17 はちゅうるん
ダカダカダカダカダカダカ・・・。
楽々の背中でドラムロールのようなテンポの着地のリズムが烏崑に伝わる。
あークソ。不甲斐なさすぎてイライラする。
役に立ちたいのに、僕は何てか、デカブツストラップだ。
邪魔でしかない。
楽々は、雪道に入ると、足跡をつけず、音を立てないよう熊笹を避け、土や岩や木を蹴り、片腕で枝から枝へ飛び移り続ける。
楽々は走らせていた目を烏崑に向け、「背中熱いでしょ」
「リュック隔ててんのに、めちゃ熱い」
そういえば、リュックの中の人魚ミイラ、焦げてないだろうか?
「まだ魂氣を回すの下手だから、モーター熱みたいになっちゃうんだよね」
と、ようやく楽々は岩陰に身を潜め、烏崑の首根っこから手を離し、息をきらしながら、
「ヤツら、座学では学んだけど、思ってたのと印象が違う。マズい事に多少知能があるのかもしれない。煙幕を投げた時、なんか会話してなかった?」
「そういえば、内容は分からなかったけど、話し声っぽかった」
楽々のまだ荒く震えた息が烏崑の前髪を揺らす。
「そうなってくると色々と前提が狂ってくる」
「どういう事?」
「ガンダムを操縦するのが、サルじゃなくてアムロだったって事。彼らの半端ないポテンシャルを操縦できるだけの脳を持っているのかもしれない」
「獄獣も進化してるって事?」
「よく分かんない。獄獣の情報なんて日々アップデートされるから、目安でしかないの。つまり、参獄の私らが来ていい場所じゃなかったって事。バカタケルがあとでぶっ殺す。全滅するっつーの。烏崑は悪いけど」
「ここで隠れてる」
楽々は頷き、分厚い唇を噛み締め、
「ごめん。何か見た目よりだいぶ重いし、運ぶ余裕はない」
「骨が異様に重いみたいで」
「鉛を担いでるのかと思った」
「そうだよね。ここまでありがとう」
「私は息を整えたらすぐ行く。数分だけ。生きてたら迎えに来るから絶対動かないで」
と、深呼吸をする。
目の前にある楽々の唇は、とてもふっくらとして血色がいい。
楽々が息を吐いた時に、烏崑の前髪が持ち上がり、右前額部の盛り上がりに気付き、
「どうしたの?コレ」
と触ろうとする手から顔を背け逃げた。。
「ごめん。コレは昔から。角みたいで嫌だから」
「こっちこそごめん」
一瞬の気まずさを打ち消すように烏崑は口を開いた。
「忍者ってさすがの身体能力だよね」
「今は魂氣を回してたから特別だけど、ウチの家系は鍛えなくても、人間離れしてるの」
「術とかも使えるの?」
「この歳で恥ずかしいけど、まだ不細工な魂粥玉くらいしか使えない。5歳の時、私ら3人とタケルの弟を残して、伊賀にいた忍びはいなくなったから、術を教えてくれる人がいなかったの。だから、それまでに習った事と、巻物を見て、3人だけで血ヘドを吐きながら修行したけど、全然ダメだった。そんな時、府中に伊賀の関係者がいるから、こっち来たの。そんでその人が蓮寺を紹介してくれたって訳。3人全員がこんしゅくじゅちゅ、こんしゅくじゅちゅしになる過程で、いなくなった伊賀の人達の魂を連れ戻せるかもしれない。だから、こんなところで死ぬなんてサイテー。でも、もし・・・もし私ら全員ダメだったら、私らの屋敷に・・・いや何でもない。何が何でも執念で生きて帰る」
と、闇を睨みつける。
茂みを掻き分ける音が近づいてきて、緊張感が走った。
「楽々・・」
姿を見せたのは嬉しそうな玉臣であった。
「タマ、無事でよかった。って何ソレ?」
玉臣は何か抱えている。
「こども?」
「親にはぐれちゃったみたいでさ」
よく見るとサッカーボール大のソレは、幼児の顔で、身体は鱗に覆われた火トカゲのようである。
「バカッ!タマ、何やってんの。ソレ、はちゅうるんの幼体でしょ」
楽々の左手は瞬時に光をまとい、幼体に向けて魂粥玉を発射するが、玉臣も右手に光をまとい、魂粥玉を打ち消す。
「タマ。授業で写真見たじゃん。見た目は可愛いけど、絶対関わっちゃダメって」
「そっか、そういえばこんな感じだったね」
「早く、どっかやってよ。怒り狂った成体が絶対許さないって」
「えぇ?でも、泣いてたんだよ。可哀そうじゃん」
「バカ。そんなの持ってたら、こっちが可哀そうになっちゃうの」
幼体は玉臣に抱っこされ、くつろいでいる様子で、右手には、魚肉ソーセージが握られている。
玉臣があげた物だろう。
玉臣が幼体の顔をのぞき込むと、だーだーと短い手を伸ばす。
「ここに来た目的はバカタケルの奪還。迷子のはちゅうるんを探す事じゃない。早くぶん投げて」
