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神様に「やめじゃ」と言われて最底辺転生  作者: TKG
第一章 始まりは最底辺
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第十三話 密かな決意

 死ぬぞ、という言葉に対する答えを返せないでいた。軽率に答えたら一生後悔しそうな気がしたからだ。いや、ここで適当な答えを出すような心構えしか持てないようならば、恐らく後悔する暇もなく野垂れ死んでいるだろう。


「タダヒトにとって冒険は、命よりも大事なことなのか?」


 未だ口を開かない僕に対して更なる言葉が掛けられる。

 命か。一度失っているのだから今更惜しくないだろうと言われれば、答えは否だ。命があるなら、心の赴くまま貪欲に生きたい。


「僕の前いた世界って…色んなモノに溢れてたんです。数え切れないほどの娯楽に、ここでは考えられないほどの豪華な食事。家もこんな簡素な造りじゃないし、暑さ寒さも楽に凌げる技術もあった。


 飢えも無ければ、安全を脅かす魔物なんていなくて、最低限の仕事さえしてればおおよそ生活に困ることなんてない、ここの人達から見たらまさに夢のような世界だったんだと思うんです。


 …でも、どこまでも贅沢というかわがままというか…飽きてしまうんですよ。満たされ過ぎてて。大半の人間は、ある程度出来上がってる社会の一部になるしかなくて、それを退屈だと感じる人もいるんです。…僕もそうでした。


 普通に生きるよりも、人が創り出した妄想の世界のほうが魅力的に見えたんですよ。もちろん現実と妄想の区別がつかなくなるなんてことは無かったですけど…こんな世界があったらいいなぁって、ちょっとハマっちゃうくらいで。


 そしたら、なんの因果か、いきなりそんな世界で暮らせるって言われて…今でも夢なんじゃないかと思ってます。この世界は、僕が今まで見てきた漫画やゲームそのものだし…。実は事故の影響で意識不明になっている僕が見てる夢だった、なんてオチだったらむしろ納得するかもしれません。ああ、やっぱりそんなもんだよなぁ…って


 でも、たぶんそんなオチじゃない…いや、そんなオチだったとしても、今、こんな夢みたいな世界にいるんだ。…楽しみたい。色んな国を見て回りたい。魔法とか使ってみたいし、見たことない食べものとか食べ比べてみたい。


 …そんな楽しいことばっかりじゃなくて、戦争も魔物の脅威もある。命の保障なんて無くて…言われた通り、死ぬかもしれない。それでも、やっぱり冒険してみたい。


 …たった二日で何度も死にかけたり、訓練程度でへばってる奴が何を…って思うかもしれない。反論なんてできない。…理屈じゃないんだ。たぶん、自分でも止められない。命は惜しい。けど、この村でじっとしてるなんてことは、出来ない」


「…………そうか」


 話した内容の全てが伝わったわけではないだろう。腑に落ちないことの方が多いだろう。それでもユティスさんは文句の一つもつけずに聞いてくれた。一言短く告げると立ち上がり、去ってゆく。


「今日の訓練は終わりにする」


「え、でも…」


「過労で倒れたら鍛える以前の問題だ。無理の無いよう訓練内容を調整する。…もう引き留めはしない。明日からは少し厳しくいく。…借りを返すんだろ?簡単に死ぬな」


 ……成り行きとはいえ、本当に世話になってばかりだ。貸し借りなどと交渉スキルが勝手に言い出したことだが…絶対に借りは返そう。心に誓って


「ありがとうございます」


 感謝を述べた。


 ユティスさんは歩みを止め、数秒じっとしていたが、また歩きだした。


 さて、僕は剣術も筋力も子供並み、魔法の才能はそれ以下、スタミナがようやく人並み程度のまさしく最底辺だ。おまけに子供と違ってゆっくりと体を鍛えている暇なんてない。のんびりしてたらすぐに冒険者適齢期対象外になってしまう。


 頑張らなければ!そう気合いを入れ直した一日であった。





 ☆☆☆



 不思議な人でした。


 初めて会ったときは、ひどく醜く見えた。涙と鼻水で汚れた顔は嫌悪しか誘わない。その後の態度も私の神経をひたすら逆撫でするようなものでした。

 ただ、その件については、悪意ある者のせいで多大な誤解が生じており、本来私が下すべき評価と食い違いがある。と言ったところで言い訳か。咄嗟に手を出してしまったことは今でも悔やんでいる。


 そんな最低な出会いだったからこそ、次の、そしてまた次の再会のときの印象が鮮烈に焼き付いたのかもしれません。



 彼の顔を殴り、村へ来いと言って自宅に戻ってきたあと、言葉が通じないことを思い出して内心慌てていた。

 また森で魔物にちょっかいをかけていたら…いや、さすがになぜ殴られたかくらいあの男は理解しているはず…危険な森をうろつけないならば村へ戻ってくるはずだ。


 そんな事を頭の中で考えている暇があったらすぐに戻るべきだった。商人が来るのは二日後で、新しく来る住民は商人が連れてくる。そしてイーヴェンさんの『突然そこにいた』という不可解な証言。事の異常性にはやく気づくべきだった。頭に血が上っていてそんなことにも気が回らなかったようだ。


