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星漢共鳴曲  作者: ふじま
第2章
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第6話 偽り夫婦と、お節介な薬売り

玲玲リンリン、見てごらん。あそこに見えるのが紅棗関こうそうかんだ」


浩然ハオランが指し示した先、陽光に照らされた宿場町の門が、霞の向こうにその姿を現した。


「あそこのなつめは、皮が驚くほど薄くてね。口に含んだ瞬間に蜜が溢れ出すんだよ」


浩然は、棗がいかに気血きけつを補い、疲れ果てた心身を整える良薬となるかを、慈しむように語り続ける。


「北斗派の門弟の方々から聞いたことがあります」


玲玲は薬理の知識には疎かったが、その「蜜の溢れる甘味」という響きには、思わず喉を鳴らした。


「関所を抜けたら、市場で一番いいやつを買って食べようか」

「……はい、楽しみです!」


弾んだ声を上げた二人の頭上に、ふいに大きな影が落ちた。玲玲が見上げると、湿地帯の空を、力強く翼を広げた鳥の群れが横切っていく。


「あら、あの群れを作って飛んでいる鳥たちは何かしら。このあたりは、本当に鳥の種類が豊富なのですね」

「あれはがんの群れだな。さらに北方へと向かっているのだろう。季節が巡れば、彼らはまたこの場所へと帰ってくる」


――また、戻ってくる。

その言葉に、玲玲は胸の奥で静かにてのひらを合わせた。


(あの鳥たちが再びこの地を踏むまでに、どうか兄様たちと無事に再会できますように……)


祈りと共に、玲玲の表情にふっと寂しげな陰が差す。

それを浩然は見逃さなかった。彼はことさらに明るい声を、春風のように彼女へ投げかける。


「あと少し、歩けるかい? 関所を抜けたら、今夜は居心地のいい宿を探そう。……玲玲、もし君さえ良ければ、また君の奏でる琵琶が聴きたい」


浩然の温かな声音。そして、自分の音楽を必要としてくれるその言葉。

冷たくこわばりかけていた玲玲の心は、春の雪解けのように、じわりと解けていった。


「――もちろんですわ!」


彼女は顔を上げ、頬に愛らしいえくぼを浮かべて、満開の花のような笑みを返した。

浩然はその輝くような笑顔を眩しそうに見つめ、満足げに目を細めると、彼女の弾むような足取りに合わせて、ゆっくりと歩調をあわせるのであった。



関所が間近に迫った頃、浩然は声を潜めて提案した。


「兵士の目をごまかすために、ここは『夫婦』のふりをして通り抜けよう」


浩然にとっては、ただの合理的な策に過ぎなかった。だが、恋物語の展開を夢見る玲玲の脳内では、その言葉は劇的な色彩を帯びて響き渡った。


(つ、ついに来たわ……! 追手を逃れ、身分を捨てて愛に生きる『駆け落ち』の展開……!)


玲玲は頬を上気させ、気合十分に浩然の腕に絡みついた。


「あなた……今日の夕飯は何がよろしいかしら? 貴方の大好きな水餃子にしましょうか?」

「あ、ああ……。そうだね、楽しみだよ」


浩然は彼女の迫真の「新婚ごっこ」に気圧され、冷や汗をかきながら検問の列に並ぶ。


いよいよ自分たちの番が来たその時。検問にあたる兵士が、不機嫌そうに腰をさすりながらぼやいた。 

「……全く、長時間の立ち番は堪える。この数日、腰が割れるように痛くてかなわん」


その言葉を聞いた瞬間、浩然の「お人好しな薬売り」の血が騒ぎ出した。


「お役人さん、それは経絡けいらくが詰まっている証拠だ。そのままにすると足まで痺れますよ。ちょっと、失礼」

「は? おい、貴様何を――」


作戦のことなど綺麗さっぱり忘れた浩然は、驚く兵士の背後に回り込み、あろうことか検問の真っ最中に真剣な顔で指圧を始めてしまった。


「浩然様! 何を、何をしてるんですか貴方は!」


玲玲は真っ赤になって絶叫し、兵士の背中を熱心に揉みほぐす浩然の首根っこを掴んで、力任せに引きずっていった。

残された兵士は、呆然としながら二人の背中を見送る。


「……あのご夫婦、仲が良いのか悪いのか分からんが……妙に腰が軽くなったな……。よし、通れ!」


結局、何が功を奏したのか、二人は無事に関所を突破する。玲玲の「愛の逃避行」は、浩然の「突発的無料診療」によって、なんとも締まらない幕開けとなったのであった。


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