玉臣は、う~ん、ごめんね。と幼体を下ろすと、幼体は玉臣の足にしがみついた。
「コラ、シッシ、どっか行って」
と楽々は玉臣から幼体を引き剥がし、離れた笹の茂みに転がす。
「ったく、男ってのはバカしかいない」
と、楽々が戻ってくると、幼体が赤子のような声で鳴き始める。
一瞬、泣きやませに戻ろうか迷うも、成体が聞きつけて、ここに来ると直観が働いた。
遠くの気配が一斉に耳をそばだてた。
「タマ、成体が来ちゃう。ダッシュ!」
「あ、あの、僕は・・」
烏崑が声を上げた。
成体がここに来たら、僕はどうなる?考えるまでもないだろう。
「あーもう!」
楽々が苛立ちの声を上げると、戻り、烏崑の首元をかっさらい、ドラムロールが始まった。
ダカダカダカダカダカダカ・・・。
あー、いつも迷惑しかかけてない。
強くなりたい・・・強くなりたい・・・。
この申し訳なさと心苦しさを強さに変換出来たなら、あード畜生。
玉臣は、ヒョイと楽々から烏崑を奪い、背におぶってくれた。
彼の楽々のちんちんの背中とは違って、穏やかな温もりを感じるだけだった。
「ごめんね、ドローンの操縦だけお願いしたのに、こんな目に合わせて」
「いや、僕こそ、足手まといにばっかりになっちゃって。ホントにもうし訳ない」
「烏崑は、蓮寺で働く理由とかあるの?」
「うん。ホントは僕も強くなって救いたい人がいて、蓮寺に来たんだ。何か出来そうなのに、何にも出来なくて不甲斐なくて」
「そっか。烏崑には何かはある気がする。みんなで生きて戻ろう。で、強くなる方法を一緒に探そうよ」
「ありがとう。タマはいいヤツだね」
「楽々にはどっちつかずのポンコツといつも言われてる」
「そうなの?」
素人が何も言えないが、熱をコントロールしている玉臣は魂氣とやらを楽々より上手く使えているのではと思ったりした。
「闘いがあんま好きじゃないから、足引っ張る事多くてね。敵だって、獄獣だってさ、悪くないのいっぱいいるのに、命を奪わなくちゃいけない違和感がずっとあるんだよな」
悪くない獄獣。この人にならリュックの中、人魚のミイラ、乙葉さんの事も話せるかもしれない。
戻れたら相談してみようか。
ザザザ。
後方の細かな笹づれがすぐそこまで迫ってきている。
と同時に前方すぐ近く、蓮寺と『はちゅうるん』が争っている音も近くなってきている。
前を走っていた楽々が立ち止まり、玉臣も続いて立ち止まった。
眼前が開け、崖下の森は高い石垣で仕切られ、石垣の手前4カ所で火の手が上がっていた。
石垣が国境。
その向こうが鬼の国なのだろう。
そびえる石垣の向こうは見えない。
石垣の中に入ろうとしている、『はちゅうるん』とそれを阻止する蓮寺の構図が広がっていた。
知能のある『はちゅうるん』が、明らかに格上の鬼の棲家に乗り込む理由が解せない。
蓮寺の中には目元の保護の為か、頑丈そうなアイマスクをしている。
顔を露出した蓮寺に比べて派手な術を多く使っている印象で、数段階動きが早く、目で追う事が難しい。
彼らは、『はちゅうるん』より格上であるが、なんせ『はちゅうるん』の数が多い。
崖下の戦場にはアイマスクをしている蓮寺はおらず、かなり劣性である。
楽々は目を細め、
「この下の戦場はまだ、チーゴナーがたどり着けていない」
烏崑に説明するように、伍獄以上がチーゴナーなのと補足してくれた。
蓮寺の一人がズガガガガガガとマシンガンを放つも、宝石のような煌びやかな鱗を貫通もめり込みもせず、バラバラバラと弾かれる。
戦闘中の『はちゅうるん』は、顔面まで鱗で覆われていた。
『はちゅうるん』は、地面で尻尾をはたくと、弾丸のようなスピードで蓮寺の戦士にぶつかり、その勢いでグルグルと巻き付き、凄まじい速度で回転すると、衣類ともども削られ、胴体は肉の霧となっていく。
鱗の表面はサメ肌のようにざらついた刃のようなものらしい。
その『はちゅうるん』の頭を金髪のチーゴナーが魂粥弾で吹き飛ばすも、エネルギーを使い果たしたのか、膝をついた。
助けに入った女の蓮寺は間に合わず、金髪チーゴナーは別のはちゅうるんに身体を巻き付けられ、肉の霧となった。
楽々は目を伏せ、
「こんなにヤバいの?」
「やっぱり、今の僕らが来て、何とかなる場じゃない。タケル・・」
蓮寺の死体がいくつも転がっている。
尻尾の先端をシュルシュル振動させる音と、茂みを蛇行する音がゆっくり近づいてきている。