 彼は何者なのか…王の派遣した偵察?他国の間者?言葉が通じなくてもまずは捕まえて…という結論に至ったときに、家の扉が乱暴に開け放たれた。

 そこにいたのはミトちゃんを脇に抱えたイーヴェンさんだった。そんな様子を少しからかおうとして―切羽詰まった顔を見て改める。なにかが起きた、そう理解させるに充分な程に焦燥感に駆られている様が見てとれた。


「何があったか、簡潔に」


「さっきの兄ちゃんが森へ行った!」


 ギリっと奥歯を噛み締める。苛立ちが再燃したところだったが、次の言葉で我に帰る。


「お姉ちゃん!あのお兄ちゃんを助けて!ミト、助けて貰ったの!ベアーコングにお団子あげてもダメだったの!殺されそうになったところをあのお兄ちゃんが―」


 最後まで言葉を聞かずに駆ける。魔力を足に込めて跳躍し、家を飛び越え村を出る。エレファンボアーの牙撃で出来た破壊の跡を通りすぎた辺りで森の木々が倒壊する様が目にはいる。


「あそこか!」


 更に魔力を込めて森へと突き進む。木々が無惨に薙ぎ倒された破壊の痕跡が見えはじめた。自然を愛する彼らがここまでするとは…ベアーコングは相当怒り狂っているのだろう。

 しかし、ここまで森を荒らされたら他の魔物も興奮して最悪の事態に…と思ったところで気付く。魔物どころか他の動物が一切見当たらない。異常すぎる!何が起きてるんだ!



 ポコポコポコポコ―――


 軽快な音が森の中を木霊した。ベアーコングが仲間を呼ぶときに発する音だ。まずい!直感して駆ける。草木を掻き分け、音のした方角へ最短で向かうとそこにいたのは二人の人間と一匹のベアーコングだった。一人はさっきの青年で、もう一人は傍らにベアーコングを侍らせて醜い笑みを浮かべている。

 息を潜めて様子を窺う。



「ふはっ!くははっ!お前なにそれ!何で人を殺せるんだって、ほんと、なに?転生してから正義にバリバリ目覚めちゃいました的なやつなの!?やめて、マジそういうのツボだから!はっは!あぁわかったよお前、善人すぎて見捨てられちゃったんだろ?ぶふっ!最高だよお前!ギャグセンスの塊な!千年に一人の逸材な!笑いの神だったらお前のこと見捨てるはず無いのにな!あっはっは!」


 聞こえてきたのはそんな会話だ。話の全貌を知っているわけではないが、男の態度と言葉遣いだけでこの男が元凶だと理解させられた。対する青年は、先ほど見た顔とはうって変わって冷静な…いや、冷酷ささえ感じる瞳をしていた。とても同一人物とは思えず、背筋が震えた。


 その後も男は胸くそ悪い話を続ける。村を滅ぼそうとしていたことを楽しそうに語る様を見て、自分の怒りが抑えきれなくなるのが分かる。この男は許せない―――



 怒りのままに剣を振るったが男には逃げられてしまった。未熟さを痛感しつつも青年に感謝と謝罪を述べると、青年は気絶してしまった。よほど体を酷使したのだろう。回復魔法をかけた後に村まで担いで運ぶ。この人はミトちゃんの、そして村の恩人だ。


 村の入り口ではイーヴェンさんが出迎えてくれた。青年のことを担いでいる私の姿を見て、もしどうやってここまで運んできたか聞かれたら、俺が運んだっていうことにしろと言われた。男の矜持が云々と言っていたがよく分からない。


 そもそも言葉が通じないと言ったら、身ぶり手振りを教わった。こんなので伝わるのかと問い質すと、多分大丈夫という返答。相変わらず適当な人ですね。


 青年は私の家に泊めることになった。領主邸は使ってない部屋もあるので不便は無かった。

 翌日の朝、青年が起きた気配がしたので、非常に恥ずかしかったが早速身ぶり手振りを披露した。体はどうだ?具合の悪いところはないか?腹は減ってないか?


 ………………やっぱり伝わらないじゃん…イーヴェンさんのあほ。うーん…どうしよ…


 そんな時だった。彼はあろうことか、口説いているとしか思えない発言を真顔で言ってきた。一瞬理解が及ばなかったが、意味を理解すると同時に顔が熱くなる。バカじゃなかろうか!この男はっ!


