16 こんしゅくじゅちゅ・・・こんしゅくじゅちゅし
ヘリだと長野まで1時間くらいだと思うが、体感それよりも全然速く到着する感じである。
そして、どういう仕組みなのかほぼ無音でそよ風程度の抵抗しかない。
多分、施設長のボウシの帽子も飛ばない。
動力源は良く分からないが、長野まで持つのだろうか。
30分飛行したあたり着座モードがある事に気付き、一行は簡易なソファに座って到着を待った。
楽々は「まだかと」親指の爪を噛んだり、立ち上がって、進行方向に目を凝らしたり、ウロウロと落ち着かない。
一方、玉臣は、鼻歌を歌ったり、くつろいでいたコウモリを逃がし、微笑んで手を振ったりと呑気だ。
二人のこの温度差は気流を産みそうなほどである。
この辺りは宇宙が澄んでいて、星屑に埋め尽くされていて、闇が賑やかである。
玉臣は、鼻腔から冷んやりとした空気を吸い込み、烏崑に話しかける。
「宇宙だね」
「え?」
「夜は、空が消えて、宇宙との境界線がなくなる。僕らは宇宙の真っただ中で過ごしてるんだ」
変なヤツが何か言っている。
玉臣は、もう一度大きく上手そうに肺に酸素を送り込み、吐き出す。
「真空の宇宙のまっただなかで僕らは地球に守られてるんだな。こんなに美味しくて豊かな空気を吸い込める。僕が一番崇拝しているのは大気なんだろうな。スーッ。太陽と大地が肺胞みたいな森を育んで酸素を作り出してくれてる。菌とか微生物とか隅々にまで感謝しかないんだな。うーん、おいしい」
と、伸びをして何となく涙を溜めている。
何だ?この人は窒息しそうになった経験でもあるのだろうか?
遠くに目を凝らしていた楽々は振り返り、
「タマ、今じゃないでしょ。相変わらずTPOが滅茶苦茶なんだから。すーぐ感謝モードになる。緊張感がぜんっぜん足りない。そんなんじゃタケルを奪還出来ないよ」
「ごめーん」
「今から行く蓼科は鬼の国である八ヶ岳全域の国境きわきわのとこなの。鬼が絡んだら全滅だってあり得るんだから」
と、楽々は玉臣に念を押したあと、烏崑をチラと見た。
ただの操縦者、モブとしてしか見ていないのだろう。
モブに発言権があるのか分からないが聞いてみた。
「獄獣の種類は分かってるんですか?」
楽々は、ポニーテールをほどいて、もう一度まとめながら、
「百匹越えの獄獣は『はちゅうるん』らしい。ポテンシャルは高いけど、知能は低いから、上位のチーゴナーなら、何とかしてくれる筈。でも、はちゅうるんが鬼を刺激したり、鬼の国境を侵すような事があれば、鬼は国境外に出てくる事も考えられる。多分、というか確実に鬼はチーゴナーじゃ手に負えない。こんしゅくじゅちゅ、こんしゅくじゅちゅ、あー、言いにくい。相当数のエクトプラズマーが必要になってくる。鬼の逆鱗に触れて全面戦争になったら。被害は想定できない。建国した当時より、鬼の数は増えているだろうし、国も鬼も整備され、洗練されているだろうと言われているから」
以外にも丁寧に説明してくれた。
楽々は悠長な玉臣とまともな話が出来ないので、そのフラストレーションの捌け口といったところか。
烏崑が楽々の目を見つめると、楽々は目を逸らす。
「そんな危険な鬼の監視機関のようなものはないんですか?」
「公になっていないけど、蓮寺の本当の総本山は諏訪なの。そこで情報収集はしてる。諏訪大社だったところ」
「そこに魂粥術師の多くがいらっしゃるって事ですか?」
「そう聞いている。こんしゅくじゅちゅちだけなら『はちゅうるん』を駆除する事は造作もない事だと思うけど、こっちに話が流れてきたという事は、何かしら都合が悪いのかもしれない。多忙な方々だ。樹海の竜も解決していないというし」
玉臣はニコニコしながら、楽々の話を聞き終えたあと、烏崑の顔を見た。
烏崑は玉臣が言葉を発しないので口を開く。
「それにしても何故、『はちゅうるん』はよりによって、核ボタンみたい場所に多量に出没したのかな?何かしらの意図が介在してるのかな?例えば、誰かがそれを仕向けたとか、鬼と繋がってるとか?」
楽々はうーんと人差し指を顎にあて、
「鬼が何を考えてるのか想像もつかない。鬼の数が増えて、土地が狭くなって何かアクションを起こし始めたと考えられなくもないけど、知性のない『はちゅうるん』は駒としては使いづらいと思う。それに鬼としてもこんちゅくじゅちゅちを相手にしたら、多大な犠牲が出る事は想定しているから、相当の覚悟と準備で臨んで来る筈。変なところで目立ちたくはないと思うんだけどな」
