第十五話 才能という反りたつ壁
異世界の朝は早い。もっと言うと、ユティスさんの朝は早い。
「いつまで寝ているんだ。鍛錬を始めるぞ」
寝ぼけ眼をこすって起きるとそこにいたのはご存知ユティスさん。異世界にはプライバシーなどというものは存在しないのだろう。さも当然のように部屋にいらっしゃった。
未だにぼんやりする頭と重たいまぶた。僕の体内時計は、現在時刻はおよそ四時くらいと判断する。あと二時間は寝ていてもいいだろう。
「もう少し経ったら起こしてください」
注文をつけて掛け布団を深くかけ直す。二度寝は文化だ。なんでこのだらだらとまどろんでる時間ってこんなにも充足感を得られるものなのか。普通に寝るだけでは満たされない睡眠欲がだんだんと満たされる感覚―――あぁ…しあわせ。
「ほう…この腑抜け具合では寝ずの番が必須な冒険者は務まりそうもないな」
急速に脳にかかるモヤが晴れていくのを感じる。
「これでは、野宿していたと思ったら魔物の餌になっていた…という末路が透けて見えるな。だが苦痛を知らぬ間に死ねるなら幸せなのか」
これはあれだ。授業中に眠くて眠くて仕方なかったのに、先生に指名された瞬間に一気に眠気が吹っ飛ぶやつ。もしくは時計の針を見たら遅刻するかしないかのギリギリの時間だった時にハッとするやつ。やる気スイッチだ。
なんで普通に寝ようとしてるんだ!異世界三日目、冒険に向けた鍛練の日々が始まったばかりじゃないか!
「いやいやいまのウソ!いきましょうやりましょう鍛錬!はい着替え完了!走り込みですか?剣の打ち合いですか?それとも座学ですか?とにかくやりましょう!」
「なんだ、やればできるじゃないか。まずは走り込みだ」
「イエスマム!」
領主邸を飛び出して例の鍛練広場に向かう。昨日決意を新たにしたばかりなのだ。二度寝に興じている暇はない。
まだ日が出て間もないというのに、村の中は既に活動している人が多数いた。昨日の鍋パーティーで知り合った人がいたので、挨拶がてらいつもこんなに早起きなのかと尋ねると、今日は商人と移住者がくるから歓迎をかねた準備をしているとのこと。
足を止めていると鬼教官にどやされそうなので、雑談をそこそこで切り上げて走り込みを開始する。早々にバテた。素早さは上がってるけど、スタミナとかは上がっているのだろうか。
「わーい!お兄ちゃんに勝ったー!」
いつの間にか合流していた、どこまでも天使で悪魔なミトちゃんが、へばる僕を無邪気満点で追い越して走ってゆく。筋力でもスタミナでも負ける僕の明日はどっちだ。
「なに…この世界でも…幼女は不自然に強かったりしちゃうの…?」
「言ってる意味がよく分からんが…あの子は魔力を扱う才能に長けている。体内の魔力に干渉することで、まだ未熟な身体能力をある程度は補うことができる。一人で森にいって木の実や野菜なんかを採ってこられるのも、魔法の才能あってこそだ」
魔力万能かよ!それって魔法力が高ければ高いほど他のステータスに割り振れるってことか?いや、バフスキルを自分に掛けられるってことなのか?
どちらにせよ、ミトちゃんに純粋な身体能力で負けているわけではないと分かって安心したよ。………でもこの世界の身体能力って、そもそも魔法力込みのものなのでは……この思考はやめよう。悲しくなるだけだ。
「師匠!魔法力を鍛えるにはどうすればよいのでしょうか?」
「ひたすら研鑽あるのみだ。身体強化をする場合は、体内の魔力を循環させる速度、魔力の密度などによって、どれだけ強化するか、またどれくらいの時間強化していられるかが変わる。下手な者は魔力を滝のように使っても少しの恩恵しか得られないが、研鑽を積めばごく少量で長時間強化していられる」
いや、その…身体強化の方法はいいんだ。もっと根本の、魔法力とはなんぞやっていう部分が知りたいんだよね。
「あの…僕、前にも言ったけど魔法力0なんですよ。まずそこからどう鍛えればいいのかが分からなくて…」
ユティスさんはそっと目を逸らした。なにそれ傷つく。
「………呼吸の説明をしろ、と言われてもな…」
傷ついた!
