第十四話 発動、満を持して
地獄の走り込みから数十分。日が傾きかけてきたので、震える足腰に本日何度目になるか分からない渇を入れて立ち上がり、村の中心まで戻る。
どうやら森へ魔物の肉を捕りに行っていた男衆が戻ってきていたらしく、大掛かりな食事の用意が行われていた。見れば魔物使いが大量に呼び出していた猪…エレファンボアーが回収されていた。
普段は魔物を刺激しないよう狩りをしないため、肉料理は非常に珍しいようだ。子供も大人もおおはしゃぎしている。
これは後で聞いた話だが、熊ゴリラ…ベアーコングの肉は固いうえに不味くて食べられたものではないらしい。皮のみ回収されていた様だ。
「おっ!戻ったか兄ちゃん!わりぃが手伝ってくれや。思ったより大量の肉なんで予定がちと遅れててな。水汲んで鍋まで運んでくれ」
いくつかの大鍋をセットしているイーヴェンさんが通りかかった僕にバケツを放る。これはまた足腰をやられてる僕に対して酷な仕事を…。いや、働かざる者食うべからずだ。文句なんて言いませんとも。
川に水を汲みに来ると、そこかしこで食材の下拵えや食器の準備をしている人たちがいた。村を挙げてのお祭りみたいな雰囲気だ。なんか、いいねぇこういうの。林間学校を思い出す。料理できる奴が目に見えて張り切り出すんだよなぁ。
観察もそこそこにバケツに水を汲む。モタモタしてたらイーヴェンさんにせっつかれそうだ。八分目くらいでいいかな。…おっ、これはなかなか重いな…良い修行になりそうだ。
「あ、お兄ちゃんも水汲みに来たの?かけっこの練習は終わったんだ!」
天使な顔して悪魔のように心を抉るのはお馴染みミトちゃん。かけっことはなんだ。鍛練と言いなさい。
「ま、まあね…。この村にはしばらくお世話になるつもりだから、これくらいの手伝いをしないとバチが当たっちゃうよ。それにこれ、体鍛えるのにちょうど良いしね。修行みたいなものかな」
「わー!ミトも修行するー!」
ミトちゃんははしゃぎながらバケツをもって川へ駆けていく。あんま無理するなよーと声をかけて先を急ぐ。そしてすぐ、僕と同じバケツになみなみと水を汲んだミトちゃんがすててーっと僕の脇を駆け抜けていった。
…………た、鍛練で疲れてるから負けただけだ。そうだ、そうに違いない。そうだと思わないとちょっと心がポッキリいってしまう。
結局、水汲み一往復でへばった僕は、鍋の火力を管理する役に回った。逃げではない。適材適所だ。量才録用だ。
「おおーっ!」
歓声があがっている方を見やると、男たちが鍋に向かって投げた肉塊を、飛ぶ斬撃で細切れにするユティスさんの姿があった。心なしか得意そうな顔をしている。子供たちがもう一回と催促している。あ、ちょっと口角が上がってる。演技忘れてますよ領主様。
その後、出来上がったぼたん鍋もどきを村の皆で頂いた。味は文句の付け所が無いくらいに美味しかった。昼間のパンとスープもあまりの不味さに感動したけど、ぼたん鍋は肉の味もさることながら、野菜とスープもしっかりと味が染みていて、地球のものとなんら遜色ない仕上がりで感動した。
作業過程で仲良くなった男性曰く、魔物の肉は種類によっては調味料要らずの便利食材になるとのこと。異世界料理の奥深さの一端を垣間見た気分だった。
楽しい時間はあっという間に終わり、僕たちは片付け作業に入っていた。この頃になると声をかけてくれる村の人達が増えてきた。どうやら昨日の転移直後の四つん這い謎言語絶叫事件が尾を引いていて、声をかけづらい人が多数だったという。そりゃあ言葉が通じない人に積極的に声をかけてみようとは思わないよね。
出身や、何故言葉が分からないふりをしていたのかと質問されたときはなんと答えようか迷ったが、側にいたユティスさんが適当にはぐらかしてくれて事なきを得た。本当にお世話になりっぱなしだ。
そして粗方の片付け作業が完了し、日も落ちて皆が自宅へと戻っていくなか、一つの疑問が発生した。
僕、どこで寝れば良いの?
「新しい家を一軒貸してくれだぁ?まあ一日だけ凌ぐ分には構わんが、明日商人が新しい住民を連れてくるからすぐに出ていってもらうことになっちまうぞ?それにベッドも無ぇから寝心地は最悪だ。あ、俺んちは鍛冶道具で部屋が埋まっちまってるから無理だ、わりぃな!」
頼みのイーヴェンさんはそんな調子だった。まあ当然と言えば当然か。部屋が一つしかないから野郎と同じ部屋で寝ることに…是が非でも遠慮したいな。
「あら、それなら私達の家に来ませんか?部屋はうちの娘と一緒になってしまいますが…話し相手になってくだされば助かります」
そう提案してきたのはミトちゃんのお母様。いや娘さんと同じ部屋って……つまりミトちゃんと同じ部屋ってことだよな。いやなに提案してんのお母様!?うわ、すごいニコニコ顔だ…美人だ…じゃなくて!怖い、人妻怖い。でもそんなお母様も…ううむ…。
「ああ、その心配はいらない。タダヒトは私が冒険者としての知識などを教え込む必要があるので領主邸に住まわせるつもりだ。タダヒトに強く要望されてな。領主邸なら部屋も余っているし、窮屈な思いはさせないですむ。それでいいな?タダヒト」
話に割り込んで強引に僕の処遇を決定するユティスさん。いや、異論はないですよ、はい。あの、肩に置いた手の力ちょっと強くありません?心配しなくても十歳位の女の子襲うほど飢えてないですよ僕?
