第15話 狂客の善行
「すまないが、ガティール。後のことは、頼むぞ」
徐々に地平線から明るくなってきている中で、ジョン・マクノエンが操るT型フォードが、けたたましい発動機音を響かせていた。
「急ぐナラ、その道ヲ真ッスグ行けばいい。途中に森林がアルが、一番の近道ダ」
ガティールがそう告げると、ジョンはアクセルを吹かして走り出す。
「飛ばすぞ、キャッシー! しっかり捕まってろよ」
「え!」
彼女が言い返すより先に、フォードはいきり立った暴れ馬のように後輪を振り回して駆け出した。
「ぎゃー! ちょっと待ってー!」
遠ざかっていく彼女の悲鳴を、ガティールはゆっくりと見送る。
「無事に帰ッテくれよ」
未舗装の道で激しく車体を揺らしながら走るT型フォード。揺れに耐えるのに必死なキャッシーや子供たちを気にかけつつも、ジョンのアクセルを踏む力は徐々に強くなっていく。
「ジョンさん! もう少しゆっくり走ってください!」
「もう少し我慢しろ。この子たちを早く解放してあげなきゃいけないだろ」
「だからって、こんなに跳ね回ったら……!」
しばらくすると、目の前に広がる雑木林へと道が続いていた。
「森の中を突っ切るぞ。シートベルトをしっかりしろよ」
「シートベルト? どうするのよ!」
昇る朝日の光を木々が遮り、未だ暗い雑木林を、車体から伸びるヘッドライトの光が切り裂く。
「ガガガガ!」
「口を開けっぱなしにしてると、舌を噛むぞキャッシー!」
木の根や石ころのせいでさらに揺れが激しくなり、車内でキャッシーのお尻が上下に跳ねる。
「来たぞ。兄弟たちを襲った奴らだ」
「任せろ! 仕留めてやる」
森の中に潜んでいた怪しげな者たちが、木々の間を縫う光の線に向かってクロスボウを構え、一斉に放った。
「のわっと!」
放たれた矢が、ジョンの操るフォードのボディをかすめていく。
「こんな時に! キャッシー、手伝え!」
ジョンはそう言って、キャッシーに拳銃を手渡した。
「何ですかこれ? こんなの使ったことないですよ!」
「上のハンマーを引いてから、下にある穴に指を入れて引っ張れ。相手に銃口を向けてからだぞ」
ジョンがそう言うと、ギアレバーに手をかけた。
「行くぞ! しっかり捕まれよ」
「え! うそでしょ!?」
ジョンは車体をさらに雑木林へ突っ込ませると、そのまま矢を射掛けてきた者たちへと向かっていった。
「もう! どうなっても知らないからね!」
キャッシーは慣れない手つきのまま、拳銃を撃ち始める。
けたたましく唸るエンジン音に拳銃の発砲音が重なり、襲撃者たちは一瞬怯んだ。しかし、すぐに体勢を立て直してクロスボウを構え直し、次々と射かけてくる。
「奴らを逃がすな!」
「撃ち続けろ!」
襲撃者の放つ矢が交差する中を、ジョンの操るフォードが潜り抜けていく。
「やめろ! ボディが傷ついちまうじゃないか!」
悪態をつくジョンの横で、弾を撃ち尽くした拳銃をどうしていいか分からず、キャッシーは子供たちに覆いかぶさっていた。
「突っ切るぞ! 体を伏せろ!」
「もうやめてー! キャー!」
排気口から熱気を巻き上げてスピードを上げると、ついに襲撃者たちを引き離した。
「畜生! あいつら、なんてものを持ってやがるんだ」
「あんな馬車、見たことないぞ! あんなのアリかよ……」
抜き去られた襲撃者たちは、遠ざかる背中を眺めて悔しがった。
襲撃を逃れたジョンたちは、クラレット・シュナウの待つラテラルにたどり着いた。
「キャッシー。隠れ家はどこだ?」
「あの通りを抜けた先にあります」
キャッシーの案内で到着した小さな小屋の前には、一人の老いたオークが座っていた。
「よぉ、キャッシー。お前さん一人でどうしたんだい?」
「ボブスおじさん。すまないけど、開錠用の錬魔石を渡してくれないかしら?」
「おやおや。引き取られずに済んだのかい?」
「は……、はい」
はっきりしない回答を返すキャッシーを不審がり、ボブスは後ろにいる男に目をやった。
「後ろの男は誰だい? うちじゃ見ない面だが」
「この人は……その……」
「しっかり答えられんのか?」
言葉に詰まるキャッシーをかばうように、ジョンが前に出た。
「悪いが、ちょっと野暮用があってな。すまないがここを開けてもらえねぇか、鼻欠けのじいさん?」
ジョンはそう言って拳銃を構え、ボブスに向けた。
「あまり人様に武器を向けるもんじゃないよ。しかも、こんな老人に向かってね」
「俺だって年寄りは労りたいんだが、急ぎなんでな」
ジョンとボブスがしばらく睨み合った後、ボブスがゆっくりと横に退いた。
「……中に入りな」
「すまないな」
ジョンとキャッシーはボブスに軽く会釈し、中へと入っていった。。