楽々が振り返り、続いて玉臣と烏崑も振り返ると、黒い長髪の人の顔、『はちゅうるん』の顔が眼前にあり、森から伸びている。
耳元まである口角がグワと開かれ、剥き出しのギザギザの歯が、大きく開き、ガチンと耳をかすめる。
ううわぁぁあああ。
3人はほとんど角度のない崖を滑り転げていった。
数10センチの距離感のまま、5匹の『はちゅうるん』がトカゲのように身体をくねらせ、涎をなびかせ、離れない。
3人が地面にバウンドするタイミングで、一斉に噛みつかれるだろう。
楽々と玉臣は目を合わせ、着地する寸前に崖に短刀を突き刺し、急ブレーキをかけると、『はちゅうるん』等は勢い余り、楽々と玉臣につんのめり、瞬間的にグジャッと絡まったところ、楽々は手の平にバスケットボール大の白金の魂粥玉を作り、彼らに叩きつけた。
かに見えたが、全ての『はちゅうるん』は凄まじい身体能力で、尻尾を地面に叩きつけ、後方に回避した。
楽々は『はちゅうるん』に囲まれているが、その間に玉臣は、集団を抜け出し烏崑を肩に担ぎ、蓮寺の一団に潜り込み、烏崑を下ろし、
「どうにか逃げて」
「タマはどうする?」
「何を犠牲にしても楽々は救出する」
楽々のぎぃああという悲鳴に見ると、はちゅうるんに巻きつかれ、ゆっくりと回転を始める。
鱗をびっしりと覆うサメ肌が、楽々の道着を削っていく。
「楽々!」
玉臣は、瞬時に白金の魂粥玉を手の平に生成し、連続で放っていく。
楽々に巻き付いたはちゅうるんは、楽々ごと、吹き飛び、鱗が弾け飛びながら、地面に転がり、楽々を放り出し、後ろ足で立ち上がり、尻尾の先端で威嚇する。
楽々の黒い道着からまばらに露出した肌は、黒光りした血液に、テラテラと炎が移り込んでいる。
玉臣は、普段のキャラクターからは想像できない速度で、はちゅうるんとの間合いを詰め、蹴りを多用し打撃を与え、はちゅうるんの振り向きざまの尻尾を避け、白金に光る裏拳で、はちゅうるんの顔面を潰す。
凄い。
その勢いで、3匹を葬ったところで、
「タマ、後ろ!」
楽々の鋭い声が響く。
玉臣の後方から衣類を着用したメスの幹部らしきの尻尾の一撃で、右肩を打ち付けられ、ダランとなった。
脱臼したようである。
すかさず、後方に跳び退き、整復する。
メスの幹部の後に衣類を着用した『はちゅうるん』が2匹続いていた。
着衣のの連中はさっきまでの奴らより一回り大きい。
メスの幹部は顔面の鱗は消え、人の女の顔が現れた。
哺乳類でもないのに胸の膨らみがあり、リップまでひいてある。
さっきまでのとは、進化前と進化後のようである。
メス幹部は一回り小さい『はちゅうるん』に、
「こんなのと遊んでいる暇はない。ヘビは下がってろ」
「で、でも、こんなんじゃ気がすまねーし」
日本語を話した。
聞き間違えかと、耳を疑ったがそうではないらしい。
「我らの目的は、被害を最小限に目的を遂行する事にある。その為に原初の戦闘衝動と残虐衝動を抑え続けろと言った筈だ」
楽々は、後ずさりするように立ち上がり、
「あ、あんたら話せるの?」
「我らに知能がないとでも思ったか?」
メス幹部はフンと歯を見せた。
「知能はあるかもと思ったけど、こんな感じとは。タマ、どう思う?」
「不自然だね。独自の言語ならともかく、日本語を話す」
「そう。教育したヤツらがいる。誰だ?お前らのバックに誰がいる?」
と、楽々は玉臣に並んだ。
「そんな事を教えて我らに何のメリットがある?」
楽々は舌打ちをし、
「まぁいい。お前らの目的はなんなの?さすがにあんたらでも鬼に勝機はないでしょ」
「勝機などどうでもいい。目的を遂行するだけだ。お前らには関係ない筈だが?」
「鬼を刺激されちゃあ困るのよ」
「刺激したくなければ、お前らが邪魔をしない事だ」
メス幹部はキッと楽々を睨みつけ、尻尾をムチとして、袈裟懸けに叩きつけた。
楽々は左腕に魂粥を集め硬化し、防ぐも、尻尾は徐々に速度をあげ、顔や脇腹などいくつかの打撃を喰らった。
玉臣が「楽々!」と叫ぶ。
「大丈夫、魂粥ガードって凄いね、骨はいっちゃってるけど、何とか耐えられる」
「バカが、省エネモードだというに」
玉臣は着衣のオスの尻尾をガードしたが、吹き飛ばされた。
楽々が苦し紛れに白金の魂粥弾を出そうとした瞬間、
メス幹部が尻尾を剣先のように尖らせ、しならせ、楽々の鳩尾に捻じ込む。
寸でのところで、魂粥ガードをしたが、先端は3センチ程貫通しながら、30m後方に弾き飛ばされた。
石垣にぶつかる直前、楽々を抱き留めたヤツがいた。
見上げると、タケルであった。




