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魂粥術師(こんしゅくじゅつし):陰陽六氏とエクトプラズマーズ  作者: 金澤 弥芳


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8/23

8 我那覇病院 305号室

我那覇病院・305号室。

烏崑は開眼するなり、三白眼に見開いた眼球が飛び出る限界を維持する。

まぶたが異様なほど痙攣し、顎の筋肉が急激に剛直する。

ハガッ・・アア・・

喉の奥がかすれ、声帯が鋭く締まり、呼吸が出来ない。

脳内を金色に弾け散らかすスパークは、歯科治療で剥きだしとなった神経を鋭利な電動器具ですり減らすあの時に近い。

頭骨を直接ガガガと振動させながら、滲みると痛みの極みがホワイトアウトの限界までせめぎ合う。

一カ所からの痛覚アラートで発狂してしまいそうだが、それが一気に隅々の神経から同時多発的に起こる。

みずみずしく剥きだしの全身の神経の絃を、数千の弓で一気に()き散らすかのようだ。

脳の防衛反応で意識はついにシャットダウンした。

同様の事を数千回は繰り返している気がする。


2ヵ月と8日目、激痛はあるのに意識が消失する事はなくなった。

ずぅっと痛覚が(わめ)き散らかしている。

意識を失ってくれた方がいい。

だが、3ヵ月が経ちようやく、痛い以外の思考が入り込む余地が生まれてきた。

あの件で比類なき外傷を受けた事は言うまでもないが、極めつけはあの万能感の副作用からなる内傷が今の状態なのだろう。

あの時は、骨の棘が消えたような錯覚があり、今までの鬱憤を晴らすかのように、動きに動いた。どれだけの神経と筋肉を搔きむしった事か。

廃人となるか地獄の激痛に苦しむか、サイを振られたその結果、目が出たのがこの現状だ。

トリガーは間違いなくロクのキスだが、舞い上がってあんな状態に?

いくら初心(うぶ)な童貞があんな絶世の美人とキスをしたからと言って、あれだけの戦闘能力を引き出せるなら、童貞が100人いれば、小国を亡ぼす事が出来る。

緑色の脳を露出したあのノットラレ。

アレは、緑ゴブリンにブレーキを壊され、人間が限界値の向こう側に達した姿であった。

だが、僕はアレを子供扱いした。

自分の引き出しにあれだけのエネルギーが入っていたのは意味が分からない。

そして、この肉体は異常なエネルギーと連動する事が出来ていた。

ロクとキスをした事でロクの何かが入ってきた?

ロク由来のものなのだろうか。

魂粥術を操る黒づくめを凌駕する瞬間もあったし、あのマユを想起させる女にもいくつか有効打を与えることができた。

まぁ、彼女が神社に到着した時点でゲージ1%未満の状態であるような話ぶりではあったが。

にしたって、身体を動かす事に縁のなかった僕があそこまで成したのは、何かのバグである。

僕の肉体に棘のない世界線で、修行を重ねていたら、武力だけで人外を次々と駆逐していったのかな。

・・・そうだ、あの車椅子の赤髪の人の窮地に登場して月面人外級をボッコンボッコンにして、「助かった。礼を言う」とか言われちゃったりして「これでこないだの借りはチャラだな」とか言ったりして、くぅぅ・・・いかんいかん厨二病発動。

赤髪の人、僕を手助けたした事で罪に問われてなければいいけど。

怖そうで、自分からは絶対話しかけられないけど、信念を貫くあの姿勢は痺れるほどカッコいい。

いつか礼を言えたら・・。

とは言え、赤髪の人の神アシストを生かす事が出来なかった。

ロクは連れ去られた。

思考のド正面に鎮座している抗えない事実。

何故ロクが、奴らに狙われなければならなかったのだろう。

奴らが捕らえていた棺桶の人物が変態した事を考えると、ロクの腹には人外がいると思い違いをしての事だろうか。

だとしたら、ロクの腹の膨れているという情報をどこで手に入れたのだ?

相談できるような人はいなさそうだったが。

まさか僕に盗聴器でもついていたか?

あり得ない。

僕につけたところで何のうま味にもつながりやしない。

僕自身盗聴器より安価な自信がある。

ロクが子宮筋腫で腹が膨れただけだと判れば開放される?

彼らは素性を隠してるくらいだ。内情を知ったものをやすやすと解放してくれるのだろうか。

ロク・・、無事でいてくれ・・・。

そうだ、黒づくめと蓮寺の慶さんは何かしらのつながりがあるのは間違いない。

何とか聞きだせないだろうか。

神社に行けば・・・・ダメだ。

神社は無惨に朽ちている。

ロクの父さんなら、慶さんと連絡が取れるかもしれない。

無事だろうか。

黒づくめAの目元がフラッシュバックする。

マユ・・・。

もし、あの黒づくめがマユなら、マユに聞けば・・、マユなのか・・・?