「…………そういうことですか。なら仕方ありませんね。勉強やお稽古に疲れたらいつでもいらしてください。ミトも喜びますので」
「いや、タダヒトは冒険者として世界を回るのが夢なのだ。そのためにはあまりのうのうとしていられない。短時間で教えられることは全て教えねばならない。遊びにいく時間は無いものとして考えておいてほしい」
「……ふふふ。わかりました。それでは、おやすみなさい。領主様、タダヒト様」
お母様はなんというか…去り際も妖艶だ。
それにしても、少しくらいなら遊びの時間を用意してくれても…という心の声を読んだのか、手の力がまた少し強くなる。いや、だから手を出すつもりなんて無いですよ、ほんと!
「帰るぞ」
若干刺のある口調に聞こえるのは気のせいだろうか。あんまりつんけんされちゃうとリーサルウェポン(交渉スキル)を使わざるを得ない。
そして帰ってきました領主邸。ユティスさんは、今日は疲れただろうから早く寝ろと一言告げると自室へ戻っていった。
うん、確かに疲れたよ。でも、お楽しみはここからなんだなぁ…。
「ステータスオープン」
心の中で念じるだけで出てくるんだけど、鍛練の成果を確認してみたい気持ちが逸ったのか声に出してしまう。ピキーンというお馴染みの音が頭に響いて情報が映し出される。
Lv 1
攻撃力 15
防御力 9
素早さ 31
理解力 19
魔法力 0
魔防力 0
所持スキル
言語理解 早着替え 交渉術 家具に足の小指をぶつけるのを未然に防ぐ
称号
異世界人 善人 力無き正義 引き弱 身の程知らず ` . -
善行ポイント 15pt next 85pt
やっぱり、鍛えれば鍛えるほど数値は即座に反映されるようだ。どれどれ…攻撃力と素早さがそれなりに上がって、防御力と理解力が微上昇、魔法関連は据え置きか…。思ったよりも渋い上がり幅だな…。
でも素早さが30の大台に乗ったな。次点の理解力と10近い差があるのはなかなか優秀なことではないのだろうか。これだけ素早さが高いということはやはり走り込みが有効だったのだろうか。
だとしたら攻撃力は筋トレすればいいのか?防御力は…これも筋トレ?でも筋トレでついた筋肉と、痛みを受けて育てた筋肉とでは打たれ強さに差が出るとか聞いたことがあるな…。こういうときにネットで検索できれば便利なんだけど、無いものはしょうがないか。
理解力は勉強すれば上がるのか?それとも単純にこの世界の知識を知れば良いだけなのか…不明な点が多いな。
でも一番不明なのが魔法関連だ。どうやったらあがるんだよこれ。もしまた神様に会う機会があったら聞いてみよう。
お、善行ポイントが少し上がってるな。これは…村の手伝いをしたからか?あの程度で上がるならこの村に滞在してるだけでもう一つくらいスキルが貰えそうだ。
そしてまた嫌な称号が増えてる…。
身の程知らず― 立場や能力を弁えられぬ者。その者の末路は想像に難くない。矮小な器は、それを誤魔化すためにより多くを欲するのだろうか。
毎度やかましいわ。
やっぱりあの程度の練習じゃ新しいスキルを獲得してるわけないよなぁ。剣術スキルがLV.1でもいいから欲しかったな。今の僕は攻撃スキルが貧弱過ぎる。何だよ、家具に足の小指をぶつけるのを未然に防ぐ能力って…。
……………試してみよっかな。
家具に足の小指をぶつけるのを未然に防ぐ LV.10 ありとあらゆる物理法則を捻じ曲げてでも家具に足の小指をぶつけるのを未然に防ぐ。
改めて説明文を見てみる。『ありとあらゆる物理法則を捻じ曲げてでも』という魅力的なワードから『家具に足の小指をぶつけるのを未然に防ぐ』というゴミ用途。ほんとあの時の僕はどうにかしていたんだ。
……ベッドは、家具だよな。
右足の小指がベッドに軽く当たるくらいの蹴りをする。自分の意思とは無関係に蹴りが逸れた。おお、なるほど。こうなるのか。
いや、今のは自分から無意識に避けたとか?今度は少し強めに蹴ってみる。明らかに蹴りが逸れた。これが物理法則をねじ曲げるということなのか?いやぁもっと先があるはずだ。
今度は思いっきり蹴飛ばす勢いで小指をぶつけようとした。薬指をぶつけた。
「んあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁおおおぉぉぉごおおおおおおおぉぉぉぉほぉっ!ほぁっ!がああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
折れた!絶対折れた!痛い痛い痛いあああああぁぁぁ!!
「どうした!!何があった!!無事か、タダヒト!!」
物凄い剣幕で部屋に飛び込んできたユティスさんは、足の指を押さえてジタバタしている僕を見て、その目を徐々に冷ややかなものにしていった。
「何を…しているんだ」
「足の指を…ベッドに…ぶつけて…」
「…それだけか?」
「……はい」
「し、心配させるな馬鹿者!!」
バンッッ!!と凄い音と共に扉が閉められる。いつか見た光景だ。あの扉はいつかぶっ壊れるんじゃないか。
数秒後、ユティスさんは再び部屋に入ってきた。未だにうずくまって呻いてる僕の足の患部に手をかざすと、白く淡い光が迸った。なんだこれ、ふわふわする。
気付いたら薬指の痛みが消えていた。これは回復魔法か!便利なものだ。ありがとうございます、と礼を言う。
「…フン」
鼻を鳴らして出ていってしまった。呆れたか、怒ったか、どっちかだよなぁ。明日もう一回謝ろう。そしてこの糞みたいなスキルは封印しよう。




