第22話 新たな旅立ち
星宇たちとの合流で、二人の旅の目的は、ついに果たされた。
浩然は、憑き物が落ちたような晴れやかな表情で、玲玲へと静かに声をかけた。
「玲玲。……君が無事に兄君と再会できて、本当に良かった」
その言葉に、玲玲も深く、噛み締めるように頷いた。
「はい。兄様の元まで無事に辿り着けたのは、すべて浩然様が私を守ってくださったおかげです。……この御恩、一生忘れませんわ」
真っ直ぐな感謝の光を宿した玲玲の瞳を、浩然は眩しそうに、そして慈しむように見つめ返した。
彼はひとつ、心臓の鼓動を鎮めるように深く息を吐き、予ねてより決めていた言葉を口にする。
「いや、私は約束を守っただけだ。
……玲玲。私の役目は、これで終わりだ。これからは星宇殿たちと共に、本来あるべき安全な場所へ帰りなさい」
浩然はあくまで淡々と、静かな声で別れを告げた。
その言葉が突き刺さった瞬間、玲玲の心に鋭い痛みが走る。
(……私、やっと、自分の気持ちに気づいたばかりなのに。……ようやく、貴方の側にいたいと願えるようになったばかりなのに!)
玲玲はあまりにも突然の、そして無慈悲な幕引きに、言葉を失い立ち尽くした。隠しきれない動揺がその細い肩を震わせる。
一方の浩然は、約束を果たした満足感の裏で、自らの内に残された短い命の灯火を静かに見つめていた。
(玲玲を、無事に兄の元へ送り届けることができた。これで彼女はもう安全だ。
……私の命は、そう長くは持たないだろう。だが、最期にこの『大仕事』を完遂できた。それだけで、十分ではないか)
自分に言い聞かせるように、浩然は心の中で自らを律した。
だが、その決意を食い破るように、玲玲への情愛が胸の奥から溢れ出す。彼女と過ごした日々、共に乗り越えた死線、そして彼女が自分に向けてくれた無垢な信頼と清らかな琵琶の音色――。
そのすべてが、彼を重く、鈍く縛りつけていた。
二人の間に、張り詰めた糸のような、切ない沈黙が流れる。
そこへ、張り詰めた静寂を切り裂くように、星宇の快活な声が響いた。
「浩然殿。……君さえ良ければ、引き続き私たちの旅に同行してくれないか」
唐突な提案に、浩然と玲玲は弾かれたように星宇へと顔を向けた。
星宇は愛用の扇子をぱらりと開き、優雅に仰ぎながら二人に近づいてくる。
彼らは二つの目的のために南下していた。
一つは、臥星鎮で北斗派を襲った謎の集団に対抗すべく、各地に潜伏する門弟や傘下の勢力を結集させること。
そしてもう一つは、北斗派宗主・皓月より密命を受けた「ある宝」の捜索である。
「宗主によれば、それは百年以上前に失われた伝説の宝だという。我が北斗派のみならず……『南斗派』にも深く関わるものらしい」
南斗――その言葉を聞いた瞬間、浩然の指先がピクリと微かに震えた。
「北斗と南斗に由来する宝……。では、あの『司命宗』が関わっているというのか」
烈華が、背の断鉄を揺らして低く呟く。
「司命宗……聞いたことがあるわ」
玲玲が記憶を辿るように呟くと、鳳嵐が静かに歴史の断片を紐解いた。
「百年以上前、この世に北斗も南斗も存在しませんでした。あったのは、命の理を統べる唯一の門派『司命宗』のみ。しかし、人を裁く『武』の派閥と、人を癒やす『医』の派閥が決定的に決裂し、一つの星は南北に分かたれたのです」
星宇は重々しく頷いた。
「宗主は司命宗の名こそ出さなかったが、私も無関係とは思えない。……だが、その宝がどのような形をしているのかさえ、今は見当もつかないのだ」
星宇は浩然の方に向き直る。
「我々は南方の土地に疎い。浩然殿、君は時折、江南の訛りが出るだろう? 良ければ、我々の道案内を頼めないか」
星宇の真っ直ぐな、それでいて全てを見透かしたような頼みに、浩然はしばし沈黙した。
その瞳には、残り少ない命を惜しむような、それでいて愛しい人とまだ離れたくないという、彼らしくもない未練が滲んでいる。
(――これもまた、逃れられぬ宿命か)
浩然は深く息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。再び開かれたその瞳には、迷いを断ち切った覚悟の色が宿っている。
「……分かりました。私にできることであれば、力を貸しましょう」
浩然と玲玲の旅路は、終わることなく次の一歩を踏み出した。
自分の命が尽きる前に、彼女を完璧な安全へと導き、今度こそ永遠の別れを告げる。
そう決意したはずの浩然だったが、玲玲と共に過ごす時間が延びたことに、心のどこかで確かな喜びを感じずにはいられなかった。
玲玲もまた、隣に並ぶ浩然の気配を感じ、密かに胸をなで下ろす。
そんな玲玲の安堵した様子を目の当たりにし、鳳嵐は苦い気持ちを飲み込んだ。浩然へ向ける視線には、かつてないほど鋭い対抗心が見え隠れしている。
烈華だけは、若者たちの交錯する想いを、ただ静かな眼差しで見守っていた。