鬼がこの一件を仕掛けたとしたら、魂粥術師にとって、最優先事項になる。
蓮寺の立ち回りを考えると、そうは捉えられていないのかもしれない。
「ところで、他の陰陽六氏も現場に向かってるのかな?」
「この件はフィルス家経由じゃないみたいだから、多分来ない。蓮寺だけで処理できる算段なのかな」
「共有しなくっていいの?」
「ダメでしょ」
「え?」
「獄獣を駆除した数で、予算の配分も変わるみたいだし。他の六氏より数を稼ぎたいのはあると思う。蓮寺は関連企業で莫大な資産があるがあるから、困ってはないらしいんだけど」
「フィルス家からのお咎めみたいなものはないの?」
「良くわかんないけど、失敗しなかったらギリオーケーなんじゃない?他も単独行動は多いみたいだし」
六氏の関係は闇が深いのかもしれない。
ふと寝息が聞こえ、見ると、玉臣が幸せそうに寝ている。
「あすこだ」
楽々の視線の先、遠くに小さな炎がいくつか上がっている。
「もう少し近づいて静かに降りるよ。烏崑、君は着陸地点で隠れていて。タマ、起きな」
と、楽々は玉臣の腹をつま先で小突く。
「ん?着いた?」
玉臣が目を擦りながら、「何かコレ、ピコピコしてる」
「いいから、準備して」
烏崑がリュックを背負い、玉臣の見ていた視線の先を追うと『E』が赤く点滅している。
エンプティ―の『E』じゃないのか?
「ヤバッ、これ燃料ランプかも」
「え?ウソ・・」
ふと『E』の点滅が消えた。
ウゥワーー。
ドローンは斜めに傾きながら急激に高度を下げていった。
森の樹々の先端がザザと機体の底を擦る。
楽々は烏崑の首根っこを掴み背負い脱出し、玉臣もそれに続く。
烏崑は楽々に背負われたまま着地したが、楽々の足が優秀なサスペンションだった。
雪が積もっていたのもあるが、不思議に衝撃はほとんどなかった。さすが忍ぶ忍びである。
と、同時にドローンが爆破し、衝撃波が身体を過ぎ去っていった。
楽々は烏崑を片手で背負ったままクナイを構え、
「早いな。気配が多い。集まってきてる。マズいな。置いてっていい?」
「ぇえ?」
「このままじゃ共倒れだ。『はちゅうるん』は、私一人でも逃げ切れるか分からないのに。私にとって君は何かメリットになれる?」
烏崑はポケットに入ったスピッツを探り、
「う~ん。なくもないかも」
「もったいぶらないで」
「血を飲むとビーストモードにギアチェンジ出来る、といいな」
「願望は聞いてない」
と、烏崑の首根っこの把持を弱める。
「わ、ちょ、待って。ホントにダメな時は放っぽっていいから」
楽々は烏崑の顔をじっと見つめ、少しの逡巡のあと、顔がポッと赤くなり、目を反らし、「それはズルい」
と呟き、楽々の右手に力がこもってくれた。
「多分、ドローンの周辺に奴らは集まる。タマも私らの直後に脱出したから近くにいる筈だから、まずは合流。そして安全地帯まで猛ダッシュ」
烏崑は楽々に背負われたジャケットである事に徹して、存在を消す。
楽々より身長があるので、なるべく力まないように膝を曲げる。
せめてもう少し安全なところで降ろして欲しい。
森を駆け抜けると、突然視界が開けた。
何か落ちてる。
ギョッとして、楽々は烏崑を取り落とした。
生首が7ついびつな円を描くように落ちている。
こんなところに民間人がいる筈はない。
ということは蓮寺の首という事なのか?
「確認してくる」
楽々の声が震えている。
タケルが含まれている可能性だってある。
烏崑は楽々の数歩後を追う。
生首はどれも黒髪に顔が隠れていた。
楽々は一つの生首の前でしゃがみ、髪をかきわけようと手を伸ばすと、唐突に生首は、上空に伸びていく。
楽々はのけ反り、尻もちをつき、見上げると、それぞれの生首には長い首がつながっている。
囲まれた。
生首達は、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃとだみ声で笑い、チンアナゴのように地面から上下する。
蛇と人間のハーフのような顔だちで口角が耳まで割けた。
驚かせて喜んでやがる。
「はちゅうるんの成体だ!」
楽々は後ろに片手を突き回転し、烏崑の隣に着地し、再び首根っこを引っ掴み、煙幕玉を地面に投げつけ、黒煙が瞬間的に広がった。
はちゅうるんの長い首と思われていた胴体から、トカゲのような手足が現れるところまでは見えた。
彼らは完全に煙に包まれ、笑い声のような悲鳴のような声が響き渡った。
「弱点であるナフタレンが入ってるから、多少は時間稼ぎになる。一旦場を離れるよ」




