第38話 アイアンハート 1
ベースボール観戦中のジョン・マクノエンが襲撃されたことで、特等席の周りでは、異変に気付いた者たちがいぶかしみ始めていた。
「どけ!大丈夫ですか?ボス」
異変を聞きつけたボブスが慌てて飛び込んでくる。
「ボブスさん。ジョンが……」
「なんという事だ。早く治療師を連れてこい!」
悲惨な現場に愕然とするボブスは、周囲を見渡す。
――怪しげな者が、野次馬の中に紛れている
「待て、貴様!」
ボブスは、老いた体とは思えない俊敏さで、逃げた不審者を捕らえようと走った。
しかし、騒動を聞きつけて集まり始めた野次馬の壁は、不審者を逃がすのに一役買ってしまい、次第に距離を離されていった。
「くそ!」
「おやじ!どうしたんですか?」
ベースボール賭博の計算を終えて報告に上がってきたソウル・レコードがボブスに声を掛けた。
「あいつを追え!逃がすな」
「は、はい!」
何のことか分からないソウルであったが、ボブスの命令に従って走っていった。
「はぁ、はぁ。逃がさんぞ」
ボブスも息を整えると、人混みをかき分けて追跡を続けた。
二人が不審者を追っている頃、ジョンのもとに治療師がやっとたどり着いた。
「遅くなりました!一体何があったのですか?」
「暴漢に襲われたのだ!」
ジョウノ・タピオスが、到着した治療師に起こったことだけを大声で説明する。
混乱していることが分かった治療師は、直ちに服を引き剥がした。
「これは……」
「なんとか治せないかしら!?」
クラレットの問いに、治療師が首を横に振りながら暗い顔をする。
「そんな……」
「このナイフは、心臓を貫いています。抜いたところで血が止まらなくなるでしょうから、とても危険です。慎重にやったとしても、助かるかどうか……」
ジョンの体を触って調べていた治療師は、絶望的な診察結果を下した。
「どうにかならないのですか?」
「正直に言って、無理でしょうな。このような傷を受けて助かった人間を、私は知りませんから」
クラレットは、絶望的な顔をしてジョンの方を見た。
「う!うぅ……」
ジョンが意識を取り戻すと、刺さっているナイフに手を伸ばす。
「やめてください。大量に血を流して死んでしまいます」
「だい……丈夫だ……。俺は……不死身なんだぜ」
ジョンはそう言って、刺さったナイフを引き抜いた。
ドクドクとあふれ出てくる血を見た治療師は、慌てて止血しようと練磨石を使って傷口をふさぎにかかる。
「無茶をなさらないでください。このままでは血が止まりませんぞ」
「ジョン!なんてことを」
クラレットの悲痛な声がジョンを呼ぶも、彼の意識は遠く離れていった。
「う……うぅ」
「ジョン。おい、ジョン」
肩をさすられながら名前を呼ばれたことに気づいたジョンは、重くなった瞼をなんとか開ける。
慣れ親しんだボストン市街にある潜り酒場のカウンターが、裸電球の光を反射させて光っていた。
「なんで?……俺は、ナイフで刺されて……?」
「何寝ぼけたこと言ってるんだ。これから仕事だって時に」
横でマスターから奪い取ったウイスキーのボトルを半分からにしたマロリー・ドミニクが軽口を叩いていた。
「マロリー!てめぇ」
「おい、おい!いきなり何しやがる」
「お前が、俺の胸に鉛玉ぶち込んでくれたの、もう忘れたのか!」
「何言ってやがる。お前を殺したところで、何も得がねぇじゃねぇか」
マロリーの言葉に変な感覚を覚え始めたジョンは、周囲を見渡した。
「ここ……。ミッキーの酒場か?」
「お前、本当に大丈夫か?今日、ここで飲もうって言ったのは、お前さんだぜ」
ジョンは、その違和感に気がついた。
――ヨーロッパ大戦《第一次世界大戦》で仕事を失った俺とマロリーは、馴染みであったミッキーの店で用心棒をして生計を立てていたのだが、「カルティオネ家」にスカウトされたことで、この店でのお別れパーティーをしていたのだ。
「……そうか。ボスから最初の仕事をしに行く前だったのか」
「まったく。飲みすぎて仕事のことも忘れちまうとは」
呆れながらマロリーが水の入ったグラスを手渡した。
「すまないな」
ジョンは、マロリーから受け取った水を口に含みながら頭を整理していた。
(確か、この後にマロリーと共にローグストリートのギャングを襲撃しに行くんだったよな。その時にマロリーが肩を負傷して……何があったっけ?)
今一つはっきりしない記憶に頭をかいているのを見て、隣にいたマロリーが本気で心配していた。
「今日のカチコミは、やめとくか?」
「いや。これは入門試験みたいなものだ。やめるわけにはいけない」
ジョンがそう言ってグラスの中身を空にし、そこにドル札を突っ込んで立ち上がった。
「やるか」
「おうよ」
二人が酒場から出て行き、人生最初のカチコミへと向かっていった。




