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星漢共鳴曲  作者: ふじま
第2章
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第5話 青い公子の噂と、私の大侠

漣影鎮えんれいちんを後にした二人は、河口近くに位置する紅棗関こうそうかんを目指し、南へと歩みを進めていた。まちを離れるにつれ、街道の傍らには青々とした湿地帯が広がり、潮の香りを孕んだ風が吹き抜ける。


玲玲リンリン、新しい服と靴はどうだい? どこか痛むところはないかな」


浩然ハオランが気遣わしげに覗き込むと、玲玲は軽やかな足取りで一歩踏み出し、微笑んでみせた。


「はい。とても動きやすくて、これならどこまでも歩いて行けそうです」


麻でできた服と質素な靴。繊細な刺繍はないが、今の彼女には、実直で丈夫なこの服と靴が何より頼もしかった。

浩然は満足げに頷くと、漣影鎮の酒場での聞き込みで得た「興味深い噂」を切り出した。


「紅棗関で、風流な『青い公子』が、凄まじい腕前の女侠じょきょうを引き連れていたという話を聞いた。地元の悪徳商人がその女性に無作法に絡んだところ、彼女が放った一撃で石壁が粉砕されたらしくてね」


浩然は可笑しそうに肩をすくめる。


「その隣で、扇を持った公子は優雅に茶を啜りながら、野次を飛ばしていたそうだよ」

「壁を粉砕なんて……いかにも烈華リェファ姉さまらしいわ。にしても、兄様たちはそんなに目立って大丈夫なのかしら」


玲玲は呆れ顔でため息をついたが、その瞳には安堵の色が浮かんでいた。


北斗派の一行は、追手を撒くためにひとまず南の地へ逃れたに違いない。二人は仲間の背中を追うように、さらに南へと、歩みを早めるのであった。



湿地帯を渡る風が、玲玲の頬を優しく撫でていく。先の襲撃以来、彼女の心に澱のように溜まっていた暗い雲が、星宇たちの噂を聞いてようやく晴れ渡ろうとしていた。


(兄様も烈華姉様も相変わらずでよかった……。鳳嵐フォンラン様の遺体も見つからなかったというのだから、きっと、いつかまたどこかで再会できるはず……!)


安堵した途端、急に心臓がトクンと高鳴った。

北方の都から、運命に導かれるようにして出会った「孤独な美丈夫」。そんな彼と二人きりで、仲間を求めて未知の南方へと旅をしている今の自分。

玲玲はふと、これまで愛読してきた数々の物語を思い返した。


(……あら。これって、今の私って……まるで物語の主人公みたいじゃない!?)


そう自覚した瞬間、彼女の瞳は夜空の星を閉じ込めたように輝き始めた。隣を歩く浩然を、これまでは「親切な青年」として見ていたはずが、今の彼女の目には、悲劇を背負いながらも自分を守り抜く「運命の大侠だいきょう」として映っている。


「……玲玲? 私の顔に、何か付いているかな」


あまりに熱烈な視線を感じて、浩然はきょとんとした顔で足を止めた。


「いえ、なんでもありませんわ! ……ただ、浩然様は本当に、私が夢に見たような『大侠』なのだと思って」


玲玲が一点の曇りもない笑顔でそう告げると、浩然は「えっ」と声を漏らし、狼狽えたように視線を泳がせた。


「だ、『大侠』だなんて、よしてくれ。私はただの薬売りだよ」


浩然は照れ隠しに頬を掻き、気恥ずかしそうに目を伏せる。その胸の奥には、これまで味わったことのないくすぐったい感情が込み上げていた。

これほどまでに真っ直ぐな信頼を寄せられ、「頼られている」と実感したことはなかった。彼女の抱く理想には程遠い自分かもしれない。けれど、この輝く瞳の中にある「自分」であり続けたい――。


「……まあ、君がそう言うのなら。紅棗関まで、その『大侠』にしっかり掴まっているといい」


浩然は少しだけ胸を張り、照れ臭さを隠すように、彼女よりも一歩前に進んで歩き出す。その背中は、昨日よりもほんの少しだけ大きく、頼もしく見えた。

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