第8話 真実という刃、嘘という薬
紅棗関での数日にわたる粘り強い聞き込みの結果、ようやく有力な手がかりを掴むことができた。
兄の星宇と烈華は一足先に南下し、今は「鉄臂城」に向かっているという。そこは数多の武館が軒を連ね、街の至るところで荒々しい鍛錬の掛け声が響く、まさに武術の聖地ともいえる場所だ。
「鉄臂城は『武術の里』と呼ばれていますものね。兄様たちはそこで遊歴に出ている門弟たちと合流し、戦力を立て直そうとしているのかもしれませんわ」
玲玲の推測に、浩然も深く頷いた。
「その可能性は高い。とにかく私たちも急いで鉄臂城へ向かおう。彼らがそこにいるのなら、再会の時は近い」
二人は期待を胸に、南へと続く街道を急いだ。
しかし、険しい山道を越える旅路は容易ではない。
数日後、ようやく辿り着いたのは鉄臂城とは程遠い、静まり返った小さな寒村だった。
喉を潤すために立ち寄ったその村で、二人は少女から茶の接待を受け、束の間の休息を取ることにした。
彼女の祖父は隣に腰を下ろし、旅人である二人へあれこれと世間話を語ってくれたが、ふと庭に立つ、新緑に覆われた桃花の木を見上げて悲しそうに目を伏せた。
「……私はもう、先が長くありません。次の春、この桃花が咲くのを見ることは叶わないでしょう。せめて孫娘が嫁に行く姿を見届けてやりたかったのですがね」
老人の枯れ木のような手と、傍らで健気に立ち働く少女の姿。その切実な願いを耳にした浩然は、静かに荷物を解くと、一包みの薬を老人の前に差し出した。
「これを飲めば、春にはまたお孫さんと散歩に行けるようになりますよ。今はただ、ゆっくりと英気を養ってくださいね」
浩然はいつもの満面の笑みで、老人の枯れ木のような手を握る。渡したのは滋養強壮の薬――実際には、病を治す力などない気休めに過ぎない。だが老人は、浩然が与えた「希望」という名の薬に、涙を流して感謝していた。
村を離れた後、玲玲はその足取りを止め、厳しい声で問いかけた。
「浩然様……なぜあんな残酷な嘘をつくのですか? 治らぬ病なら、残された時間を覚悟と共に過ごさせるのが誠実というものでしょう。偽りの希望で死を覆い隠すのは、その方の人生に対する冒涜ではありませんか」
玲玲の瞳には、一切の曇りもない。正しすぎるその指摘に、浩然は一瞬だけ苦しげに目を伏せ、それから静かに彼女を見つめ返した。
「玲玲……北斗の星は夜道を照らす道標だけど、時にはその光が眩しすぎて、消えかかった小さな灯火を、一息に消し去ってしまうこともあるんだよ」
浩然の声は、凪いだ湖面のように穏やかだった。
「真実という刃で絶望を突きつけるより、たとえ偽りでも、穏やかな夢の中で最期まで笑っていられるのなら……私は、いくらでも嘘つきになろうと思う」
玲玲は言葉を失った。自分の信じる「正しさ」が、時に凍てつくような冷徹さを含んでいることを突きつけられた気がしたのだ。
この男のお人好しは、やはり度が過ぎている。玲玲はそう呆れながらも、彼が背負う「嘘」の重さに胸が締め付けられるのを感じていた。
だが、そんな浩然の生き方が徳を呼ぶのか、不思議と路銀が尽きることはない。
二人の旅路には今日もどこからか、小さな縁と温かな施しが舞い込んでくるのであった。




