20 蓮寺と鬼と安倍
忍者達はさすがにのみ込みが早く、烏崑の意図を瞬時に理解し、細かな作業、素早く的確に行っていく。
玉臣は術で手を光らせながら見事な手さばきで止血していく。
止血と楽々の輸血が終わり、玉臣の心臓マッサージと楽々の人工呼吸のみを行うという段になったところで、雷鳴が轟き、夜空にいくつもの稲光が閃いた。
エネルギーの圧を感じ、その方を見ると、崖の上にヘラジカほどもある真っ白い狐。その上には人が乗っている。
毛皮のついた防具をまとい、狐面をつけている。
両サイドには、ホワイトタイガーに似た狐が控え、乗っているのは子供なのか、小柄で平安貴族のようななりをしていて、顔は同様に狐面をつけている。
皮膚の色は左が赤で右が青のようである。
「安倍の魂粥術師?」
楽々が呟いた。
「狐が姿を見せるとは珍しい」
と、庵慈は見せつけるように着衣『はちゅうるん』に背骨刀を振り下ろすと、安倍の魂粥術師が雷を放ち、庵慈の刀を弾いた。
「貴様、何のつもりだ?」
安倍の魂粥術師の後方に白狐にまたがった狐面のチーゴナーが控えている。
「安倍の研究材料に手出しするのはやめて頂きたい」
「何が研究材料だ白々しい。こやつらお前らのペットだろうが」
庵慈は、再び骨の刀で『はちゅうるん』に斬りかかると、安倍の魂粥術師は、稲光りのように発光し、その直後に、庵慈と『はちゅうるん』の間に割り込み、青龍刀で庵慈の刀を受け、着衣『はちゅうるん』を崖上に突き飛ばし、巨大な白狐が前足でがっちり踏みつけた。
着衣はちゅうるんは
「邪魔するんじゃねー」
と暴れ狂う。
だが、安倍の魂粥術師は、呪文のような言葉を発すると静まった。
「獄獣の言葉を喋るたぁ、ついには尻尾を出しやがったな」
庵慈は、戦闘用の車椅子を手足のように操り、安倍の魂粥術師と剣を交える。
烏崑の目では追いつけず、閃光なのか火花なのか、チリチリと弾けるようにしか見えない。
玉臣は心臓マッサージを中断し、楽々が人工呼吸をする合間に、戦闘に目をやる。
「凄まじい。何をやってるのか、目が追いつかない」
「僕よりは見えるでしょう。どっちが優性とか分かる?」
「安倍の式鬼神2匹も参加したけど、庵慈さんはまだ打撃を受けていない。ただ、攻撃に転じる余裕はなさそう」
「式鬼神って両脇にいた赤と青の?」
「そう。式鬼神は魂粥術師の魂粥から作られている」
「でも、多分2人とも本気じゃない。魂粥術をほとんど使ってない」
「お互いに本気で敵に回せないから、ガス抜きみたいなものかもしれない」
唐突に庵慈の車椅子が、破裂しサスペンションやタイヤが転がり、庵慈が地面に手をつき、半回転し、片手で逆立ちをするような形になった。
「さすがに獄獣である九尾の血を引く安倍家」
安倍の魂粥術師が庵慈を前にして、いつのまにか跨っていた白狐を制し、立ち止まると、式鬼神も両サイドにとどまる。
庵慈の膝下が、魂粥で形作られていく。
安倍の魂粥術師は、
「やめておきなさい。確かにあなたは魂粥術師の域に達していて、計り知れないものがあるが、今は私を凌駕する可能性はゼロ」
「元来、足技を使ってこその私だ」
庵慈は、足を下ろし、トントンとジャンプをする。
「だが、実力の見立ては貴様と同じ」
安倍の魂粥術師が、目くばせをすると、白狐に跨ったチーゴナー3名が、鬼の石垣を越えていった。
安倍の魂粥術師は、3人を目で追い、
「今の3人の見立ては?」
庵慈は苦々しく目で追い、
「一人一人はまずまずだが、3人で私に善戦はする」
「そんなところでしょう。あなた方の言う『はちゅうるん』は預かるとします」
『はちゅうるん』達は、仲間の身体の一部を持ち去り、森へ撤収し始めている。
「この騒ぎの本質はどこにある?」
安倍の魂粥術師は庵慈の横を過ぎ石垣に近づく。
振り返るが語らず、興味の対象はあちらだとばかりに、マドカを一瞥する。
「ヤツの見立ては?」
「私を凌駕する可能性は3回に1回か、それ以上。魂粥術師になってしまったら手に負えない」
