第2話 上流会
「マーゼン公国」の交易都市「マルサラ」。
近隣諸国との交易により栄えているこの街では、表と裏の両方にて多くのものが行き来しており、夜になっても明かりの消えない店も立ち並ぶ繁華街も抱える大都市である。
この街を納めているのはジョウノ・タピオスという商人上がりの貴族であった。
彼は、北の山間部に住まうドワーフの出身であったが、地元の鉄鉱石やこの地域の特産品を取引することで、一財産を築いたことで街への影響力を伸ばすことが出来た。
この日も、彼が主催を務める宴が模様されており、各地の貴族やこの地の有力者たちが「コンチータノアール」に顔を出していた。
招かれた賓客の中において、一段と目を引く黒いドレスの貴婦人が馬車から降りてきた。
「本日はお招きいただきありがとうございますわ市長。私も今日のパーティーを楽しみにしていましたわ」
彼女は、クラレット・シュナウ。
南部にあるエルフ国家「メルシェン」にて交易商を営んでいたアウド・シュナウの妻であった。
一昨年前に主人が亡くなったことで、彼女が経営を引き継いでいた。
「これは、クラレット。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみください」
ジョウノ招きを受けたクラレットは、笑顔で彼の挨拶を受けた。
クラレットを含めた招かれた来客たちが華やかなパーティー会場へと入っていった。
とりどりの果実酒が入ったガラスの酒瓶が並び、皿に盛られた料理をより一層艶やかに彩っている。
会場の装飾も料理に負けないほど煌びやかなもので、天井を照らすシャンデリアはグラスカットによって光を四方に散らし、支柱には古今東西の物語をあしらった絵が彫り込まれていた。
絨毯にも多数の色を織り交ぜた糸で装飾が施されており、色彩の豊かさを見せつけていた。
これらの品々が立ち並んでいるにもかかわらず、来場客の目を引いたのは、中央に置かれていた四角い舞台であった。
「あら?今日は、変わったものが置かれておりますわね」
「どうやら木製のようですね。 区切れるように縄も張ってある」
賓客たちが興味深そうにその壇上を見ていると、ジョウノがにこやかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「これは、今日の余興で用いるものなんですよ。楽しみにしていてください」
「あら、市長の計らいでしたのね。それは、楽しみだわ」
彼は、堅物のドワーフの中では社交的ボキャブラリーにとんだ人間である。
彼の開くパーティーは、常にエキサイティングなイベントを交えているために、遠方からの招待客たちですら足を延ばして来るほどである。
「本日は、少し刺激的な演目なのですよ。皆様も大いに楽しんでくださいね」
ジョウノがそう言って壇上へ戻っていくと、招かれた客たちは立ち並ぶ食事や酒を楽しみながら、イベントの開始を待ちわびていた。
クラレットは、並べられた果実酒の一つを手に取って、その味に舌鼓を打っていた。
「いい葡萄酒ね。甘みがあるだけじゃなくて、程よい舌ざわりだわ」
「そちらは、西部に住むショート族が栽培しているブドウ園で漬けた上物であります。本日の宴の為に、主が取り寄せました」
料理などを取り並べる使用人が彼女に伝えると、彼女が笑顔にてグラスをジョウノに掲げた。
来客達が、市長のもてなしにを感嘆していると、壇上よりジョウノが注目を集めるように声を張り始めた。
「皆さま。本日は、遠いところからはるばるお越しいただきありがとうございます。これより、本日のメインイベントを行いたいと思います」
彼がそう言うと、脇に控えた使用人たちがシャンデリアの光を消して、代わりに魔導士が光魔法を舞台に照らした。
「レディース&ジェントルメン!これより行われる刺激的なアトラクションを、どうぞご参加くだされ」
ジョウノがそう言って奥にある職員用出入り口を照らさせると、矢玉や切り傷を体のあちらこちらに付けているオーガがステージに現れた。
「この男の名は『カディール』。南方にて行われていた植民地戦争で活躍した戦士であります」
ジョウノの紹介に合わせて、ガディールがこぶしを突き上げると、周囲の客たちも「おー」と驚いたように見上げた。
「本日は、彼とこぶしにて戦ってもらいたいと思っております。偉大なる戦士である彼に勝利できる強者を出していただき、存分に競って貰いたいのでございます」
彼の言っていることを理解した血の気の多い客たちは、互いに見合わせてこそこそと話し出した。
「もちろん。タダでとは言いません。もし、彼に勝った場合はこちらをお渡ししようと思います」
ジョウノがそう言って、奥からとある品を持ってきた。
「かつて、東にあったとされている『ボマールの大樹』より取れた苗木であります。古の者たちが長寿の品として重宝された品物であります」
彼が取り出した品を見た賓客たちの目の色が変わった。
彼らまたは彼女らは、自身の抱えている用心棒や使用人を呼び出しに行った。
「・・・・あの樹は、我らの手元に欲しいわ」
クラレットがぼそりと呟くと、周囲にいた者たちから、くすくすと笑い声が上がり始めた。
「エルフ風情がオーガに勝てるとでも思っているのですかな」
「御求めになるのは結構ですが、自身の種族を考えてもらえればどうでしょうか」
周辺の客人たちの嘲笑の言葉が、彼女へとのしかかり、耐えられない状態となっていた。
クラレットは、外へと走り出していく。
「あらあら、大人げないですわよ。皆さん」
「ご婦人が言えますか。あなただって煽っていたのに」
会場から聞こえる卑しい声を背に浴びながら、外に飛び出していったクラレットは、近くにある入江に走っていった。
「なぜに、そこまで言われねばならないのですか!あの者どもに馬鹿にされる筋合いはないはずなのに」
鬱憤のたまった彼女の口から吐き出されていく。
「偉大なる、ニューグ神よ。あの者達を黙らせられるの者を、我がもとに授けてください」
彼女がそのように天に祈っていると、近くに何かが当たっている音が聞こえてきた。
「?」
クラレットがその音の正体を探りに行くと、岩礁に乗り上げたごみの中に人が入った樽が転がっていた。
「あら!大変だわ」
クラレットが慌てて樽から引きずり出そうと腕を伸ばしていった。
「大丈夫!すぐ助けますわよ」
こうして、樽に詰められたトレンチコート男は、耳長の淑女に引っ張り出されることになった。




