第5話 スピークイージー
「俺が負ケタのは、オマエが初めてダ」
タンカで担ぎ出されるガディールが、ジョン・マクノエンを認めるよう片腕を上げる。
「ありがとよ。あんたもナイスファイトだったぜ」
健闘を称え合う2人とは対照的に、背後ではジョウノ・タピオスとクラレット・シュナウの言い争いが起こっていた。
「あの者が勝ったのだから、その賞品を受け取るのは、あの者のはずですわ」
「今回の参加者でない者は対象外だ。第一に、アイツは何処の誰なんだ」
「あなたには関係なくてよ。彼に見合った報酬を渡さないなら私が許さないわ」
2人の言い争いがヒートアップしているのを見て、ジョンがクラレットの後ろに立つと、ジョウノに向かって笑顔のまま睨みつけた。
「もらえないなら仕方ない。こちらの方が、お客様方が自慢の用心棒をダメにしたかっただけなのでしょうからね」
「おい、貴様!根も葉もない事を言うんじゃない」
ジョウノの反論に笑いながら、ジョンは落ち着かせるように肩を叩く。
「だったら、彼女の申し出を受けてあげてくださいよ。互いの面目のためにもね」
「うっ」
不服そうな顔をするジョウノは、周囲の視線を感じとると、直ぐ様笑顔を取り繕う。
「仕方ないですね。今日は、クラレット氏の顔を立てようじゃありませんか。えっと、君の名前は?」
「俺か?ジョン・ドーさ」
「では、ジョン・ドー君。見事な勝利でありました」
ジョウノがそう言うと、横にいる使用人達が「ボマールの苗」を重そうに手渡す。
「なんだよ。賞品は、ただの苗木かよ。まぁ、貰って悪い気はしないがな」
「何言ってるのよあなたは。貴重な苗木なんだから」
クラレットがジョンを肘で小突きながら小声で伝えると、ジョンは疑うように苗木を見ていた。
「さあ、パーティーはお開きだよ。みんな気を付けて帰ってくれ」
ジョウノから感じられる白けてしまった空気に、賓客たちはぞろぞろと会場を後にし始めた。
「では、私達もこの辺で」
クラレットも優雅に一礼すると、そのまま馬車へと向かい、帰路についた。
「あのエルフをこのまま返すな」
ジョウノが腹立たしそうに呟くと、後ろから顔を出した男が軽く頷いた。
ガラガラと車輪の回る音を奏でながら、クラレット達が乗る馬車は、市外の方へと抜けて行った。
「あなたのおかげで、あそこに居た連中の長い鼻をへし折る事ができたわ。ありがとね、ジョン」
「助けてくれた礼だよ。それより、アイツも含めてアンタらは、変わった仮装してるんだな」
「さっきから私たちの容姿を気にしているみたいだけれど、別に付けていたりとかはしていないわよ」
「じゃあ、あの悪魔も本物ってのか!」
「やだ、何も知らないで殴り飛ばしたの!」
ジョンは、ここがアメリカではない事は分かっていたが、まさか黄泉の国ですらなく、異世界だった事に驚いていた。
「火球」
暗がりの中でローブの男が詠唱すると、赤白い球体が生成され、クラレットが乗る馬車めがけて飛ばされていく。
「きゃ!」
「なんだ!」
揺れる馬車に捕まる2人に、火球を撃ち込む主は容赦のない攻撃を続けた。
「クッソ!ここまで来て、またドンパチかよ」
「あなたが持ってるギフトボールでなんとかならないの?このままだと、2人共死んじゃうわよ」
「使い方なんか知らねえよ!」
「まったく!ほんっとうに使えないんだから」
彼女の悪態が馬車に響いた途端、火球が車輪に直撃してしまう。
バランスを失った馬車はそのままの勢いで横転し、引いていた馬だけが闇夜を疾走していった。
「痛ってー!」
ジョンが打ちつけた頭を抑えながら周囲に目をやると、見慣れない潜り酒場の玄関に倒れていた。
「いらっしゃいませ。ジョン・マクノエン様でいらっしゃいますね」
「誰だ、アンタ?ってか、ここは何処だよ」
カウンターから顔を出していた白髪交じりのマスターは、ジョンに手招きをして見せる。
不意に自身の身体を引っ張られたジョンは、カウンターにある丸椅子に腰を下ろしていた。
「私は、あなたのスキルであります『黄金の20年』の運営を任されております、リッチと申します」
「俺のスキル?いったい何の話をしているんだ」
ここに来て落ち着かないジョンは、リッチへ噛みつくように質問した。
「あなたは、この世界に『転移』してきたのであります。その際に、送り主があなたに授けた能力が私であります」
「何を言っているのか、まったくわからねぇ。ここは、俺のセーフハウスってことでいいのか?」
「そう考えてもらってよろしいかと」
リッチからの答えを聞いたジョンは、つい先ほど自分が襲われていた事を思い出した。
「そうだ!俺を襲った奴らに思い知らせないと」
「お待ちください。お渡しするものがあります」
リッチがそう言って、車の鍵を手渡した。
「港において、忘れていたものです」
ジョンが鍵を受け取ると、リッチに指さされた扉を使って出ていった。
車庫となっていたその部屋には、ピカピカに磨かれたT型フォードが主の帰りを待っていた。
「こいつはありがたいな」
「荷物もサービスであります。存分にお使いください」
「助かるよ。それじゃあな」
「今後のご利用の際には『スプーキー』と頭で唱えてください。そうすれば、入店できますので」
ジョンは、フォードのアクセルを吹かして、闇夜の中へと消えていった。




