11 胎盤を手にした女の口元がテラテラ光る
肌寒い。換気用の小窓は閉められて間もないのだろう。
分娩室『1番』はひんやりとした中に、暖房の名残りが僅かに感じられる。
烏崑は懐中電灯に照らした吸引機やインファントウォーマーを撫で、立ち止まった。
僕も微量な魂氣を放出しながら、歩いているのだろうか。
触れたものに自身の『氣億』を残していくイメージをする。
松果体の超過敏な人なら、今僕が放出している程度の僅かな『氣億』でも読み取る事が出来るのかもしれない。
『氣億』感知に過敏な人で、情報の波に呑み込まれたら発狂してしまうだろう。
レミーさんは、チーゴナーは自身の『氣億』を残してしまう事が死活問題だと言っていた。
『氣億』を放出しない技術や、フェイクの『氣億』を創造する術を開発するなどして、対策を立てているらしい。
ジンが男のチンコだけは透視出来ると言っていたが、透視はジン自身のチンコの情報をもとに同様のものをチューニングした結果、視える事になるのだろうか。
もしくは人物や衣類全てを感知し、衣類の情報を排除していき、チンコにたどりつく方法。
透視にも色々なアプローチの仕方がありそうだ。
フェイクの『氣憶』を創造する術を作ったのは、女のチーゴナーの痴漢対策が最初なのかもしれない。
烏崑は分娩台に右手で触れ、目を瞑ってみた。
ここに漂う『氣億』の干渉を待ってみたが、特に何も起こらない。
どうしたらいいんだろう?
しばらくこうしているのが正解なのだろうか。
目を瞑るという行為は瞼の裏を見続けるという事なんだな。などと考え、待ってみたが、状況は変わらない。
霊を見るのには半眼がいいんだっけな。瞑想の僧侶は、半眼だし。
そういえば、『霊』を見る方法についてレミーさんは何か言っていたな。
そうだ匂いだ。嗅覚野が松果体と近い事もあり、匂いを嗅ぐと『氣億』を読み取りやすいと言っていたな。
嗅覚の優れる警察犬は、嗅覚と同時に『氣憶』の感知も行っていたりして。
烏崑は、半眼で分娩台を撫でながら、匂いを嗅いだ。
ド変態である。
女の分泌液の残り香に恍惚の表情をしている、クッソヤべーヤツである。
きっとすぐそばに霊がいればドン引きして顔が引きつっている。
「これは違うって。真面目なヤツだから」
と言い訳してみる。
真面目がヤベーのである。
烏崑が悦にイッた目でクンカクンカしていると、白いボンヤリとした光がうっすらとみえた。
その方に焦点を合わせると、分娩室から右奥に繋がっている部屋の先に微かな光が灯っている。
入室した時、そんな灯りはあったかな。
烏崑は右奥の部屋をこっそり覗くと、5m先、突き当たりに点滴を準備するミキシングスペースに小さな蛍光灯がついており、その隣で何やら作業している看護師がいた。
後ろ姿で志摩さんであると分かる。
仮眠前だからなのか、長い髪を下ろしている。
若い時姉妹でモデルをやっており、検索すれば華やかな画像がいくらでも出てくる。
僕がこの病院の中庭で倒れていた10年くらい前に受け持ちNsだったのが、志摩さんの姉の乙葉さんであった。
乙葉さんは文字通り白衣の天使で、やってくるとその場の空気が変わるのだ。
1段階も2段階もその場がグレードアップする。
手技も一番早くて上手だった。コロコロ笑いながら話しているうちに終わっている。
僕が准看護師の資格を取った大きな要因はマユと乙葉さんの存在である。
我那覇病院では、夜勤者同士で、スイーツを交換する習慣があるのだが、必ず烏崑の分も買ってきてくれるので、夜勤の日を楽しみにしていたのを思い出す。
乙葉さんは子供が大好きだったが、なかなか子宝に恵まれず、妊活に専念すると去年突然辞めてしまった。
話したい事や伝えきれていない想いがたくさんあるのに。
今頃子育てを楽しんでいるのかな。
今度志摩さんに連絡をとってもらおう。
「誰?」
志摩さんは作業したまま振り返らず、訊ねた。
コホコホと小さくムセている。
烏崑は咄嗟に嘘を紡ぐ。