「ふん、まぁいい。次回、会う時は魂粥術師になっている」
「私も伸びしろはこんなものではない。悪いですが差が縮まると事はない」
「ほざいておけ。貴様、名前は?」
「芭聖」
芭聖は白狐を操り石垣を越えていった。
楽々がタケルに人工呼吸をしたあと、眉間にしわを寄せ、
「ん?」
「どうしたの?」
烏崑と心臓マッサージを交代したばかりの玉臣が問う。
「う~ん、おかしい」
「何が?」
「口元が何かほころんでる。」
楽々が、タケルの口に唇を近づけると、タケルの口が何となく寄せてくる。
「こいつ、ちょっと前から息を吹き返してるんじゃない?」
楽々は顔を離し、もう一度、唇を近づけると、近づいてくる。
「お前ふざけんなよ、ちんちくりん」
と楽々はタケルの鼻をつまみ、口を押さえつけると、顔を真っ赤にして頬をパンパンにして苦しみ、土下座をする。
「も、申し訳ございませんやしたー」
と口から血しぶきを飛ばす。
「てんめぃ、いつから?」
「い、いつからでございましょうか?だいぶ天国の心地をあじわわせていっただきやした」
と唇ペロリと舐める。
「てんめぃ、コンクリ詰めで地獄に沈めてやる」
「ご、ごめんなしゃい」
「何なの今日は、ファーストキスからの」
と、楽々は髪を人差し指でクルクル巻く。
「ご、ごめん」
と烏崑。
「別にそれは、いいの。仕方ない事だったし。嫌な感じしなかったし」
「てんめい、ころころころころころろろろ」
タケルは半目で瞼が痙攣している。
「わー、また心臓止まるって」
と焦る玉臣。
タケルの唇がピクッ、ピクッと動く。
「起きろコラ、おかわりじゃねーんだよ。その唇イラつくんだよ」
玉臣は腹を抱えて笑っていたが、
「タケル?」
タケルは白目を剥いている。
玉臣はタケルの心臓に耳をあて、
「楽々、ホントにまた止まってるかも」
玉臣は心臓マッサージをして、楽々が人工呼吸のために唇を近づけると、
タケルの唇がなんとなく前のめりになる。
「ぶっ殺す!こんのちんちくりん」
タケルは目を見開き、
「なんだと、このまんちくりん」
「なんだよ、まんちくりんって」
タケルは鼻血ブー。
「な、寝てろ、バカ!!」
タケルは三白眼で横たわっているが、一応生きている。
玉臣はニコニコしている。
楽々は怪訝な目で、
「タマ、どうしたの?気持ち悪い」
「ん?ホント良かったと思って。タケルはちゃんとした治療が必要だけど、みんな生きてる」
楽々も神妙に頷き、
「それは、そうだ。うん。確かに凄っげー事だ」
「タケルのさっきまでの内臓べんべろべん。最後の三忍が欠ける事を覚悟しちゃったもんな」
「このバカに生きるチャンスを与えてくれた。烏崑には感謝しか勝たん」
烏崑は少しはにかみ、
「タケルのバケモン的生命力と、楽々玉の出来が良すぎたからだよ。つまりは3忍みんなイケてたって事」
楽々は片眉を上げ、
「そら、確かにそうだ。3忍はスーパーに決まってる」
「このスーパーな4忍に弥栄!」
と、玉臣は、コップを掲げるフリをした。
「イヤサカリー」
烏崑が掲げたエアコップの先、崖上に誰かいた。
白狐に乗った安倍の一人が見下ろしていた。
まだ残っていたのか。何か、急激な胸騒ぎがする。
「烏崑?」
楽々と玉臣も崖上の安倍を見上げる。
「安倍」
と、クナイを構える。
安倍は静かに狐面を上げたが、暗闇で顔が判別できない。
「ロク!」
烏崑は何故だか分からないが「ロク」と声を上げた。
安倍は、狐面を下ろし、姿を消した。
「ロク!ロクなのか?」
無性にロクのような気がしてならない。
烏崑が慌てて、前かがみになるも激痛で思うように身体が動かない。
「知り合いなの?」
玉臣は、烏崑の背中に声をかける。
「分からない。でもそんな気がしてならない」
状況から考えると、あり得ない。
ロクはマユ、フィルス家に捕らえられた。
安倍にいる理由は?
ロクが無事という事は、お腹に獄獣を宿しておらず、変態しなかった。
だとして何故安倍にいる?
