぇ。とんでも武具だってオーダーメイドでちょちょいのちょいよ。鍛治専門のドワーフや転生者なんかは、まず間違いなくこの国に腰を据える。
良質な武具を提供して名を売り、その武具を手にした人間が活躍すれば、当然鍛治士に依頼が殺到する。冨と名声と職人魂の滾る熱い国、それが『商業国家ハンデル』だ。
そしてこの国のもう一つの顔が、転生者発明家による便利グッズ流通所だ。便利グッズと一言に言っても、その種類は多岐に渡る。
異世界の暮らしに憧れていたが、どうにも思ってたものと違うとか、文明が退化しすぎてて耐えられない!と嘆いているやつに対する救済みたいなものまで売ってるぞ。
例えば風呂やトイレなんかの衛生面に不安があるやつには、見た目こそ世界観を壊さないように整えられてはいるものの、機能性は前世とさして変わらない家を提供していたり、そもそも価値観を丸ごと塗り替えられるグッズまで売ってる。
人気のもので言えば、さっきタダヒトが感じていた魔物の死骸や腐臭に対する苦手意識を取っ払えるものとか、魔物とはいえ命を奪うことに躊躇いのある奴らの、罪悪感とか良心の呵責を取っ払えるものとかだ。…これらは便利だが、ちと危険な面もある。乱用は考えもんだな。
他にも、元からこの世界の住人だった人が使える便利グッズも多数ある。中には、その手があったか!なんて感心しちまうようなところに目をつけてる商品も沢山あるんだな、これが。品揃えと質でいえば王都が一番だが、地方都市はアイデアと奇抜性に優れていて、国中どこを歩いていても楽しめる俺の一番オススメの国だ。
これだけ商売が盛んだから、一芸に秀でていたら金を稼ぐ手段には事欠かない。そうでなくても仕事なんて引く手あまただ。そしてなにより飯が美味い!魔物の肉や作物なんかも各国から集まってくるからな。それに、便利グッズは抜きにしても、冒険に役立つ日用品や雑貨なんかも質の高いものが揃ってる。まずはこの国で冒険の準備を整えるのを強くお勧めするぜ」
武器防具に便利グッズ!そういうのもあるのか!
たしかに、まずは身支度を整えるのが基本中の基本だよね!魔法を使うにしても、自分でデザインした特注品の杖でかっこよく決めてみたいな。
あとは鎧とか!日本の武将の鎧って一回着てみたかったんだよね。転生者が多いなら絶対同じような発想をする人がいるはずだ。既にレプリカモデルの販売とかされているかも!
その他の武器防具も一通りさわってみたいし…でもまずは基礎ステータスを鍛えなければダメか?いや、それを魔力で補うために、やっぱりまずはグリムに行くべき?
くうぅ!やること多すぎだろ!異世界!
「ああぁ…迷うなぁ…気持ち的には真っ先にグリムで魔法を学びたいんだけど、ハンデルで身支度を整えるってのも合理的なんですよねぇ…。どうしよう、決められませんよ!逆に、国の欠点とかは無いんですか?」
「ハンデルに問題があるとすれば、国王がちっと好戦的なところか。十数年前は、国家として認められてはいるものの、安定した基盤を築いているとはいえない魔導国家グリムに対して、国家併合を持ちかけるといった建前の吸収を行おうと何度か衝突したらしいな。ただでさえ優秀な武具、道具に優れた魔術加工を施せば、ハンデルのモノ作りで世界を席巻できると企んだのだろうな。
対するグリムの問題点は、今挙げたように他国から狙われやすいことだ。グリムの技術を我が物に出来ればと画策する国はハンデルだけじゃなく、かつてのライヒトゥーム、この国も同じだった。魔法というのはそれだけ絶大なカード足りうるんだ。狙われるのも分からなくない。国内の治安は悪くないが、いつ戦場になるかは予想できないな。
今は各国の野心がなりを潜めているものの、世界は依然として緊張状態だ。これからの状況を考慮しても、まずはハンデルで冒険者として身を固めて、それからの事を考えるのを勧める」
そうか…今は少し時期が悪いみたいだな。ここは先輩の意見を受け入れて、まずはハンデルに向かうとしようか。
あぁ、でも、魔法…くぅ…我慢だ!