「あ、志摩さん、烏崑です。マユがこっちにきてるかもって聞いて。マユのヤツ、医者の勉強で忙しいのも分かるけど、見舞いにも来なくてさ」
「そうなの、ごめんなさいね。今、ちょっと手が離せなくて」
少し声がかすれている。
「風邪?」
「喉だけだから大丈夫。マユちゃんは来てないみたいよ」
「そう。ありがとう。どこ行ったのかな。ついでにちょっとだけ分娩室見てっていい?」
「少しだけよ」
「5分くらい。母性の実習の時あんまり見れてなかったからさ。あと、乙葉さん忙しいと思うけど会いたいんだよね。お礼とか言えないままだったし」
「そうね。伝えておく」
「ありがとう。邪魔してゴメンね」
烏崑は分娩台に戻るが、はて、どうしたものか。
妊婦の『氣憶』を追体験するという事だし、最後に分娩台にでも乗ってみるか。
烏崑はリュックを下ろし、靴を脱ぎ、ひんやりとした分娩台に寝ころび仰向けとなり、目を瞑った。
志摩さんの作業している音が微かに聞こえる。
まだ数分は猶予がありそうだ。
だが、こっちへ来る気配を感じた時に素早く動けないしな。
見つかったら何て言い訳しよう。「マッサージチェアかと思った」
馬鹿か。
「僕の母親について思いを馳せてたんです。本当の母親を知らないんで」とか。
何か痛いかな。
でも、僕の母親はどこで何をしているんだろう。生きてるのかな。
母親は自分の組織を集めに集めて、赤ちゃんを形作る。
赤ちゃんは母親の肉体と同一物である。
僕は母親の身体の一部なのだ。
男はみんな女の身体の一部なのだ。
男はみんなチンコをぶら下げた女なのだ。
女を見下す偉そうなおじさん達も女の身体の一部だと思うと何だか滑稽だ。
ともかく、母親は子供を自身の一部として愛着を持つ事も出来るし、ただの排泄物として切り捨てる事も出来る。
僕は母親にとってどっちなんだろう。
雑念が饒舌になり始めてる。
きっと松果体の周囲の雑念を払ってやった方が霊を感知しやすいだろう。
鼻からゆっくりと息を吸い腹を膨らませ、口をすぼめ細く長く息を吐く。
数回繰り返しているうちに烏崑はユラリと大きな眩暈を感じて、眠りに落ちた。
一瞬なのか数分なのか、ささやかな息苦しさを感じ、鼻から大きく息を吸い、目を見開くと、横のモニターを見ている。
何が写っているのか瞬時に判断出来ず、腹の冷たい感触に目を移すと、膨れた腹が露出しており、プローブが当てられている。
にこやかに、腹にプローブを当てているのは、安西おじいちゃん先生であった。
周囲を見渡すと、エコー室のようである。
改めてモニターに目を戻すと、胎児の姿があり、状況を解した。
心からジワジワと輝く幸せが滲みでてくる。
凄い。妊婦の追体験をしている。
まだ宇宙人みたいに見える胎児が可愛らしい。
追体験とは、出産の瞬間だけだと思っていたが、そうではなかったようだ。
この妊婦の15年にわたる妊活の思いがフラッシュバックしてくる。
最初の妊娠は、赤ちゃんの部屋、胎嚢は出来たが、肝心の赤ちゃんはいなかった。
その後もなかなか妊娠出来ず、ペン型の排卵誘発剤を腹に自己注射し続け、産婦人科をいくつも替え、鍼灸をやったり、水天宮にお百度参りして、それでもダメだった。
何度も顔をぐしゃぐしゃにして嗚咽して、でもそのあと決まって赤ちゃんは泣き虫のお母さんなんて選んでくれないって、一所懸命笑顔つくって、涙の味の笑顔を一所懸命輝かせた。
特別養子縁組がチラチラよぎるけど、自分の子を諦めきれず、揺らぎながらも養子縁組の資料を請求しているさなか、今回の妊娠が発覚した。
エコーで胎児を見るに至ったのは今回が初めてである。
想像してもいいんだよね。
もう想像してもいいんだよね。
押しとどめていた想像力が爆発する。
私の赤ちゃんの首元の甘い匂いを嗅いで幸せいっぱいになって、抱きしめて、ホヤホヤと柔らかい髪の毛が、私の鼻をくすぐるの。
座らない首に手を回し、温かい鼻息を首もとに感じる。愛しい寝息。