「え?お兄ちゃん魔力持ってないの?村ではそんな人いないよ?」
傷口に塩を塗りたくって、さらにもうひと刺ししていくのはいつの間にか隣にいたミトちゃん。残念だったな、致命傷だ。
「鍛えればどうにかなるはずなんだ…。今はまだ呼吸すらできない…いや、眠ってるだけさ。目が覚めたらそれはもうとんでもない魔力が溢れ出すはずなんだ…」
現実逃避して致命傷を癒す。僕は前の世界でよく寝坊をしていたからな。異世界に来たけど体がまだ追い付いていないだけなんだ。まったくこのねぼすけさんめ。ははは。
「そうなんだ!じゃあミトが目覚めさせてあげるから両手出して!」
まさかの師匠交代。鬼教官に代わりまして幼女教官。なんだこれ。アメとムチ。鬼と幼女。
とにかく言われた通りに両手を突き出す。イメージとしては、魔法を両手の先から発生させるように。
すると、ミトちゃんは僕の両手を握った。ミトちゃんは僕の両手を握った。ミトちゃんは僕の両手を握った。恋人繋ぎだ。
あぁこれは完全に事案ですねぇ…『目覚めさせる』ってそういう…いや僕はけしてそっち方面に興味はないので睨まないで下さいユティスさん。手を出したけど手出ししてはいません!手を出されたんです!なんだこれ。
「うーーーん…ダメだ。魔力流れていかないよ」
どうやらミトちゃんは僕に何かを注ぎ込もうとしていたようだ。立場が逆だったら完全に…やめよう。
「そんなことあるのか?どんな人間でも魔力は持っているはずだが…」
「なんかね、どうしても流れていかないの。コップに水がいっぱい入ってるのに水を入れようとして溢れちゃうみたいに」
聞くと、魔力の循環が下手な人にはこの方法で直接効率の良い循環方法を教えられるのだという。才能のある子は独りでに出来るようになるが、そうでない子は親や友達にこの方法で体内の魔力の操作方法を教わるのだそうだ。
「にわかに信じられんな。私もやってみよう」
そう言ってユティスさんは僕の両手を……両手首を掴んだ。あ、それでも大丈夫なんですね。いや期待とかしてませんし。
「………確かに、塞き止められるような感覚だな。拒否されている…いや、そもそも魔力が流れる場所が無い、のか?」
診断結果は変わらなかった。セカンドオピニオン失敗。僕のからだの寝坊癖はなかなか治りにくいみたいだ。
「わかった!お兄ちゃん、魔法の才能が全然な」
「あぁ今日は本当に良い天気だなぁ!!じゃ、休憩も終わったことだしもうひとっ走り行ってくるかなぁ!!」
致命傷をはるかに上回るオーバーキル攻撃が飛んできたが、僕は走り込みを強行することで事なきを得た。無邪気さ余って無慈悲百倍。子供はどこまでも残酷になれるのだなぁ。
それからは一心不乱に走り続けた。異世界に来てから生活の三割位をマラソンに費やしている気がする。
昼休憩の際に差し入れでもらったエレファンボアーの串焼きに舌鼓を打ちながら、ステータスを改めて確認したところ素早さが1上がっていた。それだけだった。……成長限界とかあるのだろうか。もしあったとしたら…やめよう。今日はネガティブな発想ばかり出てくるなぁ。もっとポジティブにいこう。大器晩成なのだ、と。
希望と絶望のせめぎあいを頭のなかで繰り広げていると、度々話題になっていた商人とやらが到着した。二台の馬車には移住者と生活必需品の類いが積まれているようだ。村人総出で荷物を運び出している。
馬車から降りてきた、いかにも商人といった風の小太り男性がユティスさんとイーヴェンさんを相手に話し込んでいる。後ろには移住者と思われる方々が十数名ほど。辺鄙な村にこれほど移住者が来るとは、よほど王の圧政は民を苦しめていると見える。
イーヴェンさんと商人風の男性は移住者を引き連れて新築の家へと向かっていった。走り込みは一旦中止して少し話を聞いてみようとユティスさんに近付いたところ、馬車から立派な身なりで立派なあご髭を蓄えたナイスミドルが降りてきてユティスさんに話し掛けた。
「いやぁいつ見ても素晴らしい輝きを放っているねぇ。美の極致といっても過言ではない。頬擦りさせてもらえませんか?」
綺麗すぎるほどの回れ右で僕はその場を後にした。あの人にはあまりかかわり合いになりたくないと直感が告げたんだ。さすが異世界、変態紳士も完備ときた。…まぁ、放っておいてもユティスさんなら傷つけられるなんて事にはならないだろう。
さて、することがなくなった僕は何をしようか。とりあえずは村の人たちと一緒に荷物を運び出す仕事でもするか。力仕事で体を鍛えて善行ポイントも稼げたら言うことなしだ。
「なあ、ちょっといいか?」
考えを纏めたところで背後から声をかけられた。
振り向くと、茶髪を遊ばせている二十歳位の男性がにこやかな笑顔を浮かべていた。はて、誰だろう?こんなイケメンは鍋パーティーでは見なかったと思う。
「私ですか?何かご用でしょうか?」
僕は初対面の人にあまり馴れ馴れしく出来ない人間なのだ。特に、こんないかにもクラスの中心人物的な人には少しへりくだってしまう。なんなんだろうねあの行動力。畏敬の念を抱かずにはいられないよ。
途端に違和感に気付く。ファンタジー世界に慣れきっていた僕が、彼を見た時に何か変な感覚がしたのだ。
この世界で彼は浮いているのだ。何かが間違っているようでいて、むしろ間違っているのは僕なのではないかという変な錯覚に陥る。なんだ…彼は、何だ?背筋に寒いものが走る。
「おっと、こりゃ警戒されてる?でも…うん、ハズレじゃ無さそうだな。とりあえず、自己紹介をするよ」
なにやら呟いて、彼は握手を求めるように手を差し出した。
「俺の名前は黒野 勧。お前と同じ日本人だよ。まぁ、元、がつくけどな」
あぁ、違和感の正体はこれだ。どうりで彼を見た瞬間に日本のことを思い出したわけだ。前世で見ていた普通は、この世界では異質でしかない。
納得すると同時、体に緊張が走る。…彼も転生者だ。一昨日の、あの下卑た存在が脳裏を過る。
この男は…敵なのか、味方なのか。