乙葉の姿が頭にインサートする。
変態が失敗して、ロクは姿を変えて生きている・・・。
安倍は、獄獣を集めていて、獄獣のイチとして安倍に回収された?
あの、美しいロクが、獄獣の姿に?
烏崑は姿を想像し、嗚咽した。
乙葉さんも姿は変えたが、そんなに抵抗はなかったのに。
贅沢は言わない。どんな姿でも、生きていてくれたらいい。
マドカのいる主戦場の『はちゅうるん』も全て撤収していた。
蓮寺の大型輸送ヘリが到着し、粛々と遺体と怪我人が搬送されていく。
もうすぐ、ここにも医療班が到着するだろう。
4人は大地に寝ころび、迎えを待つことにした。
異様に居心地が悪いのは、背中のゴツゴツのせいではないようだ。
少しずつ、場の重力が上昇していく。
何か重要な事を忘れている。
それは、ここがどこであるか。
数m先には、鬼が息づいている。
石垣の向こうに彼らは確実にいるのだ。
その事実に同時に4人が気付いたのには、巨大な足に踏みつぶされたかのような重苦しさを感じた。
玉臣が口を開く。
「いる・・・」
沈黙のあと、楽々が口を開いた。
「いる・・」
「場の圧が凄まじい。鬼が集まってきてる」
「息苦しい」
石垣の上から放たれるひたすらに重い圧。
「彼らは一人で魂粥術師クラス」
「こっちにはエクトプラズマー級は二人だけ」
玉臣は、烏崑にリュックを手渡した。
「鬼の国に行った安倍はどうなったんだろう?」
「奴らなんて、どうだっていい。鬼と繋がってる可能性さえある」
と、楽々が吐き捨てる。
玉臣は、首だけ動かし、
「強い感情は控えた方がいい。今は心を無にして、この場から去る事だけを考えなきゃ」
「とは言っても、動かないでじっとしてる他ない」
「うん」
その時、4人の身体がフッと浮いた。
ギョッとして、心臓が潰れるような思いだったが、周囲を遺体や怪我人も浮いていて、鬼に動きはみられない。
いつの間にか木箱を背負ったマドカが数mのところにいた。
マドカの御業であると確信し、身体の力が抜けた。
マドカが鬼に睨みを効かせつつ、怪我人はゆっくりと大型輸送ヘリに向かって水平に移動していく。
鬼の気配が静かに消えていった。
空中を水平移動移動したまま、途中追い越したピンク髪は楽々の知り合いなのか、目で追い、「多羅尾メイ」と呟いた。
多羅尾と呼ばれた女は、足をひきずり、脇腹を押さえていたが、楽々に気付くと、立ち止まりノーダメージを装い、中指を突き立てた。
「お留守番組が、患者の頭数を増やしにきて、何の嫌がらせかしら?」
「うるさい、こっちだってはちゅうるんを駆除したし」
「甲賀は5人で20匹。私らは2,3日後にはチーゴナーになってるんだけど、あんたらは、規律違反で、しばらく停塾ってとこかしら」
楽々は必死にマドカにかけられた浮遊に抵抗しようと暴れるもどうにもならない。
「むー」
「あっははは、ぶざまだこと」
甲賀の忍者4人が多羅尾に追いつき、そのうちの男女が、
「ずいぶん差がついたね」
「伊賀は全滅して忍術を教わってないんだから、こんなもんでしょ」
「そうだね、忍者と名乗るのは迷惑だからやめてもらいたいもんだ」
楽々は、それでも空中で地団駄を踏み、
「隠岐に伴、2月の出稽古、ぜってーぶっ殺すから、覚えてなさいよ」
「2月ってまだ停塾中じゃないの?」
あっはははははは。
楽々は歯ぎしりをして、
「かー。むかつく、タマも何か言いなさいよ」
「みんな生きててよかったよ。またねー」
と手を振る。
「キー、そうじゃないでしょ、バカ」
烏崑は大型輸送ヘリのスロープに足をかけたマドカの横を浮遊したまま過ぎた時、チラと顔を覗いたが、目元はマスクで隠れていて表情は分からない。
思っていたより若いようだ。下手すれば僕と変わらない。
白磁のような肌。
庵慈とは対照的に、憂いと静寂に包まれている。
タケルは浮いたまま、集中治療室へと運ばれていった。
烏崑はふわりとヘリの床に降り、浮遊が解けると、大型輸送ヘリの口が閉じていく。と同時に強制終了のような急激な眠りに落ちていった。