そして私のひと指しを握る小さく連なる指を撫でる。
安西先生が、腹部のプローブを動かし、
「アレ、双子かな。こっちにもう一人いる」
「え?」
妊婦はもう一人を確認すると、視界を涙で滲ませ、
「神さま・・・・ありがとう」
「乙葉さん、双子なの?おめでとう」
と看護師の元同僚達が集まってくる。
乙葉さんだったのか。
祝福の声にありがとうありがとうと手を握りあっていると、安西先生の笑顔がみるみるひきつっていく。
「あの、先生?」
乙葉は笑顔を意識的に張り付かせたまま、安西先生の次のポジティブな言葉を待った。
安西先生はプローブの位置を動かし、もう一人の胎児を追う。
「こっちの子、動くな。こんな時期にこんな動かないんだけど」
乙葉がモニターを見ると、もう一人の胎児は一回り大きくなっていた。
そして、おぼつかない手のようなもので、始めの胎児を掴み、頭を齧り始めた。
「ねぇ、何?コレどういうこと。ねぇ、やめて、やめて!!」
乙葉は悲鳴を上げ、腹をおさえて「痛い。やめて、やめてー」と叫びながらショーツを下ろし、膣に中指を突っ込む。
「私の赤ちゃん傷つけないで。助けてぇ・・・どうしたらいいの?」
安西先生は顔を引きつらせたまま固まっている。
ぎゃああああああああ。
乙葉が突っ込んだ中指を引き抜くと、指の一部が爪ごと齧られ、骨が露出している。
元同僚達の悲鳴がエコー室に響き渡る。
乙葉は人外が腹に紛れていた事を瞬時に解した。
乙葉の腹部が内側からイビツな凸状のものがうごめき、
「私の赤ちゃんを、許さない!許さない!許さない!」
と、安西先生の胸ポケットからボールペンをかっさらい、うごめく腹部に突き刺しまくる。
安西先生は椅子からずり落ち、腰を抜かし失禁している。
「早く帝王切開して、私の赤ちゃんが食べられてる」
帝王切開しても無理なのは分かっている。
人外の組織は全身の毛細血管にまで絡みつくとアリス先生が言っていた。
腹の上からうごめく凸部にボールペンを突き刺すが、中の人外を貫通する感触はない。
許さない。許さない。私の赤ちゃんを傷つけるのは許さない。
ぎゃあああああ。
乙葉は全身の隅々の神経が一気に齧りつかれるような激烈な痛みに全身を剛直させ、脱力した瞬間にヘソの緒がヘソから体外に伸び始め、ストロー状となり、その先端からメリメリメリと人外の肉塊がブクブク吹き出しながら、形を成していく。
乙葉の顔の骨がベコンと首下へ吸い込まれ、顔の形を残して後屈し、フードのようになった。
乙葉の口元はゆっくり「赤・・ちゃん・・」とくちずさむ。
上半身の皮膚の内側であべこべに肋骨やら上腕骨などが折れ、内臓が破裂し、べきべきべき・・ぬごごごりと音を立てながら、ストローの先端の人外は人型に形を成していく。
とうとう、乙葉の着ていた服は診察台から落ち、へその緒の端は、乙葉の顔の皮膚をズルズル吸い込み、長い髪のついたままの頭皮だけが千切れ、床に落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
烏崑はグワッと目を見開いた。
剛直していた身体にフッと力が抜け、全身から汗が、ぶぅわと噴き出し、荒い呼吸をしている事に気付く。
ハァハァハァ・・・。
何だ今のは。
口の中はカラッカラに乾いていて、舌を動かし唾液を刺激する。
まとわりつく不快な汗を拭い上半身を起こした。
今のが追体験なのか。ただ夢を見ていただけなのか。
だけど、こんなに生々しい夢を見た事はない。
何故か強い確信がある。これは事実だ。
そんな・・・・。
抗いたい気持ちが追いやられていく。
これは乙葉さんの追体験である。
乙葉さんは人外に変態し、もうこの世にはいない。
乙葉さん・・・。
むごい。むごすぎる。あんな天使みたいな人が何でこんな。
せっかく赤ちゃんに出会えて幸せの絶頂だったというのに。
幸せを分け与えすぎてなくなってしまったのか。意味が分からない。
一番幸せになって欲しい人が何で?