マユな筈はない。

あんな人間離れした能力を次々と繰り出す片鱗はなかったし、人を傷つけるような人間ではない。

おっちょこちょいで気のいい手品オタクだ。

いづれこの病院を継ぐ医大生で、魂粥塾になど通う素振りもなかった。

時間があれば手品に費やしたいヤツだ。

僕のコップを浮かせたのだって手品だ。

あの時は聞かなかったが、聞けばいつでもネタばらしをしてくれる。

何も特殊な事など一つもない。

だのに、だのに完全否定出来ず苛立つ。

クソ、今日こそは動くぞ。ロクの父の安否を確認して。

と後頭部を枕から離すと頚部に激痛が走る。

「ぐぅっ」

いいや、何としてでも動いてやる。

ふののののの・・・

パチン・・

頬に何かが勢いよく当たり、床に落ちた。

え?

頭を枕に沈め眼球だけを動かすと、白人の女性がいる。

髪型が変わっていたため一瞬判断が遅れたが、マユである。

左鼻腔に豆を詰め、右鼻を人差し指で押さえた。

どゆこと?

そしてマユは豆を発射する。

フンッ

パチン・・

豆は烏崑の頬に当たり、弾かれシーツの上を転がる。

マユはまた同様に左鼻腔に豆を詰め、右鼻を人差し指で押さえる。

眼光はスナイパーのそれである。

「ちょっ、マユ!」

パチン、コロコロ・・。

豆は烏崑の鼻に当たり、転がる。

「ってぇ、ホントに何?痛いから」

「何って『春日井製菓のグリーン豆』」

「だから、豆の種類じゃなく、何やってんのって」

「色んな方法で起こしてみた」

「ユーチューブの企画みたいに。てかポケットに入ってるの何?ペンチ?まさかそれで?」

「こないだ来た時、起きなかったから」

アタッシュケースを持っているが、怖くてその中身は聞けない。

「グス・・良かった。目覚めなかったらどうしようかと思って」

マユは涙ぐむが、「ちょっと待って」と、詰めてあった豆を放ち、烏崑の眉間にあてる。

「おっしゃー、眉間は千点」

と拳を握る。

「人の顔で遊ぶな」

グスッ、

マユは改めて涙ぐみ、烏崑を抱きしめる。

力加減が恐ろしくギュッと目を瞑ったが、優しく柔らかかった。

マユは赤ちゃんのような匂いがふんわりした。

抱き離したマユの顔が近くにある。

いつも額を出しているが今日は前髪をおろしている。

少し幼く見える。かわいい。

何かロクに浮気をしたような気持ちが込み上げてきて居心地が悪い。

ん?

マユの鼻の穴の奥が赤い。鼻血かと思ったら鼻奥からカナダ国旗らしきの先っちょが見えている。

「カナダ?」

「え?何が?」

「鼻の奥の国旗」

「え?そんなものないし。目がおかしいんじゃない?」

とマユは鼻をすするとむせ込み、両の鼻の穴からカナダとベトナムの国旗がコンニチハした。

そのままマユは話し続ける。

「烏崑、身体はどう?」

「動くと激痛があるけど、ロクの事があるから、いつまでも寝てられない。マユ、ロクの事何か知らない?」

「ごめん、分からない」

とマユは首を振り鎮痛な表情をして俯いた。

烏崑は見開き、

「なら、レミーさんは?ロクの親父は?」

「ごめん、それも。あの神社は跡形もなくなってるからね。ご健在でもあすこにはいないと思う」

「質問責めで悪いけど、あの人外は全部蓮寺が駆除してくれたんだよね」

「あのって?」

小首を傾げ、本当に知らないって顔してる。知らないテイなのか。

鼻腔からコニチワしてる国旗も知らないテイでいる。

肩についている髪の毛をさりげなくとるようにして国旗をとってあげようか。

それにしてもあのデカい月面人外の完全体はどうしたのだろう?