「はっは、葛藤してるな。さて、残りの一つの国だ。ここが一番タダヒトが気に入るかもな?出会いと冒険の国、『ギルド国家トラオーム』。自然の迷宮とダンジョンで賑わう、冒険者達の始まりの、そして終わりの地だ」
「うおぉぉ!!ギルド!ダンジョン!やっぱりあるんだ!行きたい!早くその国に行きたい!しょ、詳細を!」
「落ち着けって!いいか?まず初めに忠告しておくが、浮わついた気分でトラオームに足を踏み入れたら命は無いと思った方がいい。ろくな準備もせずに骨になった転生者を何人も見てきた。ゲームとは違う。復活魔法もセーブポイントも無い。それだけはしっかりと頭に叩き込んでおけ」
黒野さんは真剣な顔つきで忠告し、僕が冷静さを取り戻したのを確認した後、顔を綻ばせた。
「だが、それさえ弁えてれば最高に楽しい国だ。治安は悪い。住民の質も、良いとはいえない。それを補って余りあるほどの夢とロマンに溢れてるんだよ、あの国は。
思い出すな…ぺーぺー同士でパーティーを組んで、薬草採取や食材調達に明け暮れて、小金を稼いで初めて武器を買った時のこと…。
転生者のステータスボーナスのおかげで狩りを次々成功させて調子に乗ってたら、罠にかかって負傷したあげくデッドリーサーペントに襲われて死にかけたこと…。
窮地を救ってくれた可愛いヒーラーの子に思いきって告白したら、実は百歳越えのエルフだったこと…。
おまけに旦那と子供までいるって知ってその夜ひっそりと泣いたこと…。
やるせなさをバネにダンジョンに挑んだら、レアアイテムにレアドロップ品を次々と獲得できて、一気に小金持ちになってパーティー皆で贅沢三昧したこと…。
全て昨日のことのように思い出せるよ。夢物語か妄想のような現実を、この身で体験できるんだ。震えたよ。久しぶりにダンジョン制覇してみたくなったなぁ。色々と片付いたら足を運んでみよう」
話を聞いていた僕の目は光線が出てるんじゃないかってくらいキラッキラしていたと思う。心臓が高鳴るのを抑えきれない。意味もなく体を動かしたくなる。
あぁ、すごいワクワクしている。思考はもはや冒険のことしか考えられなくなる。今すぐ大声で叫びたくなる。自然と顔が綻ぶ。この感情を、うまくコントロールすることが出来ない。早く、一刻も早く、世界を旅して見て回りたい!
「はは、少し効きすぎたかな?そんなに楽しんでもらえるとこっちとしても本当に話した甲斐があるってもんだ。さてと、そろそろ本題だ。タダヒト、俺と一緒に世界を回ってみる気はないか?」
思いがけない提案に一瞬思考が遅れる。僕が、黒野さんと共に、旅を…?
「え?そ、そんな…本当にいいんですか?僕、戦闘とか足を引っ張る可能性があるし、まだ冒険者の心得とかも半人前で、金だって持ってないし…」
「そんなこと、俺が構うと思ってるのか?戦闘の腕も知識も俺が鍛え上げてやる。金なら出世払いでいいさ。同郷のよしみだ。頼ってくれて構わないさ」
えもいわれぬ感情で心が満たされる。気を緩めると泣きそうだ。
思えば、神様によくわからない理由で転生を強行され、言葉も通じない中で死にかけて殴られて、ようやく見つけた言葉の通じる地球出身の男はゲス野郎で…心が荒んでいたのかもしれない。
ユティスさんやイーヴェンさん、その他の領民の人々は優しかったけど、あれは僕に恩義を感じていたからだ。もちろん嬉しくないわけではないが、要はギブされたからテイクしているというだけのこと。
しかし、黒野さんは同郷のよしみというだけで無償の善意を僕に向けてくれている。知識も力もあり、優しさも兼ね備えている、まさに頼れる兄貴分のような存在だ。
嬉しい。たまらなく幸せな気分になる。黒野さんは希望の光だ。
「是非、お願いします!精一杯役立てるよう、頑張ります!」
気づけば涙が頬を伝っていた。堪えきれなかった。感情がコントロールできずに溢れだしたのなんていつ以来だろう。
引かれないかな。いや大丈夫だろう。ほら、黒野さんはまだ笑ってる。やっぱり優しい人だ。
「いいね、凄くいい。さっきの冒険に胸を躍らせる時の顔も、今の心酔しきった顔も。じゃあ、そろそろあの赤髪の女、殺してもいいよね?さっきからずっと盗み聞きされてて不快だったんだ」
頬を伝う涙が止まらない。頭が思考を許さない。殺す?誰が、誰を?
「あ、強制同調切るの忘れてた。しかし君、面白いくらいに効くね。おかげで楽しめたよ」
目の前にいたのは、一切の感情を欠落させた表情の男だった。焦点の合わない目は僕のことなど見ていない。恐らく、どこも見ていない。
狂って…いや、壊れている。率直な第一印象だった。これは、もはや、人間ではない。
初めて魔物に遭遇して、命を弄ばれた時以上の本能的な恐怖が体を支配する。
「出てきなよ、聞き耳立ててるのは気付いてるんだからさぁ」
男は抑揚のない平坦な声で、独り言のように呟く。
ダメだ、こいつは魔物使いとは違う。出てきたら、殺される!
「来るな!逃げろ!」
精一杯の力で叫び、男に殴りかかる。瞬間、ぼそりと呟く男の声が聞こえた。
「―地の嫉妬―」
振り上げた拳が男を捉えることはなく、気付けば地面に磔にされていた。いつ倒れたのかすらわからないまま立とうとするが、指一本動かすことすらままならない。
地に顔を擦り付けて何とか前方を見やると、一人の女性がそこに立っていた。
「ユティス…さん…逃げ…」
「断る。民を見捨てて逃げるなど、領主の名折れだ」
ダメだ。こいつは、こいつには勝てない。何故か分かったんだ。本能が、魂が、この生き物には勝つことが出来ないと告げているんだ。
頼むから、逃げてくれ!
心の叫びもむなしく、ユティスさんは双剣を鞘から抜いた。
壊れた男が、笑った気がした。