 その後は何を言ったかあまり覚えていないが、再度様子を見に行ったらまた口説かれたのは覚えている。なんだあの男は!私の理解の範囲外だ!イーヴェンさんに頼らないと!


 渋るイーヴェンさんを無理やり連れてきてあの男のところへ戻ると、彼の対応は恐ろしく丁寧なものに変わっていた。誰だお前!

 タダヒトと名乗った彼はその後も礼儀正しくイーヴェンさんと会話を続ける。なんという演技派だ。ほんとに他国の間者か何かではなかろうか。あっけなく篭絡されたイーヴェンさんは私を置いて出ていこうとする。薄情だ!なりふり構わず引き留めるも徒労に終わる。


 ああ、またこの軟派男と二人きりに…と思ったのも束の間、タダヒトはさっきの軽薄な態度はどこへやら。こちらが申し訳なくなるくらい丁寧な言葉遣いで話を進める。二重人格?まさか別人?……さっきは寝ぼけてただけだ。そういうことにしよう。そういうことにした。


 その後も彼には驚かされた。まず着替えが早かった。早いなどというものではない。いつの間にか着替えていた。衣擦れの音すらしなかった。物理的に可能なのか?

 更には貧相な飯を大層感動しながら食べていた。手が震えている。見ていて飽きない人だ。


 その後は色んな話を聞かれるままに話した。何が面白いのか、彼は目を輝かせながら聞いていた。やはり転生者はこの世界の何もかもに惹かれるらしい。よく分からない感覚だ。そして不意打ちで口説かれた。吟遊詩人でも口にするのを躊躇うような言葉の数々を真顔で口にする。


 心臓が痛い!顔が熱い!逃げるように家を飛び出した私は再びイーヴェンさんに助けを求めた。怒鳴られたが無理やり連れ出した。あの男と二人きりになるのは耐えられない!


 次に会ったとき、彼はミトちゃんの母親に見とれていた。……随分と私との接し方と差があるじゃないか。ふん。


 イーヴェンさんが下世話な話で盛り上がろうとしているので注意を促すと、馬鹿にしてきたのでスネをうち据える。この世には言ってはいけないことがあるんです。


 ぼさっとしてる彼に事情を告げ、木刀を渡して鍛練に誘う。なぜか今の彼なら二人きりでも大丈夫な気がした。



 ……本当に彼には驚かされる。こんな身体能力で冒険者になりたいなんて、ただの自殺行為じゃないか!

 私は心からの善意で冒険者をやめてこの村で農民になることを勧めた。彼がこの村で農民になれば、彼がこのまま旅に出ることもなくなり……なんだろう?今の気持ちは?…まあいいや。


 結果、猛反発された。あげく私に指導の腕がないなんて…もう怒った。

 王都の騎士団連中の訓練内容の二倍近い走り込みをさせるという意趣返しをしてやった。まあ、実際防具も何も着用していないので、辛さはそこまでではないはずなのだが…彼からすれば相当な負担だったのだろう、情けなくへたり込んでしまった。

 そんな彼の姿を見て、少しばかり意地悪をしてみたくなった。私に恥をかかせたささやかなお返しだ。


 少し休憩したらまた再会するということを告げると、予想通り必死に反対してきた。焦る顔を見ていると、なんか少し胸がすく気分になる。いつから私はこんなに性格が悪くなったんだろ。

 調子に乗って、この程度でへばるなら冒険者はやめて農民になった方がいいと更にからかうと、彼は嫌だと言った。すでにボロボロなくせに、もう一度走るとも。


 一転して、気分がもやもやしだした。


 それからは、彼をなんとか冒険者から遠ざけようとした。命の危険をちらつかせた。命よりも大切なことなどないと、惑わせようとした。


 効果はなかった。それどころか、未だ見ぬ冒険に心を躍らせて話す様は確固たる決意を感じさせた。けして揺らぐことはないのだろう。


 ああ、馬鹿なことをした。私が悪者みたいだ。なんだろう、胸が痛い。良心が痛んでるのかな。


 …見たことがあったじゃないか。あのけして揺るがぬ意思を持った瞳を。


 私が、この国について語っているのを聞いていたときの目、先程、未だ見ぬ冒険に心を躍らせて話していたときの目……両親がよくしていた目だ。


 この世界に降り立ったとき、初めて魔物と戦ったとき、戦争に駆り出されたとき、運命の人と出会ったとき、国から逃げたとき、そして……国を守るため、泣きつく私を置いて戦争に出かけるとき……。

 両親が私に色んな話をするときにしていた目を、彼もしていた。輝かしく、そして危うさを感じさせる目だ。


 絶対に死なせない。ありとあらゆる技術と知識を叩き込んで、けして死地へと向かわせるような真似はさせない。そう決意した。




 だからその夜、村中に響き渡る彼の…タダヒトの絶叫を聞いて―――身が総毛立つのを感じた。

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