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星漢共鳴曲  作者: ふじま
第2章
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第9話 分かち合う温もり

鉄臂城てっぴじょうまでの道のりは思いのほか険しく、日暮れとともに二人は街道を外れた林で野宿をすることになった。浩然ハオランがこの地域に特有の、夜にしか採取できない薬草を求めていたからだ。


「今夜はこのあたりで休もう。玲玲リンリン、体は大丈夫かい?」

「はい! 野宿なんて初めてで、なんだか胸が躍りますわ」

「はは、それは頼もしい。初めての野宿が少しでも快適なものになるよう、準備を急がなくては」


浩然が薪を拾いに闇の中へ消えると、玲玲は一人、荷物の番を任された。だが、甲斐甲斐しく働く彼の姿を思い出すうち、自分も何か役に立ちたいという想いが募っていく。


「これなら、私にもできるかもしれないわ」


玲玲は火打石を手に取り、浩然の仕草を思い出しながら見様見真似で火を起こそうとした。しかし、慣れぬ手つきで何度試みても、虚しく火花が散るばかり。焦るうちに石が滑り、指先を強く打ってしまう。


「いたっ……」

「大丈夫か?」


ちょうど薪を抱えて戻ってきた浩然が、驚いて駆け寄った。

「少し見せてごらん。……ああ、これくらいならすぐに良くなる」


浩然は手際よく手当てを済ませると、一切の無駄なく焚き火をおこし、温かな汁物を作り始めた。

揺らめく炎を前に、玲玲はすすで汚れた己の手を見つめ、膝を抱えて小さく丸くなった。


「私……物語に登場する英傑を支える女人おなごのように振る舞いたいのに。結局、お荷物になるばかりだわ」


浩然は何も言わず、彼女の傍らに琵琶をそっと差し出した。


「玲玲、私には火は熾せても、心を解かす旋律は奏でられない。君の奏でる音色こそが、私にとっては何よりの特効薬なんだよ」


浩然の言葉に促されるまま、玲玲は弦に指をかけた。

夕闇に溶けていく麗弦リーシェンの調べは、一日の疲れを洗い流し、魂を浄化していくような清らかな響きを湛えている。琵琶を抱く玲玲の凛とした横顔を見て、浩然は満足げに微笑んだ。


やがて差し出された器の汁物は、驚くほど優しい味わいだった。温かさが腹の底へ染み渡るにつれ、玲玲のこわばっていた心も、夜の静寂しじまの中でゆっくりと解けていく

「この琵琶は『麗弦リーシェン』といって……幼い頃に亡くした母の形見なのです。母はよく、北極星を仰ぎながらこれを弾いていました。その瞳は悲しげでしたが、同時に、いつかこの音が届くはずの『誰か』を懸命に探しているようでもありました」


その言葉に、浩然もまた遠い記憶に目を細めた。彼の母もまた、彼が幼き頃に世を去っていた。


「私の母は、よくこう言っていた。『心の中に小さな焚き火を持ちなさい。凍えている人がいたら、迷わずその火を分けてあげなさい。……ただし、自分が燃え尽きるまで焼いてはいけない。共に温まるすべを考えなさい。それが、真に矜持ある男のすることだ』と」


浩然が慈しむように語るその教えを聞き、玲玲はたまらず顔を上げると、その矛盾を突くように異を唱えた。


「浩然様……。貴方はいつも、ご自分が燃え尽きて灰になりそうな勢いで、惜しみなく火を配っていらっしゃいますよ?」


浩然は一瞬、虚を突かれたように瞬きをした。それから、己の滑稽さを認めるように、軽やかに肩をすくめてみせた。


「はは、そうかな。だが、路銀だけは一度も尽きたことはないだろう?」


ぱちぱちとはぜる焚き火の音の中、二人の笑い声が夜の闇に優しく溶けていった。



浩然という男は、玲玲が読みふけっていた恋物語に登場するような、完璧な英雄ではない。

けれど、彼女が旅の重圧に押し潰されそうになるとき、彼は何も言わず、当たり前のような顔をしてすべての荷を肩代わりしてくれる。そんな、相手に気負いを感じさせない静かな優しさを持っていた。

兄や北斗派の安否を案じ、玲玲の心に不安の影が差すと、彼は決まっていつもの穏やかな笑顔を浮かべるのだ。


「兄君の元へ辿り着くまでは、私が必ず貴方を守り抜く。だから、どうか安心してくれ」


その言葉に嘘がないことを、玲玲は知っている。そして何より、彼が自分の奏でる琵琶の音色を、誰よりも慈しみ、心から愛してくれていることも。


いつしか玲玲の心には、温かな火が灯るような安心感が生まれていった。

この人は、私のわがままも、人には見せられぬ弱さも、そのすべてを大きな器で受け止めてくれる――。

運命の「大侠」ではないかもしれない。けれど、今の彼女にとって浩然は、何ものにも代えがたい唯一無二の伴走者となっていた。


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