よりによって何でだよ。
烏崑の瞳の表面張力が崩壊した。
ぼたぼたと涙が滴り、ふと気配を感じ正面を見ると、Ns服にロングヘア。
志摩さんが立っていた。
「叫び声が聞こえたけど」
「悪夢を見てさ。夢なのか現実なのか・・・。志摩さん、乙葉さんは?」
「乙葉は生きてる」
「そっかぁ、そうだよね」
え?何で?変だよな。生きてるかなんて聞いてないのに。
違和感を感じ、烏崑は涙を拭いて志摩さんを見ると、うすぼんやりとした暗闇のなか、志摩さんは、分娩室の奥から右へ通じる通路の手前の角で半身だけ姿を見せている。
咀嚼音と嚥下音が静かに聞こえる。
烏崑は震える手で、懐中電灯を志摩さんに向けた。
眩しそうに目を細めたその人は志摩さんではなかった。
「誰?・・」
顔はETである。
皺々の茶色い顔で大きな目がギョロギョロしている。
「ヒッ、じ、人外」
口元には血のようなものがテラテラ光っている。
人外の手元を照らすと、血まみれの何か大きいものを両手で握りしめている。
指の数は3本である。
「まさか、赤ちゃんを?」
人外の手足は長くモデル体型だが、腹は餓鬼のように膨れている。あの時、乙葉さんから変態した人外である。
「烏崑くん、違うの」
と人外は一歩踏み出し、烏崑は咄嗟に何か武器を探すがそれらしいものはない。
武力で人外を制圧できる自信はない。
大声で人を、あわよくばレミーさんをと、素早く息を吸った瞬間、人外はガゼルのような脚力で床を蹴り、烏崑に馬乗りになり、手で烏崑の口を塞いだ。
人外の手は血生臭く濡れている。
烏崑の握りしめた懐中電灯が人外の顔を下から照らし出す。
その時、人外のカツラがズルリと烏崑の顔に覆いかぶさった。
ムーンーンーンーと首を振りながらフラッシュバックするのは、乙葉の変態最終段階で、へその緒ストローから長い髪のついたままの頭皮が千切れ、床に落ちる光景。
これはあの時の乙葉さんの頭皮と髪。
「烏崑君、私の身体能力なら今この瞬間あなたを殺せている。でも私はそうはしていない。私は誰も傷つけない」
と人外は抵抗を諦めた烏崑の口から手をゆっくり外す。
烏崑は不快な口元の液体を拭い、
「そ、その今食べてるのは赤ちゃ・・ん・・?」
「これは、胎盤。赤ちゃんと一緒にこんな大きいものも産まれてくるのよ。普段は業者に渡して火葬してもらったり、医薬品の原料になったりするけど、たまに希望して食べる妊婦もいるの。ステーキにしたり、ニラレバにしたり、刺身で食べる人もいる」
物腰は乙葉さんである。
「そうなんですか。っていうか、人の言葉が分かるん・・、っていうか、あなたの存在はいったい?」
「変態に失敗した人外。つまり中身は徳丸乙葉」
「乙・・・葉さん?」
「見た目は気持ち悪いけど、乙葉です」
紛れもない。中身は乙葉さんであると直観が知らせる。
「良かった。生きててくれて」
烏崑は乙葉の三本指を握った。
「ありがとう。烏崑君。ありがとう・・・。夫にはこんな姿見せられないし、妹にも受け入れてもらうのに凄い苦労したから」
烏崑に跨っていた乙葉は、分娩台から降りて、少し距離を取り、嗚咽していた。