赤髪の人が、いくつかの部位を千切り、ノットラレが集めていたようだけど、復活はしなかったのだろうか。

駆除したとして、あれだけの巨体はどこの機関が処分するのだろう。

緑ゴブリンも総量数千トンにものぼるはず。

あの木箱を背負った圧倒的な術者がその場で燃やし尽くしたのだろうか。

あの術者は上空にとどまり、龍のような炎を自在に操っていた。

ゆらめく炎の熱に押されるような肌感覚が甦った。

完全に物理法則を無視している気がする。

あの人はどんな人でどんな修行をしたんだろう。

「どうしたの?」

烏崑の顔をのぞき込むマユの右鼻。ベトナム国旗が先ほどより少し出ている。

烏崑は握っていた拳をギシギシ開く。

まだ痛みを伴うが、かろうじて動いてくれる。

ベトナム国旗を引き抜いてあげよう。

ゆっくり手を伸ばしながら、

「今日は前髪おろしてるんだね」

「まぁね、できもの出来ちゃって」

「いい感じじゃん」

と、さりげなくベトナム国旗を引っ張る。

想定では同時にカナダも引っ張られ、スッと抜けると思っていたが、カナダはピクリともしない。そろりそろりと抜いていく。

マユは国旗なんて知らないていだ。

「そうかな。女子力上がった?」

と、マユは前髪をチョンと触る。

連なる国旗が鼻から出ている。どちらかといえば、女子力ダダ下がりである。

ここで沈黙はよくない。

「マユは、お父さん沖縄んちゅなのに、なんで髪、金髪なんだろうね?」

「何でだろうね、ママの遺伝が強すぎるみたい」

右鼻の国旗を引っ張っても引っ張っても出てくる。カナダ国旗はピクリともしない。

沈黙。

スルスルスルスル。

なんでなんで?

「じょ、女子力上がったね」

スルスルスルスル。

意を決して、一気に引き抜いてみる。

スン!

1mは引っ張った。

え?カナダの国旗はピクリともしない。そっと手を離してみる。

マユは鼻から長く国旗が出ている。

・・・・・・。

マユは「髪の色今度染めてみようかな、黒髪にも憧れるんだよね」などと話している。

ホントに僕の頭がおかしくなってるだけで、国旗など存在しないのかもしれない。

連なる国旗が微風に揺れている。

揺れるか。揺れるか~。

もう少しかな。もう少し引っ張ればカナダまでたどり着くかな。

世界は広いな~。

そろりそろりと引っ張る。

・・・・・。

近くにハサミはないだろうかと見まわしてみるが・・・人生はそう甘くない。

マユは感情を殺して出し切るのを待っているのだろうか。目に表情がない。

深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ・・・。

いや何か違う・・。

スルスルスルスル。

僕は一体何をしているのだろうか・・。

そしてこの人は一体何をしているのだろうか。

永遠に感じるこの作業。時給に換算したらいくらぐらいなのだろうか。

スルスルスルスル。

カナダがピクと動いた・・・しかしピクと動いただけだった。

腕が疲れてきた。新手のリハビリか?まさか、マユは気を利かして。いや気が利いてない。

これはメンタルがやられるヤツだ。あと30分続いたら、発狂してしまう。

あと25分したら、言おう。正直に言おう。国旗が出てますよって。

その頃には、お棺に詰められた花みたいに、僕の顔を除いて国旗に埋め尽くされているだろう。

ピロリキンピロリキン。

マユの携帯が鳴った。

マユは携帯を取り出しながら、ちょっとゴメンねと部屋を出ていった。

あぁ・・神様っていらっしゃるんだ。

引き戸は自動で閉じられた。

しばらくして烏崑は掴んでいた国旗に抵抗を感じた。

引っ張られ、引っ張り返す。

ラリーを2回。

・・・・・。

そっと手を離す。

連なる国旗はスル・・スル・・とよそよそしくドア下の隙間から引っ張られていく。気づかれないようにソロッとソロッと。

ドアの向こう側、マユは通りがかりの看護師に「どうかされました?」と声をかけられ、「あ、いや、あの、その、な、何か釣れるかなと思って」と答えているのが聞こえる。

しどろもろにも程がある。

こんなド天然が、黒づくめの筈がない。

物事を的確に遂行するというタイプの賢さというよりは、閃きタイプの天才?である。

それに、黒づくめがマユだったとして、かなり凄まじい打撃を与えている。

内臓のいくつかは破裂していておかしくない。

顔面も綺麗なままだった。

右フックをあいつの顔面にブチ当てた。

何か緩衝物を瞬間的に創造し、保護したにしても、かなりの衝撃があったはずだ。異能者でなきゃ頭骨はつぶれ、形を成していなかっただろう。

あの右フックを当てたのがマユだと想像するとゾッとする。

額から潰れる頭骨がよぎり、頭を振る。(いだ)い。

そういえば、あの強烈な右フックをブチ当てたのは額だった。

額?マユの額は前髪で隠れていた。

マユ!

国旗は既に消えていた。


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