第37話 娯楽の後
第二回戦の準備が行われているグラウンドを見ていた観客は、つまみや酒を補充するために下の販売店へ降りて行った。
「いやはや。ベースボールとは、なかなか白熱しますな」
下に降りて行ったジョウノ・タピオスは、横にいるジョン・マクノエンに自身の熱気を語っていた。
「いいものでしょう。第二試合も観ていきますかな?」
「もちろんですよ。そのためにこうして軽食を買いに来ていたのですから」
「それはよかった。若い連中も喜ぶでしょう」
その後ろから降りて来ていた三港会のヒゼンとスベル・マーシュが、そのまま外に向かって歩いて行った。
「どうされました? お二方」
「すまないが、少しホテルで休ませてもらうよ。どうも、さっきの酒にスベルが酔ってしまってね」
「そうでしたか。お大事になさってください」
そう言うと、三港会の一行は取っていた宿へと帰っていった。
「あの程度の酒に酔うとは、顔に似合わず下戸なんだな」
「まぁ、魚人系の人種は酒への耐性が低いからね」
ジョウノの説明に少し納得したジョンは、軽食を購入すると会場へと戻って行った。
「市長。ジョンさん。おかえりなさい」
特別席で待っていたクラレット・シュナウが出迎えてくれる。
「クラレットさん。立ちっぱなしも疲れるだろう。下に降りて休んできたらどうだ?」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
彼女が下に降りて行くと、ジョンはジョウノに向き合って座った。
「今回の大会はデモンストレーションです。あくまでうちの若い連中を選抜する試みだったのですよ。ただ、予想以上に好反応だったので、提案したいことがありまして」
「新しい娯楽が広まったんだ。何をしようとするんだ?」
「これを売り出したいのです」
それは、ベースボールマニュアルであった。
「これの遊び方か。興味深いな」
「これをマルサラにて特売してほしいんです。庶民にも手が届く価格にして売り出してほしい」
「そんなに安く売るのか? もったいなくないか」
「やる人がいないと成り立たない娯楽です。何人も選手がいてこそ盛り上がるものですから」
「確かにな。できれば地域大会とかにして、街の活性化につなげられるものになるだろう」
ジョウノが食いついたのを感じたジョンは、更なる提案を提示した。
「ジョウノ市長が街の活性化を求めるのであれば、昨年のパーティーで行ったボクシングも加えるべきだと思いますよ」
「あれか……。あんたが勝って帰ったおかげで、少し扱いにくくなっていたんだよ」
ジョウノは少し渋い顔をしてジョンの方を見た。
「港町であるマルサラの強みは、人の往来にあると思うんですよ。そうなれば、娯楽を求めて宿を取る者も多いのではないですか?」
「そりゃもちろんだ。色々と試しているが、定着した娯楽はないがな」
ジョンは彼の発言を聞いて手を叩いた。
「なら、この『ベースボール』と『ボクシング』はちょうどいい娯楽だと思いますよ。少なくとも、やっている会場はここだけですので、このホールを使った競技場として運営できると思いますよ」
「娯楽会場としてのホールの活用か。確かに、今使われていないコロシアムを活用できれば、収益の足しになるだろう。特にベースボールは、かなりの人気になりそうだしな」
「やってみませんか?」
ジョウノは少し考えた後、ジョンの方へと視線を戻した。
「もう一つぐらいないか?」
「そうですね。ないことはないですが……」
「なんだ。口ごもるなよ」
「場所が要るんですよ。ここ以外に、これくらいの規模のものが」
ジョンは近くにある紙に必要なものを書いていった。
「……なるほどな。これを用意できればできるんだな」
「ええ」
「わかった。私が用意しよう」
ジョウノはドンと胸を叩き、受け入れる意気込みを示した。
「でしたら、喜んで用立てていきましょう」
「しかし、整備に時間がかかりそうだな。その間の繋ぎに何かないか?」
「そうですね。少し考えてみましょう」
ジョンとジョウノがそのような話をしていると、会場では「風車チーム」と「中央畑チーム」の試合が始まっていた。
「お! 始まったようだな」
「まずは、楽しむことにしましょうか」
「そうだな」
二人が試合を楽しみながら見ていると、ジョンのもとに一人の男が走り込んできた。
人の流れが、ほんの一瞬だけ途切れたのだ。
売店へ降りていたはずの観客が、なぜか戻ってこない。
――静かすぎる。
その違和感に、護衛のエルフが注視してそれを見ようとしていた。
丁度その時だった。
「おい、通してくれ。三港会の者だ」
見慣れた腕章を付けた二人の若者が、足早に近づいてくる。
「……待て。確認を――」
言い終える前に、一人が懐から何かを取り出す。
次の瞬間。
一人がドンと護衛のエルフを突き飛ばしていく。
「ぐっ……!」
突き飛ばされたエルフに視線を送った後にジョンは、その犯人の方に目を向けた。
「ジョン!覚悟しろ!」
怒号と同時に、空気が張り詰めた。
「――ッ!」
ジョンは反射的に立ち上がり、懐へ手を滑り込ませる。
内ポケットに忍ばせたM1905の冷たい感触が指先に触れる――
だが。
「させるか!」
一人が踏み込み、ジョンの腕を強く捻り上げた。
「くっ……!」
関節が軋み、銃を引き抜くことができない。
もう一人が、低い姿勢から滑り込む。
その手に握られているのは、鈍く光るナイフ。
狙いは迷いなく、心臓。
「――ッ!」
避けきれない。
次の瞬間、刃が深く突き立てられた。
「ぐ……ふ……!」
鈍い衝撃とともに、呼吸が止まる。
「ジョンさん!」
クラレットの悲鳴が響いた。
「ボス!!」
倒れていた護衛が慌てて懐からリボルバー拳銃を取り出して、暴漢二人に向ける。
――パン!パン!パン!
至近距離から放たれた銃弾が、二人の体を貫いた。
それでも、男たちは崩れながらジョンにしがみつく。
まるで――確実に仕留めるために。
やがて、ジョンに圧し掛かるように二人が倒れ込むと、二人の鮮血により、ジョンの服を赤く染めて行った。
「ボス!しっかりしてください!」
「う……うう……」
口元から血が溢れ、言葉にならない。
「おい!治療師だ!治療師を呼べ!!」
特別席は一瞬で混乱していながらも、観客たちの歓声がやむことはなかった。
ジョンは、戻ってきたクラレットに耳打ちするようにして指示を出した後、意識をなくした。
「ジョンは何を言ってきたんだ?」
「試合を続けるようにですって」
「なんとまぁ。……まずは、治療師だ。早く呼んで来い!」