変態してから誰かに受け入れてもらう努力すら出来ず、鏡を避けて、ただ食べるだけの日々、どれだけ辛かった事だろう。
乙葉は胎盤を冷蔵庫にしまい、もどってきたが、自身の姿にコンプレックスがあるからだろう。距離をとっている。
烏崑は、隣に座るよう声をかけるも、首を振り「ありがとう。でもここで」と呟く。
「乙葉さん、今まで大変だったでしょう」
「大変だった。今も私は生きてていいのか迷ってる。でも、私みたいに変態を失敗した人がある程度いて、そういうコミュニティがあるの。いい人ばかりじゃないけど心の支えにはなってる」
「失敗っていうのは?」
「変態後いくつかパターンがあるみたいなの。すぐに完全体になる場合が一番多いみたいだけど、形が上手く作られず、その場で死んでしまう場合。変態後時差があって、完全体になる場合。完全体になる直前で死んでしまう場合。人外の意識が支配しきれず、元の宿主の意識が残ってしまう場合。これが私だけど、このタイプはいずれ、人外の意識が台頭してきて支配されてしまうんだと思う。8年間意識を保ててる人を知ってるけど、今後も意識を保てる保証はどこにもない。だから、私とこうしているのはとても危険なのよ。だから早く病室に戻って」
乙葉さんをこのままにしておきたくない。何か出来ることはないのか。
「でも、何とかならないかな。そういった事に関して知恵をくれそうな知り合いがここに入院してるんだけど」
「陰陽六氏の関係?」
「元だけど」
「ありがとう。でも駆除されるだけよ。私を生かしておいてもリスクしかないもの。私が逆の立場でもそうする」
「でも、レミーさんは絶対そんな人じゃない」
「私は人肉じゃないと身体が受け付けないの」
「え?」
「他の人外モドキはカップ麺なんかでも大丈夫だったりするけど、私はダメ。空腹でいると狂暴性が高まってしまう。他にも人肉を必要としている人がいるから胎盤を届けてあげなくちゃいけない。私もさっきから何か変な感じしてるし、もう行って。空腹時に人肉を得られない事で、それがスイッチになって意識を支配される恐れがあるの。仲間は何度か意識を支配されて、怖くなって命を絶ったりしてる。私もそれが凄く怖い。でも命を絶つのも凄く怖い。この瞬間にも乗っ取られて、烏崑君に危害を加えてしまうかもしれない。お願いだから早く行って」
乙葉さんの手が震え始めている。
禁断症状が出始めているのかもしれない。
胎盤を食べるのに集中してもらった方が良さそうだ。
「分かった」
烏崑なりに急いで分娩台から降り、リュックをピックアップし踵を踏みつぶしたまま、出入り口のスライドドアまで来て、最後に振り返った。
ほぼゼロ距離に無表情の乙葉の顔があった。
ギョッとして、烏崑はドアに背中を押し付ける。
「お・・と・・は・・さん?」
「逃げてって言ったよねぇ」
「え?」
「さっきから限界なのよ」
乙葉は無表情のまま、胎盤を切る為に使っていたであろうメスを、烏崑の頬に押しつけ、スライドした。
烏崑の頬から流れ出る血液に、ET顔の巨大な眼球が上転し、平たい鼻を烏崑の頬に押し付け、血液を塗り広げる。




